チーノ 小説。 おかえり、ペロロンチーノ

おかえり、ペロロンチーノ

チーノ 小説

この記事には暴力的または猟奇的な記述・表現が含まれています。 もお読みください。 - )は、生まれの。 ロストフの殺し屋、 赤い切り裂き魔などの呼び名で知られる。 からにかけて、おもに内で52人を殺害したとしてを言い渡された。 一部の犠牲者は、当時のとで殺されている。 当時のでも連続殺人犯はチカチーロ以前から存在していたものの、公式の見解としては「連続殺人はの弊害によるものであり、この種の犯罪は存在しない」とされていた。 チカチーロの犯罪については、 ()(管轄の文民警察組織)内部では連続殺人という認識がなく、組織立った捜査が行われなかった。 チカチーロの犯行範囲は事実上ソ連全土に及んだこと、犠牲者が男女を問わなかったことで、同一犯の犯行とは考えられず、いたずらに犠牲者を増やす結果となった。 最終的にはの捜査介入が行なわれ、逮捕されるに至った。 以下はチカチーロの写真(他言語版)• 経歴 [ ] 生い立ち [ ] 、ウクライナ共和国スムスカヤ州ヤブロチュノア村に生まれる。 タチアーナという妹が1人いるほか、飢えた隣人に誘拐されて食べられてしまったステパンという兄がいたと母親が語っているが、実際に起こったことなのかどうかは定かではない。 ソ連がに参戦すると、アンドレイの父は徴兵された。 アンドレイは母親と寝床をともにしていたが、慢性的なであったために症状が出るたびに母から暴行を受け、屈辱的な日々を送った。 戦争は、アンドレイにをもたらした。 ウクライナを覆っていた飢饉のあいだに、がウクライナの農民からウクライナ全土の収穫物を強制的に収奪した。 ウクライナのいたるところで次々と餓死者が出たうえ、が急激に増えたことも報告された()。 第二次世界大戦中に遭遇したにて、アンドレイは怯えと興奮の両方をもたらした体験に出会っている。 戦争での捕虜となりで生き残った父が家に帰還したが、父は兵役による報酬と生存の代わりにに降参した「裏切り者」「生き恥を晒した」という烙印を押された。 勃起不全 [ ] 成長のさなかに自身がであることに気付いたアンドレイは苦悩する。 自身のぎこちなさと深刻な憤怒とが、アンドレイ自身をさらに悪化させた。 生まれついてのであった彼は、髭が生えてくるころには、自分は神の意志によって「去勢」されたと信じるようになった。 いつしか彼は、自分の性器を無意識のうちにいじるようになった。 この性的不能がチカチーロという人間を生涯苛み、さらには連続殺人という行為に至らせる要因となる。 学校では、極度の近眼となで肩からくるなよなよした雰囲気から同級生によるいじめのターゲットになった。 近視と性的不能のほかに乳首が異常に大きく長かったことで、小学生の頃は「おかま」というあだ名をつけられたが、成長するにつれて体が大きくなると一転して「チカチーロ・シラ(強靭な)」と呼ばれるようになった。 読書を愛し、特にソ連の若き(ゲリラ)がドイツ兵を捕らえ森の中で虐待する小説に傾倒していた。 15歳を過ぎるとを始めとしたに親しむようになり、のちに学校の壁新聞を使って生徒たちに演説を行い、、、らの思想を聞かせている。 1953年には、『』に掲載された記事を近隣の人々に読んで聞かせるという役目を政治局の地方係官から任せられている。 自分が一度失敗したことを忘れることができず、自分や両親に向けられたどんな些細な愚弄も忘れなかった。 思春期のころのアンドレイは異性と付き合うことを断念し、読書とに耽った。 1954年、アンドレイの家に、妹タチアーナの同級生でターニャという名前の少女が訪ねてきた。 彼女は13歳であった。 年齢に比して大人びていたターニャを見たアンドレイは彼女の背後から襲い掛かり、強引に性交を試みた。 だが、彼の性器はしなかった。 こそすれど、まるで変化がないのである。 これを受けてターニャはアンドレイを罵り、彼は激しい後悔と劣等感に打ち震えた。 大学受験での挫折 [ ] 性的コンプレックスを紛らわせるかのように勉学に打ち込んだ結果、地元では知らぬ者のない秀才となっていたチカチーロは、ソ連におけるを志し、名門の受験に挑むも、失敗に終わった。 本人は「成績は良く、試験の手ごたえも十分だったのに、父がドイツ軍の捕虜になったばかりに不合格になった」と信じて疑わなかった。 自分の才能を過大評価したチカチーロは、大きなを抱いたまま年を重ねていった。 モスクワ大学不合格の挫折を乗り越えられなかったチカチーロは、翌年の再受験や別の大学への進学を断念し、不本意ながら工業専門学校に進んだ。 そこではを専攻し、卒業後は通信技師として働くかたわら、35歳で通信制大学で大学卒業資格と教員資格を取得し、()で教師になることを目指す。 彼の出世は、のちの複数の未遂に対する告訴でもって終わることになる。 19歳のとき、チカチーロはタチアーナ・ナリツナドという17歳の少女と恋に落ちた。 2人は会うたびに互いを求め合い、性的行為におよぶのも早かった。 だが、性交に2度踏み込んだにもかかわらず、チカチーロはやはり性的不能であった。 このために2人の間では、性交はタブーと化した。 このままだと彼女は自分に見切りをつけるのではないかという焦燥感に駆られたチカチーロは、今度こそはという思いで性交に再び臨んだ。 精力剤を飲んだり、木の葉を磨り潰したものを自分の性器に塗り付けるなど、必死であった。 だが、そんなチカチーロに対してタチアーナは辟易し、さらには気味悪がるようになった。 結局、チカチーロの性器は勃起しないまま射精するに至った。 電話工 [ ] チカチーロは2年間の(通信工学を専攻した経歴を買われ、駐東独ソ連軍に通信兵として勤務)を経て、「」の要請で、から1300kmほど離れたという街にある基地に配属された。 彼はこの地の寒さで、皮膚が裂けて肉が剥き出しになるほどのあかぎれに悩まされた。 だが、この時期のチカチーロは、同僚や上司の評判がよく、ほぼ順調に任務を果たして帰った。 1960年に陸軍を除隊したチカチーロは、家族が住むヤブロチュノア村に一旦戻り、ロシアとの国境付近に仕事を求めて移動した。 から30kmほど離れたロディオノホ・ネスタビィエフスキという街で、電話工として働き始める。 自分の性的不能に気がついたのは、このころであった。 働き出して生活が安定したチカチーロは家族を呼び寄せ、1962年に両親が小さな家を購入して出て行くまで、彼らは一緒に過ごした。 同年、妹のタチアーナが、ワシーリーという土地の青年と結婚している。 このころのチカチーロは、暇を見つけては1日に何度も自慰行為をするようになった。 まるで硬くならない自身の性器を、しごくようにして自慰に耽っていた。 この電話工時代、チカチーロは、仕事仲間と電信設備の修理に来ていたとき、仲間に隠れて自慰行為を行っていたところを運悪く同僚に見られたことで大きく馬鹿にされるという致命的な失敗を犯した。 チカチーロは妄想をするようにもなった。 それは、か弱い女が嫌がるも、最後はチカチーロの腕の中で抵抗を弱め、彼の自由にされるというものであった。 結婚 [ ] 妹のタチアーナは、兄のことを心配していた。 ソ連では、18歳から19歳の間に結婚しているのがほとんどであったが、チカチーロは27歳になろうとしていた。 チカチーロはしばしば「勉強中だ」と部屋に籠もって自慰に耽っていた。 兄が部屋の中で何をしているのかは妹も気がついていた。 タチアーナは、ウクライナ国境沿いのノヴォシャフチンスクにある自分が働いている美容院で知り合った友人、フェーニャ・オドナチェヴァを兄に紹介した。 フェーニャはチカチーロよりも3歳年下であった。 最終的にはチカチーロとフェーニャは結婚するに至った。 フェーニャは、チカチーロが下戸である所に惹かれた。 ロシアでは、夫の酒癖が悪かったり、である場合が多いという背景があり、フェーニャの母も、夫の酒癖の悪さに悩まされていた。 2人が結婚したのはのことである。 チカチーロはフェーニャに対し、「結婚するまで、君の体を大事にしておきたい」と語った。 性交そのものは正常であったものの、チカチーロにとって、性交はすでに重荷と化しており、には娘リュドミラ、には息子ユーリーを儲けたものの、それでもコンプレックスは拭えなかった。 また、このころにはへの入党を果たし、地元党支部で青少年教育やスポーツ関係の委員長を務め、パートタイムで地元紙の記者としてコラムを執筆するなど、ある程度の社会的地位を得る。 妻との性行為では、自分の指を使って彼女の中に射精することに努め、官能的な性交はごくわずかだったと主張している。 教職 [ ] チカチーロは結婚の翌年から、電気技師として働くかたわら、大学進学の夢を捨てられず、また社会的地位の向上を目指して再び勉強を始める。 30歳でロストフ大学教養学部のへ入学し、を専攻する。 5年後に念願の大学卒業を果たした。 教職資格を取得したチカチーロは卒業と同時に新しい職場を探し、ノヴォシャフチンスクにて小学校の教師の職を得たのである。 しかしこのころ、若い女性とのふれあいが、一生の仕事にならないだろうかという考えも抱いていた。 チカチーロは1971年から1981年まで、小学校や職業訓練学校の教師を務めていた。 強度の近視であったにもかかわらず眼鏡をかけることを嫌ったチカチーロは、結局30歳の時にを取得するまで眼鏡を購入しなかった。 教師として最初に赴任した小学校の教室で授業を行おうとするも、まるで身動きが取れなかった。 教壇に立っても、極度のあがり性によって子供たちをまったく指導できず、担当していた上級生のクラスをに陥らせていたため、教師としては不適格であった。 共産党員であったチカチーロは校長の厚意もあって副校長待遇として迎え入れられたが、能力不足を露呈したためほどなく解任されている。 また、チカチーロはこの小学校やのちの職場となる職業訓練学校にて、数度のわいせつ事件を起こしている。 上級生のクラスの担任を外されてから、チカチーロは低学年のクラスのみを指導するようになるも、その後「チカチーロ先生は体を触る」という噂が立つようになり、実際に自分の女生徒の体に触れてわいせつな行為に及んでいた。 通勤途中のバスや電車の中で、少女にわいせつな行為をしていたことを同僚に目撃されて校長に報告がなされていた。 のちに校長から追及され、最終的には辞職させられている。 その後、GPTU第39職業訓練学校に転任するも、職員の削減という理由で1978年9月に退職、()の第33職業訓練学校の教師兼舎監として赴任することになった。 ここでは、授業中に自分の性器をいじる癖を生徒たちから嘲笑され、「ガチョウ」というあだ名をつけられ、夜尿症、異臭がするという理由で生徒たちに馬鹿にされた。 ここでの仕事以来、チカチーロは少女だけでなく、にも目を向けるようになる。 ある夜、チカチーロは寮で眠っていた15歳の少年のもとに忍び込み、少年の下着を下ろしてをしながら自分の性器もいじくり回し、少年に抵抗されると遁走した。 このことを翌日に全校に知られたことで生徒たちからさらに愚弄され、同僚も陰でチカチーロを笑った。 その後チカチーロは散歩中に生徒から襲われて怪我も負ったことがきっかけで、を携帯するようになった。 このナイフが、のちに引き起こす連続殺人で使用されることになる。 連続殺人 [ ] 最初の殺人 [ ] 、チカチーロはロストフ・ナ・ドヌー近くの町で炭鉱業専門学校に転勤となる。 同年、チカチーロは9歳の少女レーナ・ザコトノワを連れ出して強姦しようとしたが、勃起はしなかった。 抵抗されたためにチカチーロは少女の首を掴んで自分の全体重をかけ、レーナの体が動かなくなってからチカチーロは行為に及ぶが、彼女が言葉を発して息を吹き返したことに驚愕し、彼女の性器をめった刺しにして殺害、刺している途中で射精する。 このとき、レーナがしていたスカーフをかぶせて彼女の両目を隠している。 死体は袋に詰めて凍った川に遺棄した。 記録されているものでは、これがチカチーロの初めての殺人と見られている。 チカチーロは、息絶えた犠牲者の体を突き刺したり切り裂くことによって、性的興奮とを得ることができた。 この事件では、アレクサンドル・クラフチェンコという無実の男性(強姦殺人の前科持ち)が疑われた。 彼にはがあり、妻とその友人も知っていたにもかかわらず、民警が圧力をかけると彼らは態度を変えてしまい、これによって逮捕されたクラフチェンコは民警の激しい尋問の末にレーナを殺したと自供し、1983年にに処せられた。 チカチーロはレーナを殺してから3年近くの間は殺人も強姦もしなかったが、1982年にふたたび犯行を始めた。 その間、彼は勤務先の学校を解雇されたのをきっかけに教職に見切りをつけ、国営工場の中級幹部職員に転職している。 チカチーロはの6月まで殺人を犯さなかったが、同年9月前までに3人の女子供を含む4人を殺害した。 成人女性は、酒か金を与える約束をすることで誘いに乗ったかで、チカチーロは彼女らとの性交を試みたが、やはり勃起せず、例によって彼女らはチカチーロの勃起不全を嘲笑し、彼に殺意と怒りを覚えさせた。 また、チカチーロは主にバス停や鉄道駅にいる家出した子供や若い浮浪者に声をかけて、彼らを(ほとんどは)森の近くに誘い込んで殺した。 子供の犠牲者については男も女も関係なく、チカチーロは彼らに玩具や菓子を与えると約束することで誘惑できた。 までに、6体の死体が発掘された。 ロストフ民警本部長ミハイル・フェチソフ(ソ連では警察組織にも軍隊の階級制度が導入されていた)は、捜査の指揮を執るため殺人事件が多発している地域へ向かい、シャフトゥイ周辺での捜査に集中した。 実働部隊である捜査チームの指揮官には、 ()の専門家であるヴィクトル・ブラコフを任命した。 民警は、を患い、性犯罪者として知られている者たちを集めて、あちらこちらでのろのろと仕事をしていることが分かった者は捜査線上から外した。 殺人を自白した若い男は多数いたが、彼らのたいていは精神的に障害を負った若者であり、過酷な尋問が延長されたことで、やってもいない犯行を認めていた。 そのうちの1人で、容疑をかけられた未成年の同性愛者は、拘留中の独房内で自殺した。 、別の場所で15の殺人が起こった。 警察は巡回を増やし、多くの公的な交通手段を閉鎖して、平素な服を着た男性について情報を公示した。 殺人再開、最初の逮捕 [ ] 1982年、教職を解雇されたチカチーロは、ロストフネルード国営工場に「トルカチ」という上級技師として再就職する。 資材調達部門の中級幹部職で、工場で生産される製品に必要な資材を買いつけるのが仕事である。 高待遇であるものの、年中広大なソ連領内を、不完全な交通網を使って旅行せねばならないこの職業のは高く、能力や資格に問題のある人物でもある程度は目をつぶって採用せねばならなかった。 事実、チカチーロも逮捕されるまでに数度転職しているが、いずれもトルカチのポストだった。 仕事柄、長期出張が多く、また自分の裁量で単独で仕事をすることが許されていた。 これを機にチカチーロの犯行はエスカレートし、男女を問わず襲うようになる。 被害者には激しい暴行を加え、両目を抉り、遺体を切断し、その一部を食べたり持ち去るようになる。 女性と無理矢理関係を結ぼうとするが、激しい抵抗に遭って失敗。 しかし、相手の抵抗に興奮して射精するという経験をする。 これがきっかけで、性交よりも相手が抵抗することに性的興奮を感じるようになる。 チカチーロが被害者の両目を抉ったのは、「殺された者は、自分を殺した者をその瞳に焼き付ける」という、ロシアの古い諺が気になっていたという理由もあった。 には、妻フェーニャとの性交を絶つ。 同年8月下旬、ロストフのバス停で少年や少女に話しかけているチカチーロの様子が、捜査チームを率いてバス停を監視していた私服刑事アレクサンドル・ザナソフスキー少佐の目に止まった。 不審な振る舞いをしていると判断されたチカチーロは、2週間の監視ののち、9月13日深夜にザナソフスキー少佐から民警分署への同行を求められた。 このときチカチーロの鞄から料理包丁やロープが出てきたため、チカチーロは緊急逮捕された。 しかし、ソ連の法律では24時間以上拘束できなかったため、勤務先でが数メートル分紛失した事件の容疑者として再逮捕された。 法権力を持つ取調官の手に委ねられ、チカチーロの拘束時間は延長された。 取調べによってチカチーロの不明な素性が暴かれたが、彼の殺人を証明するには証拠が不十分とされた。 ほかにもバッテリーの窃盗事件に関与していることが判明したチカチーロは、1984年12月、裁判で1年の実刑判決を受けるが、数ヶ月間の期間を1日当たり数日の懲役に充当するとされたため、裁判終了後数日で釈放された。 なお、これらの窃盗事件は実は無実であったが、チカチーロはにで告発される。 4月に告発を取り下げる代わりに依願退職するよう勧告を受け、正式に解雇された。 これがきっかけで、には共産党から除名されることになった。 当時はがなく、チカチーロは血液型と体液が一致しない「非分泌型」であったために決め手に欠け、殺人での立件は行われなかった。 なお、実際は非分泌型などではなく、当時で使われていた検査用試薬では検出できないタイプだっただけとも言われている。 の際に撮影された、頭髪を剃り顎をやや上に向け、悪魔的な笑みを浮かべた極めて特徴的なチカチーロの写真がよく知られているが、最初に逮捕された頃のチカチーロは薄くなりかけた灰色の髪を七三分けにし、黒ぶちメガネを掛け、渋いスーツを着こなした真面目な役人を思わせる容姿で、言葉遣いも丁寧で立ち居振る舞いも実直で温厚な紳士そのものだったため、およそを犯す人間には見られなかった。 晩年の殺人と犯罪捜査 [ ] で新しい仕事を手に入れたチカチーロは、目立たないように活動した。 別々の日に2人の女性を殺害してから、の8月に出張先のモスクワで中年の売春婦を殺害するまで、誰も殺さないでいた。 が、仕事の出張でウクライナのへ向かい、同地で若い少年を殺害したの5月まで殺人を犯していたことは知られてはいなかった。 6月にはで、9月にはで殺人を犯している。 とくに1985年のモスクワでの凶行は、ソ連治安当局首脳部に強い衝撃を与え、ついにKGB第2総局(国内保安部門)による捜査介入を決断させるに至った。 KGBからは辣腕の犯罪取調官イーサ・コストイェフKGB大佐がロストフへ派遣され、の中頃、体制を一新して捜査が再開された。 殺人事件が起こったことが知られていたロストフ周辺では捜査が慎重に再開され、名の知られた性犯罪者による尋問という、もう1つの巡回が行われた。 1985年12月、警察はロストフ周辺の鉄道駅での巡回を続けていた。 チカチーロは、警察の捜査を2年以上慎重に注視しており、自身の欲望を抑制した。 警察は連続殺人の捜査協議で、ソ連のの意見を求めるという手段も取った。 特に、アレクサンドル・ブハノフスキー博士が主任捜査官ブラコフ中佐の依頼により行ったは、極めて正確に連続殺人犯の人物像をとらえていた。 しかし、捜査体制が一新され、政権のの推進という追い風にもかかわらず、捜査は長年にわたってソ連社会に蔓延しているとことなかれ主義の分厚い壁に阻まれ、犯人逮捕までに更なる時間と多数の犠牲者を要することとなった。 KGBの捜査介入、殺人の終焉 [ ] 1985年、出張先の市郊外で殺人を犯す。 この事件をきっかけに、KGBの国内部門が捜査に乗り出し、コストイェフが派遣される。 多数のバス停と鉄道駅で、軍服を着た警官隊による巡回が実施された。 狭くて小さなせわしい駅では、諜報活動員による巡回が行われた。 この巡回の目的は、大きな鉄道駅やバス停へ犯人を行き来させないためであった。 これにより、チカチーロは警察がいないことが明らかな小さな駅で犠牲者を探すことを余儀なくされた。 警察の作戦には、売春婦かホームレスのような格好をさせた若い女性の諜報員も数多く参加させた。 彼女らは、死体発見現場に沿って広範囲を旅するのと同様に、駅周辺を目的もなく歩き回り続けた。 しかし、彼は大きな誤りを犯した。 彼の毒牙にかかった数多くの犠牲者が、警察による大規模な作戦につながったのである。 主にロストフ地域周辺のほかの公的な場所と同様に、鉄道駅やバス停において陸軍まで加わった、数多くの大規模なパトロール隊が動員された。 チカチーロは1986年から1987年の約2年間、一切犯行を行っていない。 このころにはの一環としてゴルバチョフが推進していたによる情報公開により、それまで秘匿されていた連続殺人事件の全容が一般に公表され、警察の捜査もそれまでの方針を改め、民間からの情報提供を広く募ることとなった。 チカチーロはこの間に殺人犯の捜索にボランティアで協力している。 、チカチーロは殺人を再開する。 主にロストフから遠く離れた地域で活動(殺人)した。 1月から11月のあいだに少年7人と女性2人を殺害している。 1990年、スヴェータ・コロスティック(Sveta Korostik)という22歳の女性を殺害し、体を切断した。 実質的に、これが最後の犠牲者である。 殺害後、顔に返り血を付着させたまま現場付近を歩いていたチカチーロが、警察官の目にとまる。 民警が彼の勤務記録を調べた結果、犯行日時と出張記録が完全に一致し、民警およびKGBの監視下に置かれる。 事件のあとでさえ、警察はチカチーロを逮捕・起訴するだけの十分な証拠がなかった。 しかし、チカチーロは絶えず諜報員の追跡を受け、ビデオテープに撮られるなどして、警察の監視下にあった。 、それ以上チカチーロを泳がせておくのは危険だと判断した民警とKGBは、同日午後3時44分、職場から帰宅するところを逮捕した。 逮捕時の様子は警察によりVTR撮影され、時折TVなどで放送されることがある。 なお、犠牲者のなかに民警中尉の子女がいたことから、報復を避けるため、取り調べはKGBロストフ支部の建物で民警・KGB合同で行なわれた。 取り調べは主にコストイェフ大佐が担当した。 警察は、犯行現場で犠牲者とチカチーロとの乱暴なやり取りの痕跡を数多く発見した。 チカチーロの指の1本には傷があった。 チカチーロは職場で荷降ろし作業中、誤って荷物との間に指を挟んで出来たものだと主張したが、検査した医療検査官は、チカチーロの傷は誰かに噛まれてできたものと結論付けた。 後日、指を怪我していたことが分かったにもかかわらず、チカチーロは傷の治療を要求することはなかった。 警察は、自分を尋問し、自白させる警察長官を含めて、自分が病気持ちで医者の助けを必要とする者であるとチカチーロに信じさせるという計画を決めた。 この計画は、自白することで精神異常という理由で起訴されることはないという希望をチカチーロに抱かせた。 チカチーロの尋問には、最終的に精神科医の手助けが依頼された。 長い話のあと、チカチーロは犯行を自供した。 ところが、自白はチカチーロを起訴するのに十分ではなく、より厳然たる証拠が必要であった。 チカチーロは、警察がまだ発見できていない埋められた死体を明らかにして自分から証拠を提供した。 これにより、当局はチカチーロを起訴するのに十分な証拠を得た。 11月30日から12月5日までのあいだに、チカチーロは50以上の殺人を自白した。 犠牲者のうち、3人が埋められており、発見・確認が取れなかった。 チカチーロのほとんどの自白は、36人を殺害した犯人を目録に入れてある警察に衝撃を与えた。 犠牲者の多くが他者との接点がなかったのは、チカチーロが犠牲者を探していた土地から遠く離れた場所で殺されていたためで、チカチーロが警察を先導するまで、埋められた犠牲者は発見されなかった。 裁判 [ ] 勾留 [ ] チカチーロが刑務所に勾留されているあいだは、特別な警戒が取られた。 暴力的な、とくに子供に対する性犯罪は、ロシアの暗黒街では禁忌である。 ロシアの刑務所では、子供への強姦や殺人で収監された囚人は、監禁室の囚人たちから虐待され、ときおり殺される。 チカチーロが独房にいるあいだは、ビデオによる監視が行われた。 容疑者は取調官の前でしばしば奇矯な振る舞いをするが、チカチーロの態度は独房の中では正常であった。 チカチーロはよく食べ、よく眠り、毎朝運動し、広く本や新聞を読んだ。 ほとんどの時間を使って手紙を書いたり、政府高官、マスメディア、家族に対して不満を言った。 勾留中、妻のフェーニャと一度だけ面会している。 チカチーロ逮捕後、世間の糾弾にさらされた家族はKGBの特別な計らいにより名前を変え、新しい身分で別の土地で人生をやり直さざるを得なくなっていた。 このときの面会は互いに望んで行われたものではなく、チカチーロの銀行口座を解約する際に必要な委任状のサインをもらうためであった。 短い面会の中で、チカチーロはフェーニャに「お前に言われた通り、俺は病院で(性的不能の)治療を受けるべきだったよ」と後悔の念を述べ、家族に苦しい思いをさせたことについて謝罪している。 裁判・処刑 [ ] チカチーロに対する取り調べと裏付捜査は続いた。 チカチーロの身柄はロストフからモスクワにあるセルベスキー司法精神医学研究所へ移され、長期にわたる精神鑑定が行われた。 鑑定のさなかの、が発生し、する。 このような状況下でも着々と捜査と精神鑑定は進み、検察側は最終的に膨大な証拠と証言を200冊にわたる浩瀚なファイルとしてまとめ、長大なとともに法廷へ提出した。 長期にわたる精神鑑定で、司法精神医学研究所の鑑定医は「チカチーロに責任能力あり」とするレポートを作成した。 、ロストフ地方裁判所にて半年におよぶ裁判が始まった。 この裁判はソ連崩壊後のロシアのトップニュースとして国内外で大きな関心を集め、国外からも多くの報道陣が取材のため連日法廷へ詰めかけた。 出廷したチカチーロは除けのために頭を完全に剃り上げ、の入り開襟シャツを着て法廷に現れた。 裁判では、法廷の中央で鉄の檻が設置され、チカチーロはその中に入れられた。 裁判での彼の態度は異常で分裂的であった。 公判の最中にズボンを脱いで性器を露出させたり、法廷に持ち込んだポルノ写真を高々と掲げたり、自慰を始めたり、を歌ったり、の通訳を要求した。 ズボンを下ろして自分の性器を露出し、自分は同性愛者ではないと叫び、自分が今までに自白した殺人を否定するかと思えば、逆に犠牲者の数が少なすぎると言い出したり、挙句の果てに「俺は妊娠している」「あたしは女なのよ」「僕の脳はの放射能に汚染されているんだ」などと支離滅裂なことを口走るという奇矯なふるまいをし、嘲笑を誘う陳述を何度か行った。 法廷から「サディスト!」「人殺し!」といった罵声を浴びせられると、チカチーロは声のした方へ笑いながら手を振った。 チカチーロの犠牲者の遺族たちは彼に対する復讐を叫び、侮蔑の言葉を浴びせたが、チカチーロもまた犠牲者や遺族をどぎつい言葉で嘲笑した。 遺族の一部は、チカチーロを檻の中から出して自分たちの手で彼を処刑できる権利を要求した。 犠牲者の名前が挙がったとき、失神する遺族たちが数多く出た。 被害者を侮辱する罵詈雑言を浴びせたことで遺族の感情を逆撫でし、たびたび激怒した裁判長レオニード・アクブジャノフに退廷を命ぜられた。 また、チカチーロの弁護を担当した弁護士のマラート・ハビブーリンも、チカチーロのこのような態度を厳しく批判した。 チカチーロは、精神異常による無罪を望んでいたのである。 最後の裁判の日、チカチーロは歌を歌って審理を中断させ、退廷させられた。 退廷間際、チカチーロに妹を惨殺された遺族の青年が、隠し持っていた鉄棒をチカチーロに投げつけるハプニングもあった。 鉄棒はチカチーロをかすめて、壁に突き刺さった。 発言ができる最後の機会で、彼は沈黙したままであった。 、チカチーロは52件の殺人罪で有罪判決を受け、死刑を宣告された。 アクブジャノフは次のように述べた。 「彼が犯した途方もない犯罪を考慮すると、彼は刑罰を受けるに値する。 私は彼を死刑に処す」。 判決を受けたチカチーロは、判事に「イカサマだ! お前の嘘なんか聞かねえぞ!」と罵倒したという。 一方で、判決を聞いた聴衆や犠牲者の遺族は拍手喝采を送った。 チカチーロに話す機会が与えられると、彼は取り留めのない話をした。 政治体制、政治指導者、自身の性的不能、そしてのころの経験による自主防衛を非難した。 チカチーロは「何の価値もない人間を掃除する」ことで社会に貢献したと主張した。 チカチーロは、判決を不服としてする。 1994年2月14日、(当時)のは、寛大な措置の請願を土壇場で拒絶した。 ロストフの刑務所内にある防音措置を施された部屋に連れて行かれたチカチーロは、右耳に銃弾を受けて処刑された()。 57歳没。 死後脳はに買い取られたという。 影響を受けて制作された作品 [ ] 音楽• 『サイコパシー・レッド』 - チカチーロを題材としたの・の楽曲。 発表の『』に収録。 "Red Ripper Blues Andre Chikatilo " - 日本のバンド・の楽曲。 発表の"The Second Coming"に収録。 ノンフィクション• 『子供たちは森に消えた』 - 発表。 映画『』の原作になった。 『ロシアの死神 レッド・リッパー 』 - のジャーナリスト・ピーター・コンラッディによるノンフィクション。 『』 - イギリスの作家がに発表した小説。 チカチーロの事件をモデルとしているが、時代設定を1950年代に変えている。 『』(、原題: Citizen X) 監督:クリス・ジェロルモ、出演:、=チカチーロ役、、ほか。 関連項目 [ ]• (、) - ソ連の連続殺人犯。 で連続殺人事件を起こしたことや犯行内容がチカチーロと類似する点から『 モルダヴィアのチカチーロ』の異名を持つ。 脚注 [ ]• Cullen, Robert. Orion Media, 1993. これはチカチーロの犠牲者の遺族からの暴行や報復行為を防ぐためであった。 『ハンニバル伝説(SERIAL KILLERS the REAL Life HaNNibAL LeCTerS)日本語字幕版』 リチャード・ラウリー「独房から出した彼を規則にのっとり ひざまずかせた。 9ミリの弾を右耳の下から撃ち込み 銃殺することになっていた。 撃とうとすると彼が叫んだ"脳は撃つな日本人に売れる" と。 事実 処刑された後日本人が脳を買っている。 日本人が買いたがっていると噂でもあったんだろうね。 最期の言葉は "脳は撃つな日本人に売れる" だった」 参考文献 [ ]• 『子供たちは森に消えた』 ロバート・カレン著 広瀬順弘訳• 『子供たちは森に消えた』 ロバート・カレン著 広瀬順弘訳• 『撫で肩の男 ロシアの殺人鬼を追って』 リチャード・ラウリー著 染田屋茂訳• 『52人を殺した男 異常性犯罪者の欲望と心理』 M・クリヴィッチ、O・オルギン著 訳• 『ロシアの死神』 ピーター・コンラディ著 河合修治訳• 『異常快楽殺人』 著 外部リンク [ ]•

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モカチーノとは モカチーノとはどのようなコーヒーなのでしょうか?特徴などを紹介します。 モカチーノはカプチーノのアレンジコーヒー モカチーノは、エクスプレッソコーヒーに「ミルク」と「チョコレート」を加えた甘みのあるコーヒーです。 カプチーノは、エクスプレッソコーヒーに「ミルク」を足して完成しますので、モカチーノは、カプチーノに「チョコレート」を加えたものとなります。 モカチーノはカロリーが高い? モカチーノはカプチーノよりも甘く、コーヒーが苦手な人にもおすすめできるコーヒーです。 口の中に広がるミルクとチョコレートの甘さが、疲れた身体をリラックスさせてくれることでしょう。 ただし、カプチーノに更に甘いチョコレートが加わっていますので、その分カロリーは高くなります。 飲み過ぎには注意して、美味しいモカチーノを堪能しましょう。 モカチーノとカフェモカは何が違う? 「モカ」といえばカフェモカもあります。 モカもまろやかで甘味のある味わいが特徴のコーヒーですが、どのように違うのでしょうか? モカチーノとカフェモカはミルクが違う モカチーノとカフェモカは、エクスプレッソコーヒーに加えるミルクが違います。 モカチーノに使われるミルクは「フォームミルク」、牛乳を蒸気熱と空気で温めながら泡立てたミルクがモカチーノには使われています。 一方、カフェモカに使われているミルクは「スチームミルク」。 蒸気で温めた、一般的なミルクが使われています。 ミルクの割合など人によって好みもありますが、基本的には「ミルクの温め方」の違いでしかないわけです。 ちなみに、この違いは、カプチーノとカフェラテにも当てはまります。 大雑把ないい方をすれば、カプチーノとカフェラテにそれぞれチョコレートシロップを加えた物が、モカチーノとカフェモカといえるでしょう。 モカチーノはどこで飲める? カフェモカの方が一般的で、モカチーノはどこでも取り扱っているわけではありません。 では、どこならモカチーノを飲めるのでしょうか? ビルズで飲めるモカチーノ モカチーノは、リコッタパンケーキで有名なシドニー発祥のレストラン「bills(ビルズ)」で飲むことができます。 billsは全世界で展開するレストランチェーンで、日本では、東京、神奈川、大阪、福岡の全8店舗(2019年8月現在)が出店しています。 朝食、ランチ、ディナーそれぞれで注文できますので、ぜひ料理と一緒にお試しください。 ビルズ公式HP: 注文を工夫すればスタバでも飲める 世界的に有名なコーヒーショップ「スターバックス」でも、モカチーノは飲むことができます。 とはいっても、正式なメニューにモカチーノがあるわけではなく、「カプチーノ(ホット)にモカシロップ(チョコレートシロップ)をトッピング」と注文すれば、裏メニュー的にモカチーノを注文することができます。 メニューにないため、「モカチーノください」では通用しない可能性があるのでご注意くださいね。 自分で作るモカチーノ お店でなくても自分で作れば飲むことができます。 必要な材料は、「エクスプレッソコーヒー」「チョコレートシロップ」「フォームミルク」。 これを「4:1:2」の配分で混ぜ合わせます。 手順は、まずカップにチョコレートシロップを入れ、その上からホットコーヒーを入れていきます。 次に、温めたミルクを泡立て、カップに注げば完成です。 ミルクは、「ミルクフローサー」があると簡単に泡立ちます。 ない場合には泡だて器で代用できます。 材料の配分はあくまで目安ですので、好みに合わせて配分を変えて味わってみてください。 モカチーノは甘党におすすめ 「コーヒーにミルクとチョコレートシロップを入れた飲み物」と聞くと、多くの人はカフェモカを思い浮かべると思いますが、ほかにもフォームミルクを使用したモカチーノという飲み方があります。 モカチーノはコーヒーの苦味に、ミルクとチョコレートの甘さがマッチした甘党におすすめのコーヒーです。 甘めのコーヒーがお好きな方はぜひ一度飲んでみてください。

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海外ドラマ「薔薇の名前」全話あらすじ・感想・登場人物(キャスト) 2019年9月3日 2020年6月2日 10分 海外ドラマ 「薔薇の名前」(全8話)についてまとめました。 「このミステリーがすごい!」1991年海外編で1位を獲得! 全世界5500万部を超える、ウンベルト・エーコのベストセラー小説をドラマ化! 14世紀イタリアの修道院を舞台に、修道士とその弟子が奇妙な連続殺人事件の真相に迫る! AXNミステリー公式サイトより 原作は、20世紀最大の問題作といわれるウンベルト・エーコの歴史推理小説『薔薇の名前』。 今年3月にイタリアで初放送され、650万人の視聴者と27. 5%のシェアを獲得。 プライムタイム最高視聴率を記録し、各メディアからも高い評価を得ました。 物語の舞台は14世紀の北イタリア。 豊富な知識を持つ修道士ウィリアムと若き弟子アドソが、人里離れた修道院で起こる奇妙な連続怪死事件に挑みます。 主人公ウィリアムには「ナイト・オブ・キリング」のジョン・タートゥーロ、見習修道士のアドソにはドイツ出身の新人俳優ダミアン・ハードンが抜擢されています。 放送局:AXNミステリー• 放送時間:2019年10月12日 土 16:00から一挙放送• 製作国:イタリア/ドイツ(2019年)• 原題:Il Nome della Rosa• 原作:ウンベルト・エーコ『薔薇の名前』• 脚本:ジャコモ・バティアートほか• 監督:ジャコモ・バティアート あらすじ ホームズのような観察眼と洞察力、そして豊富な知識を持つフランチェスコ会修道士のウィリアムと、元戦士でありながら心優しく繊細な見習修道士のアドソが、北イタリアの人里離れた修道院で発生する奇妙な連続怪死事件に巻き込まれる。 殺人事件の真相を解明する二人に待ち受ける結末とは…!? AXNミステリー公式サイトより 原作について このドラマの原作は、 ウンベルト・エーコのベストセラー小説『薔薇の名前』(1980年発表)です。 小説は未読ですが、映画は公開された時に観ました。 ただ、当時10代だったわたしには難解で、実はあまりよくわかりませんでした。 複雑な語りの構造によって時間軸が錯綜するように仕組まれていたり、教会の祈りの時間を定める「時課」にそって章が構成されていたり。 もうちょっと知識があれば小説を読んでみたいと思うのですが、たぶん今読んでもわからないことだらけのような気がするので、先にドラマを楽しむつもりです。 イングランド人。 神聖ローマ皇帝の命を受け、教皇派使節団との会談の場であるベネディクト会修道院へ赴く。 修道院でアデルモの死因を調査するうちに、文書館に隠された秘密を知ることとなる。 メルクのアドソ(ダミアン・ハルドン) ウィリアムの弟子。 ドイツ人。 皇帝軍の将軍の息子。 戦いの日々に疑問を抱き、助手としてウィリアムの旅に同行する。 ウィリアムと共に連続怪死事件の真相を追いながら、森で出会ったオクシタンの娘にも惹かれていく。 ベルナール・ギー(ルパート・エヴェレット) ドミニコ会修道士。 フランス人。 異端審問官。 教皇から使節団長に任命され、護衛兵と共に会談の場であるベネディクト会修道院へと向かう。 これまでに数多くの異端者を処刑しており、ドルチーノ派教祖の娘アナにも命を狙われている。 ベネディクト会修道院 アッボーネ(マイケル・エマーソン) ベネディクト会修道院の修道院長。 アデルモの死を他殺ととらえ、事件の真相解明をウィリアムに依頼する。 殺人と文書館とは無関係だと主張し、ウィリアムが文書館に立ち入ることを禁じる。 アデルモ(レオナルド・パッツァーリ) 修道士。 細密画家。 聖書の挿絵に奇怪な絵を描き、ホルヘの怒りを買っていた。 ウィリアムたちが到着する前の晩、東塔の下で変死体となって発見される(1人目の被害者)。 ヴェナンツィオ(グリエルモ・ファヴィラ) 修道士。 ギリシャ文学が専門。 アデルモの絵についてホルヘと議論を交わした2日後、豚小屋で遺体となって発見される(2人目の被害者)。 ベレンガーリオ(マウリツィオ・ロンバルディ) 修道士。 文書館長補佐。 アデルモの亡霊を見たと告白する。 アデルモと取引をして男色関係を結んでいた。 沐浴所で遺体となって発見される(3人目の被害者)。 セヴェリーノ(ピョートル・アダムチク) 修道士。 薬草係。 世界中の薬草を集めた薬倉庫を管理している。 ウィリアムと共にヴェナンツィオの遺体を解剖し、毒殺を疑う。 ベレンガーリオが隠した本を見つけた直後、遺体で発見される(4人目の被害者)。 マラキーア(リチャード・サンメル) 修道士。 文書館長。 伝書バトを使ってアドソの素性を調べ、密かにベルナールに情報を伝える。 ベンチョを新しい文書館補佐に任命した直後、礼拝の途中に亡くなる(5人目の被害者)。 レミージョ(ファブリツィオ・ベンティヴォーリオ) 修道士。 厨房係。 かつて異端派の教祖ドルチーノに命を救われ、行動を共にしていた。 そのとき、ドルチーノの恋人マルゲリータから「何かあったら娘を頼む」と言われ、アナを守ると約束している。 現在は生きるためにドルチーノ派であることを隠しているが、酒と姦淫におぼれている。 サルヴァトーレ(ステファノ・フレシ) 助修士。 森の中の製紙場で紙を作っている。 かつて貴族に虐げられていたところをドルチーノとレミージョに救われた。 以来レミージョを師と仰ぎ、行動を共にしている。 ベンチョ(ベンジャミン・スタンダー) 修道士。 修辞学と飾り文字の研究家。 同じ学僧のヴェナンツィオがホルヘと議論を交わしていたことや、アデルモがベレンガーリオと取引をして男色関係を結んでいたことを証言する。 ホルヘ(ジェームズ・コスモ) 盲目の老僧。 アデルモの描いた奇怪な挿絵を見て激怒する。 アリナルド(ロベルト・ヘルリッカ) 最長老の修道士。 一連の出来事はヨハネの黙示録に沿ったものだと主張する。 そのほか オクシタンの娘(アントニア・フォタラス) アドソが修道院へ向かう旅の途中で出会ったオクシタン地方の娘。 戦争で家と家族を失い、森の中で暮らしている。 アドソとは言葉が通じないながらも心を寄せ合うようになる。 教皇軍に襲われていたレミージョと逃亡民を助けた。 1305年に教皇軍と衝突し敗北。 恋人マルゲリータと共に捕らえられ、市中引き回しののち火刑にされた。 婚姻を認めず、愛の前には誰もが平等だと説いた。 マルゲリータ(グレタ・スカラノ) 貴族の娘。 ドルチーノの恋人で、アナの母。 審問官ベルナールに改宗を迫られるが拒み、ドルチーノと共に処刑された。 レミージョに「娘のアナを守ってほしい」と言い残す。 アナ(グレタ・スカラノ) ドルチーノとマルゲリータの娘。 ピエトラネーラで平和に暮らしていたが、修道院へ向かう異端審問官ベルナール・ギーに夫と子供を殺される。 復讐のためベルナールを襲撃するが失敗、護衛兵との戦いで負傷する。 森で倒れているところをオクシタンの娘に助けられる。 ミケーレ(コッラード・インヴェルニッツィ) フランチェスコ会総長。 一切の物質的所有を放棄すべきと主張し、ベルナール率いる教皇使節団と対立する。 教皇ヨハネ22世(チェッキー・カリョ) フランス人教皇。 神聖ローマ皇帝と対立している。 皇帝派のフランシスコ会を潰すため、会談の場に審問官ベルナールを派遣する。 各話のあらすじ(ネタバレ有) 14世紀のヨーロッパ。 教皇ヨハネス22世と後の神聖ローマ皇帝が権力争いを繰り広げる中、皇帝軍の将軍を父に持つ17歳の青年アドソは、戦士としての生き方に疑問を抱いていた。 ある日、アドソはフランチェスコ会のウィリアム修道士と出会い、弟子として彼の旅に同行することを決める。 ウィリアムは皇帝の指名を受け、教皇使節団との会談で「神学論争」に決着をつけるべく、会談の場となるベネディクト会修道院を訪れる。 修道院長のアッボーネはウィリアムとアドソを歓迎する一方で、昨夜発見された修道士アデルモの変死体に頭を悩ませており、使節団が到着するまでに真相を突き止めてほしいと頼む。 アデルモは東塔から転落したと思われたが、窓が閉まっていたことから他殺が疑われていた。 ウィリアムは修道院内にある写字室を訪れ、文書館長のマラキーアや館長補佐のベレンガーリオ、ギリシャ文学の専門家ヴェナンツィオ、修辞学の専門家ベンチョ、盲目の老僧ホルヘらと対面する。 それは文書館長だけが知る秘密の項目だった。 翌日、豚小屋の樽の中からヴェナンツィオの遺体が発見される。 ウィリアムは薬学僧のセヴェリーノとヴェナンツィオの遺体を検分し、毒殺を疑う。 ウィリアムが薬草庫を調べると、ヒ素の鉱石鉱物「雄黄」がなくなっていた。 厨房係のレミージョは、かつて異端のドルチーノ派の教祖ドルチーノに助けられ、行動を共にしていたことを思い出す。 ドルチーノの恋人マルゲリータは、「私たちに何かあったら娘のアナを頼む」と言い、レミージョは「必ずアナを守る」と約束していた。 成長したアナはピエトラネーラで暮らしていたが、夫と子供を異端審問官のベルナール・ギーに殺され、復讐を誓う。 文書館長補佐のベレンガーリオはアデルモの亡霊を見たと告白、修辞学の専門家ベンチョはベレンガーリオとアデルモが男色関係にあったことをウィリアムに告げる。 ベレンガーリオはアデルモに何かを渡し、それと引き換えに関係を迫ったのだった。 最長老のアリナルドは、一連の出来事はヨハネの黙示録に沿ったものだと主張する。 アリナルドから文書館に入る方法を聞き出したウィリアムとアドソは、その夜ついに禁断の文書館へ足を踏み入れる。 2人はヴェナンツィオが残した秘密の暗号を見つけるが、文書館に侵入した何者かに奪われてしまう。 アドソはウィリアムとはぐれ、ある部屋で煙を吸って幻覚に襲われる。 ウィリアムは、厨房係のレミージョとサルヴァトーレがドルチーノ派に属していたのではないかと疑う。 異端者に興味を持ったアドソは文書館で歴史書を読み、ドルチーノが愛欲を認めていたことを知る。 その頃、教皇からの命を受けて修道院に向かっていたベルナールと護衛兵は、アナの襲撃を受けるが辛くも難を逃れる。 アナは護衛兵との戦いで負傷してしまう。 アドソは旅の途中で出会ったオクシタン地方の娘とひそかに森で会うようになり、彼女への愛に罪悪感を覚える。 ウィリアムは「女性を愛することは異常ではない」と諭す。 レミージョは酒と姦淫におぼれていることをウィリアムに告白し、その事実を隠すために、夜中に厨房でヴェナンツィオの遺体を見つけたことを黙っていたと話す。 そんな中、文書館長補佐のベレンガーリオまでもが姿を消し、沐浴所で溺死体となって発見される。 ウィリアムと薬学僧のセヴェリーノは、ベレンガーリオの遺体を検分する。 遺体はヴェナンツィオと同様に指先と舌が黒く変色しており、服の中からはウィリアムが紛失した眼鏡が見つかる。 ヴェナンツィオが残した暗号を解読したウィリアムは、アドソと共に再び夜の文書館へ侵入する。 教皇使節団が修道院に到着するが、ベルナールと護衛兵が到着するまで会談は開催できないと言う。 ウィリアムはベルナールが会談に立ち会うことを知って不安を抱く。 修道院長のアッボーネは事件が解決しないことに焦りを感じ、ウィリアムに訴える。 アドソは森でサルヴァトーレが仕掛けた罠に掛かったオクシタンの娘を助ける。 アドソは彼女への愛を認め、キスをする。 やがてフランチェスコ会士からなる皇帝側使節団と、護衛兵を率いるベルナールが到着する。 使節団を歓迎する食事の席で、ベルナールは見覚えあるレミージョの姿に目を留める。 その晩、ウィリアムに秘密を打ち明けるよう促されたレミージョは、過去にドルチーノ派に属していたことを告白する。 翌日、森にいるオクシタンの娘に食べ物を届けたアドソは、ごく自然に彼女と結ばれる。 その後、森で彼女が傷の手当をしたアナとも出会う。 ポッジェット枢機卿が到着し、両使節団による会談が開催される。 一切の物質的所有を放棄すべきとするフランチェスコ会に対し、教皇側は聖書の記述と矛盾すると反論。 両者の意見は激しく対立し、会談は中断される。 アドソはウィリアムに娘と肉欲の交わりを持ったことを告白し、赦される。 娘はサルヴァトーレの罠にかかり、森の中の製紙場に監禁される。 討論が再開される直前、アナが密かにレミージョを訪ねてくる。 セヴェリーノは施療院の書物の中にギリシャ語で書かれた奇妙な本を見つけ、ウィリアムに報告する。 ウィリアムは後で行くと言って討論に参加するが、その最中にセヴェリーノは施療院で殺されてしまう。 現場で逮捕されたのは、室内を荒らして何かを探していたレミージョだった。 ウィリアムとアドソ、ベンチョは本を探すが見つけられない。 アドソは密かにアナを逃がし、姿を消したオクシタンの娘を探す。 アドソはサルヴァトーレの製紙場に監禁されていた彼女を見つけるが、サルヴァトーレとの格闘で川に流されてしまう。 娘とサルヴァトーレは護衛兵に捕らわれ、アナは娘を救うため護衛兵に弓を向ける。 ベルナールは殺人と異端の疑いでレミージョの審問会を開く。 護衛兵に捕まったサルヴァトーレと娘は、修道院の地下牢に収容される。 サルヴァトーレは拷問の末にベルナールに懐柔され、レミージョがドルチーノの手紙を持っていることを審理の場で証言してしまう。 追い詰められたレミージョは拷問を恐れ、ドルチーノに傾倒していたことを告白。 さらに修道院で起きた連続殺人の犯人であることも明かし、院長のアッボーネが貧しい民を虐げて私服を肥やしていることを暴露する。 ウィリアムは暴力で改宗を強要するベルナールのやり方を激しく非難する。 ドルチーノの娘アナは修道院に潜入してレミージョを助けようとするが、レミージョは助けを拒み、ドルチーノを売ったのは自分だと告白する。 ウィリアムとアドソは、セヴェリーノの殺害現場から本を持ち出したベンチョを問い詰める。 だがベンチョは文書館補佐に任命され、本はマラキーアの手に渡っていた。 マラキーアは礼拝の途中で突然苦しみ始め、命を落とす。 教皇派使節団と皇帝派使節団の会談は不調に終わり、フランチェスコ会総長のミケーレは教皇と直接会って話し合うためアビニョンへ向かう。 ウィリアムは修道院に残って事件の捜査を続けるが、文書館の秘密を隠し通そうとする院長はウィリアムに退去を命じる。 そこで待っていたのはホルヘだった。 視力を失ったホルヘはアッボーネを院長に擁立し、自分の指示通りに動くマラキーアを文書館長にして陰の支配者として君臨してきたのだった。 アッボーネはホルヘによって文書館の通路に閉じ込められ、殺されてしまう。 本のページの角にはホルヘが薬草庫から持ち出した毒が塗られ、ページをめくる指をなめた者は次々と死んでいったのだ。 ホルヘはアリストテレスの本を破って食べ、ウィリアムと揉み合ううちに火が書庫に移り燃え広がってしまう。 ホルヘは本と共に炎に焼かれ、アドソとウィリアムは火を消そうとするが間に合わず、文書館から脱出する。 ベルナールは娘に魔女の疑いをかけ、火あぶりにすることを命じる。 アナはベルナールを襲って娘を逃がすが、護衛兵に殺されてしまう。 ベルナールは「聖書さえあればほかの書物は燃えてもかまわない」と言い残し、修道院から立ち去る。 レミージョは文書館の火を消そうとして炎の中に飛び込み、死んでいく。 修道院は三日三晩燃え続け、すべての修道士が修道院から去った。 アドソは森を訪れるが、娘の姿は消えていた。 アドソはウィリアムを追いかけ、メルクに戻って誓願を立てることを伝える。 感想(ネタバレ有) 圧倒的なビジュアルと壮大なストーリー すっごい見応えありました~~。 難しかったけど、面白かったです! 終始ビジュアルに圧倒され、1話見終わるたびに溜息が漏れました。 正直わたしには馴染みの薄い世界で、最初はかなり混乱しました。 1話ごとにわからない部分(歴史背景など)をネットで調べ、理解したうえで次の話に進む……という方法で視聴したので、全8話見終わるのにいつもより時間がかかってしまいました。 登場人物が多いうえに、みなさん似たような格好をされているので、見分けがつきにくいんですよね。 最初はアナとマルゲリータを同じ女優さんが演じ分けていることに気づかなくて、1人だと思い込んで過去と現在がごっちゃになってしまったり。 以前「100分de名著」を見ていたので、おおまかなあらすじと登場人物は頭に入っているつもりだったのですが、やはり100分では語り尽くせない壮大なストーリーでした。 犯人の正体と殺人の目的 連続殺人事件の犯人は、盲目の老僧ホルヘでした。 本当の文書館の主は彼だったんですね。 ホルヘが守ろうとしたのは「文書館」であり、 アリストテレスの『詩学』第2部です。 日本では『詩学』というタイトルで浸透していますが、原題は「創作(詩作)について」という意味で、内容は悲劇論(主にソポクレスの『オイディプス王』論)です。 アリストテレスは悲劇(演劇)を文学の最高形式と考えていたので、創作論=演劇論になったんですね。 この本には「第2部」が存在したと考えられていて、そこで「喜劇論」が展開されていることは確実と言われています。 ホルヘが隠していたのは、その幻の『詩学』第2部。 僧たちに読ませたくなかったのです。 しかし、アリストテレスの幻の書がここにある!と知った修道士たちは、読みたいという誘惑に勝てません。 そうして幻の書をめぐって、事件が起こったというわけです。 禁断の書を読むと死ぬ 幻の書であり禁断の書でもある『詩学』第2部を手に入れた者たちは、次々と命を落としていきます。 なぜ、本を読むと死んでしまうのか? 本は羊皮紙ではなく亜麻紙でできており、ページはめくりにくくなっていました。 昔の人は ページをめくるときに指を舐めるのが普通だったので、ページの端に毒がついているとも知らず指を舐め、結果的に服毒死することになってしまったのです。 連続殺人事件の真相 アデルモの死 最初に死んだアデルモは、文書館補佐のベレンガーリオに体を差し出す代わりに『詩学』第2部を手に入れましたが、罪悪感から本を読まずに自殺しました。 ヴェナンツィオの死 2番目に死んだヴェナンツィオは、『詩学』第2部を読んでいて気分が悪くなり、厨房で死亡。 ベレンガーリオが遺体を発見するも、調べを受けることを恐れて豚小屋に運びました。 ベレンガーリオの死 3番目に死んだベレンガーリオも好奇心に駆られて『詩学』第2部を読み、沐浴所で死亡。 セヴェリーノの死 4番目に死んだセヴェリーノは、マラキーアに殺されました。 マラキーアはベレンガーリオと男色関係にありましたが、ベレンガーリオがアデルモと関係を持っていたことに嫉妬していました。 ホルヘはその嫉妬心を利用し、ベレンガーリオがセヴェリーノとも関係を持っていたと偽の情報を吹き込んだのです。 マラキーアの死 5番目に死んだマラキーアは、施療院でセヴェリーノを殺した後、『詩学』第2部を持ち去ったベンチョを文書館補佐に任命して本を受け取りました。 ホルヘからは「開かずに元に戻せ」と言われていましたが、やはり誘惑に勝てず密かに本を読んでしまい、服毒死しました。 「薔薇の名前」というタイトルの意味 1987年に公開された映画を見たとき、なぜタイトルが「薔薇の名前」なのかさっぱりわかりませんでした。 今回もやはりわかったようでわからなかったです。 以下、最後にウィリアムがアドソに語ったセリフです。 「薔薇の美しさや色、香りがあせたとき、言葉だけが残る。 薔薇の名前が」 最初はアドソが恋に落ちた名前のない娘のことを指しているのかとも思ったのですが……。 アドソは最後まで彼女の名前を知ることはなかったけれど、生涯ただひとりの恋人として記憶に残り続けたわけで、「名前だけが残る」という上記のセリフとは一致しません。 原題はイタリア語で「Il Nome della Rosa」、英語に訳すと 「The Name of the Rose」。 日本語にすると 「その薔薇のその名前」になるそうです(薔薇にも名前にも定冠詞が付いている)。 わたしは記号学や構造主義といったものをよくわかっていないので、このへんはとても難しく感じました。 人は言葉(記号)でしか真理を語れません。 けれど言葉によって積み上げられているこの世界では、それが真理とも言えます。 「その薔薇」が何を表しているのか、「その名前」が何を意味しているのか、じっくり考えてみると面白いかもしれない。 (これが理解できていればもっとこの作品を楽しめたし、原作の小説も面白く読めるんだろうなぁ~と思うと、悔しい) ほかの記事を読む?.

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