クジラアタマの王様 コロナ。 今週の本棚・本と人:『クジラアタマの王様』 著者・伊坂幸太郎さん

実は、転職して図書館員になりました

クジラアタマの王様 コロナ

Posted by ブクログ 2020年06月16日 ウソみたいに、ここ数ヶ月館に世界で起きている状況…ウィルスのパンデミック…と本の内容が一致していて、ドキドキがとまらなかった。 ただウィルスが出てくるだけではなく、物語の中での人々の行動や社会現象までもそっくり。 起きている時の自分と眠っている時の自分が 、別の世界を生きているという設定も面白かった。 現実では必死に社会の中で生き(戦い)、夢では勇者となって大きな怪物と戦う。 夢で勝てば、現実社会でも一発逆転! 夢の世界がコミックで描かれているのも斬新。 夢って映像化されてるから、コミックがぴったりな気がしました。 Posted by ブクログ 2020年03月28日 読み出して出てくる「ハシビロコウ」は、上野動物園で見ても確かに動きません。 それでもその場でジ~と眺めてしまうんだけど…けど、とおもいつつ読んでいくと、1章が終わることにはワクワク感が出てきます。 そして、ふと気になりだす「挿絵?」。 あちこちのページに散らばっている「挿絵?」をまとめて見ても、何のことか は分かりません。 2章、3章は盛り上がります。 夢のアクションシーンも淡々と書かれていますが、一気に読めました。 そして、「挿絵?」の意味もだんだん分かります。 4章は、いきなり15年後。 相当なページ数を残して、もう一度仕切り直すのか?って、感じでした。 そして、最後に読んだあとがきで、「小説でアクションシーンは難しい」「夢の部分はコミックで…」で、この本の構成が理解出来ました。 Posted by ブクログ 2020年06月28日 今回の伊坂さんのも面白かったです。 中にマンガっぽいページがはいるのですが、読んでいくとそれが何をさしているのかわかってきます。 挿し絵っぽいけど挿し絵ではない。 面白い試みですね。 主人公の岸さんはお客様のクレーム対応が上手なのですが、自社のマシュマロのお菓子に画鋲が入っていた!とのクレームから 話が始まります そこから色々あって夢で出会っていたらしい池野内議員と芸能人の小沢ヒジリと話をすることになりますが,,, 夢と現実のリンク どちらが夢なのか 伏線が回収されていくのが見事です そして本編では新型インフルエンザでしたが、今のコロナの状況と照らし合わせるとなんて偶然なんだ!と思いたくなります 踊らされず、情報をきちんと取捨選択して自分で考えて行動しないとだめなんだなと• ネタバレ Posted by ブクログ 2020年06月06日 始めは内容がよくわからないファンタジー世界の バトルの模様が台詞の無い漫画として挟み込まれ、 挿画の一種なのかと思い読み進めていくと ギミックがわかる仕組み。 夢の中の住人たちが見る夢に、我々の現実世界が出てくるなど コミックパートもどんどん進展していく。 夢などの異世界と主人公の意識が行き来する パターン自体は目新しいものではないが アクションの多い夢の世界の部分を漫画で表現するという 実験的な試みが大変面白い。 新型コロナやネットでの誹謗中傷が話題になっている このタイミングでこの本を手にとったことが 面白い巡り合わせだと感じた。 今の世の中は、ちょうどこの物語に出てくるように 犯人探しや無責任な噂、利権や買い占めなどの 身勝手な話で溢れている。 仕事ができる人に仕事が集まるのに給料は上がらないし 周りが気を遣うからむすっとしてる方が得。 ままならないことが多い世の中だ。 どうなったら解決するのか。 何をゴールとするのか。 問題や課題があったらまず それが収束する状況を洗い出す。 それから、その状況にたどり着くための道筋を上げていく という話はとても大事。 意外とゴールを設定しないで失敗する状況は多い。 指示があると安心するが、それが良いとも言い切れず 新情報があるわけでも 事態を打開する提案が発表されたわけでもないのに 誰かの言葉に従って言えば助かるのかもしれないと思ってしまう。 それは錯覚だから、盲信しては破滅する。 指示を出している人も どうしたらいいのかわかっているわけではない。 この辺りも、今の現状に重なった。 やるべき事は1つだけ、悩む必要がない。 問題はそれができるのかどうか というのは恰好良いし正直だと思った。 正直、自分だったらコテージに入るって防戦をすると思う。 人間を動かすのは、理屈や論理よりも、感情だ。 同じ罪を犯した人に対しても、感情が左右すれば、まったく違う罰を平気で与える。 理屈は後からつける。 感情があるからこそできることもあるし、間違えることもある。 その間違いも、違法だからといってなにが正義のヒーローなのか 判断も難しいところで 微妙なところの事実を絶妙な描き方をするところは相変わらずで素晴らしかった。 奇妙な3人の絆、コウノトリの目論見は実際なんだったのかという謎も残しつつ 読後感は爽やかで面白かった。 ネタバレ Posted by ブクログ 2020年03月21日 さすが伊坂さん、登録者が多いな。 面白かった。 まさにこのコロナウィルスの時期にぴったり。 伊坂幸太郎、天才か、と思った。 ほんと病気で苦しむより、他人に後ろ指さされるのを恐れてるんだよな。 致死率の低いこのウィルスでどうしてこんなに大騒ぎするのだ。 だから日本の自殺は減らないんじゃないか。 最初は珍しく挿絵入っ てんのかと思ったら、これも本筋になっていたとは。 伊坂さんって政治家がよく登場するよな。 ほんと、こんなヒーローが登場してほしい。 だいたい不倫ごときで騒ぎすぎなのだ。 他人の不倫がお前にどう影響するのだ、って感じ。 かたつむりの絵本も登場して嬉しい。 Posted by ブクログ 2020年03月17日 製菓会社の広報課職員・岸と人気ダンスグループメンバーの小沢ヒジリ、そして政治家の池野内議員。 製菓会社の新作マシュマロ菓子、イベント終了後のアクシデント、そしてかつて遭遇したホテルでの火事。 関わりなど一切ないはずの3人は、「ハシビロコウの出る夢」という謎の共通点でつながっていく。 いやあ、思わず 出版年月を確認したくらいタイムリーな内容でびっくりした。 うん、新型ウイルス(インフルエンザだけど)の感染者への過剰なバッシングってのはほんと…。 そしてちらっと書いてた、パニックになりかけた社会の描写が実に…現実は小説より奇なり。 やはりワクチンと治療薬があるっていうのは心強いですね…!• Posted by ブクログ 2020年07月07日 間に断章めいた夢の世界の戦いがコミックとして挿入される、なんとも実験的な小説。 面白かったんですが・・・あれですよね。 発行年月日を確認しちゃいますね。 コロナ禍前に書かれた本なんですね。 発売してすぐと今(2020年夏)に読むのではまた違った感想になるんじゃないでしょうか。 なんというか、エンターテイメ ントとして消化しきれない話に逆になってきてしまった感というか。。。 あとどうでもいいんですが、個人的にハシビロコウはあのやぶにらみな目でありながら行動がちょっと抜けてる愛らしい鳥だと思ってるので(ちょっと)悪役めいたポジションなのが残念というか可哀想。

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新型肺炎,コロナウイルスと伊坂幸太郎

クジラアタマの王様 コロナ

タイトルで「は?」と思うが、この「クジラアタマ」は最後に「え、そうなの!?」という形で伏線が回収される。 主人公は、製菓会社に勤めているサラリーマン、「岸」。 クレーム対応については上司の評価も高い彼だったが、部署が変わり、平穏な日々を過ごすはずだった。 ある1本のクレーム電話と、ある日訪ねてきた男、池野内との出会いをきっかけに、岸の人生は変わっていく…という表現が、果たしてあっているのかどうか。 この話で大きくは、 「夢での戦い」、「大衆の善と自分の善」、「大衆心理の妙」が読みどころだと思う。 夢での自分の戦いが、現実の自分とリンクする 自分の人生を切り開くのは紛れもなく自分なのだが、果たして 「どこの自分か」。 これは1つのテーマだ。 この話では、 「夢の中の自分の戦い」が大きなカギを握っている。 話の中心を担う、サラリーマン・岸にせよ、議員・池野内にせよ、アイドル・小沢にせよ、夢の中で戦い、その勝敗が現実にリンクしている(と考えている)。 だから、夢の中の自分が勝てば、現実の自分はうまく物事を進められるし、夢の中の自分がまければ、現実の自分にもなんらかのトラブルが起こる。 これは結局、「どこでがんばるか?」に通じている話だな、と感じる。 すごく小さい話で言うと、例えば仕事でがんばっていたらプライベートもうまくいくとか。 いろんな自分がいろんな場面でがんばっていて、そのがんばりがおもいがけないところで、思いがけないものを運び込んでいくような。 だけど、 結局どこの自分であれ、目の前のことに対して全力で取り組まなければ、何の道も開けない。 どこかの自分への他人任せでは、道は開けない。 大衆の善と自分の善を天秤にかけることと、大衆心理を描く妙 この話の中で、少し前の新型コロナの時のような描写をされている場面がある。 発行は2019年7月なので、まったくコロナはリンクしていないのだが。 「病気に感染した人」をまるで「犯人探し」のように人々が探し、いたずらに傷つけるところ。 それがトラウマとなって、いろんな人生が方向づけれる可能性があること。 ここは本当に今とリンクしているから、 きっとこれからの日本でも、起こってくるのだろうな、と感じた。 言わずもがな、新型コロナが世界に与えている影響は大きい。 早く鎮静化することを、「新型コロナとの戦い」をどうにか勝利に持ち込むことを、 「大衆の善」として多くの人が願い、動いているはずだ。 でも、もしかしたら。 そんな風に考えて、行動選択の基準を「大衆の善」ではなく「自分の善」にしている人がいたら、本当に怖いな、と感じた。 まぁ、一時のマスク転売ヤーさんとかは、まさにこの類ですね。 タイトルとは少しずれるのだけど、この本を読みながら、 何が人の人生を動かすかは本当にわからないな、と感じた。 例えば今、在宅やテレワークなどで仕事を回す人がいて、それで不都合はあれども稼働している現実があれば、新型コロナが落ち着いた後はそういった環境整備が整い、別の働き方が切り開かれるかもしれない。 センバツ野球が中止になったことで、オリンピックが延期になったことで、今様々な大会が中止になっている。 夏の甲子園が中止になったら、3年生の高校球児が受ける影響は、精神的に計り知れないだろうし、プロを目指している球児にとっては、プロ入りへの影響も出ているだろう。 それは、野球に限らず、サッカーでも、陸上でも、バスケットボールでも…同じことが、今日もどこかで起きている。 同様に様々な大会が中止になっていて、それぞれの道で頑張ってきた人たちが、大きな影響を受けている。 もちろん、それを運営する側にとっても。 生活レベルにおいても、これだけ大きな影響がある。 人の人生が、今日も左右されている。 だからどうか、 この出来事がきっかけで左右された人生の行き先が、いつかはプラスの、前向きなものであってほしい、と、願ってしまう。 さて、「大衆心理」の話に戻ろう。 そして、この話は映像映えするアクション系ジャンルだ。 こんな文章がある。 人間を動かすのは、理屈や論理よりも、感情だ。 同じ罪を犯した人に対しても、感情が左右すれば、まったく違う罰を平気で与える。 理由は後からつける。 パニックを起こすのも感情だが、罪を大目に見ようというムードを生み出すのも感情、というわけだ。 自分にとっての都合の悪いものを、たとえばウイルスにとっての免疫めいたものを、1つずつ排除させ、その免疫がなくなったところを見計らって本性を出し、襲い掛かってくる。 そういった目論見を想像することはできた。 伊坂幸太郎のすごいな、と思うところは、 どこかリアルで、どこか現実味がないテイストを上手に溶け合わせて、ハラハラさせる展開に巻き込んでいくところだと思う。 現実味を生んでいるのは、主人公たちを取り巻いていく「 大衆心理の動き」のリアリティではないだろうか。 伊坂幸太郎作品の中での位置づけとしては、 「火星に住むつもりかい?」がかなり近い。 こちらも「平和警察」「ヒーロー」など、どこか現実味がなく、でも近い将来現実でありそうな小説。 真実や信念を持つ人々が追い込むのは、いつだって「大衆」。 そんな気なくコントロールされて、そんな気なく人々を追い詰める「大衆」。 その使い方が、絶妙だなぁ、と心から思う。 ズレた人たちのあたたかな心 そんな、コントロールされた「大衆」から主人公たちに手を差し伸べるのは、伊坂幸太郎作品では、 いつだってちょっと変な人たちだ。 特に、 池野内議員の妻は、まさに 「伊坂幸太郎アクション系作品の女」という感じがする。 女優で言うなら竹内結子。 (完全にゴールデンスランバーとかスキャンダル専門弁護士QUEENのイメージ)もしくは貫地谷しほり。 癖が強くて、「いや、ありえんだろう」という型破りなことをしても悪びれない強さとあっけらかんとした強さがある。 自分の目で見て、自分の信念で動く人は、癖があって味があって強い。 そして、あたたかい。 アクション系映像映えエンターテイメント小説。 いろんな意味で、今読んでほしい小説 NO.

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伊坂幸太郎流“異世界転生”の物語 漫画との異色コラボ「クジラアタマの王様」|好書好日

クジラアタマの王様 コロナ

製菓会社の広報部員「岸」は、ヒット商品への異物混入事件が起きたため、謝罪会見の準備に追われていた。 そのさなか、会議室で眠りに落ちた彼は、何かと戦っているような夢をみる。 ある日、彼のもとに都議会議員の「池野内征爾」が〝夢の中で会った〟と近づいてくる。 続いて、世間で人気のダンスグループのメンバー「小沢ヒジリ」までが、〝同じ夢の中にいた〟と言い出して……。 それまで何の接点もなかった3人の日常が、〝夢〟を媒介に大きく動き始める。 ハシビロコウに導かれ、「岸」たちは二つの世界を救えるのか。 この小説で一番気になった登場人物がいるんですが……。 「部長」です。 めちゃくちゃ、脇役じゃないですか(笑)。 ああいう上司がいた経験があるんですか? 僕も会社員だったんですけど、社会人になってびっくりしたのは、本当に漫画に出てくるような嫌な人っているんだなあ、ということでして(笑)。 「本当に仕事サボる人いるんだ」とか、「仕事を他人に押し付けて、平気なんだ」とか。 そういうことが念頭にありました。 この本のテーマはそこにはないんですけどね。 あと、謝罪会見のスリリングさを書きたいというのはあって、言っちゃいけないことを「もうどうでもいい!」みたいにしゃべっちゃう、とかそういう展開を考えていたんですけど、その肉付け的なところは、過去の会社員時代の経験を参考にしているんですよね。 サラリーマンパートをどうしたら面白くできるかわからなくて。 参考書的に、池井戸潤さんの小説を読んだりして。 「七つの会議」とか。 前から池井戸さんの本、読んでたんですけど、だから今回は、新商品が売れた喜び、というのを小説の初っぱなにやっちゃったりしているんですよね(笑)。 あと、さっきも言ったように、会社員の部分は自分の会社員時代のことを思い出して、実際はあんなことはなかったですけど、いたら嫌だなとか、あと、仕事ができる人ほど仕事が増えていく法則とか、そういう、理不尽なことを思い出しながら書きました。 単純に「部長」との対比で書いていたんですけど。 真面目な人の希望の星、みたいな(笑)。 単純に、お子さんが微妙な年齢の時に、仕事をしているのは大変だなあ、とよく思うので。 お父さんもそうですけど、熱を出して呼び出しもあるじゃないですか。 だから、単純に子どものことをやりながら、会社でも苦労している人を出したかったんですよね。 売れた商品の担当者が、そういう子育ても仕事も頑張っている人だったら良いなあ、という思いからあんな感じに(笑)。 女の人の描き方がよく分からないので、というか男の人のこともよく分からないんですけど(笑)、だいたいこういう感じになってしまうんですよね。 ああ、ありましたね。 僕も阿部さんも自分たちの好きなものを詰め込んで小説を書いていたんですけど、急に、「女の人が読んでも面白いのかな?」ってオロオロしはじめちゃって(笑)。 そういうのは考え出すと、もうよく分からなくなっちゃいますね。 ここがしっかりリアルだから、この小説の「仕掛け」が生きているというか。 漫画部分はけっこうファンタジーだから、小説部分はリアルなもので押し通しているんですよ。 だから比較的、現実でも起きそうな、会社のこととか、猛獣とか、インフルエンザとかを描いています。 これは昔からやってみたかったことで。 アクションって小説で表現するのは難しいんですよ。 頑張って描写しただけ、になっちゃうというか。 「だったら映像にした方が早いじゃん」と思っちゃうんですよね。 カーチェイスなんかも、頑張って書くことはできるけど、映像があるならその方が迫力あるよねと。 だから昔から、小説の中に漫画が入ってきたらいいなと思っていて、でもそこに日本の漫画みたいなのが入るのも違うなと。 もっとシンプルで、図っぽいものがいいなと思ってたんですけど。 迫力が出すぎてしまって、小説とは違うものになっちゃいそうな気がするんですよ。 できれば、止まった絵で見せたい。 同じような絵が続くと、時間の流れが見えたりもしますし。 小説では難しいところを絵で表現してもらう。 今までは小説で頑張って書いていたんですけど、一回ぐらいはこういうズルをしてもいいのかな、と(笑)。 それで昼はサラリーマンの現実的な日常で、夜になると、僕は「モンスターハンター」ってゲームが好きだったから(笑)、そういうゲームの世界にいくっていう話を(編集者と)していて。 そこからどうするかが大変で。 ライトノベルでは、しばらくブームになっています。 これ、伊坂幸太郎の異世界転生もの、として受け止めてもらえますかね(笑)。 僕の場合「スイカに塩」じゃないですけど、一方を異世界にすると、もう一方はサラリーマンとか働いている人にしたくなっちゃうんですよね。 「剣と魔法の世界」と反対側にあるのは、「満員通勤電車の世界」というようなイメージで。 そしたら、ここかあ、と。 読者は異世界ものだと思って読んだら、いきなり製菓会社の話が来ますからね。 どういう層の読者に向かって書いているのか、自分でも分からないです(笑)。 「モダンタイムス」は漫画とコラボしていますし、「キャプテンサンダーボルト」では阿部和重さんと文体まで混交させていました。 今回はどういう位置づけなんでしょうか。 本当をいうと、コラボレーションにはあんまり興味がないんですよ。 矛盾してしまうようなんですけど、小説は一人のこぢんまりした世界だと思っているんですよ。 ただ、たまたま依頼が結構あったんですよね。 「SOSの猿」の五十嵐大介さんとか、ミュージシャンの斉藤和義さんとか。 自分の尊敬するアーティストだから、「それはぜひ!」と受ける感じで。 でも、実際にやっていることは、自分の小説を書くことだけ、なんですよ。 「ガソリン生活」で寺田克也さんに挿絵を描いてもらう、というのと同じで。 やってることは、一人で小説を書くだけ、という。 違うのが「キャプテンサンダーボルト」で、僕の中では唯一、あれだけなんですよ。 自信を持って誰かと小説を作った、二人でしかこの小説はできなかった!というのは。 本来は一人でしか作れないものを二人で完成させたということで、あれはすごいものができたと今も思っていますし、ほかの人たちが真似できるなら、やってみてほしい、とさえ思うというか。 「クジラアタマの王様」は、それとも別の立ち位置といいますか。 明らかに僕の小説に「入ってもらっている」ので、他のコラボレーションとも違うんですよね。 自分の小説をより良くするために、力を貸してもらった感じで。 絵を描いている川口澄子さんのことは担当の編集者が教えてくれて。 頼んだら、色んなアイデアを出してくれて、感激しました。 僕が書きたい世界を絵の担当として全部表現してくれて、ありがたかったです。 そうなんですよ。 ただ、「こうしたらわくわくする本になるのでは!」という思いだけで作ったんですけど、今になって、「ずるじゃないのかな。 自分で描いているわけじゃないし」と不安になってきたりして(笑)。 挿絵と何が違うのか自分なりに分析すると、挿絵は、小説に存在する物や出来事を絵にしているんですよね。 ワンシーンを再現している。 でも今回は、小説部分にはないところを描いていて、コミックはコミックで完結してるので、それは違うところですよね。 「ここに挿入しますけど、いいですか」と聞かれて「あ、いいですね!」という部分も(笑)。 もちろん最終的にはそれをみて「どうしましょうか」というので考えて決めたんですけど。 川口さんはこちらから何かを提案したら、100%、120%ぐらいの感じで「これはどうですか」と応えてくれて、とても心強かったです。 イラストは基本的にはファンタジー世界を描いているじゃないですか。 でも、あるパートだけ現実側の場面を表現しているんです。 それは川口さんのアイデアで。 「どこかで、絵と小説の役割を逆転させてみませんか」と言われて、面白いなあって。 だいたいこういう夢の話を書くと、「胡蝶の夢」と思われそうなので、もう、正々堂々と、「はい、胡蝶の夢です」と言える話にしちゃおうかな、と(笑)。 小説パートだけでも成立するんですけど、コミックパートがあると、より広がりますよね。 コミックパートがファンタジーじゃないですか。 その分、現実パートに、非現実的な要素がないんですよ。 僕の小説にはだいたい超能力とか、怖い悪者とか、国家的なシステムとか出てくるんですけど、今回は、出てこなくて。 だから敵の作り方が難しくて。 動物が脱走したとか、ウィルスとか、別に悪者ではないじゃないですか。 悪者がでてこないという意味では新鮮で、描いていて、結構、やりがいがあったというか、楽しかったです。 コミックがなかったら、たぶん、現実的なことだけでは書けなかったかもしれません。 そうそう。 「ガソリン生活」だって車の視点っていうギミックがあるから書けた。 そういう過剰なものがないと書けないんですよね。 近作の「フーガはユーガ」は、過酷な家庭に育った双子が入れ替わりながら不条理に立ち向かう小説でした。 まあ、ワンパターンなんですよ(笑)。 昔、井上ひさしさんが「チルドレン」のことを「この作品のテーマはなりすましだね」と言ってくれて、そんなつもりはなかったんですけど、そうも読めるんですよね。 たぶん、そういうのが好きなんです。 そういう振り幅はどう決めているんですか。 この作品は結構、エンターテインメントですよね。 最初からは決めていないです。 「フーガはユーガ」も最初はあの双子も仲良し家族の設定だったんですよね。 ただ、書きはじめると、「それでいいのかな?」とか悩んだり、いろんな要素が入ってきちゃって。 実は、僕は子どもが生まれた頃から、いい人が死ぬ小説は書かないようになったんですよね。 殺し屋とか悪いことした人は死んじゃうんですけど。 それ以外の、いい人は、まあ、いい人の定義も難しいですけれど、とにかく、ひどい目にあっても生きてはいるんですよ。 僕自身、自分や親しい人の死が本当に恐ろしいですし。 ただ、「フーガはユーガ」は、その恐ろしいことを、まあ、小説の中でだけですけど、乗り切れるような語り方をふっと思いついちゃったので、そういう方向で完成させたくなっちゃって、そのせいもあって少し暗い雰囲気の作品なんですよね。 だからあれは特例、という感じで、一方の「クジラアタマの王様」はいつも以上に明るい、というか、健全というか、NHKの子ども番組でもいけそうな(笑)。 そうなのかな、文体は僕は一つしかないのであんまり変えられないんですけど、あんまり悪い人が出てこないせいかなあ。 裏で動いている政治家は情報として出てくるだけだから、目に見えないし。 「善対悪対悪」という構図もそうですけど。 善も悪もなかなか判別できないですけど、本当に悪いのは誰なんだろう、その本当に悪い人をやっつけたい、みたいな思いがあるんですよね。 ただ、今回は動物のトラブルにしても、誰も悪くないから、結構めずらしいかな。 部長も、まあ憎めないじゃないですか。 マスコミや政治家も、いいのか悪いのかわからないですし。 たまにはこういう、健全なエンターテインメントもいいのかな、という気がします。 毒っ気がないというか。 頑張ってせいぜい、「部長」ですもん、毒が(笑)。 担当編集者が、向こうの世界はどうなんだ、ハシビロコウの狙いは何なんだって、すごく気にしてくれて。 僕は何も考えてないので(笑)。 ハシビロコウも、西洋とも東洋ともつかない鳥で、何となく選んでいたぐらいで。 世界観は最後の頃に決めたんです。 僕は構造とディテールがあればいいじゃんっていう気持ちが相変わらず強くって。 でも、やっぱり読者は納得感がほしいですもんね。 ああ、そうだったの、って。 例えば、お菓子を詰める段ボールの商品名と、中身の商品が違っていたというエピソードも作中に描かれています。 思い込みがあって、それに気づかない、という。 これにかぎらず、先入観を覆したいというか、そういう話ばかり小説で書いている気がします。 僕が先入観を持ってしまうからかなあ。 実際に、情報と感情のバランスというのはあって、同じようなことをしても、世間の反応が変わったりする。 どうなるかわからない。 そういうのは盛り込みたくなっちゃうんですよね。 「モダンタイムス」のころに、「インターネットに書いてあったら、嘘でも本当になっちゃのうでは?」という話を書いていて、思えばまだ当時はフェイクニュースとかそういう言葉もなかった気がするんですけど、そういうのが怖いし、興味があるんですよね。 本人が「俺はAなんだ!」と言っても、「ネットに書いてあるからBでしょ」とみんなが思うかもしれない、というのが怖くて。 僕はだいたい、何も分からないし、だいたいのことが怖いので(笑)。 ただ、インターネットを使う人たち、僕たちも、昔に比べて学んできているじゃないですか。 デマについてや情報の扱いについても、「これはまずいパターンだよね」とか「嘘かもしれないよね」とか、学習していたり。 昔、恐れていたほど、無法地帯ではないような気もしますし。 一方でネットの自由がなくなるという人もいて、難しいですよね。 ただまあ、すごく悲観する必要もないような気もしますよね。 と言いつつ、僕はまあ、怖いんですけど(笑)。

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