三島 由紀夫 自決。 三島由紀夫はなぜ自決したのか考えてみた〜その答えとは

映画『三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実』公式サイト

三島 由紀夫 自決

この記事を書いたのが2017年7月31日である。 ニュースで北朝鮮ミサイルだ政府の憲法改正だの報道している中、なんとなく三島自決演説動画を観た。 それで書いたのだ。 いまは2018年1月下旬。 東北だけでなく全国的に寒波が襲って日本列島は氷の世界と化している。 あれから三島由紀夫作品をかなり読み込み、それとともに関連作品や資料を漁った。 そしてなぜ三島由紀夫は自決したのか、という問いの答えは私の中ですでに出ている。 その答えは記事の末尾で書こうと思う。 また考えが改められた点については註を付けよう。 日本文学は童貞の学生時代によく堪能したが、三島を読んだ記憶はほとんどない。 いくつかの作品を読んだのかもしれないが、意味がわからなかったのかもしれない。 近いうち図書館から借りてきて何か読んで見ようと思う。 その時はレビューを書くのでよろしく。 はっきり読んだと記憶しているのは「サド公爵夫人」である。 内容はあまり覚えていない。 感触はまあこんなもんか、という程度だった。 フランスの作家アンドレ・ピエール・ド・マンディアルグ氏はその晩年、日本文学に興味を示し中でも三島由紀夫は大変リスペクトしている。 「サド侯爵夫人」やその他に三島由紀夫の戯曲「熱帯樹」のフランス語訳を出している。 三島由紀夫氏としては、日本という文化の遅れとかレベルの低さを正面から受け入れ、いったいどうしたら低俗な日本人が世界史の中で偉大な名前を残せるか追求しているように思えた。 その気持ちは自分でもはっきり理解できたからだ。 日本には西洋のような偉大な建築物がない。 つまり日本の先祖は西洋のような仕事をしなかったのであり、日本人はそういう民族の成れの果てである。 建物だけではない、学問だってそうだ。 せいぜい方丈記とか源氏物語とかが残っているにすぎない。 それらを読んでみても何も学べない。 それに対してギリシャ人は紀元前にすでに深遠な学問を探求し書物として残している。 澁澤達彦がインターネットのない時代にあまり知られていない西洋の文化・学問を羅列し紹介してくれたおかげで、鎖国歴のある小さな頭の民族の思考がいくらか拡大された。 それによっていかに日本人というものが劣っており、惨めであるかが認識された。 少なくとも三島由紀夫は認識するだけの正直さと勇気を持っていたのだと信ずる。 註:そうではなかった。 三島由紀夫ほど日本の古典や文化に親しんだ勉強家はいないほどだった。 日本固有の文学や美を愛し、自らそれを守ろうとしたのだ。 純日本的な様式美があってこそ、三島文学は海外での評価も高い。 なぜなら三島氏は「武士」という言葉を連呼していたからだ。 そう、 武士道こそ唯一猿真似ばかりの 日本のオリジナルであり、世界に通用するためのツールだからだ。 また第二次世界大戦の末期に大日本帝国のために活躍した神風特攻隊も武士だと言える。 ムキムキに鍛えて上半身裸になり、日の丸のハチマキを巻いて日本刀をかざす三島の写真がまさしく武士である。 最期は基地のバルコニーで演説したあと切腹し部下に命じて介錯させた。 介錯とは切腹した武士の首を日本刀で切断し敬意を払う行為だ。 学校の先生は三島の切腹は堂々たるものだったと教えてくれたが、短刀を腹に突き刺した後、さらに自分の腹を裂いたのでそう言われるのである。 このマゾヒスティックな行為に対し、理想に到達したくてもできない作家としてのジレンマ、コンプレックスといったものを感じるのは自分だけだろうか。 バルコニーで自衛隊に向かって演説、誰が聞くだろうか。 そもそも動画では怒号が大きくて三島の言葉はあまりわからない。 だからあれは演説というより派手な演出といった方がふさわしいだろう。 何れにしても自身のたった一つの生命をあんな風に終わらせたのだから、あのような最後こそが三島由紀夫としての最高点だったのだろう。 晩年氏が結成した「楯の会」は、氏の個人的美学の達成のために利用された。 あの青年たちはいわば道具である。 であるからさらにその死の謎の根本原因がどこにあるかということになると、 武士とは何か。 切腹文化とは何かという点に帰結する。 それらについて語るとすれば、 日本の歴史を探求し学ばなければならない。 なぜ武家政治が起こったか、そして滅んだか。 なぜニュースは毎日ありもしない未来にばかり目を向けるのだろう?(笑) 2. 26事件の時、昭和天皇が下した言葉をどれほどの現代人が知ってることか。 「朕ガ股肱ノ老臣ヲ殺戮ス、此ノ如キ凶暴ノ将校等、其精神ニ於テモ何ノ恕スベキモノアリヤ」(私の手足と信頼する老臣を殺戮するという凶暴な将校たちは、どんな理由があろうと許されはしない) 神風連の乱や2. 26事件、神風特別攻撃隊に心酔する三島由紀夫とは武士道に魅せられた中学生のようである。 最も血気盛んな20歳の時、戦場で華々しく死ねなかったことへの蟠りが死ぬまで拭えなかった。 であるからいい歳して反体制行為へ走ったとしか言い様がない。 では武士道とは何か、切腹とは何か。 これから研究しようと思うが、私は文学に興味があるのであって戦士になりたいわけではない。 私の戦いはとうの昔に終わっているからだ。

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三島由紀夫氏はなぜ自決したのか? 文化防衛論 ≪その1≫|伊東 鈴太|note

三島 由紀夫 自決

photo by GettyImages この日、三島は、「楯の会」と自称する学生戦士集団のメンバー四人とともに、市ヶ谷の陸上自衛隊駐屯地(東部方面総監部)に押し入り、建物のバルコニーから、自衛隊は天皇を中心とする日本の歴史・文化・伝統を守るという建軍の本義に立ち戻るべきだとして、蹶起を呼びかける演説をした。 自衛隊員がまったく演説を聞き入れないと判断するや、三島は腹を切って自裁した。 三島の思想が最終的にこのような愚かな行動に至るのだとすれば、その思想に何らかの普遍性があると言えるだろうか。 とうてい言えまい。 まず、三島がバルコニーから語ったこと、檄文に書いたことは、はっきり言えば、あまりに凡庸である。 日本国憲法を破棄させるために自衛隊の蹶起を望む、といった主張が、理解できないわけではない。 「屈辱的な平和憲法を放棄せよ」とか、「自衛隊は正式な国軍であるべき」とか、「天皇陛下、万歳」とか、といった主張をしている人は、三島のほかにもたくさんいる。 しかし、三島が全生涯をかけて言おうとしていたことが、結局こんなことに集約されるのだとすれば、それはあまりにも普通である。 三島の文学作品や芸術理論が示唆する思想の深さと広がりに比して、どんな右翼でも言ってきたこの凡庸な主張の間には、埋めがたいギャップがあるように見えるのだが、前者を煎じ詰めると後者になってしまうのか……? だが、三島のクーデター(未遂)のインパクトの中心は、彼が演説や檄文で明示的に語ったことにあるわけではない。 それは、彼が最後に割腹によって自殺したことにこそある。 この行動は確かに強烈で非凡だ。 しかし、よい意味で非凡なわけではない。 これは「どんな右翼でも考えそうなこと」どころか、どんなにバカなテロリストでもやりそうもない愚行に見える。 自爆テロというものはあるが、敵にいかなる打撃も与えない、派手な自殺にどんな意味があるというのか。 なぜ、あのような愚行とも言える行動をとったのか それゆえ、三島由紀夫をめぐる 第一の謎は、三島由紀夫はどうして、あのようなクーデターを実行しようとしたのか、である。 この行動の中心には、独特の天皇概念がある。 彼はなぜ、そのような天皇概念を必要とし、また可能であると考えたのか。 そのような天皇と一体化し、それに心身を捧げる軍隊に価値があると三島が考えた理由はどこにあるのか。 この問いは、西洋思想におけるハイデガー問題に比せられる。 ハイデガーは、20世紀で最も偉大な哲学者である。 それどころか、西洋哲学史の全体で見ても、ハイデガーはトップクラスに重要な思想家であろう。 だが、ハイデガーは、ナチスとヒトラーを公然と、しかも熱烈に支持し、そのことを生涯、後悔もしなければ、反省もしなかった。 どうして、ハイデガーがナチスに加担したのか。 三島についての第一の謎は、この問題と似ている。 それにしても、この三島の第一の謎は、正直なところ、思索の努力を萎えさせるものがある。 三島の思想に、普遍性を見出そうとする者にとっては、この問題は、むしろ不問に付しておきたいところだ。 先にも述べたように、結論が、あの最後の行動にあるのだとすれば、この行動をめぐる探究を通じて、むしろ、三島の思想には普遍性などなかった、せいぜい一部の日本の右翼思想に根拠を与えるものに過ぎなかった、ということが証明されることになりそうだからだ。

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三島由紀夫氏はなぜ自決したのか? 文化防衛論 ≪その1≫|伊東 鈴太|note

三島 由紀夫 自決

photo by GettyImages この日、三島は、「楯の会」と自称する学生戦士集団のメンバー四人とともに、市ヶ谷の陸上自衛隊駐屯地(東部方面総監部)に押し入り、建物のバルコニーから、自衛隊は天皇を中心とする日本の歴史・文化・伝統を守るという建軍の本義に立ち戻るべきだとして、蹶起を呼びかける演説をした。 自衛隊員がまったく演説を聞き入れないと判断するや、三島は腹を切って自裁した。 三島の思想が最終的にこのような愚かな行動に至るのだとすれば、その思想に何らかの普遍性があると言えるだろうか。 とうてい言えまい。 まず、三島がバルコニーから語ったこと、檄文に書いたことは、はっきり言えば、あまりに凡庸である。 日本国憲法を破棄させるために自衛隊の蹶起を望む、といった主張が、理解できないわけではない。 「屈辱的な平和憲法を放棄せよ」とか、「自衛隊は正式な国軍であるべき」とか、「天皇陛下、万歳」とか、といった主張をしている人は、三島のほかにもたくさんいる。 しかし、三島が全生涯をかけて言おうとしていたことが、結局こんなことに集約されるのだとすれば、それはあまりにも普通である。 三島の文学作品や芸術理論が示唆する思想の深さと広がりに比して、どんな右翼でも言ってきたこの凡庸な主張の間には、埋めがたいギャップがあるように見えるのだが、前者を煎じ詰めると後者になってしまうのか……? だが、三島のクーデター(未遂)のインパクトの中心は、彼が演説や檄文で明示的に語ったことにあるわけではない。 それは、彼が最後に割腹によって自殺したことにこそある。 この行動は確かに強烈で非凡だ。 しかし、よい意味で非凡なわけではない。 これは「どんな右翼でも考えそうなこと」どころか、どんなにバカなテロリストでもやりそうもない愚行に見える。 自爆テロというものはあるが、敵にいかなる打撃も与えない、派手な自殺にどんな意味があるというのか。 なぜ、あのような愚行とも言える行動をとったのか それゆえ、三島由紀夫をめぐる 第一の謎は、三島由紀夫はどうして、あのようなクーデターを実行しようとしたのか、である。 この行動の中心には、独特の天皇概念がある。 彼はなぜ、そのような天皇概念を必要とし、また可能であると考えたのか。 そのような天皇と一体化し、それに心身を捧げる軍隊に価値があると三島が考えた理由はどこにあるのか。 この問いは、西洋思想におけるハイデガー問題に比せられる。 ハイデガーは、20世紀で最も偉大な哲学者である。 それどころか、西洋哲学史の全体で見ても、ハイデガーはトップクラスに重要な思想家であろう。 だが、ハイデガーは、ナチスとヒトラーを公然と、しかも熱烈に支持し、そのことを生涯、後悔もしなければ、反省もしなかった。 どうして、ハイデガーがナチスに加担したのか。 三島についての第一の謎は、この問題と似ている。 それにしても、この三島の第一の謎は、正直なところ、思索の努力を萎えさせるものがある。 三島の思想に、普遍性を見出そうとする者にとっては、この問題は、むしろ不問に付しておきたいところだ。 先にも述べたように、結論が、あの最後の行動にあるのだとすれば、この行動をめぐる探究を通じて、むしろ、三島の思想には普遍性などなかった、せいぜい一部の日本の右翼思想に根拠を与えるものに過ぎなかった、ということが証明されることになりそうだからだ。

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