男 は つらい よ 寅 さん。 お帰り 寅さん!『男はつらいよ』新作の特報映像解禁、復刻“寅んく”4Kデジタル修復版ブルーレイ全巻ボックス発売決定(2019年6月28日)|BIGLOBEニュース

第12作 男はつらいよ 私の寅さん|松竹映画『男はつらいよ』公式サイト

男 は つらい よ 寅 さん

あらすじ [ ] 「ふるさとは遠きにありて思うもの」、そんな寅次郎の独白から始まる。 そして「行きずりの旅の女の面影に故郷に残した妹を思い出しては涙をこぼす意気地無し」と自らを評する。 寅次郎は、たまたまテレビでやっていた柴又の特集で、さくらを始めとらやの一家が映ったのを見て、故郷を思い出す。 長崎の港に着いた寅次郎は、赤ん坊を背負い、五島行きの船を待っている女性・絹代(宮本信子)に声を掛ける。 最終便が終わってしまい宿代のない絹代に懇願されて宿代を貸すが、絹代は甲斐性のない夫の愚痴を散々にこぼす。 体で宿代を返そうとする絹代が、同じく赤ん坊を抱える同年代のさくらと重なって見え、寅次郎は深く同情する。 夫と駆け落ち同然に実家を出たため、今さら実家に帰りづらいという事情を聞き、寅次郎は福江島にある絹代の実家まで同行する。 そこで出会った絹代の父の千造(森繁久弥)は血の通った人物であったが、絹代に夫の元に帰るように言う。 一度は好きになった男なのだから、長所が必ずあるはずで、それを育ててあげなければいけないというのだ。 寅次郎は千造の言葉を聞き、帰れるところがあると思うから、失敗すればまた故郷に帰ればいいと思ってしまう、それではいつまでも一人前になれないと理解する。 しかし、「故郷はどこかな」という千造の言葉に、故郷柴又ととらや一家のことを思い出してしまい、最終便の汽笛を聞いて、矢も楯もたまらず帰郷を決意する。 旅から帰った寅次郎は、自分の部屋に下宿人が居ることに腹を立てるが、下宿人が飛び切りの美人の夕子(若尾文子)だと知ると態度を180度変える。 寅次郎はなおももめ事を起こし続けるが、感情の発露のない小説家の夫との生活が嫌で別居していた夕子 はそんなとらやの環境を「人間が住んでいるところという気がする場所」と感じてくれ、まずは一件落着する。 その頃、博は、一職工として一生を終えたくはないとの思いから、父の退職金を借りて独立資金とし、朝日印刷を辞めることを検討していた。 そのことを知ったタコ社長は、博に辞められては工場を続けられないと苦悩する。 博・社長双方に相手を翻意させるための仲介を頼まれた寅次郎は安請け合いするが、双方の主張に感化されてしまい仲介に失敗。 そのことがきっかけで、寅次郎も含めて一触即発の危機になるが、博の父から独立資金を貸す余裕がないとの手紙が来たことで博が独立をあきらめ、またも一件落着する。 それはさておき、寅次郎の夕子への想いは募るばかり。 夕子の知るところとなり、夕子は遠回しに「ある男性が私にとても好意を寄せて下さっていて、嬉しいのだけれども、どうしてもその気持ちをお受けするわけにはいかないの」と寅次郎に告げる。 しかし、寅次郎はそれを自分のことだと思わず、脳天気のまま。 ところがある日、別居中の夫が夕子を迎えに来て、自分が悪かったところを謝罪したので、夕子も帰宅を決意する。 これにて三たび一件落着する。 夕子との別れに顔で笑って心で泣いて、失意の寅次郎は柴又駅より旅立つ。 見送りに来たさくらに、16歳の時の家出の際、泣いていつまでも追いかけてきたさくらの話をして、お互いに感慨にふける。 発車間際、「つらいことがあったら、いつでも帰っておいでね」というさくらに対し、「そんな考えだから俺はいつまでも一人前に……」と言葉に詰まる寅次郎。 「故郷ってやつはよ、故郷ってやつはよ」と言う寅次郎のその後の言葉は、電車のドアに阻まれてさくらには聞こえない。 正月になり、絹代と赤ん坊に加え、その夫がとらやを訪れ、いつぞやの寅次郎の親切に対する礼を述べる。 とらやからの絹代の電話に千造が出て、夫と復縁して一生懸命生活していると聞くと、うれしそうに涙ぐむ。 千造のもとには、寅次郎から年賀状が届いていた。 本作で騒々しい子供たちとともに登場したタコ社長の妻(水木涼子)は、本作の他シリーズ第1作(さくらの披露宴)、第13作(「夢」のシーンで一瞬だけ)にも出演している。 2人いる女の子のうちの一人が後のあけみ(美保純)として登場する。 源公が本作から見習い坊主になり、寺男として定着する。 スタッフ [ ]• 監督:• 脚本:山田洋次、• 音楽: キャスト [ ]• 車寅次郎:• 明石夕子:• さくら:• 諏訪博:• 車つね:• 堤梅太郎(社長):• 源公:• 絹代:• 山下医師:• 夕子の夫:• 満男:• たこ社長の妻:• 旅館の女中:• 車竜造:• 御前様:• 千造: ロケ地 [ ]• (、)、((現・)・猪鼻湖神社) 記録 [ ]• 観客動員:85万2000人• 配給収入:2億3000万円 受賞 [ ]• 第26回監督賞/• 第22回文部大臣賞/ 脚注 [ ]• 寅次郎が婚姻中の女性に対し一定以上の恋愛感情を持つ作品は、シリーズ中唯一とされる(『男はつらいよ 寅さんの歩いた日本』p. 23)。 婚姻中の女性がマドンナである作品としては第34作(演:大原麗子)、第42作(演:檀ふみ)、第47作(演:かたせ梨乃)があるが、第42作・第47作は恋わずらいになるほどの感情は持たなかったし、第34作は自らを「醜い人間」として感情を抑え込もうと努力していた。 なお、マドンナという枠を外れると、第13作の絹代(演:高田敏江)とは、夫が行方不明だったため、結婚まで考えている。 「彼にとっての故郷とは何なのか。 それはさくらの存在そのものと、深く関わっている気がしてならない。 」(『キネマ旬報2008年9月下旬号』p. 43)など、いろいろな推測を呼んでいる。 もっとも、「故郷は寅を甘やかせるからもう帰ってこない、故郷にはさくらがいるからやはり近々帰ってくる、故郷は寅にとっては何物にも代えがたい財産だ、ふるさとは遠きにありて思うもの」といろいろ候補を挙げつつ、「どれもが適切でどれもぴったりしない」とし、「言葉では表せないものを明らかに映像は表現している」と評価する書物(『男はつらいよ魅力大全』p. 52)もある。 もっともラストシーンでは、正月の浜名湖畔での寅次郎の啖呵売の手伝いをしている。 [] 外部リンク [ ]• - (英語)• - (英語).

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男はつらいよ 私の寅さん

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あらすじ [ ] 「ふるさとは遠きにありて思うもの」、そんな寅次郎の独白から始まる。 そして「行きずりの旅の女の面影に故郷に残した妹を思い出しては涙をこぼす意気地無し」と自らを評する。 寅次郎は、たまたまテレビでやっていた柴又の特集で、さくらを始めとらやの一家が映ったのを見て、故郷を思い出す。 長崎の港に着いた寅次郎は、赤ん坊を背負い、五島行きの船を待っている女性・絹代(宮本信子)に声を掛ける。 最終便が終わってしまい宿代のない絹代に懇願されて宿代を貸すが、絹代は甲斐性のない夫の愚痴を散々にこぼす。 体で宿代を返そうとする絹代が、同じく赤ん坊を抱える同年代のさくらと重なって見え、寅次郎は深く同情する。 夫と駆け落ち同然に実家を出たため、今さら実家に帰りづらいという事情を聞き、寅次郎は福江島にある絹代の実家まで同行する。 そこで出会った絹代の父の千造(森繁久弥)は血の通った人物であったが、絹代に夫の元に帰るように言う。 一度は好きになった男なのだから、長所が必ずあるはずで、それを育ててあげなければいけないというのだ。 寅次郎は千造の言葉を聞き、帰れるところがあると思うから、失敗すればまた故郷に帰ればいいと思ってしまう、それではいつまでも一人前になれないと理解する。 しかし、「故郷はどこかな」という千造の言葉に、故郷柴又ととらや一家のことを思い出してしまい、最終便の汽笛を聞いて、矢も楯もたまらず帰郷を決意する。 旅から帰った寅次郎は、自分の部屋に下宿人が居ることに腹を立てるが、下宿人が飛び切りの美人の夕子(若尾文子)だと知ると態度を180度変える。 寅次郎はなおももめ事を起こし続けるが、感情の発露のない小説家の夫との生活が嫌で別居していた夕子 はそんなとらやの環境を「人間が住んでいるところという気がする場所」と感じてくれ、まずは一件落着する。 その頃、博は、一職工として一生を終えたくはないとの思いから、父の退職金を借りて独立資金とし、朝日印刷を辞めることを検討していた。 そのことを知ったタコ社長は、博に辞められては工場を続けられないと苦悩する。 博・社長双方に相手を翻意させるための仲介を頼まれた寅次郎は安請け合いするが、双方の主張に感化されてしまい仲介に失敗。 そのことがきっかけで、寅次郎も含めて一触即発の危機になるが、博の父から独立資金を貸す余裕がないとの手紙が来たことで博が独立をあきらめ、またも一件落着する。 それはさておき、寅次郎の夕子への想いは募るばかり。 夕子の知るところとなり、夕子は遠回しに「ある男性が私にとても好意を寄せて下さっていて、嬉しいのだけれども、どうしてもその気持ちをお受けするわけにはいかないの」と寅次郎に告げる。 しかし、寅次郎はそれを自分のことだと思わず、脳天気のまま。 ところがある日、別居中の夫が夕子を迎えに来て、自分が悪かったところを謝罪したので、夕子も帰宅を決意する。 これにて三たび一件落着する。 夕子との別れに顔で笑って心で泣いて、失意の寅次郎は柴又駅より旅立つ。 見送りに来たさくらに、16歳の時の家出の際、泣いていつまでも追いかけてきたさくらの話をして、お互いに感慨にふける。 発車間際、「つらいことがあったら、いつでも帰っておいでね」というさくらに対し、「そんな考えだから俺はいつまでも一人前に……」と言葉に詰まる寅次郎。 「故郷ってやつはよ、故郷ってやつはよ」と言う寅次郎のその後の言葉は、電車のドアに阻まれてさくらには聞こえない。 正月になり、絹代と赤ん坊に加え、その夫がとらやを訪れ、いつぞやの寅次郎の親切に対する礼を述べる。 とらやからの絹代の電話に千造が出て、夫と復縁して一生懸命生活していると聞くと、うれしそうに涙ぐむ。 千造のもとには、寅次郎から年賀状が届いていた。 本作で騒々しい子供たちとともに登場したタコ社長の妻(水木涼子)は、本作の他シリーズ第1作(さくらの披露宴)、第13作(「夢」のシーンで一瞬だけ)にも出演している。 2人いる女の子のうちの一人が後のあけみ(美保純)として登場する。 源公が本作から見習い坊主になり、寺男として定着する。 スタッフ [ ]• 監督:• 脚本:山田洋次、• 音楽: キャスト [ ]• 車寅次郎:• 明石夕子:• さくら:• 諏訪博:• 車つね:• 堤梅太郎(社長):• 源公:• 絹代:• 山下医師:• 夕子の夫:• 満男:• たこ社長の妻:• 旅館の女中:• 車竜造:• 御前様:• 千造: ロケ地 [ ]• (、)、((現・)・猪鼻湖神社) 記録 [ ]• 観客動員:85万2000人• 配給収入:2億3000万円 受賞 [ ]• 第26回監督賞/• 第22回文部大臣賞/ 脚注 [ ]• 寅次郎が婚姻中の女性に対し一定以上の恋愛感情を持つ作品は、シリーズ中唯一とされる(『男はつらいよ 寅さんの歩いた日本』p. 23)。 婚姻中の女性がマドンナである作品としては第34作(演:大原麗子)、第42作(演:檀ふみ)、第47作(演:かたせ梨乃)があるが、第42作・第47作は恋わずらいになるほどの感情は持たなかったし、第34作は自らを「醜い人間」として感情を抑え込もうと努力していた。 なお、マドンナという枠を外れると、第13作の絹代(演:高田敏江)とは、夫が行方不明だったため、結婚まで考えている。 「彼にとっての故郷とは何なのか。 それはさくらの存在そのものと、深く関わっている気がしてならない。 」(『キネマ旬報2008年9月下旬号』p. 43)など、いろいろな推測を呼んでいる。 もっとも、「故郷は寅を甘やかせるからもう帰ってこない、故郷にはさくらがいるからやはり近々帰ってくる、故郷は寅にとっては何物にも代えがたい財産だ、ふるさとは遠きにありて思うもの」といろいろ候補を挙げつつ、「どれもが適切でどれもぴったりしない」とし、「言葉では表せないものを明らかに映像は表現している」と評価する書物(『男はつらいよ魅力大全』p. 52)もある。 もっともラストシーンでは、正月の浜名湖畔での寅次郎の啖呵売の手伝いをしている。 [] 外部リンク [ ]• - (英語)• - (英語).

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寅さん全48作品解説/第8作 『男はつらいよ寅次郎恋歌』

男 は つらい よ 寅 さん

のだが、その帰郷ルートが問題だ。 ルートは3つに大別できる。 すなわち、 ・京成柴又駅ルート ・江戸川土手ルート ・矢切の渡しルート だ(例外的にタクシーで帰郷 ( 第4作)というのもある)。 柴又駅ルートは、まあメインルートと言っていい。 絶対的最寄り駅であり、あえて説明はいるまい。 その一方で、アクセスとして非合理的かつ不可解なのが「江戸川土手ルート」「矢切の渡しルート」だ。 我らが寅さん、なぜこれらのルートを選択し、どのように帰郷したのか? 連載初回は、寅さんに、映画に思いを馳せながら、バカバカしくも大真面目にこの帰郷ルートを検証してみたい。 考えられるのは常磐線松戸駅と北総開発線矢切駅の2つだが、矢切の渡し帰郷シーンのある最新作 (第42作)が封切られた1989年の時点では、まだ矢切駅は存在しない(1991年3月31日開業)。 ってことは下車駅は、ほぼ間違いなく 松戸駅だろう。 でも普通、常磐線使って柴又に帰るなら金町下車っしょ。 さて松戸駅へ行ってみよう。 ここから矢切の渡しへのアクセスは ・京成バス「松31系統」矢切の渡し停留所下車 ・京成バス「松11系統」下矢切停留所下車 の2ルートがある。 矢切の渡しの最寄りは前者だが、 矢切の渡し停留所へは土・日・祝日のみの運行で1日に8本程度。 ちと勝手が悪い。 一応、念のため実際に乗車してみる。 東京のすぐとなりとは思えないほどのローカル路線風情を車窓に映し17分ほど。 矢切の渡し停留所から矢切の渡しまでは、ネギ畑や河川敷のゴルフ場を眺めつつ江戸川土手東岸を歩くことさらに15分。 利便性、所要時間、沿道風景など総合的に検証した結果 「散歩にゃいいが帰郷ルートとしての説得力には欠けるよなあ、さくら」 と言わざるを得ない。 犯した過ちを軽減してくれる御利益があるという庚申信仰。 そう言えば、柴又帝釈天も庚申の日が縁日となるなど、庚申信仰と関わりが深いぞ。 つまり奇しくも江戸川・矢切の渡しを挟んで西岸の柴又と東岸の松戸市矢切地区は庚申信仰で繋がっているのだ。 帝釈天で産湯を使い、長じては全国の神社境内およびその祭礼で商売をしたり、 「天に軌道のあるごとく、人も生まれ持ったる干支というものを持っております」てな名調子で干支で易断することもある寅さん (第13作、第35作ほか)。 帰郷の道すがら庚申のつながりの縁で矢切の庚申塚に参拝する信心があっても不思議ではない。 作品を通しても、恋愛関係、人間関係ではトラブルを起こすけど、神仏を決して疎かにしない姿が描かれている。 そんな寅さんの信仰心がわざわざ遠回りしてまで矢切の渡し経由で帰郷させる…そこにこの疑問への答えを求めておきたい。 南に歩を進める。 土手上の道は歩行者・自転車専用で、ぼんやり思案しながら歩くのに好都合だ。 やがて右手に金町浄水場を過ぎた辺りで柴又の町が俯瞰できる。 寅さんは何を思ってここを歩いたのだろう。 「今度帰ったら、今度帰ったら、きっとみんなと仲良く暮らそうって」 (第17作)などと、しばし後悔と反省の時を過ごしていたのかも知れない。 シャイな寅さんのこと、とらやの面々を思い浮かべながら、どんな態度で接したらいいか思案していても不思議じゃない。 ともあれ、寅さんが故郷に帰る心の準備をする上で、最高のシチュエーションであることは想像に難くない。 どんなに距離が長くてもこのルートを選ぶ気持ち、少しわかった気がする。 博とさくらの結婚披露宴 (第1作)が開かれた料亭「川甚」の辺りで土手から降りる。 この先 、帝釈天題経寺付属のルンビニー幼稚園の前を通って昔の色恋沙汰 (第4作)に思いを馳せようか、はたまた鐘楼へ回って源公でもからかおうか。 「おばちゃんが美味しいおイモの煮っころがし作っているから」(さくら談)のひと言で機嫌を直したり(第17作)、夢にまで登場したり(第20作)、関係するシーンは枚挙に暇がない(ほか第11作、12作、18作、19作など)。

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