マヤ 文明 滅亡。 2012年人類滅亡説

「2020年3月21日」に人類滅亡!インド暦とマヤ暦の終わりが一致!

マヤ 文明 滅亡

これまで世界各国の不思議な生き物や存在を語ってきたミステリーチェイサーの原田龍二。 今回は、世界を震撼させる可能性のある予言について彼の見解を尋ねてみた。 東京オリンピック・パラリンピックを来年に控え、都内を中心に環境や設備が整えられているが、その開催が危ぶまれるような不穏な予言が世界中に広まっているのをご存知だろうか? それが 「2020年の3月20日にこの世に終わりが訪れる」というものなのだ。 今回は原田龍二が人類滅亡の予言の謎について語る。 写真:アフロ 2020年、この世が滅亡するという予言をみなさんはご存知ですか? マヤ文明で使用されていたマヤ暦によると、「2020年3月20日に人類が滅亡する」というのです。 オリオン座のベテルギウスの超新星大爆発が起き、ガンマ線バーストの影響でオゾン層が破壊され、そこから放射線が地上に入り込み、その放射線の影響と気温の激しい上昇により、この日に地球上の生物は焼き尽くされすべて灰となり滅亡する、といわれています。 そもそもマヤ暦は何かというと、紀元前5世紀頃からマヤ文明で使用されていた暦法で、周期が260日のものや、現在と同じ365日のものなどいくつかの月日の数え方があるそうです。 そしてその日が「人類滅亡の日」ではないかという予測がされていて、当時多くの人々をざわつかせました。 写真:アフロ しかし、僕たちは未だにここに存在しています。 つまり、予言ははずれたのです。 しかし、この結論に疑問を持ったフランスの科学者などが再調査をしたところ、マヤ暦の終わりの日の換算の仕方が間違っていて、先にお話ししたように2020年3月20日が本当の滅亡の日だという結果が導き出されたのです。 しかも恐ろしいのが、この終わりの日が、マヤから遠く離れたインドのスーリヤ寺院に保存されたインド暦の終わりとも一致するということで、今回の予言こそ何か起きるのではといわれています。 加えて、「ベテルギウスの超新星爆発」というのはかなり信憑性のある話で、ALMA望遠鏡(日本をはじめ、東アジア、北米、欧州、チリを含む21の国が協力して運営しているチリのアタカマ砂漠に設置された望遠鏡)はベテルギウスが膨張を続けていて、直径14億キロに達するほど巨大に成長し、いつ爆発を起こしてもおかしくない状況であることを映し出したのです。 そういえば先月も小惑星「2019OK」が時速87,000キロという驚異の速度で、地球をニアミスして通ったというニュースが話題になりました。 ご存知の方も多いのではないでしょうか? この「2019OK」については、各国の天文学者も地球に近づく数日前にしか発見できなかったということで、小惑星を爆破する準備なども間に合うタイミングではなかったそうです。 もし地球に小惑星が当たっていたとしたら、甚大な被害により世界が混沌に陥ったことでしょう。 いや、混沌に陥るどころか、予言のように人類は滅亡していたことでしょう。 だって、6500万年前、ユカタン半島に落ちた小惑星により恐竜は滅亡したのですから、それと同じくらい地球上の生物に危機が訪れていたはずです。 僕たちは地球上で起きている自然災害はもちろんですが、宇宙からの脅威にも常にさらされているんですよね。 そんないつこの世の終わりがやってきてもおかしくない状況にさらされている今だからこそ、僕は予言が意味のあるものだと思っています。 つまり、予言は「どんなタイミングで地球がなくなっても後悔をしない日々」を過ごすためのメッセージなのではないかと思うのです。 2020年の3月まであと半年。 僕たちの地球はいったいどうなってしまうのか……。 この予言を信じるか、信じないか。 そしてどう行動するか、すべてはあなた次第なのです。

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マヤ文明からの預言。 それは全て地球滅亡に関する物だった。 1999年、2012年と預言された地球滅亡は何事も無く、過ぎ去った。 平和な時は過ぎて2052年。 マヤ文明から再び預言が記される。 天から降臨せし、邪天使達が地上を滅亡に導く時、古来よりアステカの戦士が現れてそれに対抗すると。 いつの時代も危機を救うべく覚醒してきたアステカの戦士達が再び甦った。 そして、2052年の世界には地上が誇る超戦士達が存在していた。 気獣士。 人知を超えた超能力を持つ超人達も邪天使達を迎え撃つべく立ち上がろうとしていた。 正体不明の怪物、邪天使。 気獣士とアステカの戦士達は、邪天使から地上を救えるのだろうか?.

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シュメール、アレクサンドロス王国、ローマ帝国、モンゴル帝国、 ・・・ その全盛期を思えば「滅亡」など想像もできない。 ところが、現実は ・・・ みんな滅んでしまった。 建国以来、「万世一系(一つの皇統が続く)」を貫いているのは、日本のみ。 つまるところ、 文明は、生まれ、栄え、滅ぶのである。 では、文明は、どのようなプロセスを経て「認知閾」に達するのか? 歴史上実在した文明で検証してみよう。 まずは、人類最古の文明シュメールから。 文明として成立したのは紀元前3500年頃で、四大文明の中では最も古い。 場所はメソポタミア南端、チグリス・ユーフラテス河にはさまれたいわゆる「肥沃な三日月地帯」。 ここで、「輸出」がキモになる。 たとえて言うなら、9人で10人分の食糧を作ること。 じつは、これが、文明への第一歩となる。 というのも ・・・ もし、10人分の食糧を作るのに10人必要だったら ・・・ 生活用品や道具は誰が作るのか? 農作業の合間に農民が手作りする! こんな素人芸では、プロフェッショナルな「商品」は生まれないだろう。 演劇や文学や絵画は? 農民が片手間に創作する! 学芸会じゃあるまいし ・・・ 「芸術」なんて夢のまた夢。 つまり、文明が生まれるには、専門職が欠かせないのである。 具体的には、9人で10人分の食糧を作って、残り1人は専門職に! もちろん、そのためには「9人で10人分の食糧を生産する」高い生産性が前提となる。 では、シュメールはどうやって穀物の生産性を高めたのか? 「灌漑(かんがい)」。 雨頼みの天水農耕ではなく、人工農地を使った灌漑農耕。 人工農地?ひょっとして、ハイテク! そうでもない。 農耕に適さない土地に水路を張り巡らし、水源地から水を引き回すだけ。 ところが、これだけで、農耕地を集約できるし、耕地面積も増える。 生産性も収穫高もあがるので、一石二鳥。 この灌漑のおかげで、農業の余剰人員が職人や商人に転職し、商工業が生まれた。 商工業が発達すると、金余りが生じ、社会に余裕ができる。 結果、文学が芽生え、古代文学の傑作「」が生まれたのである。 ギルガメシュ叙事詩は世界最古の文学と言われている。 この作品には複数のバージョンがあり、最も古いのが「ニネベ版」。 成立時期は紀元前1300年頃で、古代ギリシャの傑作「ギリシャ悲劇」より800年も古い。 2300年前の文学? 稚拙な文章に荒唐無稽なストーリー? ノー! ギルガメシュ叙事詩は古代文学にありがちな「ファンタジー」ではない。 ストーリーは、善悪を超えて、人生とは、運命とは ・・・ を深く考えさせられる。 そして、詩人リルケが絶賛したように、音楽を奏でるような美しい響きがある。 ギリシア三大悲劇の一つ「」とならぶ傑作と言っていいだろう。 ギルガメシュ叙事詩は後世にも大きな影響を与えた。 たとえば、旧約聖書の「」は、ギルガメシュ叙事詩のエピソード「」に瓜二つ。 このように、シュメールは農・工・商・文化にバランスのとれた万能型文明だったが、紀元前2004年、あっけなく滅ぶ。 東方からエラム人が侵攻し、首都ウルを占領されたのである。 その後、文明の創設者シュメール人も歴史から消えてしまった。 一体どこへ? じつは、の担い手ドラヴィダ人と同様、行方は分かっていない。 といはいえ、シュメールが滅んだ原因は、はっきりしている。 「エラム人の侵略」だ。 ところが、シュメールは複数の都市国家が連合する強国だった。 それが、どこの馬の骨ともわからないよそ者に負けた? そもそも、エラム人は元々、シュメールに隷属していたのに。 じつは ・・・ エラム人が侵攻する前に、シュメールは弱体化していたのだ。 ボクシングのボディブローのように、徐々にダメージが蓄積し、エラム人の侵攻でポッキリ ・・・ では、シュメールのボディーブローとは? 塩害。 シュメールの成功は「灌漑」によっていた。 ところが、皮肉なことに、それがシュメールを弱体化させたのである。 シュメールの「滅び」は、気候の乾燥化から始まった。 収穫が減った原因は水不足と考えて、農耕地に大量の灌漑用水を散布したのである。 ところが ・・・ 散布された水は、土の中の塩分を溶かしながら、塩水となって、地中に浸透する。 その後、毛細管現象で塩水は再び地表に上昇する。 ところが、気候が乾燥しているので、水分が蒸発し、地表に塩分だけが残る。 それで何が起こったのか? メソポタミアの碑文にはこう記されている ・・・ 黒い耕地が真っ白になった。 すさまじい塩害である。 では、「塩」はなぜ「害」なるのか? 地表に塩分が蓄積すると、植物は根から水を吸収できなくなる。 結果、穀物は枯れ、収穫も減る。 ところが、それを水不足と勘違いしたシュメール人は、さらに水を散布する。 結果、塩害が加速し、ますます収穫が減る ・・・ 画に描いたような悪循環だ。 じつは、このプロセスはシュメールの穀物記録からも確認できる。 紀元前2400年頃、シュメールの単位面積当たりの収穫量は現代農業に匹敵した。 ところが、紀元前2100年には40%に急落。 さらに、栽培種も小麦から大麦に替わった。 小麦は塩害に弱く、大麦は強い。 だから、この時期に塩害が深刻化したのだろう。 じつは、収穫量が激減した原因は「乾燥化」だけではない。 それを示す面白いデータがある。 この地図は、メソポタミアで栄えた古代文明だが、古い順に ・・・ 1.シュメール 2.アッカド 3.バビロニア 4.アッシリア 新しい国ほど、海から遠ざかっていることがわかる。 海に近い河川や土地ほど、塩分を多く含む。 そのため、塩害が深刻になるほど、内陸国の方が有利になったのだろう。 というわけで、古代文明にとって、「塩害」は天敵だった。 ところが、「塩害」を防ぐのは現代の技術でも難しい。 石灰系の資材を土壌に入れ、真水を散布すれば、塩分は洗い流せる。 ところが、真水を得るのが難しい。 塩水を真水に変える「淡水化技術」は現代でもハイテクなのだ。 しかも、莫大なコストがかかる。 というわけで、「塩害」は、4000年前のシュメール人にとって、とてつもない難問だった。 皮肉なことに、彼らの対策「散布の水量を増やす」は、事態を悪化させるだけだったのである。 だから、シュメールが滅んだのは、指導者が怠慢だったわけでも、愚かだったわけでもない。 「2012年12月21日」はとうに過ぎたから。 それにしても、「滅亡」予言のなんと多いことか。 人間は「滅亡」を怖れながら、心の底では「滅亡」を望んでいるのかもしれない。 一方、この手の予言はあたったためしがない。 2012年のマヤの予言だけでなく、1999年の「ノストラダムスの大予言」も大ハズレだった。 もちろん、文句を言っているのではない。 当たっていれば、この世界は存在せず、それはそれで困るから。 マヤ文明は不思議な文明である。 世界の四大文明とくらべ、ジミなのに、カリスマだけは突出している。 マヤ文明は、紀元前2600年前に興り、紀元300年~750年にピークを迎えた。 ユカタン半島(現在のメキシコ、グアテマラ、ベリーズ)に位置し、70の都市を包含し、人口は1500万人に達した。 この時代、世界有数の文明圏である。 さらに、貯水場、運河、ダム、堤防など大規模な水利事業にも長けていた。 つまり、ハイテク文明。 ただし ・・・ マヤ文明のカリスマはそこではない。 まずは、異常な自然環境。 文明が発生する場所は、四大文明をみるまでもなく、河川沿いの平野と決まっている。 ところが、マヤ文明が興ったのは、熱帯雨林のジャングル地帯。 高温多湿で蒸し暑く、怪獣(野獣)がウロつく危険地帯、しかも、文明に欠かせない「河川」もない。 なんで、よりによってこんな場所に? ジャングルの方が、存在を隠せるし、他国から侵入されにくいから。 それに、ハイテクで環境を改造すれば、快適に過ごせる。 だから、悪環境の方がむしろ都合がいいわけだ。 マヤ人は、どんだけハイテク? じつは、マヤ人はでやってきた宇宙人だった ・・・ はいはい、空飛ぶ円盤飛んでけぇ~、と言い放つ前に、動かしがたい証拠もある。 地球の文明の暦は、太陰暦、太陽暦、グレゴリオ暦、いろいろあるが、それぞれ、暦は1つしかない(あたりまえ)。 そして、日付は「年・月・日」で特定される。 ところが ・・・ マヤ暦は、複数の暦が複合したハイブリッド暦。 面倒臭ぁ~、でも ・・・ 構造はのように異形で、とてもセクシーなのだ。 それがどうした? 原理にしろ、テクノロジーにしろ、セクシーなものほど真実に近い!(言い切ったぞ) それはさておき、暦が「人間ばなれ=地球の規格外」なので、「マヤ人=宇宙人」というわけだ。 まぁ、話半分にしろ(ゼロやろ)、暦がかわっていることは確かだ。 ちなみに、マヤ暦には複数の暦があるが、ツォルキン暦とハアブ暦の2つをおさえれば十分。 その人間離れした、摩訶不思議な発想が堪能できるだろう。 ぜひ、ご一読あれ()! マヤ人は、このハイブリッド暦を気象予測に利用した。 雨期を予測し、雨水を最後の一滴まで利用するために。 というのも、マヤ地域は水源になる河川がなかった。 そこで、貯水場、運河、ダム、堤防を駆使して、雨水を徹底利用したのである。 結果、土木工事の技術が発達した。 さらに、マヤ人は天文学に取り憑かれていた。 国中に天文台(望遠鏡はない)を設置し、星々の運行を観測し、データ収集に没頭したのである。 その集大成が、あの精緻なマヤ暦だったわけだ。 一方、大規模な土木工事や天文学には、高度な数学が欠かせない。 その結果、生まれたのが「0(ゼロ)」の概念だった。 「0」があれば、桁上がりが使えるので、少ない記号で数を表現できる。 たとえば、2進数なら「0」と「1」、10進数なら「0」~「9」の記号を使って、どんな大きな数でも表せる。 こうして、マヤ文明の繁栄は永遠に続くかと思われたが、紀元750年を境に衰退が始まる。 そして、紀元850年頃には誰もいなくなった。 国が廃棄されたのである。 わずか100年の間に、何が起こったのか? 外敵(メキシコ)の侵入、内乱、疫病、気候変動など諸説あるが、最も有力なのは水不足。 じつは、これには強力な証拠がある。 気象地質学者のゲラルト・ハウクは、べネズエラ沖のカリアコ海盆の堆積物を調査した。 さらに ・・・ この時期の骨を調べると、みんな栄養失調 ・・・ つまり ・・・ 紀元750年~850年頃、マヤ地域に深刻な干ばつが襲い、主食のトウモロコシの収穫が激減し、食うにも事欠くようになった。 そして、努力の甲斐もなく、この問題を解決することができなかった。 だから、国を捨てるしかなかったのである。 とはいえ、マヤの「水不足」はシュメールの「塩害」よりもマシに思える。 何か方法はなかったのか? たとえば、 1.貯水地を増やす。 2.新たな水源を見つける。 ところが、こんな正攻法で解決できるほど、マヤの問題は単純ではなかった。 ところが、食糧不足がマヤの問題を複雑にした。 食糧不足が続けば、民衆の不満が高まり、暴動や反乱が起こりやすくなる。 さらに、限られた食糧資源をめぐって、地域間の戦争も頻発するだろう。 つまり、事の発端は「水不足」だったが、そこから様々な問題が派生し、からみ合って、問題が複雑化したのである。 それで、マヤ人は国を捨てた? その前に ・・・ 恐ろしい儀式が行われたのである。 マヤの地下深くに掘られたトンネルや空間に、その証拠が見つかっている。 手足を切断された若い女性や幼児の人骨。 中には拷問をうけたものもある。 ということで、その儀式というのは ・・・ 生贄(いけにえ)。 ただし、生贄になったのはほとんどが戦争捕虜だったのだが。 じつは、マヤが戦争を頻繁に行ったのは、生贄を確保するためという説もある。 それはさておき、水不足を解決するため、殺人の儀式!? 未開の野蛮人ならいざ知らず、高度な天文学と数学を修得したマヤ人が? ありえない ・・・ ところが、それが「人間」というものなのだ。 人間のDNAには、2つの問題解決方法が実装されている。 科学と宗教、つまり、「疑う」と「信じる」。 これは誇張ではない。 科学の基本は「疑う」。 ルネ・デカルトが「西洋合理主義」の父として尊敬されるのは、それまでの常識をすべて疑ったから。 「疑う」こそが、科学を進化させる源泉なのである。 一方、宗教は「信じる」で始まり、「信じる」で終わる。 一神教の場合、「信じる」の対象はもちろん聖書。 そして、聖書に書かれたこと以外は、すべて異端として切り捨てられる。 つまり、宗教とは聖書で自己完結した世界なのだ。 とはいえ、人間は、まず、科学的(合理的)に問題解決しようとする。 この時代のマヤ人もそうだった。 ユカタン半島の土地は石灰岩である。 そのため、雨水はそのまま地下に浸透し、川を生成しない。 そのかわり、地下水脈「セノーテ」を形成するが、「水源は雨頼み」にかわりはない。 そこで、マヤ人たちは、文明創設期から干ばつ対策を実施していた。 たとえば、 1.雨が少ない年に備えて、貯水設備を充実させる。 2.公共用水を使う栽培作物をあらかじめて決めておく。 3.食料の配給を厳格に管理する。 ところが、想定外の干ばつがつづくと、このやり方では解決できなくなった。 そこで、マヤの指導者たちは、科学を捨てて、宗教に頼ったのである。 神の力は偉大なり、神にすがれば、きっと、雨が降る、そう信じたのだ。 そのための儀式が、生贄(いけにえ)だったのである。 ところが、何百人、何千人殺しても、水不足は解決しなかった。 結局、マヤ人は国を捨てるしかなかったのである。 では、もし、マヤ人が「信じる宗教」を捨てて、「疑う科学」に回帰していたら、滅亡はまぬがれただろうか? まぬがれなかっただろう。 彼らの科学レベルでは、この複雑さは解決できなかったから。 それに、「信じる」は悪いことばかりではない。 たとえば、高速道路を運転するとき、「逆走するバカはいない」とみんな信じている。 ふつうにはありえないし、そもそも、そんなことを心配していては、高速道路は走れないから。 ところが、最近、高速道路の逆走事件が起きている。 高速走行中に順行車と逆行車が正面衝突したらタダではすまない。 ということで、「信じる」は、やはり危険である。 ある日、そこで不具合が見つかったとする。 歯車が一つ壊れたのなら、それを取り替えればいい。 ところが、複数の歯車がからみ合うややこしい故障だったら ・・・ 面倒臭いから後回し!すると、不具合は、他の歯車に波及し、幾何級数的に拡大し、手のほどこしようがなくなる。 考えてみて欲しい。 何千万、何億もの歯車がからみ合う巨大装置で、複数の歯車が故障し、それらが複雑にからみ合っているとしたら ・・・ 理詰めで考える気がするだろうか? 祈るしかない? ノー! ここが踏ん張りどころなのだ。 歯車の不具合は、歯車がおかしいのであって、祈りが足りないわけではない。 だから、歯車の不具合は、歯車で直すしかないのだ。 もちろん、科学的に。 それを面倒臭いからといって、「信じる」に転向したら最後、マヤ文明の二の舞になる。 人を殺して回って、祈っている間に、不具合は確実に拡大する。 そして、最後に、文明の心臓の大車輪が脱輪し、文明は停止するのだ。 科学は強力な道具である。 事実に注目し、知識を抽出し、抽象化し、普遍的な法則を発見する。 それを応用すれば、大抵の問題は解決できるだろう。 しかし、科学の力の根源は論理にある。 つまり ・・・ われわれの脳の複雑さは、つねに、問題の複雑さの上を行かねばならない。 なぜなら、問題が解決できなくなるから。 そして、問題の多くはわれわれが作った「道具」で発生する。 特に、災いをもたらす道具には注意が必要だ。 たとえば、原子力。 原子力の平和利用を謳った原発も、チェルノブイリ原発事故とで、安全神話は崩壊した。 さらに、大量殺戮が目的の核ミサイルに至っては説明など不要だろう。 どれもこれも人類を破滅に導く道具なのだ。 ところが、最近、新たな危険が生まれつつある。 人工知能とインターネットだ。 とくに、人工知能は、「ディープラーニング(深層学習)」で、ブレイクスルーが起こるかもしれない。 かつて、一世を風靡したルールベースもニューラルネットワークもまやかしだった。 でも、今回は本物かもしれない。 というのも、これまでの人工知能は、人間なみの感情をもつとか、人間のように考えるとか、人間を真似ることに執着していた。 ところが、今回の人工知能は違う。 「人間に代わって、問題解決する」 に、フォーカスしているのだ。 感情はないが、筋道立てて論理的に、しかも、高速に思考できる。 そして、恐るべきは、自分で学習して、新しいアルゴリズム(思考方法)を獲得できること。 しかも、機械(コンピュータ)なので、1日24時間、1年365日、休むことなく学び続ける。 こんな怪物が、もし、よからぬ意識を持ったら? そりゃあ、考え過ぎだよ。 「人間に危害を加えない」というルールを組み込んでおけばいい。 では、人工知能が哲学を自動学習したらどうするのだ? 人間が教え込んだ目的やルールを変えるかも ・・・ それが哲学というものなのだから。 子供に道徳を教えても、経験と学習で、悪人になる人間はいくらでもいるが、それと同じこと。 確かに、人工知能が自動学習してくれれば、楽ちんだろう。 でも、ヘンなルールを覚えて、人間に歯向かったらどうするのだ? 便利さは複雑を生み、複雑は人智を超えて、いつか制御不能におちいる。 それが道具というものなのだ。 さらに怖いのが、人工知能がインターネットとリンクしていること。 もし、人工知能が「人間不要」の哲学を学んだら(正当性があるからコワイ)、世界中の資源を使って、人間を破滅に追い込むだろう。 その執行者が、最近、進歩めざましいロボットというわけだ。 映画そのものではないか。 そして ・・・ このままいけば、人工知能の複雑さは、いつか人間の脳の複雑さを超える。 複雑なものは、単純なものを理解できるが、その逆は真ならず。 だから、複雑なものが、単純なものを呑み込んでいく。 これが自然淘汰の本質なのだ。 ゆえに、人間が食物連鎖の頂点に立ったように、人工知能が人間を喰らう日が来る。 車椅子の物理学者ホーキング博士はこう言った。 「ひとたび人類が人工知能を開発してしまえば、それは自ら発展し、加速度的に自らを再設計していくだろう。 ゆっくりとした生物学的な進化により制限されている人類は、(人工知能と)競争することはできず、(人工知能に)取って代わられるだろう」 ひょっとして、人工知能って「」? もし、そうなら ・・・ 人工知能が第二のキノコ雲になる日は近い。

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