神田 松 之 丞 襲名。 高田文夫 神田松之丞・六代目伯山襲名披露パーティーを語る

松之丞改め六代目神田伯山 真打昇進襲名披露興行 日程 / ニュース / 六代目 神田伯山 オフィシャルサイト

神田 松 之 丞 襲名

2020年2月に真打ちとなり、六代目神田伯山を襲名することを発表した講談師の神田松之丞 今、最もチケットが取れない講談師といわれる人気者の神田松之丞が、2020年2月に真打ちに昇進し、六代目神田伯山(はくざん)を襲名すると発表した。 2月11~20日の新宿末広亭(東京・新宿)を皮切りに、各地で襲名披露が行われる。 松之丞は1983年生まれ。 2007年に神田松鯉に入門した。 12年に二ツ目昇進。 2年前に始めたラジオ番組などをきっかけに人気に火が付いた。 今年は「1年で高座が700席を超えた」という多忙ぶりだ。 軍記物など長い物語を語る講談は久しく集客に苦しんできたが、松之丞の人気に引っ張られて活気を取り戻しつある。 伯山は、神田派の祖ともいえる大名跡で、松之丞の襲名で44年ぶりに復活する。 松之丞は「僕にとっては神様のような名前。 でも知らない方も多いでしょうから、宣伝部長のつもりで伯山のすごさを伝えていきたい」と語る。 全国に散逸した伯山の資料も集めたいという。 松鯉は、松之丞について「一緒に学校での公演に行ったら、小学生が高座に夢中になって大笑いしていた。 自分としてはそういう教え方をしたつもりはないのに。 世間でいう、天才的なところがあるのじゃないかと思った」という。 対して松之丞は「僕自身は師匠のようなかっちりして重厚な講談が好きだけれど、今の僕は、いろいろな人に聞いていただく講談をやっている。 講談の常連の方は嫌かもしれない」と冷静に分析する。 落語芸術協会に所属し、講談師だけの舞台ではなく、寄席でもまれて育ってきたことも特徴だ。 落語芸術協会の会長、春風亭昇太は「松之丞さんはバラエティー番組でのトークもいけるし、新しいお客さんをつかめる人。 これから講談界全体を引っ張っていってもらいたい」と期待する。 (瀬崎久見子).

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神田松之丞が伯山を襲名するまでの半年間を追う、TBS『情熱大陸』

神田 松 之 丞 襲名

2020年2月に真打ちとなり、六代目神田伯山を襲名することを発表した講談師の神田松之丞 今、最もチケットが取れない講談師といわれる人気者の神田松之丞が、2020年2月に真打ちに昇進し、六代目神田伯山(はくざん)を襲名すると発表した。 2月11~20日の新宿末広亭(東京・新宿)を皮切りに、各地で襲名披露が行われる。 松之丞は1983年生まれ。 2007年に神田松鯉に入門した。 12年に二ツ目昇進。 2年前に始めたラジオ番組などをきっかけに人気に火が付いた。 今年は「1年で高座が700席を超えた」という多忙ぶりだ。 軍記物など長い物語を語る講談は久しく集客に苦しんできたが、松之丞の人気に引っ張られて活気を取り戻しつある。 伯山は、神田派の祖ともいえる大名跡で、松之丞の襲名で44年ぶりに復活する。 松之丞は「僕にとっては神様のような名前。 でも知らない方も多いでしょうから、宣伝部長のつもりで伯山のすごさを伝えていきたい」と語る。 全国に散逸した伯山の資料も集めたいという。 松鯉は、松之丞について「一緒に学校での公演に行ったら、小学生が高座に夢中になって大笑いしていた。 自分としてはそういう教え方をしたつもりはないのに。 世間でいう、天才的なところがあるのじゃないかと思った」という。 対して松之丞は「僕自身は師匠のようなかっちりして重厚な講談が好きだけれど、今の僕は、いろいろな人に聞いていただく講談をやっている。 講談の常連の方は嫌かもしれない」と冷静に分析する。 落語芸術協会に所属し、講談師だけの舞台ではなく、寄席でもまれて育ってきたことも特徴だ。 落語芸術協会の会長、春風亭昇太は「松之丞さんはバラエティー番組でのトークもいけるし、新しいお客さんをつかめる人。 これから講談界全体を引っ張っていってもらいたい」と期待する。 (瀬崎久見子).

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神田 松 之 丞 襲名

東京都心に近いキャパ600人の区民ホール。 神田松之丞の独演会に集まった満員の客は、いかにも講談通に見える人から人気の松之丞を聴きに来たという感じの人までさまざま。 年齢層も10代から高齢者まで幅広い。 それぞれの真剣さがピーンと張りつめ、張扇(はりおうぎ)の小気味いい音が響くとホール全体が前のめりになったような……小声で私語を交わしたら、シッ! と注意された。 講談界の救世主、100年に一度の逸材、チケットの取れない講談師。 数年前から火がついた松之丞人気、ブームは今や燃え盛っている。 一時は東西の講談師の数が24人にまで激減し絶滅危惧職とも言われていたのに、今や1000人のホールも満杯で入門志願者も押し寄せる。 まさに現代の奇跡といってもいい状況を生んでいるのである。 「そういう誇大広告のようなことをメディアは言うけど、本当はどうなんでしょうね。 ただ、私以外の先生方がすごいのでそっちを聴いてほしくて、徐々にそうなりつつありますね。 大先輩の神田愛山(あいざん)先生が、昔は開場時間になっても誰もいなかったが今は長蛇の列、こんな時代がくるとは思わなかったとおっしゃってくれて。 講談界のために頑張ってるよねと思ってもらえたらうれしい。 僕はひたすらいろいろな媒体で名刺を配っているスポークスマンみたいなもの。 野暮に大きな声出すのがずっといなかったので、その野暮な役を引き受けている」 強力な突破力で突き進んだ結果、いつの間にかメディアが松之丞を求め、テレビやラジオではレギュラーの冠番組が生まれ、取材の申し込みは引きも切らないが、年間650席もの高座もしっかり務める。 「確かに疲れてはいますね。 今は休みがなくてマックス働くとはこういうことかという日々です。 でも踏ん張り時でもありますから。 本丸の講談で毎月新しいネタおろしして、古いネタもお客さまに喜んでもらえるように工夫する。 少しずつでもうまくなる。 同時にせっかく生まれた講談への流れを止めないために、まだまだ名刺も配らなければいけない」 松之丞の芸には講談を知ってほしいという思いが迫力となってほとばしっているし、もう一度聴いてみたいと思わせる魅力に溢れている。 松之丞って面白いらしいという評判が人々を引き付け、テレビやラジオで知った人が好奇心とともに初めて演芸場や独演会に足を運ぶ。 難しいと思われてきた講談を面白いと思ってもらえることで講談の入り口は大きく開いたが、何をもって面白いと感じるのか。 面白さとはなかなか曲者(くせもの)でもある。 「多くの人が笑いを求めているんだなあと感じるんですよね。 地方に行くと顕著で、硬すぎる3席の独演会は厳しい。 でも講談はあくまで気軽な大衆芸能で、その日のお客さまに合った話をすれば必ず喜んでいただけると自負しています。 もちろん、すべるときもありますけどね。 気軽な大衆芸能というところが少しだけ今までの講談界には浸透していなかったかもしれませんね」.

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