イッテ q 登山 部 動画。 TV番組イッテQで登山部が登ったすごい山3選|マウンテンシティメディア

イッテQ 登山部のDVDはある?曲や中島カメラマン・台湾へ登山の動画など

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世界のあちこちで様々なお国事情を紹介する大人気番組イッテQ。 そんなイッテQの中でも大変な話題となったのが、芸人イモトアヤコさんを中心として結成されたイッテQ登山部です。 テレビ番組の企画とは思えないほど本格的に訓練を重ね、ついには世界を代表する山を次々と制覇。 たくさんの話題と感動を残しました。 今回はそんなイッテQ登山部が登った山の中でも、「これはすごい!」と言われた山々をご紹介します。 そもそもイッテQ登山部とはどんな企画? イッテQの略称で知られるこの日本テレビ系列のバラエティ番組は、正式には『謎とき冒険バラエティー 世界の果てまでイッテQ! 』という名前の番組です。 出演タレントが実際に自分自身で異国を旅する点が非常に人気で、2007年から長きに渡って放送されています。 今や売れっ子タレント、そして女優業も兼任する忙しいイモトさん。 しかし登山への情熱は熱く暇を見つけてはトレーニングに励んでいる姿も好印象です。 これまでその情熱と体力で、バラエティ番組の枠を超えた登山を行なってきました。 テレビ番組の企画としては異例の、世界の名山を次々に挑戦。 そして登頂に成功した実績も高視聴率を生み出す理由の一つです。 イッテQ登山部が登ったすごい山1:マッターホルン スイス、並びにイタリアの国境にかけてそびえるマッターホルンは、標高4,478 m。 登山ファン以外でも一度は聞いたことがあるであろう大変有名な名山です。 ドイツ語の牧草地「matt」と、山頂「horn」に由来するこの名。 長く霊峰として地元の人のみならず多くの登山者たちからも尊敬と畏怖を受けており、登頂が行われるようになったのは登山史の中でも最近の1857年ごろだといわれています。 日本人で初めて登頂した登山家は麻生武治氏で、1923年のことです。 今では北壁ルート以外は熟練したテクニックがあれば登れるルートが確保されていますが、それでもやはり年間数人の死者をだす非常に厳しい名山。 それがマッターホルンなのです。 「アルプスの角」とも呼ばれるこの山にイッテQ登山部が挑戦したのは、2012年のこと。 その名の通り鋭く尖るマッターホルンは岩肌を這いつくばるように登っていく必要のある山ですので、クライミングテクニックも必要。 おまけに高所恐怖症のイモトさんにとっては自分との戦いでもありました。 そんな戦いを見事制し山頂に到着したイモトさんは、そのダイナミックな絶景に涙なみだ。 多くの視聴者にその厳しさと登頂成功時の感動を与えました。 イッテQ登山部が登ったすごい山2:マッキンリー 北米最高峰、標高6,194m。 比高で見ると世界最高峰エベレストよりも厳しいと言われるマッキンリーは、多くのベテラン登山者たちですらその命を落とした正真正銘の超難関登山スポットです。 広くマッキンリーの名前で知られていますが、歴史的に長く使われてきたのは先住民デナッイア族が付けた「デナリ」という名前。 デナッイア語で偉大なものという意味を持つ名山となっています。 2015年には名前を統一しようということで、政府によってデナリが正式名称に認定されています。 そんな名山の恐ろしさは、比高だけではあらずその気候にもあります。 しっかりと装備をしていても常に凍傷や低体温症の危険がつきまとう中、登っていかなければなりません。 イッテQ登山部でイモトさんがチャレンジしたのは、2015年。 およそ1ヶ月もの過酷なテント生活で高地順応トレーニングを積み、ポーターはなし!自分の荷物を全て背負って登るという女性には過酷な登山を乗り越え、見事登頂を果たしました。 イッテQ登山部が登ったすごい山3:マナスル ベテラン登山家たちでも憧れる一つの指標。 それが8000m級ですよね。 イモトアヤコさん率いるイッテQ登山部はこのマナスルでも登頂を成功させています。 サンスクリット語で「精霊の山」を意味するこの山は、実は日本登山史と深く関わりのある山。 なんと世界で初めて登頂に成功したのは、日本の登山隊なのです。 この世界初登頂が日本登山隊だったというニュースは、日本で登山ブームを引き起こす最初のきっかけとなったと言われています。 この山の難点は、とにかく雪崩が多いという点。 エベレスト前哨戦として登る登山者が多いのですが、雪崩の危険性はエベレストよりも上!近年では2012年に大雪崩が2つのキャンプベースを直撃し、11人もの死者行方不明者を出すという大惨事も発生しています。 そんなマナスルに挑んだイモトさん。 高地順応トレーニング中にあまりの高標高に前歯が痛み、一度街に下山し前歯を抜くという大変な根性を見せ話題となりました。 いくら芸人さんといえども、女性が目立つ前歯を抜くとは並大抵の覚悟ではできませんよね。 彼女の登山への情熱が示された挑戦でもあり、非常に多くの人から賞賛の声が上がった登山となっています。 テレビの企画でもガチ登山!イッテQ登山部の登山紀行 撮影スタッフを抱えての登山ということもあり、非常に多くの資金とサポートを投入しての登山。 その点で「一般の登山とは違うだろう。 」という批判の声も上がることがありますが、例えそれだけのサポートをしても命の危険と隣り合わせなのは間違いありません。 そんな過酷な登山を女性が挑むその姿と、プロの撮影スタッフだからこそ映し出すことのできる素晴らしい絶景は登山ファンの心をも魅了する映像となっています。 いくら憧れてもなかなか登ることのできない名山の姿を見ることができるのも、嬉しいポイントですよね。 次の登山がいつになるのか。 どこになるのかは未定ですが、ぜひ新しい山へのチャレンジを期待しておきましょう!.

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イッテQ登山部のメンバーが豪華すぎる!実は凄すぎアルピニスト集団!!

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11月24日に生放送された「世界の果てまでイッテQ!」(日本テレビ系)にて、同番組の名物ディレクター・石崎史郎氏との結婚を発表したイモトアヤコ。 足掛け12年にわたって二人は世界中を一緒に旅してまわり、そのなかで愛を育んでいったという。 「イモトが石崎氏を特別な男性だと意識するようになったのは、17年12月の南極登山だと明かしています。 この登山で石崎氏は高山病のためリタイア。 いつも一緒に登っていた石崎氏がいなくなったことにイモトは不安を感じつつ、『この人のために頑張ろう』と思いながら登頂を果たしたそうです。 南極登山の時点ですでに、イモトが石崎氏に心を許していたことが分かります」(芸能ライター) そしてイモトのほうも、南極登山より前の時点で、石崎氏への好意を匂わす発言をしていたという。 芸能ライターが続ける。 「朝日新聞社のウェブメディア『GLOBE+』では17年12月3日、『100カ国行ったイモトアヤコだから分かる「世界の変化」とは』と題したインタビューを掲載。 南極行きを10日後に控えた時点で、イモトの視点でとらえた世界について語っていました。 このインタビューで《幸せや豊かさを感じる時》について訊かれたイモトは、『ワクワクする時に私は幸せを感じますね。 好きなものを食べたり、お買い物したり、好きな人と会ったり』と答えていたのです。 ロケ中にはお互いをののしり合ったり、冗談を言って励まし合ったりと、2人のやり取りは視聴者にも「夫婦漫才みたい」「掛け合いが面白い」と好評だった。 イモトはこれまで石崎Dのことを、気になる男性として見ることは「まったくなかった」が、17年12月に南極大陸最高峰のヴィンソン・マシフ挑戦時に心境の変化があったという。 石崎Dは高山病の症状で登頂を断念。 イモトは「石崎Dと離れてから自分が凄く不安になったことにびっくりした。 私はこの人に凄く支えられているんじゃないかと、あの瞬間に気づいた」と語った。 「気持ちを伝えるべきか、伝えないべきか、南極から帰ってきて凄く悩みました。 同じ番組をしていて、仕事上の関係があります。 自分が気持を伝えることによって、これまでの関係が崩れてしまうかもしれないですし。 OKでもフラれたとしても、番組含めてご迷惑を掛けるんじゃないかと考えました」と苦悩を告白。 内村が「でも、言わないほど気持ちが強くなっていったんですね」と問い掛けると、「そうなんです!気持ちを伝えようと思いました」と告白を決意したという。 その後、イモトは近所の焼肉店に食事に誘い「私は石崎さんのことが大好きです。 結婚したいと思います」と手紙を読み上げ、交際0日で逆プロポーズ。 見事に成功したイモトは「勇気を出してよかったと今は思います」と喜んだ。 タレント・イモトアヤコ(33)が24日に生放送された日本テレビ系「世界の果てまでイッテQ」で結婚を発表した。 お相手は「登山部」を担当する「石崎D」こと石崎史郎ディレクター(41)。 番組終了後に都内の区役所に婚姻届を提出した。 抱き合い、吊された映像でお相手が石崎Dだと判明する仕掛けだった。 2人はイモトが珍獣ハンターの座をゲットした2007年10月の番組オーディションで出会い、登山部で命がけのロケを共にしてきた。 つらいことも喜びも一緒に分かち合ってきた同志で戦友。 マッキンリー登頂の際にはキスもしていた。 石崎氏を男性として意識するようになったのは、南極大陸最高峰、ヴィンソン・マシフ登頂に挑んだ2017年12月。 石崎氏が高山病で頂上を目前にリタイアした時、「あの瞬間、急に自分が不安になったことに気付いた。 この人に支えられてる、と」と恋心に初めて気付いたという。 2人の出会いは2007年10月に行われた「珍獣ハンター」のオーディションで、石崎氏が面接官を務めたことがきっかけ。 その後、数々の海外ロケを共にし、09年6月のキリマンジャロ登山がきっかけとなり本音を話せる絆が生まれたという。 進展があったのは17年12月南極のヴィンソン・マシフ登山。 頂上の手前で石崎氏が高山病の症状のためリタイアし「いなくなったことに自分がすごく不安になったことにビックリして。 何で私、こんなに不安なんだろう。 この方にすごく支えられているんじゃないかと気づいた。 この人のために頑張りたい」と思ったという。 付き合いの長い2人だったが、日本で食事に行く事は一度もなかったという。 イモトが思い切って食事に誘うと、書いてきた手紙を読んで「私は石崎さんのことが大好きです。 結婚したいと思ってます」と交際0日で逆プロポーズをしたと明かした。 これまでの関係性を考え、「気持ちを伝えるべきか伝えないべきか、すごく悩みました」というが、南極から帰国後、イモトから「相談事がある」と呼び出し、焼き肉店で食事。 このエピソードをイモトが明かし、笑わせた。 イモトはその場で「私は石崎さんのことが大好きです」という手紙を朗読し、告白。 全く予期していなかった石崎氏は「考えさせてくれ」と返事を保留したが、台湾ロケから帰国後の昨年5月末、OKの返事をもらい、交際していたという。 12年前の珍獣ハンターオーディションで出会い、まさしく世界の果てにて凄まじく濃い時間を共に戦ってきました。 コモドドラゴンに追いかけられ 初登山でキリマンジャロに登り 北極では何日も白くまを探し アマゾンでピラニアやワニを捕まえお雑煮にし 北欧では初のぎっくり腰になり オーロラが見られない上に嵐で閉じ込められ 大好きな安室ちゃんのライブに行けず泣き叫び ロシアのアスファルトでケツを引きずられ ネパールの雪山で2ヶ月間のテント生活をしました。 時にはいい子ではいられない状況も多々あるなか、人間イモトアヤコのむき出しの様を石崎さんはいつもそばで面白がってくれました。 そのなんとも言えない安心感のおかげなのか私自身、自分でさえも知らない自分に出会うことができ、またそんな自分がおかしく愛おしかったのです。 お仕事だけでなくお互いの人生でもそんな関係性をそばで築けたらきっともっと楽しく豊かで美しい人生になるのだろうと想像しております。 今回の結婚発表をイッテ Q!生放送でご報告できたことに、イッテQメンバー、スタッフさんといった大好きな方々が協力してくださったことに、テレビの前で結婚相手クイズを考えてくださったことに、心から感謝しております。 今後とも共に愛するお仕事を今まで以上に愛し共にパワーアップしたいと思いますので、応援してもらえたらこれ幸いでございます。 名前:石崎史郎(いしざき・しろう) あだ名:石崎D 生年月日:1977年11月11日 身長:170cm 体重:90kg 学歴:明治大学理工学部物理学科卒業 職業:株式会社コールに勤務するディレクター(TV番組制作会社) 日本テレビのバラエティ番組のスタッフさんです。 有名なところでは・・・• 世界の果てまでイッテQ! 24時間テレビ• 嵐にしやがれ• ヒルナンデス• 有吉ゼミ などで活躍されています。 会社は1991年に設立されたTV番組(メインはバラエティ番組)制作会社であり、港区西麻布3丁目にあります。 取引を行なっているテレビ局は、フジテレビ、日本テレビ、WOWOWなど多数あり、非常に有名になっている番組制作を行なってきた経験があります。 現在放送されている番組としては、日本テレビの「イッテQ」「ヒルナンデス」の2本をレギュラーとして制作しています。 スペシャル番組には、日本テレビ「歌唱王」「24時間テレビ」「宝探しアドベンチャー」があります。 株式会社コールで現在制作している番組は、上記の番組であるため、ネット上で「嵐にしやがれ」「有吉ゼミ」まで制作しているという情報の真偽は不確かです。 既婚者の噂は? ネットで検索すると【石崎ディレクター 既婚者】というサジェストが出てきます。 はて…どういうことなんだろう…と思い、調べてみました! 2年前のネット上で、石崎Dは既婚者で子供もいるという情報がかなり出回っていたようで、当時はちょっとした騒ぎになっていたようです。 色々と調べてみましたが、今のところ特定できる情報は確認できていません。 ということは、石崎Dは既婚者でもバツイチでもないということですね。 その後、最初の珍獣ロケでコモド島での猛毒獣のコモドオオトカゲとの競争をイモトは石崎ディレクターに無茶ぶりされ、まさに当時の印象は最悪だったんだとか 笑。 そんなイモトでしたが、2人の関係が急接近したのは2009年のキリマンジャロ登山だったそうです! その後の南極大陸のロケの時にイモトアヤコさんは石崎ディレクターの存在について 急に石崎さんがいなくなったことで、自分がすごく不安になった。 この方に私はすごく支えられているんじゃないかと気づいて。 …とコメントしています。 <石崎ディレクターが手掛けた主なロケ> 2007 年 珍獣ハンターオーディションで石崎ディレクターが面接官を務める(10 月実施) 「珍獣ハンター コモドドラゴン」(11 月18 日放送) 珍獣ハンター最初のロケを石崎ディレクターが担当。 2009 年 「キリマンジャロ登頂SP」(6 月21 日前編、28 日完結編放送) 初めて挑戦した登山企画で石崎ディレクターが涙。 以後、何でも本音で言い合える関係になった。 2013 年 「イモトワールドツアー北欧ツアー」(6 月2 日放送) 車で移動中にギックリ腰になったイモトを石崎ディレクターがイジる。 2015 年 「イモトワールドツアーin ベトナム」(2 月8 日放送) 石崎ディレクターがイモトに大嫌いなヘビを食べさせる。 2015 年 「イッテQ!登山部 マッキンリー登頂SP」(7 月26 日放送) 石崎ディレクターがヘソのゴマをイモトに投げつける。 2018 年 「イッテQ!登山部 南極ヴィンソンマシフ登頂SP」(2 月18 日放送) 石崎ディレクターが途中でリタイアした時、イモトの心境に変化が訪れた。 無事に登頂することができました。 今回は登る前から不安だらけで登る前日まで色々吹っ切れない状態でした。 前回のアコンカグアが悪天候のため登頂できず、 今回もまた登れなかったらどうしようという プレッシャーもありました。 現地ガイド、ミハエルのスピードについていけるのか、 高所恐怖症は大丈夫なのか、もう考えれば考えるほど身動きが とれなくなり逃げ出したくなりました。 けどいざ、登り始めるともう前しか見えないんです。 というか前しか見ないんです。 そうしないと自分の弱い心に 負けてしまいそうで。 そして、そうやって前だけをみて頂上に到着した時、 もうめちゃくちゃ気持ちいいんですわ。 そしてどっと安心感が湧いてきて、心から登って良かったって思えたんです。 人生観か変わるとかそういうんじゃなく、とにかく山のてっぺんに 立ったら気持ちいいんです。 イモトアヤコ マナスル(2013) 「今年のイッテQ登山部エベレストチャレンジはここで終わりです」 そうディレクターの石崎さんが発表したとき一体この人はまじめな顔を して何を言っているんだろうと理解出来なかったのを覚えています。 メラピーク登頂、順応を終え、さあ次はいよいよエベレストだ!という矢先の 信じられないくらい悔しくて涙が止まりませんでした。 けど、心から信頼している山岳ガイドの角谷さんがおっしゃった 「とりあえずホッとしていいんやで」 という言葉に心の何処かにこの結果にホッとしている 自分がいてそれに気付いて、 しかもそれはこうやって沢山の方にサポートしてもらい 応援してもらってるからにはホッとしていけないんだと思っていた分、 この言葉には本当に助けられました。 来年またエベレストチャレンジしたいと思います! と言葉では簡単に言えるかもしれないけど、正直まだ分かりません。 イモトアヤコ マッキンリー(2015) イッテQ南極スペシャル観て下さった方ありがとうございました。 珍獣ハンターイモトにならなければきっと行くこともとより 耳にする事もなかったであろうヴィンソンマシフ。 行くまでの道のり、寒さ、強風、涙の回数、僻地感、 そして応援してくださる方、とにかくすべてが今まででNO1でした。 頂からの景色は今まで登ったどの山とも違う、 雲海の代わりにそこには永遠に続く氷の大地があって、 命がおそらく1つもないであろう恐怖があるからこ その美しさを目撃したのだと思います。 そして頂からの景色を観られたこと、 映像をお届けできたのは画面には映っていないけど 撮ってくれたカメラマンさん、 そのとんでもなく重い8Kカメラを運んでくださった山男、 何ヶ月も前から準備して下さった制作スタッフがいたからです。 毎度想うことだけど、 やはり山男はどんな時でも冷静で優しくて最強に頼りになります。 技術チームはたくさんご飯を食べて傍で見守ってくれそと 素の私を記録してくれこのチームでないと撮れない映像を いつも撮ってくれ頼りになります。 制作チームはきっとこの人達には格好をつけたり嘘を ついたりは出来ないほどむきだしの自分で居られる存在で 頼りにならなそうでとても頼りになります。 こんな登山部の人たちと一緒だったから精いっぱい無理が できたのだと思います。 おそらくはもう行くことはないであろう地球儀の いっちばん下のいっちばん高いところに自分の足で 行けたこと改めて感謝です。 Finally 南極大陸最高峰ヴィンソンマシフ登頂。 イモトアヤコ よく調べあげることもあながち間違いとも 言いきれませんがそうではありません。 一言でいうと、商品に関して長い目で検討するということです。 例えば、すぐに購入するのではなく先を見越して購入するのとでは リサーチ力にけっこうな差がつきます。 登山に頻繁に行く人であれば、先を見越せばその間に いろいろな山に行くでしょうから 登山道や稜線ですれ違うベテランと思われ るエキスパートな人の装備を真似する ほうが登山用品を買う際に失敗が少ないということです。 冬山の時期であれば稜線や山頂にはいかずとも 登山道のみでも初心者には経験になりますし十分なリサーチともなります。 登山用品も登山技術に限らず現場で盗んだり真似たりすることは大切です。 おそらくベテランの人は何度も登山するうちに身に着けている 装備が培われたものですからネットの感想などよりも確かなものです。 また、数ヶ月先を見越して購入すると衝動買いもなくなりますし、 事前にリサーチ済で購入する登山用品を定めておけば、 セールなどのお買い得のときに合わせて買うことも可能です。 まやまブログ.

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世界の果てまでイッテQ 番組内で流れるBGM・テーマ曲は?

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登山部主任兼ディレクター。 顧問:国際登山ガイドの貫田宗男さん チームリーダー:角谷 道弘さん イッテQ登山部平部員:イモトアヤコさん テーマ曲:Every Little Thingが作曲 【イッテQ登山部に影響を与えたエベレストの死亡事故とは?】 2014年4月18日、エベレストの南側で雪崩が発生し、ネパール人の登山ガイドが死亡する事故が発生し、イッテQ登山部もエベレスト登頂企画を断念することが決定しました。 13人ほどが巻き込まれて命を落とすという大きな事故だったのです。 エベレストで起きた過去最悪の遭難事故でした。 この時、イッテQ登山部はエベレスト登頂企画の為に5年がかりの計画を実行中で、イモトアヤコの登山部は実際に6000メートル地点ほどにいたそうです。 イモトアヤコの登山は世界的な山に登りますので、多くのサポートをされています。 それに現地のシャルパと言われるガイドが必要なんですが、そんなシャルパさんの事故が起こったのです。 事故にあわれたシャルパさんたちはイッテQ登山部の企画に関わられていませんでしたが、エベレストに関わる他のシェルパさんたちも次々と撤退を決定していったそうです。 イッテQ登山部のエベレスト登頂は、 ヒマラヤンエクスペリエンスという山岳ガイド会社の登山隊も下山を決めたということが決定的で、日テレの社長が最終的に中止することを決定されました。 イッテQ登山部ではこれまで死者が出たことはありません。 イモト本人や番組スタッフが「やれる!」と意気込んだとしても、同行のコーディネーター等の専門家が少しでも「不安要素」を感じたら即「中止」になると思います。 「お笑い」とは別の意味で、芸人の歴史に名前を刻んだと思います。

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