千と千尋の神隠し エンディング 幻。 【その後】千と千尋の神隠しにまつわる幻のエンディング、ラストとは | シネパラ

千と千尋の神隠しには幻のエンディングがある?違うところと引越し業者について解説

千と千尋の神隠し エンディング 幻

これ私も聞いたことある! 信じたくはないけど…。 この都市伝説の発端は 湯婆婆の発言と 世界観の設定によるものです。 ではまず湯婆婆の発言を紐解いていきましょう。 作中の終盤ハクが 千尋を元の世界に戻すために湯婆婆に交換条件申し出ます。 このハクの要求に対して湯婆婆がこう返します。 「 八つ裂きにされてもいいのかい?」 どストレートですよね。 そして最終的には、湯婆婆の出したテストをクリアし 千尋は父と母を取り戻し、元の世界に戻ります。 つまり、 ハ クの要求は通った。 ということになりますね。 その結果、今度はハクが湯婆婆の要求を呑む番です。 その要求こそが前述しましたように 「 八つ裂きになる」ということです。 しかし、ここで疑問を抱きませんか? いや、そんなの 拒めばよくね? まさにこの一言に尽きます。 しかしながらそれができないのがこの世界なのです。 その真意を知るためには、 世界観の設定を紐解く必要があります。 湯屋の設定は「 神様が疲れを癒しにくる場所」 というものがありますよね。 当然そういった場には規律が必要になります。 そしてその規律こそがこの世界の秩序になります。 それこそが「 全てのことはルールに従わなければならない」 というものです。 だからこそ ハクは湯婆婆との交換条件を守る必要があり 湯婆婆もまたその交換条件を守る必要がありました。 そのため、湯婆婆が千尋を元の世界に返した理由ですね。 そうなったらハクは八つ裂きにされるしかないですよね。 しかしながら、それはないと私は考えています。 ルール守らなきゃいけないんじゃないの!? 確かにこの世界でルールは絶対です。 交換条件であればなおさらです。 ルールに従わない場合どうなるか見当もつきません。 しかし、 もしその交換条件を破棄されていたら? 一体どうなるでしょうか? 私の考えでは 湯婆婆とハクの契約は無効となっていた。 というものです。 まず、湯婆婆の「 八つ裂きにされてのいいのかい?」 という問いかけはハクが湯婆婆の弟子になるため交わした 魔女の契約を湯婆婆が再確認したものと考えられます。 また、反抗するのであれば 魔女の契約に従い罰を与えることを警告したということではないでしょうか。 実際ヨーロッパでは古くから 魔女狩りというものが行われていました。 その際、魔女と思われる人に対しては拷問をしてから 火あぶりの刑にするという方法が取られていました。 魔女狩り(まじょがり英: witch-hunt)は、魔女とされた被疑者に対する訴追、裁判、刑罰、あるいは法的手続を経ない私刑等の一連の迫害を指す。 魔術を使ったと疑われる者を裁いたり制裁を加えることは古代から行われていた。 ヨーロッパ中世末の15世紀には、悪魔と契約してキリスト教社会の破壊を企む背教者という新種の「魔女」の概念が生まれるとともに、最初の大規模な 魔女裁判が興った。 そして初期近代の16世紀後半から17世紀にかけて魔女熱狂とも大迫害時代とも呼ばれる魔女裁判の最盛期が到来した。 当然、ハクは魔女の湯婆婆の弟子ですので魔女狩りの対象です。 ですがハクは湯婆婆との契約を破棄していたため 湯婆婆の提示を受け入れる必要がなくなったのです。 では私がそう考える経緯を説明します。 物語の終盤、ハクは千尋を助けに行きました。 そこで千尋のおかげで ハクが本当の名前を取り戻します。 それこそが一番の要因です。 順番に話を進めていきましょう。 千尋が契約を無効にできた理由 ハクと湯婆婆の契約破棄を紐解くカギは 千尋と湯婆婆の契約から考えることができます。 千尋が湯屋の世界に迷い込んでから ハクの助言に従い、湯婆婆のところに向かいます。 そこで「 ここで働かせてください!」と何度も申し出ます。 その千尋の根気に負けた湯婆婆が、契約書を持ち出し 千尋にサインをさせます。 勘の鋭い人ならもうお気づきですね。 これこそが 魔女の契約なのです。 作中の描写では、契約書の詳細までは写っていませんが 恐らくそこには• 名前を奪い、新しい名で生きていく• これまでの記憶を消す だったのではないでしょうか。 しかしながら千尋はこの契約書である重大なミスを犯します。 それこそが 誤字です。 10歳の千尋が単純に 漢字を間違えただけなのか ハクの助言でこのように書いたのかは分かりませんが これにより 千尋は魔女の契約を結んでいなかった。 ということになります。 実際の作中で千尋は、父や母の事を覚えていたりします。 その他にも、自分の名前を最後まで覚えています。 銭婆のところを去る際に本当の名前を告げていますよね。 契約を結んでいれば記憶を徐々に失っていったでしょう。 つまりこの世界では 名前こそが契約の鍵なのです。 ハクが本当の名前と記憶を取り戻したことにより 湯婆婆に契約として差し出していたものが消失した。 ということになります。 契約で差し出したものが戻ってきた。 という感じになります。 これにより魔女の契約は効力を失い 湯婆婆の呪縛から解放されたと考えることができます。 そしてハクは「湯婆婆は相手の名を奪って支配するんだ」とも発言しています。 そこから考えるに 本当の名前を持っている者には効かない という考えもできますよね。 お父さんお母さんが豚にされた理由 全てのことはルールに従わなければならない この世界観の設定こそが お父さんとお母さんが豚にされた理由に繋がります。 もう分かりますよね? そう、 この2人はルールを破ったからなのです。 ではそのルールと何か? その1つが 無銭飲食です。 たしかによくなーい。 無銭飲食といっても2人は後で払うつもりでしたけどね。 前払いシステムなのかな?なんてネタ考察もできますね。 私が思うに真のルールは 神様への食事に手を付けてはいけない。 だと思います。 前述した湯屋の設定に関わるものです。 「神様が疲れを癒しに来る場所」なわけですから その客人の食事に手を付けたらマズイですよね。 千尋の髪留めの光はハクの涙 千尋が元の世界に戻る時、一瞬振り返ろうとします。 その時に千尋の髪ゴムがキラっと光りますが、 それは 八つ裂きにされてしまったハクの涙ではないか と言われているのです。 また千尋とハクが最後に別れるシーンで、 手を繋いでいた 千尋の手が離れ、ハクの手だけが名残惜しく画面に残る。 これは、 2人の永遠の別れを表現しているという考えもできます。 実際のところは判明してはいませんが、これには必ず意味がある。 そう考えることができますよね。 なんせ宮崎駿の名作なのですから。 これに対してまだ私自身も考察が及んでいないので 判明したらまた記事にまとめますね。 ずばり、『 人間と水は共存しあうもの』というメッセージです。 人間と水は切っても切れない関係であり、絶対に必要なものである。 そういうメッセージが込められているのではないでょうか? 宮崎駿の作品には必ずメッセージが込められています。 そしてそのメッセージは 絶対に作中で説明されません。 その真のメッセージを考えるのも宮崎作品の楽しみ方の1つ。 と私は考えています。 千尋が車の中で来る前に着けていた髪留めが銭婆から貰った髪留めに変わっていることに気が付き不思議がる 何故かは覚えていない• 新居に向かう途中、丘から引っ越し業者が既に到着しているのが見え母親が「もう業者さん来ちゃってるじゃないのー」と父親に怒る• 新居に到着後、引っ越し業者の1人から「遅れられると困りますよー」と注意される• 千尋が1人何気なく新居の周りを歩いていると短い橋の架かった緑ある小川があることに気付く• これに関しては完全に都市伝説ですが 皆さんはどう考えますか? もしくはこのワンシーンを観たことがありますか?.

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『千と千尋の神隠し』の8つの謎とは?知れば知るほど面白い!

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岡田斗司夫です。 ---- では、最初のお便りは、ジブリネタが来ているので、その紹介から行ってみようかと思います。 そのくらい、おもしろかったです。 ありがとうございます。 これがもしかして「荻野一家の引っ越し」の原因ということではないかな、、と思いました。 ---- ありがとうございます。 まあ、面白い論ですね。 こういうのを僕は「俺ジブリ」って呼んでいるんですけど。 これも、やっぱり自分の視点の1つなんですよ。 要するに「何が正解なんだ?」とか「それはもう宮崎駿に聞くしかない」とか、そういうことを言う人がいるんですけども。 それは高校生までの考え方なんですね。 つまり、ある1つのテキスト……まあ、こういう文芸の対象のことを「テキスト」と言うんですけどね。 「あるテキストに対する解釈とは、作者が意図したものただ1つ」というのが、高校生までが習う、テスト期間の文芸に対する態度なんですけど。 ところが、大学に入る頃にはそういうものはなくなってきて、「研究によってこういう可能性がある」とか「このようにも読める」とか、そういうふうに物を考えるのが、基本的には大学以降の文学研究の方式なんですけど。 そういうのが俺ジブリ。 「俺にとって、こういう読み方が出来る」というもの。 これに対して「これは正しいか? 正しくないか?」っていうので言うと、僕はあんまりピンとこないんだけど、すごく面白いと思います。 だから、後は、すごく面白いことの論拠みたいなものをどれだけ集めてくるのかになってくるんですけど。 ・・・ まあ、こういう「俺〇〇」が増えると、作品を見るだけでなく、その作品に参加することが出来るんですね。 参加して、それを他人に話すことによって「ああ、それ、面白いな」と思ってもらえる。 そうやって、面白いと言ってくれる人が増えていけば、それはセカンドクリエイターという状態になるんですよね。 これは、もともとはキングコングの西野君が作り出した言葉で、別の意味だったんですけど。 僕、その語感がすごく面白いなと思ってるんですよ。 まあ、いわば「お父さんが引っ越した原因はこれじゃないか?」ということで、同人誌を作ることが出来るんですね。 そして、その同人誌を先に読んだ人にとっては、もう、その解釈が正しくなるんですよ。 例えば、『機動戦士ガンダム』にも、富野由悠季が作った設定ではなく、「後になってバンダイが作った設定」とか「後でホビージャパンが作った設定」とか「後でガンダムのプラモのマニアだったストリームベースという大学生のお兄さんが作った設定」というのが、今ではメインになっているわけですね。 後に、安彦良和さんが「あの時の富野さんとは、どうしても意見が合わなかったが、俺はこうだと思う!」と言ってやっていた『ガンダム THE ORIGIN』というのも、やっぱり、後から作られた設定なんですけど。 ところが、後から生まれたガンダムファンにとっては、その後の設定を読んで育つので、それが正しい設定になるんですよ。 だから、昔の『ガンダム』を見たら「何か変だ」ということにもなるんですね。 なので、今の世界というのは、テキストの正しい解釈というのだけではなくて……それはそれで、もちろん大事なんですよ? だから、氷川竜介さんみたいな本物のアニメ評論家の方々は、そっちをやっているんですけど。 僕はそうじゃないんですね。 そうではなくて、2次創作が当たり前の世界、コミケがこの世界にあるのが当たり前の世界に生きているので、「セカンドクリエイターみたいな人が増えて来て「俺ガンダム」みたいなものが増えてきたら、すごく楽しいな」と思います。 これは掲示板に載っていた意見なので、このステッカー欲しければ、僕にメールをして、自分の住所と名前を教えてください。 ・・・・・・ 『千と千尋』については、もう1つ来ています。 メール募集と言うことで思い切って送ってみることにしました。 大変楽しく、興味深く拝見させて頂きました。 また、その際にまんまとプレミアムに入会してしまいました。 満足しています(笑)。 あの、まず、この噂がどうかというよりも、事実関係だけで言うと「映画館での差し替え」というのは、基本的にやらないんですよ。 なぜかと言うと、まあ、21世紀に入るまで、というか、もう本当に10数年前くらいまでは、映画ってフィルムだったんですよね。 フィルムというのは物理的な存在であって、プリントなんですよ。 東洋現像所とかイマジカとかそういうところで、原版となるネガフィルムから……まあ、コピーネガを撮るんですけど。 そこからフィルムを焼いて、各映画館に配るんですね。 このフィルムのプリント代が、1980年代後半当時、映画1本当たり135万円くらいするわけですよ。 135万円ですよ? 『千と千尋』は、公開時は日本全国で343館で公開してたので、この差し替えに掛かる経費というのは、フィルムのプリント代だけでも、まあ、だいたい4億6千万円を超えるわけですね。 「そんな経費、どこが負担するんだよ?」と。 つまり、監督の意地でそれを変えるんだとしたら、「その4億6千万円は誰が出すんですか?」っていう話になっちゃうんです。 なので、まあ、よっぽど、無茶なことをしない限りないんですね。 「よっぽど無茶」というのは、例えば……「例えば」ですよ? 例えば『宇宙戦艦ヤマト』のとあるシーンに、西崎義展さんというプロデューサーさんが「どうしても納得出来ない!」と言う。 こうなったら、もう「プロデューサーが全責任を持つ」というような形で、差し替えということもありえます。 だから、そういう例がゼロではないんですけど、まあ、もしそんな事が本当にあったら、ものすごい騒ぎになりますので、絶対に記録に残るんですよね。 現実的には難しいと思います。 ・・・ この都市伝説の出どころは、2ちゃんねるへの書き込みだそうです。 2014年の11月24日。 もう、都市伝説が生まれた日までわかっているというのはすごいね(笑)。 金曜ロードショーで『千と千尋』が放送された時に、ニュース速報の掲示板にこんな書き込みがあったそうです。 04 ID:R2BYzI01K. だと思っているでしょうが本来この後には続きが存在します。 ちなみに映像化、アフレコもされており公開当時映画館でも一部で実際に流されていました。 今回の地上波放送でもこのラストシーンが流れることはおそらく無いでしょう ---- とまあ、こんな書き込みがあったんですね。 それで、一気に広がったと言われているんですけど。 実はこれ、半分は本当なんですよ。 この都市伝説が上手く出来ているのはここなんですけど。 引っ越し業者以下のくだりは、コンテまでは本当に描かれているんですね。 コンテまで描かれているんですけど、まあまあ、宮崎駿のことだから、描いたコンテでも、ボツになったものは、もう処分しちゃうんですよね。 実際に作画打ち合わせまではやってたらしいんですよ。 しかし、もちろん線の仕上げの段階までは持って行ってないし、アフレコもしていない。 当時のジブリには、そこまでの余裕はないんですね。 『千と千尋の神隠し』って、もうギリギリの体制でやっていたので、一応、後ろの尺が2時間に収まるようにということもあって、切ってしまった。 宮崎駿も、一番最初は、ラストシーンとして引っ越しまで描く予定だったらしいんですけど。 でも、コンテ段階で「あ、これは違う」と。 「神隠しが終わったら、もう1ヶ月か2ヶ月経ってることにしよう。 そしたら、その後ろのシーンはやらなくていいから、バッサリ捨てられる」と。 まあ、そういうふうな流れらしいんですね。 でも、「公開当時、一部の映画館だけで実際に流されてました」というふうに都市伝説の後ろに書かれると、日本国内の全ての映画館の関係者のチェックを取らないと、完全な真偽はわからないんですよね。 なので、このデマは、わりと事情を知っている人の作為的な、意図的なデマだと思うんですよ。 この書き方を入れるということは。 ・・・ じゃあ、次に、この都市伝説を信じている人が多い理由について、なんですけど。 これって、僕だけが知っている話ではなく、「ここまでコンテが出来てた」っていうのは『千と千尋』の物語の資料集を見たらどこにでも書いてある話なんですね。 なので、この噂が流れた時に、脳内で作っちゃうわけですよ。 なぜかと言うと、人間の記憶というのは、現実そのものを記憶するのではなくて、脳内で整理されたパッケージとして記憶しているからですね。 記憶というのは、短期記憶から長期記憶へとカテゴリー移動する時に、そのままではデータ量が多過ぎるんです。 なので、人間というのは、例えば映画を見て「うわぁー!」って思った時の記憶を、長期記憶へ保存する時に、データを間引くんです。 そして、このデータを間引く時に、全体を再構成する。 だから、映画によって、ハッキリ覚えている部分と「えっ? そんなシーン、本当にあった?」みたいな差が誰にでも生まれるのも、当たり前なんですね。 さらに、この再構築された記憶って、それを頭の中で思い出す度に、つまり、アクセスする度に、微妙に壊れるんですよ。 アクセスする度に、微妙に壊れて、再び再構成し直してを繰り返して、どんどんパッケージを小さくしていくんですね。 このデマというか、2ちゃんねるの書き込みを読んだ瞬間、みんなは頭の中から、わりと省略された『千と千尋』に関するデータを読み出すんですけど。 それを解凍して、バッと広げる時に「こんなシーンがあった」と言われると、あったかのように思い出しちゃうわけですね。 記憶を読み出す時、あっという間に、映画館の中で本当は存在しないシーンを見た記憶まで思い出してしまう。 本当は、そんなシーン存在しないんですけど、「あっ、そんなのを見た気がする。 ……いや、確かにあった! 絶対に見た!」と。 だって、この2ちゃんねるの書き込みというのは「おおっ!」という内容ですから。 あったような気がしちゃうわけですね。 人間の記憶というのは、遥か昔に見た映画より、2ちゃんの書き込みの方が優先されるから。 なので、頭の中で、その記憶が上書きされて、実際に見た映像よりも、脳内で作り出した映像の方が、ものすごくスムーズに繋がってしまうわけです。 というわけで、これを投稿してくれた方、やっぱりメールに住所が書いてなかったので、ステッカーが欲しければ、メールをください。 よろしくお願いします。 ---- 記事全文は、下記のnote記事もしくはKindle電子書籍でお読みいただけます(有料)。 amazon. なお、ニコニコチャンネル「岡田斗司夫ゼミ・プレミアム」(月額2,000円+税)では、テキストのほか、毎週日曜の「岡田斗司夫ゼミ」生放送とゼミ後の放課後雑談、毎週火曜の「アニメ・マンガ夜話」生放送+講義動画、過去のニコ生ゼミ動画、テキストなどのコンテンツをアーカイブサイトから自由にご覧いただけます。

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千と千尋、幻のエンディングの真偽【再現動画投稿者の説

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世代を問わず愛されるジブリアニメには、 様々な都市伝説や謎があることをご存知ですか? そのような都市伝説がネットや視聴者の間で話題となっており、その真偽が多くのファンによって議論されている昨今… 平成13年に登場して、スタジオジブリのみならず日本のアニメーションの代表作と言っても過言ではない「 千と千尋の神隠し」にも謎めいた都市伝説が複数あります。 Sponsored Link 気になる「幻のエンディング」の内容 「千と千尋の神隠し」のラストは千尋が湯婆婆の出された試練に見事正解し、両親とともに「元の世界へ帰っていく」というもの。 しかしそのシーンには、通常よりも少し先まで描かれた 幻のラストシーンがあった模様。 そして「千と千尋の神隠し」の 上映開始日から1週間のみ映画館で流されたという都市伝説があるのです。 これは気になりますよね… ちなみに、例の少し先まで描かれた「ラストシーン」は以下のような場面だったと言われています。 ・もとの世界に帰ってから、千尋は車内で自前の髪留めが銭婆のくれたものに変わっていることに気付く ・家族と引越し先の新居に向かう車の中、すでに引越し業者が到着しているのを発見 ・千尋の母が父に「業者さん、もう来てるじゃない!」と責めた後、その引越し業者から「遅れると困ります」と注意される ・その後、千尋が何気なく新居の辺りを散歩していると、短い橋の架かった小川が目にとまる ・千尋がその川を橋の上から眺めていると、ふとした拍子にその小川がハクの生まれ変わりであることを察する …こんなシーンだったとのこと。 上記の通り、エンディングは映画館での上映からわずか1週間限定で、その後は映画館のみならずテレビやDVDでも確認が取れないため「幻のエンディング説」がネットを中心に駆け巡ったのです。 果たして、本当にこの幻のエンディングは存在したのか? Sponsored Link 「千と千尋の神隠し」に幻のエンディングは存在しなかった? 結論から言えば、これはあくまで噂に過ぎず都市伝説だったようです。 スタジオジブリもそのようなエンディングがあったことを公にコメントしておらず、1週間だけエンディングを限定で流すという行為自体かなり労力がかかるため、あまり現実的ではありません。 逆に言えば公に明かされていないからこそ「 幻のエンディング」になるのですが… では何故、この都市伝説がファンや視聴者の間でネタになったのか? この「千と千尋の神隠し」のエンディング説…発端は、 とあるネットユーザによる書き込みだとされています。 そもそもエンディングのシーンがごく一般的なものであれば、ここまで普及しなかったのかもしれません。 それが、いかにもあり気なシーンだったので 視聴者たちの間で自然と1人歩きしたのだと考えられます。 確かに話の流れからも違和感なくストーリーに収まってしまいますしね。 これが真実なのか、はたまた本当に都市伝説なのか…判断するために各種方法を検討しましたが、やっぱり今は見れないようです。 まとめ 「 千と千尋の神隠し」の幻のエンディング説、いかがだったでしょうか? この手の話は意見が賛否分かれるところですが… もしも「千と千尋の神隠し」に隠されたエンディングがあるとしたら…貴方はどんな続きを描きますか? 観る人によってさまざまな受け止め方が出来るのがジブリ作品の魅力。 是非自分だけの色を付け足してみてください。 都市伝説のようなエッセンスに加え、真偽が分からない作品に対しても新しい視点を持って鑑賞できるのでオススメです。

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