黒死牟 小説。 【鬼滅の刃】日の呼吸の剣士⁉黒死牟の正体とは?※ネタバレ注意【ミツハの部屋】

黒死牟 (こくしぼう)とは【ピクシブ百科事典】

黒死牟 小説

Contents• はじめに 漫画「鬼滅の刃」に登場する鬼の中で上位クラスの集団である十二鬼月。 その中でも最強の位・上弦の壱にいるのが 黒死牟(こくしぼう)です。 戦いにおいては他の鬼のように血鬼術は使わず、自身の剣技で戦う鬼。 強さは下弦の鬼は勿論、同じ上弦の鬼である猗窩座(あかざ)や童麿(どうま)を遥かに上回ります。 鬼滅の刃20巻では鬼殺隊の柱たちと黒死牟との戦いの決着、そして黒死牟の過去が描かれました。 人間離れした力を持ちながらも平穏を望む弟に嫉妬する兄。 恐ろしい力で鬼殺隊と読者を絶望に追い込んだ黒死牟の正体は、嫉妬により人生を狂わせてしまった弱い一人の人間でした。 私が黒死牟の過去を知って、ふと頭に思い浮かんだキャラクターがいました。 ウルトラマンシリーズの一つ「ウルトラマンティガ」に登場した イーヴィルティガです。 人間誰でも嫉妬はあります。 それで人生を踏み外してしまうことも。 この二人の姿を振り返ることで、嫉妬を越えて生きるためのヒントを考えてみました。 黒死牟 弟への嫉妬 黒死牟の正体は「 継国巌勝(つぎくにみちかつ)」。 鬼殺隊の元になった始まりの呼吸の剣士たちの一人です。 巌勝には双子の弟の縁壱(よりいち)がいましたが、その時代双子は不吉とされ縁壱は巌勝と大きく差をつけて育てられました。 この頃巌勝は、母親の左側に常にくっついて歩く弟を弱く可哀そうな存在と考えていました。 ある日巌勝の剣技師範が戯れに縁壱に竹刀を持たせて持ち方と構えを軽く指導したところ、縁壱はまたたくまに師範を打ち倒してしまいます。 巌勝がどれだけ打ち込んでも師範から一本を取れなかったにも関わらず。 縁壱に強さの秘密を聞く巌勝に縁壱は「生き物の体が透けて見える」と語ります。 この時巌勝は理解します。 今まで憐れんでいた弟が 自分より遥かに優れた存在であったことを。 自分がどれほど努力しても縁壱には絶対に及ばないことを。 その後二人の母親が亡くなった際に、さらに衝撃の事実が巌勝を打ちのめします。 母親は何年も前から「左半身」が不自由になっていました。 母に甘えくっついているように見えた縁壱は、実は母の不自由な左側を支えていたのです。 下に見ていたはずの弟が自分を上回る力を持ち、自分が気づきもしなかった母の真実を理解し支えていた。 あまりにも大きな縁壱と自分との差を知った巌勝は激しく嫉妬します。 その後紆余曲折を経て鬼狩りとなる二人でしたが、巌勝が鬼狩りになったのは人を守るためではなく縁壱の強さを自分のものにするためです。 修行に励む巌勝。 しかし、まったく縁壱に追いつくことはできず嫉妬は鎮まるどころか益々大きくなるばかりでした。 太陽の陽の光のように眩い縁壱に対し、巌勝はまるで闇の中に孤独に光る月のようです。 そして鬼舞辻無惨の誘いを受けた巌勝は更なる強さを手に入れるため「黒死牟」となってしまうのでした。 イーヴィルティガ 光への嫉妬 1996年放送の「ウルトラマンティガ」。 イーヴィルティガは第44話「影を継ぐ者」に登場します。 近年ではウルトラマンの偽物ではない「 悪のウルトラマン」という立ち位置のキャラクターが多くいますが、その先駆けとなったキャラクターです。 その正体は青年科学者「マサキ・ケイゴ」が超古代人の残したウルトラマンの石像と一体化したものです。 「ウルトラマンティガ」におけるウルトラマンとは、超古代人の遺伝子を持つ者がウルトラマンの石像と一体化して誕生する存在です。 ティガに変身する主人公・ダイゴ隊員と同様にマサキも超古代人の遺伝子を持っていました。 マサキは心身ともに優れたエリートですが、 自分こそがウルトラマンの力を使って人類を導く存在にふさわしいと考える傲慢な人物です。 ダイゴ隊員からティガに変身するためのアイテムを奪うのですが、自分とダイゴ隊員との能力の差を見せつけるようなマサキの態度からは嫉妬を感じます。 「なぜ弱いお前が選ばれて、優れた俺が選ばれないのか」と。 ティガの作中ではウルトラマンが「光」に例えられますが、マサキは光を手にしたダイゴ隊員に嫉妬しています。 その姿はまるで光に照らされた影のようです。 そしてついに石像と一体化するマサキ。 しかし、しだいにその力をコントロールできなくなり暴走。 闇の巨人イーヴィルティガとなってしまいます。 ですが、最後はティガとの一騎打ちに破れ人間の姿に戻り拘束されてしまいました。 その後マサキは改心したのか、終盤で再登場し怪獣に破れ力を失ったティガの復活ミッションに力を貸すのでした。 二人から学ぶべきこと 鬼滅の刃の中で継国縁壱という人物は桁違いの能力の持ち主です。 だから、そんな人物が身内にいると考えれば巌勝が嫉妬する気持ちもわかります。 また、マサキ・ケイゴは優れたポテンシャルを持つと同時に物凄い努力家です。 石像を自力で探し出し、一体化するシステムまで自分で開発しています。 また、怪獣や宇宙人と戦う部隊のメンバーであるダイゴ隊員を、素人であるにも関わらず肉弾戦で叩きのめすほどのトレーニングを積んでいます。 そこだけを見ればウルトラマンに相応しい人物のように思えるし、自分がマサキなら「何故ウルトラマンが俺じゃないんだ」と考えます。 巌勝もマサキも努力の人です。 努力は認められ、賞賛されるべきなのに何故二人とも道を誤ってしまったのでしょうか? それは嫉妬心が原因で努力の目的を間違えてしまったからです。 巌勝が努力したのはただひたすらに縁壱を超えるためでした。 マサキが努力したのはただひたすらにウルトラマンの力を手に入れるためでした。 二人とも自分以外の何かになろうとした。 だから巨大な力の誘惑に心が負けてしまったのです。 もしも巌勝が自分は縁壱とは違う人間で同じにはなれないと気づいていたら、もしもマサキが自分はダイゴ隊員にはなれないと気づいていたら。 マサキはまだ救いのあるラストですが、黒死牟は悲しみと後悔に満ちた最期を迎えました。 「あの人を超えたい」「あの人にできないことをしたい」。 そう思うことは多々あります。 自分と同じことをしている人だったり、状況が近い人を知っているなら尚更です。 だけど、 どんなに努力しても「私」は「あの人」にはなれないのです。 だって、そもそも違う人間なのだから。 巌勝は縁壱と同じではなく自分だけの強さを目的に。 マサキはウルトラマンになることではなく自分にしかできないことを目的に。 ティガの最終話では世界中の子どもたちがティガに宿って文字通りウルトラマンになります。 でも、石像化したティガを救うために奮戦している瞬間マサキもまたウルトラマンだったと感じます。 もし誰かへの嫉妬に心が潰れそうになったら、自分は自分なのだと考える。 それは自分の醜い部分や弱い部分を認めることで、勇気がいるかもしれない。 だけど、道を踏み外さない本当の強さとはそうした心持ちの中で生まれてくるものだと二人のキャラクターを見ると考えるのです。 黒死牟は最後の最後まで縁壱になることを捨てられませんでした。 その無念は、誰かへの嫉妬からその人に拘り続けたならば私たちの誰にでも起こりえることなのです。 勿論、諦めきれないことがあるから人間は生きていける面もあるでしょう。 でもそれを成し遂げるのが本当に自分の幸せなのか? 絶えず自分に問うことも必要です。 こんにちは。 当ブログを訪問頂きありがとうございます。 侑芽鋼太郎 ゆうがこうたろう と申します。 クラウドで仕事を探すライター志望です。 仕事に追われながら日々、読書や映画鑑賞に励んでいます。 特撮の評論などを読むのが好きで、同時に以前から書くことに興味がありました。 しかし、なかなか行動に踏み出すことができませんでした。 そんな日々の中で、ライティングを教えてくれる場所に出会いました。 そこで書いた文章で、嬉しい反応を頂き書くことのやりがいと楽しさを知りました。 どれだけ何かに触れても、それを残すことをこれまでしてきませんでした。 だけど、たくさんの本や映画に出会う中で自分が見たものが誰かの役に立てたらと思いブログをはじめました。 どうかよろしくお願いします。 Twitter 読書アカウント 特撮アカウント インスタ 最近の投稿.

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【鬼滅の刃】上弦の壱「黒死牟」さん怖すぎワロタwwwwww【ジャンプ感想】

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CV:( 善逸の兄弟子名義) 概要 の回想にて存在が示唆されていた 善逸の兄弟子。 当初は名前が不明だったため、読者からは善逸に桃を投げつけていた姿から 「桃先輩」という仮称で呼ばれていた。 師匠である慈悟郎のことを「先生」と呼び、真面目に修行に励む"雷の呼吸"の継承者。 善逸の回想シーンでは 「お前への指導は先生の時間の無駄」だと善逸にきっぱりと告げ、剣士を辞めるように責め立てている。 兄弟子であることから善逸より早くに入隊している模様。 階級や入隊後の動向は一切不明。 戦死したとに代わって "上弦の陸"の座を与えられ、無限城において鬼殺隊を殲滅せんと立ち塞がる。 彼が熱心な努力家で、真面目に鍛錬に励んでいたことは間違いない。 彼のは黄色であり、鎬に稲妻のような文様が入っている。 慈悟郎も善逸に 「獪岳を見習え!」「兄弟子のようになれ!」と檄を飛ばし、善逸も獪岳を嫌ってはいたものの、自分とは違いひたむきな彼を尊敬していた。 そして、その背中を見ていつか肩を並べてともに戦うことを願っていた。 その性格は 「自分の才能を正しく評価する者が善で、自分を正しく評価出来ない者が悪」という台詞からわかるように傲慢で独善的。 弟弟子の善逸を露骨に見下し蔑み、自分も素質に偏りがあったにも関わらず、己の才能を絶対視していたこと。 そして、それが認められない現状に勝手に不満を募らせることから、善逸とは違う方向の問題児の側面も見受けられる。 善逸はそんな彼を 「どんな時も不満の音がしており、心の中の幸せを入れる箱に穴が開いている」と評している。 過去 彼は岩柱ことが心を閉ざす原因となったとされる。 かつて、悲鳴嶼が多くの孤児と共に住んでいた頃の話で『ある子供が、いいつけを破って夜に出歩いていた時に鬼と遭遇し、自分一人が助かるために鬼に他の子供を売った』という事件が起こった。 その回想シーンで、ビジュアルの類似性と身勝手な性格から、 その時の子供こそ、慈悟郎に拾われる前の獪岳ではないかという推測もなされていた。 その後、原作17巻にてそれが 獪岳本人であると明言された。 事件の真相は、悲鳴嶼が盲目なのをいいことに寺の金を盗んだことが他の子供達にばれ、彼らから責め立てられた末に追い出されたことを逆恨みし、復讐として鬼に彼らを売ったというものであった。 子供達は悲鳴嶼に気を揉ませまいとしたのか保護者に相談もなく追い出した後ろめたさからか、獪岳は寝ていると嘘を吐き、悲鳴嶼自身も目が見えないこともあり鬼に言われるまで獪岳がいない事に気づかなかった。 善逸は獪岳のことを 「クズ」 と評し、その苛烈な性格から確かに嫌っていた。 それでも、善逸にとってたった一人の兄弟子であることに変わりはない。 また、善逸は修行場を離れた後も獪岳にまめに手紙を送り、心の底では 「兄貴」と呼んでいた。 しかし、それが獪岳の心を満たすことはなかった。 獪岳が善逸を嫌っていた最大の理由は、善逸の性格とは別のところにある。 しかし、獪岳は弟弟子と自分が同列に扱われるのが我慢ならず、善逸が贔屓されていると考えていたのだ。 実際は慈悟郎は獪岳と善逸を平等に慈しんでおり、揃いの羽織まで渡している(残念ながら獪岳がその羽織に袖を通すことはなかった)。 獪岳が善逸ばかり贔屓されていると感じたのは、自分には出来ない壱の型が使える嫉妬や、善逸が甘えたがりで慈悟郎に懐いていたからだと考えられる。 そんな獪岳の運命の分岐点は 十二鬼月最強の鬼、"上弦の壱"ことに遭遇してしまったことである。 良くも悪くも一般人的な感性を持っていた彼にとって、黒死牟の存在は目にするだけで恐怖と絶望感を与えるものであった。 その圧倒的な力に追い詰められて彼に土下座をしてまで命乞いをした結果、それを聞き入れた黒死牟によって提案されたのは鬼への勧誘。 そして獪岳は、恐怖に震えながら無惨の血を摂取。 その結果、人を貪る鬼へと変貌してしまった。 ……生きてさえいればいつかは勝てるという彼の考えによって、惜しくも自分の命を捨ててまで相手に立ち向かおうという考えに行くことはなかった。 最期 そして、無惨の本拠である無限城にて善逸と対峙することとなる。 鬼化したことで精神の歪みが加速したのか、善逸が伝えた弟子に鬼を出した不始末の償いとして自害を選んだ慈悟郎のことも侮辱する。 しかし、善逸は一言の元に吐き捨てた。 「俺がカスならアンタはクズだ」 「壱ノ型しか使えない俺と壱ノ型だけ使えないアンタ」 「後継に恵まれなかった爺ちゃんが気の毒でならねぇよ」 善逸との戦いでは、"雷の呼吸"に加えて鬼化で得た相手の体を崩壊させるを組み合わせた技で、善逸に致命傷に近い傷を負わせる。 しかし、善逸が他ならぬ 「いつか獪岳と肩を並べて戦うため」に編み出したによって頚を刎ねられる。 散々見下していたはずの善逸が、自分だけの新たな型を生み出す。 そして、自分がその技を受けて敗北する。 その事実を受け入れられない混乱の中で、力尽きた善逸も死ぬ以上自分の負けではないと勝った気になっていた。 だが、そこにと他の隊士が駆けつけて善逸を救出する。 そして、愈史郎から今までの自分勝手な言動に対する嘲りと哀れみの言葉を浴びせられる。 あらゆるものを踏みにじってまで保とうとしていた己の自尊心が覆しようのない形で折れていく事実に、もはや声にならない断末魔をあげながら消滅した。 一応"上弦の陸"という位を与えられていたものの、ですらない善逸一人に倒されるという他のと比較すると明確に格落ちするあっけない最期であった。 言わば補欠合格のような形で上弦の地位を得たに過ぎないことからこのっぷりも仕方のない所がある。 能力 /全集中"" "雷の呼吸"と血鬼術を組み合わせた技を使う。 血鬼術により刀の斬れ味が強化され、呼吸の演出も善逸と異なり 黒い雷になっている。 その斬撃を喰らうと体に亀裂が奔り、肉体を罅(ひび)割り続ける。 弐ノ型 稲魂(いなだま) 瞬きの間に行われる高速五連撃。 参ノ型 聚蚊成雷(しゅうぶんせいらい) 標的の周囲を回転しながらの波状攻撃。 肆ノ型 遠雷(えんらい) 詳細不明。 劇中の描写からおそらく壱ノ型と同系統の踏み込みからの斬撃と思われる。 伍ノ型 熱界雷(ねっかいらい) 下から上へ斬り上げる。 その威力は受けた善逸が天井に激しく衝突するほど。 陸ノ型 電轟雷轟(でんごうらいごう) 詳細不明。 劇中の描写では空中で放たれ、受けた善逸は体の至る場所に斬撃を喰らった。 総評 今まで鬼になったことで精神が歪んでしまった者や、鬼と出会って人生が一変してしまった者はいたが、鬼と出会う前から心の空白が明言される人物は彼が初めてである。 鬼になる前から「自分さえ良ければいい」という心情の元、多くの人物の心を傷つけ、死に追いやり、その事を一切悔いずに果てた事は到底許されない。 過酷な子供時代の影響から 「生きてさえいれば、いつかは自分を見下す強者にも勝てる」と考えており、悲鳴嶼の寺での回想や、黒死牟と出会い鬼となったことからもそれがわかる。 人間的に未熟な部分も、素晴らしい部分も理解しようとしていた善逸と慈悟郎の本心を見抜けず、 「泣き虫なお前と努力している自分を一緒にされたくない」「自分の才能や努力を評価してほしい」という強い承認欲求の末、二人を裏切り、獪岳は鬼となった。 更に言えば獪岳の行為によって被害を受けた悲鳴嶼や責任をとって切腹した慈悟郎も憐れみこそすれ、決して獪岳を恨んだり、責める言動はしていない。 理解者であった周囲の人について、思いやることなく自分を理解してほしいと願い、ただ生き抜くことのみ考え、その欲望のまま生きた結果、獪岳は誰にも認められることなく最期を迎えることとなったのである。 よって、結論から言うと獪岳が「クズ」であったことは否めない。 ただこれらの行為をそう断じるのは簡単だが、どちらのケースも 極限状態に追い詰められた故の行動である事を考慮しなくてはならない(所謂)。 寺を追い出された事は彼の自業自得だが、鬼と出会ったのは偶然である。 また、いくら鬼殺隊に入隊した後とはいえ黒死牟と出会ったことに関しては不幸としか言いようがない。 善逸は獪岳のことを嫌ってはいても、尊敬している一面もあったと告白している。 よって、彼の一部分だけを切り取って「ただのクズ」とは呼べないだろう。 寧ろ、彼の人生を大きく分けた二回の選択の機会に提示された選択肢はどちらも「自分が死ぬか、或いはそれ以外の誰かが死ぬか」という究極の二択だったこと、仮にその時自らの死を選んだとしてもそれが正しく評価されたかということまで考慮すると、誰も彼の事を非難することは出来ないだろう。 「他の命を犠牲にしてでも自分の命を守って生きる」というのは人類も含め全ての肉食動物の命の営みにも当てはまり、いわば自然の摂理、 食物連鎖にも共通する部分がある。 彼の心の空白を考慮しても、慈悟郎は 「善逸と獪岳が二人で雷の呼吸の継承者となること」を望み、弟子として育てたのだから。 彼は前任の"上弦の陸"の妓夫太郎と堕姫の兄妹同様、 環境によって悪に染まってしまったタイプと言える(少なくとも、のの様に生まれついての悪ではない)。 「自分さえ良ければいい」という傲慢で独善的な考え方も、元はと言えば「そうでもしなければ生き残る事すら叶わない」程に過酷に過ぎる子供時代に起因したものであり、そういう生き方を強いた親や環境にこそ原因と責任があるという見方も出来る。 寺の子供たちが理由があったとして、獪岳を鬼が出ると言われる外界に放逐したことについてはやり過ぎとも思えるが、悲鳴嶼がそれを子供たちに問い質すことはついぞ無かった。 また、善逸も最初の頃は比較的温厚な性格である炭治郎が 「描写できないレベルの般若の形相」を浮かべる位にマジ切れすることもあるほどのかなりのヘタレだったのを勘案すると、獪岳が善逸に辛く当たった原因は善逸の言動にも原因があったのかもしれない。 大して修練しているように見えない善逸がよりにもよって自分が唯一会得出来なかった壱の型だけ使えたという不愉快極まりない現実まで見せつけられた獪岳のストレスは如何程のものだっかは察するに余りある。 そして、跡取りとして認められていると思っていた桑島が新たな弟子として善逸を連れてきたことに対しての失望も大きかったと思われ、桑島が不出来な弟弟子を構い、その分恐らく獪岳の指導時間が削られ、自らの扱いや存在が軽視されたと感じたのではないかと推察される。 「人間的に未熟な部分も、素晴らしい部分も理解しようとしていた善逸と慈悟郎の本心を見抜けなかった」と上にも書いたが、実際のところ二人の思いもまた一方通行でしかなく、それを積極的に伝える努力をしていたような様子は殆どなかった。 理解しようとはしていたかもしれないが、結局本心を見抜けなかったのはお互いさまである。 慈悟郎が最期に介錯もつけずに切腹をするという最も苦しい死に方を選んだのは、もしかすると一門から鬼を出した不始末に対する贖罪ではなく、己の無理解が原因で獪岳を苦しめ、鬼に堕としてしまったことへの贖罪と、そうさせてしまった己の不甲斐無さに対しての罰だったのかもしれない。 だが、両者の思いは終ぞ正しく伝わることは無く、完全にすれ違ったまま破局を迎えてしまった。 獪岳側には最初から破滅以外の結末などなく、選択肢があるとすればそれがいつ、どのような形になるか程度を選ぶことしかできなかった。 もし、善逸と慈悟郎がより積極的に獪岳を理解しようとし、その奥底にある本心に気づくことが出来ていれば、そうでなくとも、もう少し誤解を招かないような接し方さえ出来ていれば、結末は違っていたかもしれない。 公式ファンブック「鬼殺隊見聞録」にて無惨による上弦への評価では他の鬼への評価は全て判明しているものの、発売時期の影響か獪岳のみ無惨からの評価が判明していない。 今後なんらかの形で公表されるのであろうか、現状では不明。 関連イラスト 鬼化後.

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【鬼滅の刃】ついに明かされた黒死牟(こくしぼう)と炭治郎の関係!日の呼吸が使える!?黒死牟の隠された能力とは?

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スポンサーリンク 【鬼滅の刃】十二鬼月「上弦の壱」 上弦の壱とは鬼の中でも 圧倒的な強さを誇っています。 鬼の中にはランクが作られており「 十二鬼月」と呼ばれている12人の鬼たちが存在しています。 下弦の鬼達は短い間で何回も入れ替わることがありますが、上弦の鬼は100年以上の間ずっとメンバーが変わることがありませんでした。 鬼のランクには、下弦は陸から壱まで、上弦も陸から壱までのクラスがあります。 数字が小さくなるほど鬼の強さは強くなり、一番強いのは上弦の壱です。 その 上弦の壱である黒死牟はとてつもなく恐ろしい強さの鬼であると考えられます。 スポンサーリンク 【鬼滅の刃】「日の呼吸」の使い手? 鬼滅の刃には 呼吸法という大切なものがあります。 『呼吸法』とは、 鬼殺隊の面々が鬼と戦う際に使用する操身術です。 鍛え抜かれた肺により、体の細胞の隅々にまで酸素を行き渡らせることで、身体能力を格段に引き上げることができます。 これを『 全集中の呼吸』と呼び、鬼殺隊士はこの『全集中の呼吸』を応用して、技を繰り出します。 剣士である『柱』は、『水柱』『炎柱』のように使用している呼吸によって呼称が変わります。 現在、鬼殺隊士たちが主に使用している呼吸が 『水の呼吸』『雷の呼吸』『炎の呼吸』『風の呼吸』『岩の呼吸』の5つである。 これらの呼吸から 『花の呼吸』『霞の呼吸』『蟲の呼吸』など、様々な呼吸が派生しています そんな呼吸の中には 「始まりの呼吸」と言われている「日の呼吸」があります。 日の呼吸は今現在の鬼殺隊の隊士たちの中で扱う人間は存在していません。 そのため 最強の呼吸法という事で伝説になっています。 主人公の炭治郎は、なぜか父親の踊っていた舞が日の呼吸の一つの型だった事を知り、技として使うことができるようになりました。 スポンサーリンク 【鬼滅の刃】謎に包まれた黒死牟の過去とは? 黒死牟は鬼になる前になにをしていたのか、また黒死牟はどのような人間だったのか判明していません。 顔の痣はかつて鬼殺隊の隊士の証だとしても、 耳に太陽の紋章の耳飾りが黒死牟にはありません。 見た目は以前の日の呼吸の剣士たちと同じです。 しかし 顔の痣は日の呼吸の剣士が現れると、まわりの他の呼吸の使い手の剣士たちにも出ると言われています。 黒死牟は痣があるので日の呼吸の使い手である剣士がちかくにいたとも考えられます。 何らかの呼吸の使い手であったことは明らかで、鬼殺隊の隊士として戦っていたのかもしれません。 もしかすると今後の物語の中でだんだん過去について明らかになっていくのではないでしょうか。 黒死牟には、 何か鬼殺隊や炭治郎の家族たちと関わりがある事も予想されています。 スポンサーリンク まとめ 上弦の鬼たちの存在は前々から明かされていましたが、黒死牟の素顔や能力などは全く分かりませんでした。 しかし、上弦の鬼最強の 黒死牟とヒノカミ神楽の使い手がよく似ていた事がわかりました。 黒死牟は和服を着ていて、しかも刀を所持していたので、その姿からなんとなく鬼殺隊の隊士を想像してしまいますが、情報は謎に包まれていました。 それに 彼の後ろ姿がヒノカミ神楽の使い手である炭次郎の親父 とよく似ていたのです。 炭治郎の夢の中にもよく似た人物が現れていました。 そんなに強かった黒死牟がなぜ、鬼舞辻無惨に屈してしまい、鬼になってしまったのでしょう。 彼は鬼殺隊の隊士たちと同じように刀を所持していたため、 鬼になる前は鬼狩りをしていたのかもしれません。 今現在も上弦の鬼の中で一番強い鬼なので、鬼になる前の状態でも相当強かったのだと思われます。 黒死牟は、 日の呼吸の使い手で、始まりの呼吸の剣士と何らかの関係があるのではないかということも考えられます。 それから最初の鬼である鬼舞辻無惨をその昔、あと一歩の所まで追い詰めた「 耳飾りの剣士」と、黒死牟はとても良く似ています。 未だにこの「耳飾りの剣士」に怯えるほど、無惨の記憶に刷り込まれているようです。 実際、炭次郎の耳飾りを見た無惨は、態度を急変させて炭次郎に喰ってかかり、その後も異常な執着をみせました。 その後も無惨に「耳飾りの剣士」の記憶が蘇る事から、二人にはかなり深い因縁があるのがわかります。 つまり、最強の鬼狩りが鬼になったのですから、あり得ないほど強いことが想定できますね。 無惨よりも強い可能性があります。 それからもし黒死牟が耳飾りの剣士だとしたら、 耳飾りは「日の呼吸」を伝授された事により炭吉の耳飾りだけ残り、自分の耳飾りは抹消されてしまったのではないでしょうか。 無惨の血により鬼になったという事も考えられるけど、黒死牟が耳飾りの剣士とは同一人物ではない可能性もあるのではないでしょうか。 このように強さや過去、炭治郎との関係などわからないことが多い黒死牟です。 炭治郎や鬼殺隊とどうなっていくのでしょうか。

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