いのちの食べ方 歌詞。 「Eve」の歌詞・動画・ニュース一覧|歌詞検索サイト【UtaTen】

”いのちの食べ方” by Eve

いのちの食べ方 歌詞

続く「バックパッカー」も低予算で国外を旅行する人を指す用語であり、ここから彼が「足りないもの」を見つける為に旅をしている事が想像できます。 しかし、それがなかなか見つからない事も、同じく1番で歌われています。 どうやら主人公は「温もり」を知らない孤独な人間なのでしょう。 その孤独は2番でも歌われています。 その孤独を辛く思っていた事もその口調から察する事ができますね。 なぜ主人公は独りぼっちになってしまったのでしょうか。 主人公が孤独な理由 それを解くヒントと思われる歌詞が出だしにありました。 「やっちまった」という歌詞からは主人公が感情的に動く自分をコントロールできていない様が推測できます。 さらには2番にこのような歌詞があります。 もしかしたらそれは「感情を上手くコントロールできない為、気持ちを言葉に直すのが苦手」といった意味を表しているのかもしれません。 それを証明するかのように続く歌詞でもこう歌われています。 声帯からは「言葉」という単語を連想する事もでき、これがさきほどの「飲み干した言葉」という歌詞になんらかの関わりがあるように感じますね。 誰かと食事をするという事は会話をする必要が出てきます。 つまり「言葉」が必須となるのです。 主人公は自分の感情を言葉で上手く伝えられないが故に、他の人達と食事をする事ができなかったのではないでしょうか。 とすると、この食卓の風景は、そんな主人公の他者とのコミュニケーションの光景を比喩したものと捉える事ができます。 つまり、主人公が孤独であるのは、自身の性格故のようです。 主人公が探している「足りないもの」は、そんな自身の欠点を補う為の手段の事を指しているのかもしれません。 しかし主人公がそんな主人公が切り裂いた喉仏は自分のものではなく、なぜか「君」のものでした。 はたしてこの「君」とは何者なのでしょうか。 この「時間」の意味を考えてみると、Eveが語っていた「時間の使い方」という言葉が思い浮かびます。 「時間の使い方はいのちの食べ方に等しい」この「食べ方」という事は「命」を食べる=「命」を消化する、という風に捉える事が出来ます。 それでも「退屈な今日」を超える為に何かに盲目でいたいと「君」は思っている事も、主人公目線で歌われています。 なぜ主人公は「君」の想いを知っているのでしょうか。 ヒントは同じくサビの歌詞にありました。 主人公と「君」が一緒に扱われています。 同じ括りという事は、もしかしたら「君」も主人公と同じような境遇の人物である可能性が考察できます。 だから「君」の気持ちが主人公にはわかったのかもしれません。 そしてそんな「君」の正体に纏わると思われる最大のヒントが、楽曲の最後に歌われています。 どういうことなのでしょう。 ここで思い出すのがさきほどの「君」の喉仏を裂いた主人公です。 もし食卓の歌詞が主人公のコミュニケーション能力の現れだというのなら、この描写は「飲み干した言葉」を見つける為に喉仏を裂いた、と解釈する事はできないでしょうか。 するとここから「君」の正体が「飲み干した言葉」、他人に言葉で伝えられなかった「僕自身の感情」である可能性が見えてきます。 つまり「君」と「僕」は同一人物だったのです。 この最後の歌詞は、主人公が己の感情をまた飲み干してしまう前に誰かに本当の自分を見つけてしいという、主人公なりのSOSの歌詞だったのかもしれませんね。 TEXT 勝哉エイミカ.

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いのちの食べ方/Eveの歌詞

いのちの食べ方 歌詞

その足りないもののシンボルが 「君」という人物です。 何か自分の日常に物足りなさを感じて、 バックパッカーのように人生を彷徨い歩く主人公。 衝動的な感情で行動を起こしたりなんかして、どこかで人生に 劇的な展開が起こることを期待しているようにも思えます。 しかしながらその一方で、 自分が追い求めている「君」という人物がもう来ないという現実も主人公はわかっている様子。 わかっていながらも、足りないものを探し歩いているようです。 しかし おまじないの効果なんてものは一時的で、結局は 満たされないことへのやるせなさが募っていきます。 そしてここで、 主人公が捜し歩いているものの正体が判明します。 それは 「握りしめる手」や 「温もり」。 分かりやすく言うならば、独りで人生を旅する彼は 自分以外の誰かの愛を待ち望んでいるのです。 間接的な表現が多いですが、要するに 「人生がどこか満ち足りない。 愛されたい。 」ということです。 心まで貧しくなって グレイの海を彷徨った 美は満ち溢れているんだ 見過ごすな 人の温もりを感じてこなかった主人公は、 心まで荒んでいってしまいました。 本当は 美しく輝いているはずの人生が、 グレイで面白みに欠けるものに思えてきてしまっている様子。 もったいないことをしているという自覚がある主人公は、 「美を見過ごすな」と自らに訴えかけます。 サビ1 夜が明ける前に酔いを醒まして 時間がないんだ君には 盲目でいたいの 退屈な今日を 超えていきたいんだきっと 命というものは限りあるもの。 主人公にも君にも、残された時間はそう長くはありません。 だからこそ、 酒に酔って呆然と人生を浪費してしまってはもったいない。 早く酔いを醒ますよう促します。 しかしその一方で、 退屈な毎日にいちいち構っていては心が持たないというのもまた事実。 くだらないことは盲目的に酒でも飲んでうまくやり過ごして、いつかきっと救われるはずだと未来に期待したくなる気持ちも痛いほどわかります。 主人公の心には、 相反する二つの感情が渦巻いているのです。 声が届くまで想いをぶつけて ふらふらになってしまうまで 僕らにそれを忘れることを許さないから 考えることすらやめてしまいな 「声が届くまで想いをぶつけて ふらふらになってしまうまで」は 主人公の愛への渇望です。 人との直接的な繋がりも薄くなって、上辺だけのやり取りも増えてきた昨今。 主人公が求めているのは、 「声を通じて想いをぶつける」という 人の温もりを感じられるやり取りなのです。 人間である以上、僕らは誰かと愛をもって過ごすことの喜びを忘れることなどありません。 独りぼっちの時間なんか 誰かと過ごす時間と比べると 無意味なものに思えてしまうから、主人公は孤独な今、 何かを考えることなんか無駄だからやめてしまおうとしているのではないでしょうか。

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いのちの食べ方

いのちの食べ方 歌詞

続く「バックパッカー」も低予算で国外を旅行する人を指す用語であり、ここから彼が「足りないもの」を見つける為に旅をしている事が想像できます。 しかし、それがなかなか見つからない事も、同じく1番で歌われています。 どうやら主人公は「温もり」を知らない孤独な人間なのでしょう。 その孤独は2番でも歌われています。 その孤独を辛く思っていた事もその口調から察する事ができますね。 なぜ主人公は独りぼっちになってしまったのでしょうか。 主人公が孤独な理由 それを解くヒントと思われる歌詞が出だしにありました。 「やっちまった」という歌詞からは主人公が感情的に動く自分をコントロールできていない様が推測できます。 さらには2番にこのような歌詞があります。 もしかしたらそれは「感情を上手くコントロールできない為、気持ちを言葉に直すのが苦手」といった意味を表しているのかもしれません。 それを証明するかのように続く歌詞でもこう歌われています。 声帯からは「言葉」という単語を連想する事もでき、これがさきほどの「飲み干した言葉」という歌詞になんらかの関わりがあるように感じますね。 誰かと食事をするという事は会話をする必要が出てきます。 つまり「言葉」が必須となるのです。 主人公は自分の感情を言葉で上手く伝えられないが故に、他の人達と食事をする事ができなかったのではないでしょうか。 とすると、この食卓の風景は、そんな主人公の他者とのコミュニケーションの光景を比喩したものと捉える事ができます。 つまり、主人公が孤独であるのは、自身の性格故のようです。 主人公が探している「足りないもの」は、そんな自身の欠点を補う為の手段の事を指しているのかもしれません。 しかし主人公がそんな主人公が切り裂いた喉仏は自分のものではなく、なぜか「君」のものでした。 はたしてこの「君」とは何者なのでしょうか。 この「時間」の意味を考えてみると、Eveが語っていた「時間の使い方」という言葉が思い浮かびます。 「時間の使い方はいのちの食べ方に等しい」この「食べ方」という事は「命」を食べる=「命」を消化する、という風に捉える事が出来ます。 それでも「退屈な今日」を超える為に何かに盲目でいたいと「君」は思っている事も、主人公目線で歌われています。 なぜ主人公は「君」の想いを知っているのでしょうか。 ヒントは同じくサビの歌詞にありました。 主人公と「君」が一緒に扱われています。 同じ括りという事は、もしかしたら「君」も主人公と同じような境遇の人物である可能性が考察できます。 だから「君」の気持ちが主人公にはわかったのかもしれません。 そしてそんな「君」の正体に纏わると思われる最大のヒントが、楽曲の最後に歌われています。 どういうことなのでしょう。 ここで思い出すのがさきほどの「君」の喉仏を裂いた主人公です。 もし食卓の歌詞が主人公のコミュニケーション能力の現れだというのなら、この描写は「飲み干した言葉」を見つける為に喉仏を裂いた、と解釈する事はできないでしょうか。 するとここから「君」の正体が「飲み干した言葉」、他人に言葉で伝えられなかった「僕自身の感情」である可能性が見えてきます。 つまり「君」と「僕」は同一人物だったのです。 この最後の歌詞は、主人公が己の感情をまた飲み干してしまう前に誰かに本当の自分を見つけてしいという、主人公なりのSOSの歌詞だったのかもしれませんね。 TEXT 勝哉エイミカ.

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