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M.J.Q [山本久土+クハラカズユキ] 無観客配信ライブのチケット情報・予約・購入・販売|ライヴポケット

クハラ カズユキ

2004年結成。 アコギ2台とドラムというシンプルでアンプラグドな編成。 しかしそこからはじき出される音は、音圧ではなくテンションの高さがもろに反映するパンクなサウンド。 アグレッシブなギターとドラムでパンク度はヒートし、闇を引き裂くボーカルは新鮮でドラマチックな音のうねりを炸裂させる。 2006年徳間ジャパンより1stアルバム「Unplugged Punk」を発表。 最新作はベストライブ音源集「天罰なんかクソ喰らえっ!!! 」 北極バクテリア。 以上でお支払い完了です。 その後、LivePocketから「下記URLからチケットの受け取りを行ってください」と記載されたメールが届きますが、受け取る必要はありません。 本公演は無観客での開催になります。 APIA40への入場はできませんので、予めご了承ください。 入場方法(QRコードチケット) ・QRコードチケットは1人1枚必要です、事前にご用意ください ・QRコードが表示された画面、もしくは画面を印刷したものを入場時にご提示ください お問い合わせ CONTACT LIVEHOUSE APIA40.

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楽天ブックス: もろきゅう

クハラ カズユキ

クハラカズユキさんはその後、明治学院大学のサークルで出会ったチバユウスケさん、ウエノコウジさんとTHEE MICHELLE GUN ELEPHANTを結成。 大学卒業後は地元である北見市役所の職員として勤務しながら週末だけ東京でバンド活動を行う日々を送りました。 そして1996年2月に「世界の終わり」でデビューすると1997年10月のシングル「バードメン」が大ヒット。 多くの音楽番組に出演するようになり若者に絶大な人気を誇るバンドとなりました。 音楽好きの若者だけでなく多くのミュージシャンにも影響を与えたTHEE MICHELLE GUN ELEPHANTですが2003年に解散。 人気アーティストのサポートドラマーとしても活躍しています。 多くのミュージシャンがそうであるようにクハラカズユキさんもプライベートについて語る事は多くありません。 2007年に出版した著書「もろきゅう」について ドラム好き、ダジャレ好きな、故郷好き、嫁好きのかわいい中年の印象。 というコメントがありましたので結婚している事は間違いなさそうです。 ですが結婚した時期や嫁の詳細な情報は見つかりませんでした。 クハラカズユキに離婚の噂が? 著書「もろきゅう」から愛妻家に思えるクハラカズユキさん。 ところがクハラカズユキさんには離婚の噂があるようです。 詳しく調べてみてもクハラカズユキさんが離婚したという情報はありませんでした。 ですので離婚はあくまでも噂にすぎません。 クハラカズユキさんがロックンローラーなので破天荒や女性好きというイメージがあるのでしょうか。 トレードマークとなっているモヒカンヘアは破天荒そのものと言えますが。 守るべきものはちゃんと守るのが本物のロックンローラーなのかもしれませんね。 今のクハラカズユキがあるのは子供のおかげ? プライベートをあまり語らないクハラカズユキさん。 ですが今のクハラカズユキさんがいるのは子供のおかげのようです。 子供といってもクハラカズユキさんの実の子供ではなく「子供ばんど」です。 小学生の頃にRCサクセションの影響でドラムを始めたクハラカズユキさん。 初めて生で見たライブが「子供ばんど」のライブでした。 会場のキャパシティは約150人だったそうですがお客さんは15人程しかいなかったそうです。 それでも子供ばんどのメンバーが全力で演奏する姿にクハラカズユキさんは感動。 この出来事が人前で演奏する事の原点であり、このライブが無ければ今の自分は無い、と発言しています。 なお、クハラカズユキさんに子供がいるのかどうかは明らかにされていません。 もし子供がいれば何かしらの楽器を演奏していることでしょう。 クハラカズユキが木村カエラのブレイクに貢献? 若い女性のカリスマ、ファッションリーダーとして知られる木村カエラさん。 結婚、出産後もその人気は衰える事なく2019年にはデビュー15周年を迎えています。 そんな木村カエラさんを一躍有名にしが楽曲が2005年にリリースされた3枚目のシングル「リルラリルハ」。 木村カエラさん自身が出演する携帯電話会社のCMソングに起用された同曲はこれまでにリリースしたシングルで最高売上を記録しています。 この楽曲でサポートメンバーとしてドラムを演奏したのがクハラカズユキさんでした。 クハラカズユキさんは他にも「BEAT」や「Twinkle」でもサポートメンバーとして参加しています。 バンド全体のリズムを担う事からドラムはバンドの大黒柱と言われています。 木村カエラさんの「リルラリルハ」が注目されたのはクハラカズユキさんの心地よいドラムサウンドのおかげかもしれません。 クハラカズユキと鈴木淳がバンドを結成? 多くのアーティストに多大なる影響を与えたTHEE MICHELLE GUN ELEPHANT。 人気ロックバンドthe pillowもTHEE MICHELLE GUN ELEPHANTに影響を受けたバンドの一つです。 そのthe pillowsでベースを担当していた鈴木淳さんはクハラカズユキさんと2005年に「jam students」、2011年に「緊急バンド」を結成。 両バンドとも現在もライブを中心に精力的に活動しています。 1998年からthe pillowsのサポートベーシストとして活動していた鈴木淳さん。 2014年に素行不良のためthe pillowsのサポートメンバーから外れると同時に事務所も解雇されています。

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アリーナからライブハウスまで全国各地で叩き続けるクハラカズユキ が語る「ライブハウス」という空間(1/3)

クハラ カズユキ

クハラカズユキ 1969年4月3日生まれ。 北海道北見市出身。 1996年THEE MICHELLE GUN ELEPHANTのドラマーとしてメジャーデビュー。 2003年バンド解散後は、サポートドラマーとしても活動しながら、うつみようこ&YOKOLOCO BAND、M. Q、QYB等に参加。 2005年にチバユウスケ、ヒライハルキらとともにThe Birthdayを結成。 2008年には初の日本武道館公演を行なった。 2015年、結成10周年を迎え、初のベストアルバム『GOLD TRASH』、8thアルバム『BLOOD AND LOVE CIRCUS』をリリース。 2016年11月9日にニューシングル「夢とバッハとカフェインと」をリリース、12本のショートサーキットツアーが控えている。 もしも「ライブハウスの似合う男」という総選挙があったなら、迷わずクハラカズユキに一票を投じたい。 彼が在籍したバンド、THEE MICHELLE GUN ELEPHANTは1990年代にライブハウス文化が一般的なものとして広まっていく上で起爆剤的な役割を果たしていた。 THEE MICHELLE GUN ELEPHANT解散後もThe Birthday、YOKOLOCO BAND、M. Qなどで全国各地のステージに立っている。 アリーナ、ホールから地方の小さなライブハウスまで、変わらず地に足のついた音楽活動を展開しているところが素晴らしい。 2011年3月に起こった東日本大震災から1週間というタイミングで、彼は新宿のライブハウス、レッドクロスで自ら緊急バンドを組んで、「緊急ナイト」というイベントをスタートさせていて、今も継続している。 彼にとってライブハウスとはどんな空間なのか。 「緊急ナイト」を立ち上げた経緯なども含めて聞いていく。 ミッシェル解散して、ミチロウさん(遠藤ミチロウ)に声をかけていただいて、M. Qというユニットを組んだり、ニートビーツ(THE NEATBEATS)のサポートをやらせてもらったりしたことで、さらにそれまでに行ったことのないライブハウスで演奏する機会が増えたんですよ。 すごい小さいところだったり、環境が劣悪だったりするところがまた面白いというか。 Qで沖縄のある小屋に行ったときは、普通にレコーディングスタジオで使うオーディオ・スピーカーがモニターとして置いてあって、途中で電源が落ちて、自然にドラムソロになっちゃったりとか(笑)。 あとはドラムがあるところから一番後ろのお客さんまでの距離が数メートルだったり。

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