浅見帆帆子 離婚。 DREAM CARDS|浅見帆帆子プロデュース作品

浅見帆帆子さんの本2

浅見帆帆子 離婚

Q どうしてDream Cardsを作ろうと思ったのですか? 「パッと引くようなものは、さすがに偶然だろう」……、私も以前はそう思っていました。 自分のまわりに起こる出来事にはたしかに意味がある、関係ないように感じても、実はその出来事を通して自分に必要なことを知らせてくれている…… それは確信しているけれど、さすがにカードやおみくじのようなものには、そこまでの意味はないだろう……と。 ところが、「そのときの自分」がランダムに選ぶものこそ、そのときの自分の状態をリアルに反映しているのです。 私が明るい気持ちで、希望にあふれて仕事に向かっているときにカード(Dream Cardsではありません)を引くと、 「そのままの状態で夢実現」、「自分の好きなものに意識を集中させよう」というように、自分をますます活発化させるカードを引き、 私が落ち込んでいるとき、なんとなく暗い気持ちになっているときには、「必ず脱け出すときが来る」というようなメッセージ、 自分を振り返るメッセージ、または気分転換をさせる具体的な方法が載っているカードを引いたものでした。 (実際、そのカードの通りに気分転換をしたところ、私にとっては貴重な出会いがあり、物事が好転したことも多々ありました。 ) 面白いことに、時間が経っていても同じ気持ちの状態でカードを引けば、同じようなカードが続くのです。 また、そのカードを見たことで自分の言動を変えれば、変わった「新しい自分」に沿ったカードを引くようになる…… 自分の意識が外側に来るものを選んでいることをはっきりと感じたのです。 今の自分の状態をはかるバロメーター、とも言えますよね。 Q作成の段階で、工夫したところ、大変だった部分などはありますか? 今回は、本の中の絵カットと違い、背景すべてを含んだ「一枚の絵」を33枚分描いたので、かなりの集中力だったと自分でも思います。 伝えたいメッセージを先に書き、それとは別に心に浮かぶ描きたいシーンを描いて、それらを後からマッチングさせたのですが……、 不思議と「この言葉にはこの絵しかない」というように、それぞれがぴったりと噛み合いました。 また、色使いや背景の部分などに母が参加したため、私のなかではふたりの合作、という気持ちです。 一枚一枚、ふたりが納得するまでにはずいぶん時間がかかりましたが、カードの裏面や、パッケージ、箱の底にあるイラストも含め、 私としてはとっても気に入っています(笑)。

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人気作家・浅見帆帆子が明かす好運が長続きしない3つの理由|人間力・仕事力を高めるWEB chichi|致知出版社

浅見帆帆子 離婚

Q どうしてDream Cardsを作ろうと思ったのですか? 「パッと引くようなものは、さすがに偶然だろう」……、私も以前はそう思っていました。 自分のまわりに起こる出来事にはたしかに意味がある、関係ないように感じても、実はその出来事を通して自分に必要なことを知らせてくれている…… それは確信しているけれど、さすがにカードやおみくじのようなものには、そこまでの意味はないだろう……と。 ところが、「そのときの自分」がランダムに選ぶものこそ、そのときの自分の状態をリアルに反映しているのです。 私が明るい気持ちで、希望にあふれて仕事に向かっているときにカード(Dream Cardsではありません)を引くと、 「そのままの状態で夢実現」、「自分の好きなものに意識を集中させよう」というように、自分をますます活発化させるカードを引き、 私が落ち込んでいるとき、なんとなく暗い気持ちになっているときには、「必ず脱け出すときが来る」というようなメッセージ、 自分を振り返るメッセージ、または気分転換をさせる具体的な方法が載っているカードを引いたものでした。 (実際、そのカードの通りに気分転換をしたところ、私にとっては貴重な出会いがあり、物事が好転したことも多々ありました。 ) 面白いことに、時間が経っていても同じ気持ちの状態でカードを引けば、同じようなカードが続くのです。 また、そのカードを見たことで自分の言動を変えれば、変わった「新しい自分」に沿ったカードを引くようになる…… 自分の意識が外側に来るものを選んでいることをはっきりと感じたのです。 今の自分の状態をはかるバロメーター、とも言えますよね。 Q作成の段階で、工夫したところ、大変だった部分などはありますか? 今回は、本の中の絵カットと違い、背景すべてを含んだ「一枚の絵」を33枚分描いたので、かなりの集中力だったと自分でも思います。 伝えたいメッセージを先に書き、それとは別に心に浮かぶ描きたいシーンを描いて、それらを後からマッチングさせたのですが……、 不思議と「この言葉にはこの絵しかない」というように、それぞれがぴったりと噛み合いました。 また、色使いや背景の部分などに母が参加したため、私のなかではふたりの合作、という気持ちです。 一枚一枚、ふたりが納得するまでにはずいぶん時間がかかりましたが、カードの裏面や、パッケージ、箱の底にあるイラストも含め、 私としてはとっても気に入っています(笑)。

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毎日、ふと思う〈3〉帆帆子の日記2003

浅見帆帆子 離婚

作家・エッセイスト。 大学卒業後、ロンドンに留学、インテリアデザインを学ぶ。 帰国後執筆活動に入り、(廣済堂あかつき出版)、(幻冬舎)、(ダイヤモンド社)、(三笠書房)、(フォレスト出版)、(世界文化社)などが、累計400万部超のベストセラーとなる。 そのほか、絵本、旅エッセイなど著書多数。 人材教育や企業研修に取り入れている企業も多く、海外でも広く翻訳出版されている。 作家としての活動以外に、インテリアデザインや手帳などのプロデュース、介護ユニフォームに始まるファッションアイテムのデザイン、ジュエリーブランドの立ちあげなど、独自のライフスタイルが注目されている。 現在の夢は「アジア平和」、カンボジアでの里子や教育支援を通して、アジア平和につながる活動を展開中。 考えたこともありませんでした。 小さい頃から文才があった、というようなこともまったくありません。 大学を卒業して、すぐにロンドンに留学しました。 小学校からミッションスクールだった影響でしょうか、讃美歌や宗教絵画がとても好きだったので、本当はイタリアに行く予定で準備していたのですが、大学卒業の年にコソボ紛争が勃発して、フィレンツェの治安が悪くなってしまったので、「とりあえずはロンドンへ」ということになったのです。 何度かホームステイをしていたので馴染みがあったことと、英語圏だったので気が楽だったのですよね。 そうそう、イギリスに決めた理由がもうひとつありました。 インドに住んでいる不思議な力のある知人から、人を介して突然連絡があり、「帆帆子さんは、イギリスに行くと、世に名前が出る」と言われたのです。 もちろん、私がイタリア行きを変更しようと思っていたことは、私の家族しか知らなかったときのことです。 「こういう言葉がこのタイミングで耳に入ってきたということは、なにかの情報かもしれない!」と思って、ますますロンドンへの気持ちが固まりました。 こういう「意味のある偶然」や、タイミングよく入ってきた言葉に、すべてノルわけではなくて、あのときは聞いたとたんに、「やっぱりロンドンだ!」と、とてもうれしくなったのです。 やはり、それを聞いたときに明るい気分になったり、気が動いたときは、それにノッテいいのだと思います。 帰国して、「ロンドンの勉強」という本が出ることになったとき、留学前に言われたこの言葉をはじめて思い出しました。 「本が出る」というのは、たしかに「世に名前が出る」ということだわ、と思ったのです。 はじめは「ただ行く」という、目的もないいい加減なものでした。 父がとてもハワイが好きだったことから、幼稚園時代はハワイと東京を行ったり来たりしていたので、英語は留学前からそれほど困ったことはなく・・・・・・ということは、ますます「なにをしたらいいのかしら・・・?」と思っていたのです。 学生時代からわりと真面目な子だったので、「このままブラブラして、ずっとやりたいことが見つからなかったらどうしよう」とか「日本に帰ったらなにをしよう」なんて不安に思っていました。 とりあえず、ホームステイ先から語学学校に通いながら、ロンドン市内を観光したり、美術館や博物館を見学したり・・・・・・そういう生活を数ヶ月続けているうちに、毎日のようにBook Storeに通っている自分に気付いたのです。 インテリアの本を片っ端から眺めていて、ふと気付くと外は真っ暗……。 ロンドンのBook Storeは、本棚の下に細長い椅子がグルリとついているので、そこに座ってゆっくりと見ることができました。 まわりにも、そうやってゆっくりと買う本を選んでいる人がたくさんいたのです。 「インテリアの本を眺めているとこんなに楽しい、ということは、これを勉強すればいいんじゃないの?」と思ったのです。 帰国後、寝室を模様替えしました (photo from 「」) インテリアの中のソフトな部分をデザインして製作する技術のことです。 ソフトな部分というのは、ベッドリネン、クッション、ソファーカバー、カーテンなどです。 もっと細かく言えば、ベッドの台の下についているヒラヒラした部分(バランスと言います)や、カーテンボックスを隠すようについている布でできた飾り(ペルメット)、椅子にスッポリとかぶせるカバー(日本では、レストランやウェディングの時に、テーブルクロスと合わせた布や色で椅子を覆っていますよね)なども入ります。 欧米では、自宅のソフトなインテリアの部分を好きな布でオーダーしたり、自分で作る人も多いので、ソフトファニッシングの技術は特別なものではありません。 ですから、布の種類も豊富です。 日本にもあるラルフローレンのインテリア部門や、ローラアシュレイなどのようなお店に、何百種類もの布が売られているので、あれもこれもと本当に迷います。 日本では見たこともないようなシックで繊細な柄や、同じ柄の色違いなどもあり、とても洗練されてるのです。 布だけを扱うお店もたくさんあって、1メートル数万円~という高級ファブリックのお店などは、ため息の出る素晴らしさでした。 今でも、ロンドンに行くとファブリックのお店を駆けずり回って、大量に日本に送っています。 (ロンドン留学時代の話はに詳しく書いてあります。 ) 帰国後は、大学生のときからしていた家庭教師をしていました。 母校の生徒たちが、小学生から高校生まで6,7人いたのです。 帰国してすぐに、「」という日記の本を光文社から出したのですが、これは自分でも「留学の記念」と思っていたので、それから先も本を書いていこうとはまったく考えていませんでした。 ですから、これから一体なにをしたらいいのかしら、という不安でいっぱいでした。 ソフトファニッシングはあくまで「趣味」と思っていたのと、日本で言う「インテリアコーディネーター」の仕事とは少し違うので、大企業で働くつもりはまったくなかったのです。 そんな不安だらけのときに、母が言いました。 「いつか、あなたが心から満足いく状態になるから大丈夫。 『こうなりたい!』という自分の姿を思い浮かべながら、目の前のことを一生懸命していれば、道は必ずどこかにつながるわよ」 こうなりたいという希望は大してなかったので、「目の前にあることって家庭教師しかないなあ」と思ってそれを一生懸命していたら、生徒のお母様の知人の会社で、インテリアの内装をたのまれました。 行ってみると、その会社は出版社で、会議室の椅子の張替えやカバーを作りながら社長といろんなことを話しているうちに、「次の本を書かないか?」という話になったのです。 「君の好きなように思いつくことを書いていい」と言われて書いたのが、代表作の「」です。 お陰様でベストセラーになり、6年経った現在(2008年2月)でも増版されています。 この「あなたは絶対!運がいい」の本を書くことが決まったときに、「目の前のことを一生懸命していると、道は必ずどこかにつながるというのは本当だったわ」と実感しました。 「家庭教師」と「本の出版」は、まったく関係ないことのように感じますが、なにがどこにつながるかはわからない、その縁を引き寄せるには、心配しないで自分の楽しそうな未来の姿を思い浮かべること、そして目の前のことを一生懸命することなんだな、とわかったのです。 それからは、あっという間に本を書く世界に入り、現在の私がいます。 いつも支えてくださっている方々(特に、本当に親身に応援してくださっている方……ここでお名前を出したいほどです!)には、いつも感謝の気持ちでいっぱいです。 もちろん読者の皆様にも!.

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