清少納言 枕草子。 清少納言について!枕草子や百人一首、紫式部との関係や性格・本名を解説!

枕草子の内容や特徴を中学生向けに解説。作者の清少納言とは?

清少納言 枕草子

「枕草子を書いた清少納言ってどんな人だったのかな?」 「枕草子について簡単に解説してある本があったらいいけど、おすすめはどれ?」 このように思っていらっしゃる方も多いかと思います。 実は清少納言は平安貴族の一女性でありながら、その燦然と輝く感受性と機智を武器に中宮定子のオフィスで大活躍した、生粋のキャリアウーマンでもありました。 清少納言は闊達でのびのびとした性格の女性であったのか、「枕草子」の文体も比較的明快な構造で、現代人の私たちにも存外に読みやすく、その瑞々しい感性がダイレクトに伝わる名文でもあります。 この記事では、「枕草子」で有名な清少納言の意外な事実と、清少納言の魅力に迫る本をご紹介していきたいと思います。 本当の初心者の人でも読める導入書から、少し詳しく踏み込んだ内容のものを読みたい人向けの学術書まで、幅広く選びました。 ぜひ参考にしてみてください。 リンク 読んでみて NHK総合で1988〜92年に放送されていた番組「まんがで読む古典」の書籍版です。 くだけた現代語訳に生き生きとしたまんが表現がマッチして読みやすく、わかりやすい内容となっています。 また、生活にまつわる細々とした文化や風習への説明も盛り込まれ、平安時代の理解にも役立ちます。 くすりと笑えるテンポの良さで、彼女の生きた時代と感性に手軽に触れたいという方には導入として大変おすすめです。 初めて古典に触れるお子様から大人まで楽しめる一冊となっています。 みんなのレビュー 現代風にアレンジされており、とっつきやすかった。 その点、清少納言はもっとおしとやかだのと言う人もいるかもしれないが、趣を大切にする平安時代の中で描かれる知的な感性をもつ清少納言の魅力は申し分なかったと思う。 絵は可愛いし、笑いどこが随所に散りばめられており、知的な清少納言は可愛く、勉強にもなり、楽しかった。 引用元: 平安ガールフレンズ リンク 読んでみて この本は、平安時代の女性作家・歌人を「誰とだったら友達になりたいか」という視点から書いた古典エッセイです。 清少納言、紫式部、藤原道綱母、菅原孝標女、和泉式部という、そうそうたる面々の人生と性格が読み解かれます。 清少納言を「あるあるの元祖」と表現されているのには思わずニヤリとしてしまいます。 平安の文壇を飾った個性豊かな女性たちに親近感を抱けるようになる本書。 同じクラスにいたら…職場にいたら…。 今に通じるガールズトーク気分で読める本書で、仲良くなりたい平安作家が見つかるかもしれません。 みんなのレビュー 平安時代の有名女流作家5人を的確でわかりやすく現代の言葉で解説した、愛に溢れる古典エッセイ。 この時代の物語が大好きなので、その作者を捕まえて「この人は承認欲求を抱えてる」「この人は中二病」とユーモアを交えて綴られるのが楽しくて仕方ない。 女性の自由度が極端に低かった時代で、それでも躍動するように生きる彼女たちがいみじくも眩しい。 引用元: むかし・あけぼの 上 小説枕草子 リンク 読んでみて この本は、枕草子をもとにした小説で、男性顔負けの学才を持ちながら退屈な生活を送っていた海松子(清少納言)が、その卓越した感性を認められ、出仕する様子が書かれています。 この作品における清少納言は、年若くも美しく教養豊かで朗らかな藤原定子に魅せられ、誠心誠意慕い、尽くします。 定子の方も彼女を認め、そば近くで仕えさせ引き立てます。 清少納言の、家庭にだけではなく社会にも居場所を持ちたい、自分の力を発揮したい、また自分の慕う人に認められたいという願いには、多くの人が共感できるのではないでしょうか。 終盤、没落しても誇りを失わない清少納言の姿に、筆者が彼女に向ける温かい眼差しが感じられます。 清少納言の一人称で語られ、読者は枕草子の文章と歴史上の出来事を、彼女の視点に同調して自分の気持ちのように味わえます。 ライトノベル並に平易で弾むように書かれつつ、人々の心の襞に分け入る深みのある文章が素晴らしい。 昔読んだ田辺さんのエッセイに、空襲警報を聞きながら不思議と生死の事ではなく、ただ、美しいものを再び見ることは出来ないのだと思った、と書かれていたのを思い出しました。 清少納言の想いと重なるような気がします。 刹那の美しさ、その切なさ。 人の愛しさ。 引用元: 枕草子のたくらみ 「春はあけぼの」に秘められた思い リンク 読んでみて この本は、「枕草子」に清少納言が込めた真意と謎を解き明かそうとする内容です。 紫式部がその人物像を酷評していたにもかかわらず、そして道長陣営の敵であった定子に仕えていたにもかかわらず、「枕草子」は歴史の表舞台から葬り去られませんでした。 本当に清少納言は紫式部が評したような傲慢で嫌な女であったのか、それとも…。 本書ではその真相が語られます。 時代に翻弄された清少納言が最後まで守り抜こうとしたものはなんだったのか。 なぜ枕草子は書かれたのか。 ミステリー小説のように語られる本書に次々にページをめくってしまい、知的好奇心をくすぐられました。 紫式部との対比も興味深かったです。 みんなのレビュー 枕草子は定子の下命により献上された。 定子のため、定子に捧げた作品であると述べる。 執筆が本格的になったのは、定子が長徳の政変によって出家した後の頃。 絶望的な状況にあった定子の心を慰め、幸福に満ちた定子後宮の姿を書き留めたと考えると作品の読み方が変わる。 定子は闇の中であっても枕草子を読んで笑ったりときめいたりしたことだろう。 初段の「春はあけぼの」であれば、たなびく紫雲は世の泰平の兆しであるとともに、定子その人だという解釈も素敵だと思った。 悲劇に終わった一条天皇と定子の愛と『源氏物語』冒頭の結びつきに驚いた。 引用元: 清少納言 人物叢書 リンク 読んでみて この本は、枕草子研究の第一任者、岸上慎二名誉教授による清少納言伝記です。 枕草子が軸となるため、枕草子論をも多分に含む充実した一冊です。 親類縁者についても史料を丁寧にひもとき、清少納言の性格や体型にまで言及しているところも興味深いです。 この本は、2002年に故人となった先生の著作ですので、一部表現などにやや時代を感じるかもしれませんが、随一の学術的伝記であることに疑いはありません。 清少納言の人物像に迫りたい人にお勧めしたい一冊です。 みんなのレビュー 資料が少ない為枕草子、清少納言集等に基づいて推測を加えながら論を進めている。 外面が良く自分に甘いっとの辛口コメントが面白い。 下級貴族から宮廷へ出仕出来た喜びが、中宮定子亡き後の侘びしい人生を支えていたようである。 和歌を得意とする父親を持ちながら、和歌を捨て随筆で自己の世界を築いた反骨精神も出生に影響している推理は興味深い。 引用元: 枕草子(上) 新潮日本古典集成 第11回 リンク 読んでみて この本は、日本の古典文学の専門家の知識と知見の集大成がこの「新潮古典文学集成」シリーズの一冊です。 原文が紹介されている本は他にも多々ありますが、このシリーズは用語の注釈が細やかに書かれており、現代語訳が原文と違う色で部分的に記載されていて読みやすく、古文を読んだことがなくても挑戦しやすい編集となっています。 大学の文学部の図書館にも所蔵されるような専門的な本ですが、近年リニューアルされて価格が下がり、手に取りやすくなった点も嬉しいところです。 原典に触れて清少納言の文体を直接じっくりと味わいたい、と思われた方にはがおすすめの一冊です。 みんなのレビュー 学生時代に購入、折りに触れ読み返す一冊です。 今回は「むかし・あけぼの」を再読したことが契機で。 萩谷朴先生、尊敬してます。 現代語訳も解説も読み応えあって、素晴らしいと思います。 引用元: まとめ いかがでしたか。 清少納言と彼女の書いた「枕草子」への理解と興味が深まる本を、六冊ご紹介しました。 清少納言のことや枕草子の内容を手軽にざっくりと知りたい人は、「まんがで読む古典 1 枕草子」• 清少納言をはじめとする平安時代の文壇女性に親近感を抱きたい人は「平安ガールフレンズ」• 時系列の小説仕立てで自然に清少納言の生き様や心や誇りを感じ取りたい人は「むかし・あけぼの」• 枕草子に込められた清少納言の真の意図を知りたくなった人は「枕草子のたくらみ 『春はあけぼの』に秘められた思い」• 学術的に確かな清少納言の伝記を押さえておきたい人は「清少納言 人物叢書 」• 枕草子の原典を読み込み、その筆致の美しさを直に感じ取りたい人は「枕草子(上) 新潮日本古典集成 第11回」 どの本を読んでも、清少納言の闊達自在で今にも通じる精神は千年の時を飛び超えて、あなたに囁きかけてくれることと思います。 この記事がご参考になり、清少納言との良き出会いのきっかけなれば幸いです。

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枕草子『春はあけぼの』わかりやすい現代語訳と単語の意味 / 古文 by 走るメロス

清少納言 枕草子

清少納言は平安時代中期の女流作家です。 康保3年(966)から 万寿2年(1025)頃にかけて活躍したとされ、著名歌人であった清原元輔の娘として誕生しました。 清少納言という名前は本名ではなく、中宮定子に仕えていた際の女房名で「清」は父・清原元輔の清原姓に由来するとされていますが、太政官の職の1つとされる「少納言」を務めた清少納言の親族はおらず「少納言」がつけられた由来は不明とされ、謎の多い人物です。 代表作である随筆 「枕草子」を残し、百人一首にも自身の歌が収録された清少納言は、 紫式部のライバルともいわれています。 そんな清少納言の生涯、性格、紫式部との関係性、枕草子について解説していきます。 天延2年(974)には父・清原元輔の周防守赴任に際し約4年間、同行しました。 天元4年(981)、 清少納言が15歳頃に陸奥守・橘則光と結婚し翌年には一子則長を出産しますが、夫婦生活は長くは続かず、やがて離婚をします。 その後は摂津守・藤原棟世と再婚し娘・小馬命婦をもうけました。 宮中にて仕える 清少納言が30歳前に正暦4年(993)冬頃から、女房として中宮定子に仕え始めます。 宮中で仕えている際、 博学な清少納言は主君の中宮定子から寵愛を受けました。 それだけではなく藤原実方、藤原斉信、藤原行成、源宣方、源経房との親交があり、華やかな交際関係があったと推測されます。 この頃から「枕草子」の執筆が始まったとされ、中関白家の没落と清少納言が仕えた中宮定子の身にふりかかった不幸や宮中での日々の話題、自然や風物、日々のあり方などを執筆しました。 長保2年(1000)に中宮定子が出産で命を落としてからは宮仕えを辞めます。 晩年 晩年、一度は再婚相手である藤原棟世の任国摂津にいたとされていますが、その後は亡父・清原元輔の山荘があった東山月輪の辺りに住んでいたとされ、晩年の詳細は不明です。 清少納言の本名 本名 清少納言とうい名前は本名ではなく宮中に仕えていた時の女房名です。 「清」は父・清原元輔の清原姓に由来するとされていますが、太政官の職の1つとされる「少納言」を務めた清少納言の親族はおらず「少納言」がつけられた由来は不明とされています。 しかし推測の1つとして歴史学者の角田文衞さんはこのような推測をされました。 角田文衞説 婚姻関係があり「少納言」とつけられたのではないかという説です。 「少納言」とつけられるからには必ず、父や、夫といった親族が少納言の職を務めたはずで、同時代の人物で父・清原元輔と親交のあった藤原元輔の息子・藤原信義と一時期婚姻関係であったのではないかと推測されています。 清少納言の性格 清少納言の父・清原元輔は百人一首に歌が採用され、また優れた歌を詠む名人の三十六歌仙のうちの1人にも選ばれ、祖父は「古今和歌集」の代表的歌人である清原深養父で歌人でした。 このような家系に生まれ育った清少納言は幼いころから、和歌や漢文を学び、転機の利く明るい女性に育ち、宮中に仕えていた清少納言は、漢詩や、和歌の教養を豊富に持っていたため中宮定子に寵愛されます。 しかし当時、漢字は男性が使用する文字、漢詩は男性が学ぶものであり、漢詩の教養を持ち漢詩に詳しい清少納言をやはりよく思わない男性もいました。 にもかかわらず「枕草子」の随筆の中では漢詩の知識を使った巧みな演出を描きます。 このことから 清少納言は周りの意見や評価に惑わされず自身の知識に自信があり、男性貴族に臆することのない気の強い性格の女性であったのではないでしょうか。 ライバル関係であったとされる紫式部 「源氏物語」を代表作とする平安時代中期の女性作家、紫式部。 正確な本名、誕生年などは清少納言と同様に分かってはいませんが、天禄元年(970)から寛仁3年(1019)に活躍した人物であると推測されています。 夫・藤原宣孝が亡くなった後に執筆された「源氏物語」の文才が周囲に認められ、寛弘2年(1005)12月から寛弘8年(1012)頃まで宮中にて中宮彰子に仕えました。 宮中での奉仕を終えたその後の紫式部の晩年の様子は清少納言と同様に詳しくはわかっていません。 清少納言と紫式部の関係性 清少納言と紫式部は宮中に奉仕していましたが、2人の間に面識はありません。 また文通を交わした記録も残されていません。 ではなぜライバル関係とされているのでしょうか。 清少納言は中宮定子に紫式部は中宮彰子に奉仕していましたが、お互いの奉仕先は、のちに権力争いが勃発します。 また 清少納言と紫式部の作風の違いや、清少納言が「枕草子」に紫式部の夫・藤原宣孝を馬鹿にした記事を書いたこと、紫式部が清少納言に対し酷評を「紫式部日記」に記述したこと、このようなことからライバル関係とされています。 枕草子 「春はあけぼの…」で有名な清少納言の代表作である随筆 「枕草子」の執筆時期は正確には判明していませんが、長保3年(1001)に完成したのではないかとされています。 平仮名を中心とした和文で記され、中関白家の没落と清少納言の仕えた中宮定子に関する出来事、宮中での日々の話題、自然や風物、日々のあり方などが記されました。 一般的には「枕草子」は分かりやすく大きく3つの分類がされています。 1つ目 類聚章段 ここでは多種多様な物事の定義について記述されます。 1つの題材を掲げ、同じ種類の事柄を集めた文章表現が多く使用されている章段となり、 「山は」「河は」「すさまじきもの」「ありがたきもの」などから始まる段が代表的です。 2つ目 回想章段 清少納言が仕えていた約7年の中宮定子に関係する宮廷社会、貴族社会の出来事を振り返ったことが書かれています。 主に清少納言が仕えていた中宮定子との思い出話が多く記されてあり、中宮定子との知識に富んだやりとりや、 清少納言の学識を自慢するかのような内容が記されました。 3つ目 随想章段 ここでは四季のさまざまな自然について、また日常生活における清少納言が感じたことなどを記述します。 一般的には「春はあけぼの」のように類聚章段、回想章段にも属さないものが随想章段として振り分けられることが多いです。 百人一首 清少納言の歌は飛鳥時代末期から鎌倉時代初期まで優れた和歌の名人を集めた百人一首に採られています。 夜こめて 鳥のそらねは はかるとも よに逢坂の 関はゆるさじ この歌が百人一首に採られましたが、 これは中国の「史記」に書かれた孟嘗君のエピソードを使い詠まれた歌で、いかに清少納言が漢詩の知識を持っていたことがわかります。 またこの和歌は藤原行成とのやりとりの中で詠まれた歌で、そのことが「枕草子」に記述されました。 当時は漢詩を学ぶことは女性にとって不必要なことで、漢詩の知識を豊富に持つ清少納言をよく思わない男性貴族もいたとされていますが、このように和歌に漢詩の知識を使用した清少納言は、稀な存在だということが言えるでしょう。 さいごに 清少納言はまだ本名や誕生年など不明な点が多く残りますが、代表作「枕草子」、百人一首では、自らの持つ漢詩の知識を使用した博識で強気な性格の女性であったと思われます。 「枕草子」では自然の美しさや、華やかな貴族社会での出来事を記し、当時の貴族社会での生活や、中宮定子についてうかがい知ることのできる貴重な歴史価値のある書物です。 平安時代の女性も現代人と変わらない感性を持っていることがわかる作品で、平安時代の日記として目を通されてはいかがでしょうか。

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「枕草子」を元大学教員が解説!作者は清少納言、平安時代のSNS?フォロワー獲得の手法とは?5分でわかる日本初のエッセイ

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