ティカル 遺跡。 ティカル国立公園

ティカル

ティカル 遺跡

鋭角的に聳え立つ勇壮なピラミッド群で世界的に知られるティカル遺跡は、数あるマヤ遺跡の中でも最も有名で代表的な遺跡です。 残された建造物群の重要性は言うまでもありませんが、石碑や土器等に残された神聖文字の研究から23名の王の名前と 歴史的な事件も断片的に解明されていて、マヤ史を研究する上でも非常に重要な遺跡です。 古典期に最も強大なマヤセンターだったティカルも古典期末には没落の道を辿り、17世紀末にスペイン人神父が偶然発見する まで密林の中に埋もれていました。 その後発掘、修復が進みますが、まだまだ神秘的な遺跡です。 一度は行ってみたかったティカル遺跡ですが、2003年のイースター休暇を利用して訪問を実現させました。 首都のグアテマラ シティーで飛行機を乗り継ぎ、更に1時間弱のフライトでフローレス空港に到着、ここを拠点にティカル訪問です。 2010年に 7年半ぶりに再訪しましたが、時間が限られ 駆け足の訪問になりました。 前回見落とした所、変わった所を中心に、画像を 30枚程追加して加筆補正しました。 新旧入り混じって読みづらいかもしれませんが…。 青字の部分が追加箇所です。 Isla de Flores 写真のフローレス島を望む 対岸のサンタ・エレナの街のホテルで一泊しました。 早くティカルに行きたくて夜明け前の起床でした。 写真は遺跡に 近づいた所で迎えに出てくれた孔雀のような鳥です。 マヤ風の屋根が嬉しいです。 グランプラサを挟んで1号神殿と 2号神殿が向かい合っているのは現場で確認出来ますが、その奥の北のアクロポリスの建造物群は残念乍らかなり崩壊、 喪失されています。 は別ページで詳細説明してあります。 代わりと言うか、遺跡エリアに入るとこの大きな案内板があります。 空撮写真に 散策経路が書き加えてあり、一見便利そうに見えましたが、方角が出鱈目。 4号神殿から2号神殿を結ぶ線を底辺にして、2号神殿 から直角に北のゾーンへ線を伸ばして直角三角形を作った先がおよそ北になるのですが、右下の方向表示では北が東になっている! 要注意です。 (白線とNは書き加えました。 勿論 「全部見たい!」。 複合体Qから、一番高い4号神殿に直行、その後に失われた世界を経由して最後に中央アクロポリス、北のアクロポリスの コースにしました。 と言う事で、最初に立ち寄った複合体Qのピラミッドです。 ここで言う複合体(Complejo)とは、東西に双子のピラミッドが 向かい合い、北に石碑、そして南に小建造物を伴うグループを意味し、写真は双子の東側のピラミッドです。 マヤ暦は二十進法で、1カトゥンが20年を表しますが、ティカルでは新しいカトゥンを祝う為に20年毎にこうした 複合体が築かれ、この複合体Qは 17 カトゥン最後の年の 771AD に建てられました。 Recinto de Estela y Altar de Complejo "Q" 前回撮り損なった、石碑と祭壇を囲む構造物。 この中に石碑22 と 祭壇10 が置かれます。 右下に複合が図示されます。 Recinto de Estela y Altar de Complejo "R" ピラミッド複合体Rは複合体Qの直ぐ西側で前回素通りでした。 写真は北側の石碑と祭壇を囲った構造物です。 複合体Rは 790年のカトゥンを祝った 最後の複合体になります。 Escalera para subir a la parte superior de Templo IV 4号神殿に到着ですが、小山に木の階段が取り付けられているだけ。 階段の上に顔を覗かせる上部神殿は手入れされて いますが、神殿が載る基壇は全面土砂に覆われたままで、単に小高い山を登っているようでした。 Misma Escalera 振り返って下を見るとこんな光景です。 階段はかなりの段数ですが、ここは絶対に登ってみるべきです。 Parte frontal de Templo superior 4号神殿は何が特筆すべきかと言うとその高さと眺望で、高さ 65mの建造物はメゾアメリカ随一、密林から頭を出す ピラミッド群の光景は神秘的でもあります。 写真は山登りを終えて、眺望を堪能する観光客です。 西日を浴びたピラミッドが輝いて、写真としてはこちらの 方が綺麗です。 105mm で撮影。 左隅に北のアクロポリス、右端には失われた世界のピラミッドが見えます。 Recinto de Estela y Altar de Complejo "N" 前回は見落としていた双子のピラミッド複合体N、711年のカトゥンを祝ったもので、今回はしっかり確認しました。 写真は北側にある石碑と祭壇を 囲む構造体です。 実物は遺跡入口のところにあるティカル石造物博物館にあります。 状態はなかなか 良好でした。 前にボロボロになった石碑や祭壇がいくつか残されています。 Camino desde Complejo N hacia Mundo Perdido 左が北の構造体、白杭の柵の中が東のピラミッドで、西のピラミッドは右の林の中です。 東西のピラミッドの間を抜けていく道を進み、失われた 世界へと向かいます。 コナン・ドイルの小説から名付けられたこの失われた世界のグループですが、ティカルで最も古い地区になり、大ピラミッド (地図の54 を建物群が囲みます。 写真は広場北西の49号建造物。 高さ34mあり、この時代の建造物としては最も大きなもののひとつだそうです。 ウアシャクトゥンのピラミッドと同じように仮面があったそうですが、 登れないし、暗くて気がつきませんでした。 太陽の神に捧げられた神殿で、太陽の運行の観測にも用いられたそうですが…。 大ピラミッドは太陽観測にも用いられ、失われた世界の東を閉じる建造物3つと天文観測複合を構成していたそうですが、あまり それとわかるようには修復されていないようです。 これは北西側の建造物だったと思います。 裏は7つの神殿のグループになります。 Residentes actuales de Mundo Perdido, Pavo Ocelado この辺りはいろいろな動物が出てきて、観光客の目を楽しませてくれます。 写真の鳥は七面鳥の一種で、 鮮やかな緑やオレンジの体は綺麗ですが、頭のオレンジのぶつぶつはチョット気持ち悪い感じです。 Residentes actuales de Mundo Perdido, Pizote こちらはアライグマの仲間のハナグマで、木の上から降りてきて人見知りせずに悠々と歩いていきます。 Templo III vista desde Mundo Perdido 失われた世界のグループから、7つの神殿のグループへ行きますが、途中3号神殿の南側面が望めます。 高さ55m、ティカル では後期の建造物で 810年頃の建造と推定されます。 気がついたら3号神殿はここで見ただけで、近くには連れて行って くれなかったようです。 Estela 24 y Altar 7 これが藁葺き屋根の下の石碑24と祭壇 7で、石碑の碑文から建造年の 810年の文字が読み取られたようです。 Edificio 91, Grupo VII Templos 7つの神殿のグループに入りました。 南側は写真の 91号建造物で閉じられています。 壁面には装飾がいろいろ あったそうですが、かなり崩れていて素通りでした。 VII Templos 広場の東側に7つの神殿が並びますが、崩れ崩れの神殿風の残骸が7つ残るだけでした。 VII Templos 7つの神殿の中で一番建物らしさを残しているのが写真の部分ですが、どんな 建造物だったか推測だに出来ません。 1枚上の写真は7つの神殿の中央にあたる神殿の屋根飾りだったでしょうか。 Templo central de VII Templos en 2010 中央神殿を中心に横から。 あれだけ崩れていたものをよくもまあここまで修復してしまったものです。 Edificio 91, Grupo VII Templos en 2010 南側の 91号建造物はというと、前に鉄骨が組まれて修復に取り掛かっているようでした。 Estructura al lado este del Grupo VII Templos これは7つの神殿のグループの西側にある建造物です。 Parte de Juegos de Pelota al lado norte del Grupo VII templos そして北側は3基の球戯場で閉じられます。 下の遺跡の模型を見ると球戯場が3面並んで作られた様子がわかります。 Grupos Mundo Perdido y VII Templos en la maqueta 博物館の立体模型で見ると位置関係が一目瞭然なのですが…。 Grupos Mundo Perdido y VII Templos en Googe Earth 空から見ると現在はこんな状態ですが…。 Templo V 未発掘の南のアクロポリスを迂回して、5号神殿にでました。 かなり綺麗に修復されていて逆に興ざめですが、 高さは58m近くあり、ティカルでは4号神殿に次ぐ高さを持つ8世紀前半の建造物です。 中央階段は登れず、代わりに 階段左に基壇に沿って急な梯子がかけてありますが、遠慮しました。 Templo V en 2010 前回は修復直後で白いピラミッドでしたが、8年近くの歳月を経てすっかり古色を帯びてきました。 登ると素晴らしいパノラマが 広がるようですが、時間の関係もありパス、中央アクロポリスも断念せざるを得ませんでした。 代わりに5号神殿近くで こんなキツツキの夫婦が目を楽しませてくれました。 和名はズアカエボシゲラで、左が雌で右が雄。 南側からアクロポリスに登り、建造物 53 と46 に挟まれた中庭6に出ました。 写真は建造物 53 の東側正面です。 古典期前から築かれ、現在残る形になった のはイキン・チャン・カウィール王の治世 734-746AD と言われています。 写真は建造物 53 に登って中庭を見下ろしたところで、向かいの建造物 46 が見えます。 ここは4世紀末からティカルの王の居所 でした。 中央アクロポリス自体は5階建て位の高さになるようです。 往時は高木は無かった筈ですから、神殿全体の偉容が見えた筈ですが。 左側に 中央階段の側面が見えますが、この急傾斜はマヤのピラミッドで一番きついものだと思います。 Juego de Pelota al lado sur de Templo I 更に下を見ると、1号神殿と中央アクロポリスの間に、古典期後期に築かれた小さな球戯場があります。 別に2箇所でより大きな球戯場が 確認されているので、この小さな球戯場の役割は何だったのでしょうか。 Gran Plaza de Tikal カメラを左に振ると、2号神殿も見えてきます。 1号と2号の間がグランプラサ、その北側が北のアクロポリスです。 中央アクロポリスを南側に降りてグランプラサに向かいます。 上から北のアクロポリス、グラン・プラサとその左右の2号と1号神殿、下が中央アクロポリスです。 Templo I de Tikal グランプラサに降りて まず1号神殿、「マヤ遺跡探訪」のトップページで使った写真です。 九層の急勾配の基壇上に神殿が築かれ、高く大きな屋根飾りで 上部が装飾された典型的なティカルの建造物で、その高さは 52m近くになります。 695年にカラクムルを打ち負かした ハサウ・チャン・カウィール王 682-734AD により 700AD 頃に造られた建造物ですが、 1962年に地下から多くの副葬品を伴った墓所が発見され、カウィール王のものと推定されています。 墓所の様子は 王の骨と 副葬品と共に遺跡入口の博物館に再現されています。 Acercamiento a la parte superior de Templo I 1号神殿上部のクローズアップです。 ガイドブックで100年以上前の生い茂った木々を取り払っただけの写真がありましたが、前面の階段は ボロボロでも、上部神殿の壁面は綺麗に残っていました。 屋根飾りの装飾は残念ながら風化が激しいですが、クリーム色、赤、 そして緑や青に塗られ、ピラミッド全体は赤く仕上られていたようです。 Estelas en Gran Plaza y Templo II グランプラサの反対側(西側)に向かい合った2号神殿です。 1号と同じ建築スタイルですが、1号を押しつぶしたような造りで 基壇は三層、高さは38mと低めです。 手前に広がるグランプラサの芝生の下には紀元前から700年頃にかけて4層にわたって敷き詰められた石灰岩の漆喰床があり、地表60cm下 から厚さ 40cm位の石灰層が残っているそうです。 Templo II 少し斜めから撮りました。 綺麗に修復してありますが、中央階段の前に柵があり登れませんでした。 (最近はまた登れるようにしてある ようです。 ) 2号神殿も1号神殿と同じ時期に建造されています。 遺跡入口で撮った立体模型の写真を見易く加工してみました。 下の写真は地図代わりです。 手前の向かい合った1号、2号神殿は上で見た通り当時の姿を保っていますが、奥の北のアクロポリスの建造物群はかなり 崩壊して廃墟と化しているので、当時の姿がわかる立体模型の助けを借りました。 下の段は 33号を中央にして大きな神殿が立ち並び、上の段は一番北の 22号と東西の 23、24号が小さな広場を囲む形で建っていました。 現在は写真の通り屋根飾りの残る神殿は皆無で、往時の勇壮な姿を想像するのは難しい状態です。 その分見晴らしは よくなって、奥の23号神殿まで顔を覗かせます。 33号の左が 34号神殿、その左の緑で覆われている小山が未発掘の35号神殿です。 Mascarones al lado de escalinata del Templo 33 基礎を残すだけの 33号神殿は 1号、2号神殿より古く 600年以降に改築されていますが、中央階段の左側から 300年頃の古い建造物を飾った巨大なマスクが発見され見る事が出来ます。 簡単な屋根で保護されていますが、発見当時の 60年代には白かったマスクも黒いカビで一面覆われています。 El estado de deterioro de Mascarones, en 2010 7年半後のマスクです。 上のマスクは黒カビが取り除かれて見易くなっていますが、下のマスクの黒カビはより深刻な状態になっていました。 早く綺麗に修復が行われるといいですね。 Escalinata del Templo 33 y Templo 32 a la derecha 33号神殿の右には 32号神殿があり、34号同様に上部神殿は天井と屋根飾りが失われています。 32号は上の立体地図では1号神殿の影に 隠れています。 Templo 22 al fondo y Templo 23 a la izquierda 北のアクロポリスの上の段、中央アクロポリスから望遠で撮った写真です。 左が東向きに建てられた 23号神殿、右奥が 22号神殿、中央には低層の 26号神殿があります。 23号と向い合った同型の 24号神殿 は未発掘です。 北のアクロポリスは失われた世界と共にティカルでは最も古いところで、200BC 頃から神殿が築かれ、現在も地下に古い神殿群が 眠っていて、数多くの王や聖職者達の墓所が発見されています。 現在露出している上段の神殿群は 300AD 以降の建造になるようです。 Vista desde de Templo 22 hacia Gran Plaza 一番奥の 22号神殿に登ってみました。 右側に 2号神殿、左の木の陰に 1号神殿の上部が見え、正面には中央アクロポリスの向こうの 5号神殿が見えます。 手前が低層の 26号神殿で、その先に高層の 33号神殿があった筈ですが…。 Vista desde parte superior de Templo 22 hacia Gran Plaza 22号の天井が無くなった上部神殿の中から、前の写真と同じアングルです。 ティカルの建造物は一般的に赤く塗られていたようです。 真っ赤な神殿の入口に王や聖職者が立って祭事を執り行った様子は どのようなものだったでしょうか。 Templo I y al fondo Acropolis Central 西側の 23号からだと 1号神殿がよく見えますが、午前中は逆光でした。 奥に中央アクロポリスがあり午後には陽光を浴びた1号神殿が綺麗に見えると思います。 Templo I de Tikal 興味の尽きないティカルの中枢部ですが、最後に1号神殿を正面から撮って、グランプラサを後にします。 Lado posterior de Templo I 1号神殿の裏を廻って駐車場に戻ります。 裏側は比較的原型を留めている様な感じです。 出口への経路から すこし外れているので見落としがちです。 (前回はしっかり見落としました。 ) Detalle de estilo teotihuacano タブレロの垂直部分の枠内には丸が彫られ、テオティウアカン では水を表すのに丸が描かれますが、片側に3対あるので、水の神トラロック3体分のようにも見えます。 タブレロの上の張り出しにも 彫刻があります。 Aguada en frente de Restaufante, zona de entrada al sitio 入口近くのレストランまで戻り、現在も残る水場です。 ガイドによると大きなワニが出た事があるとの事ですが、本当で しょうか? 時計は午後1時をまわったところ、遺跡に着いたのが9時前なので4時間以上かけてここ迄まわってきた事になります。 まずはここで栄養補給。 Estela bien conservada, en el museo del sitio 昼食の後、博物館に寄りました。 1号神殿の所で書いたように、博物館にはハサウ・チャン・カウィール王の墓所が再現してあり、 見事な彩色土器や石碑もあります。 でも入場料を別途徴収する割には こじんまりした博物館で、写真撮影禁止では興ざめです。 遺跡にはない綺麗な石碑があったので1枚だけ写真を頂きました。 メキシコもホンジュラスもマヤの博物館は全て撮影OKなんですが…。 後で判明した事ですが、この石碑は石碑31号で古典期前期の16代シャフ・チャン・カウィール2世(在位411-456年)のもの。 古典期前期 にしては素晴らしい保存状態です。 Parte posterior de Templo VI al extremo sureste del sitio 遺跡の入口から碑文の神殿を目指して、歩け、歩けです。 5Km 程歩いたでしょうか。 写真は6号神殿、別名碑文の神殿で、 東側の神殿背面です。 午後の逆光で暗くてあまり良く見えませんが、この背面の屋根飾りの部分に碑文が刻まれている事から碑文の神殿と呼ばれ、 碑文からは 766AD の年号が読み取れるそうです。 Parte frontal de Templo VI o Templo de las Inscripciones こちらが碑文の神殿の西側正面で、階段がついている筈ですが写真の通り土砂に埋まっています。 周辺部は訪れる観光客も少なく、 あまり修復の手も入っていないようですが、かえって趣があります。 発見されたのも 1951年と比較的最近の事です。 中央の神殿入口の上部には怪物の目のような 漆喰装飾が見えます。 Grupo G 写真にある階段中程の扉は調査坑の入口で、中には装飾壁画があると聞きましたが、勿論入れません、残念! Piedra esculpida sobre Calzada Maler グランプラサを横切ってさらに北のグループへ急ぎます。 途中、道の横に彫刻の施された石灰岩の基盤が露出しています。 写真左の縦長の長方形には神聖文字が彫られ、左右に捕虜と思われる人物像があります。 ティカルの主要部では一番北に位置し、西側に複合体 P がありますが、 どういう目的を持った場所だったのでしょうか。 ガイドブックにも特に記載が無くわかりません。 建築様式から古典期後期、700AD 頃の建造と推定されています。

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ティカル遺跡に行って来たよ!

ティカル 遺跡

929,179アクセス• 「マヤの予言では,2012年12月に世界が滅びる」などと一部の人々やマスコミが騒いでいましたが,幸いなことに!世界は滅びなかったので,無事マヤ地域を訪れることができました。 と言っても,気の遠くなるような歳月ですが…。 今回は,グアテマラとホンジュラスのマヤ遺跡や世界遺産の街などを訪れる8日間のツアーに参加しました。 5年前にメキシコのマヤ・ティオティワカン・アステカの遺跡を訪れたことがあり,今回は「マヤ文明を知る旅」の続編です。 メキシコはオルメカ・マヤ・ティオティワカン・アステカなど様々な文明が栄えましたが,グアテマラとホンジュラスはマヤ一色でマヤ文明の中心地域と言える地域です。 【ティカルについて】 グアテマラ北部ペテン地方,マヤ文明が栄えた地域のほぼ中央に位置し,紀元前200年頃から紀元後900年頃までの長期間,マヤの中心地として繁栄したマヤ最大の神殿都市遺跡です。 約30平方キロの広大な地域の半分は古代アメリカ大陸で最も高い建造物を含む大祭祀センターで,ペテン地方のマヤ都市を従えていました。 グアテマラのマヤ遺跡で最も有名かつ重要な遺跡と言えます。 最盛期の8世紀には,6万人以上の人口を擁しましたが,その後,300年近く続いた干ばつにより崩壊したと考える学者もいますが,確実なことは判っていません。 「ティカル国立公園」は,世界では数少ない複合遺産(自然遺産と文化遺産)として世界遺産に登録されています。 【表紙の写真】1号神殿 今回の旅行は,以下の旅行記で構成されています。 ・シリーズ「マヤ文明」 vol. ・シリーズ「マヤ文明」 vol. 外も部屋も真っ暗でした。 前の晩(日本で言う大晦日)は,なんと午後10時消灯!で,次の夜まで電気が灯きません。 ホテルはティカル国立公園内にあることから,自家発電に頼っていて電力に限りがあるため,普段は9時消灯なんですが,大晦日だけ特別に1時間延長してくれたそうです。 ホテルから遺跡までは歩いて行けますが,遺跡内は広大なので日の出の2時間前に出発しました。 途中,暗闇から人の叫び声か歌のようなものが聞こえてきましたが,「ホエザル」の鳴き声だったそうです。 ちょっと川口浩探検隊(古い!)の気分になりました。 真っ暗な中,ライトに浮かび上がる神殿が幻想的でした。 【コンプレッホQ】 スペイン語のコンプレッホは,英語ではコンプレックスで,「複合神殿群」を意味します。 コンプレッホは,ティカルに特徴的な建造物群で,向かい合う2つのピラミッド(神殿)と9つの入口をもつ建物及び石碑と祭壇を持つ囲いから構成されています。 このコンプレッホQは片方の神殿だけ復原されていました。 神殿前には9つの石碑,神殿の階段は9の倍数だけあります。 マヤにとって「9」は地下界を表す重要な数字です。 ちなみに天上界を表す聖なる数字は「13」です。 キリスト教世界では不吉な数字なのに… ところで,1ドル札のウラに描かれているピラミッドの階段も13段描かれています。 何か関係あるのでしょうか?• 【グラン・プラサ】 現地の人々が芝生に座って楽しそうに歓談していました。 私たちは地球の反対側から遺跡見学に来たのに,彼らはピクニックをしているようでした。 グラン・プラサの建造は紀元前150年ころに遡り,紀元後700年ころまで増改築工事がされました。 広場には,石碑や祭壇が無数にあります。 写真中央のノース・アクロポリスは,石が崩れて何だか分かりませんが,実はここにも神殿ピラミッドが5基整然と並んでいたのです!写真をよく見ると確かに神殿ピラミッドの基壇が残っています。 赤く彩色され太陽の光を浴びた神殿ピラミッドがいくつも広場を取り囲んでいた様子を想像して,そこに自分が立っていたら,荘厳さに圧倒されて気絶するだろうと思いました。 【1号神殿】 この神殿を抜きにティカル,いやマヤ遺跡は語れないでしょう。 垂直指向が強いティカル独自の建築様式で,メキシコの遺跡では見かけませんでした。 マヤ時代には,この階段を王や神官が上っていたと思うと,自分はとんでもない建造物を見ていると感じました。 ちなみに,王の装束は20? もあったそうです。 1号神殿はティカルの主役ですが,高さ51mで意外なことにティカルでは4番目です。 ちなみに,ティカルの6つの大きな神殿ピラミッドを高さの順に並べると,4号(70m),5号(57m),3号(55m),1号(51m),2号 38m ,6号 30m以下 となっています。 残念なことに1号も2号神殿も上ることができません。 【帰り道】 ティカルの遺跡見学は図ったかのように1号神殿で終了です。 約4時間かかりました。 遺跡から昼食をとりにホテルへ戻る途中,アリの大群に出くわしました。 普段は,アリくらいなんとも思わなかったのですが,この時はゾッとしました。 というのは,前の晩に,素足にサンダルで部屋の外に出た時に,足の指に猛烈な痛みを感じて,見てみるとアリが足の指を噛んで?いたのです!足で振り払ってもアリはなかなか取れず,その間ずっと激痛が走っていました。 てっきりハチに刺されたかと思いました。 結局2匹にやられました。 大きさは日本のアリと変わらないのに,何もしていないのに噛んでくるし,踏んでもなかなかしぶといし,参りました。 腫れたりはしませんでしたが…。 で,このアリの大群が身体に登ってきて噛んできたら!と想像したら…,写真撮ってさっさと逃げました。

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ティカル国立公園/グアテマラ [世界遺産] All About

ティカル 遺跡

およそ千年にわたって繁栄したこの都市は10世紀頃に突然姿を消したと考えられている。 俺の個人的な見解だと先日行ってきたの衰退後、南に向かったマヤの人々がティカルを作り、北に向かった人々がを作ったのではないか?そして、後の時代にお互いに繁栄を競い合った。 エル・ミラドール、そして、ティカルと歴史は続いている。 その2つの遺跡を連続して見る事が出来るのはかなり幸せな事だと思った。 この旅は古代文明のロマンが詰まっている、憧れのマヤ遺跡に直接触れられるのだ! フローレスからティカル遺跡までの移動はバンで大体1時間ちょっと。 このバンは往復で60ケツァール(俺たちはエル・ミラドールのツアーに申し込んだのでティカルへの移動費はタダにしてもらった)、朝8時発のバンに乗ってティカル遺跡までやってきた。 ティカル遺跡の入場料はひとり150ケツァール(約2200円)とかなり高い(はっきり言って日本よりも高い)。 必殺の学生証を提示するが学割なんてないと言う。 ふ、ふざけやがって・・・ UNESCO公認の正規の学生証だぞ!今まで一回も使えた試しがないじゃないか!水戸黄門ばりに割引してくれ! 二人で4400円、どれだけ高いかと言うと先進国であると大体、同じくらいの料金だ。 の話によると、何でもが値上げして、それに続くようにグアテマラの遺跡もバンバン値上がりしていったそうだ。 近年はどこの国も遺跡の入場料を上げまくっていて困る。 特にたいして外貨を稼ぐ手だてのないような国はその国の物価からしてあり得ないような入場料を設定していたりして困る。 毎日のように観光する長期旅行者にとって観光料は死活問題にすらなりえる。 しかし、ティカル遺跡は圧倒的に素晴らしい遺跡で、にもひけをとらない。 今までに行ったホンジュラスのコパン遺跡やと比べるとその差は歴然で、質、量、完成度、保存状態とどれを取っても圧倒的だった。 もし、俺のようにマヤ文明大好きとか世界遺産ハンターだから世界遺産をハントしていると言うのでなければティカル遺跡に行っておけば後はパスしてもいいだろうきっと。 でも、グアテマラに来たのならばティカルだけはパスしないで欲しいと思う、値段は高いけれども見に行く価値のあるマヤ遺跡だ。 マヤ最大の遺跡と言われるエル・ミラドールも確かにすごかったし、デカかったのだけれども如何せん、ジャングルの奥地にあり、まだ未発掘な為に見た目は、ほぼ山だった。 それはそれで2000年の歴史が感じられる上に、そんなところに行ける機会も少ないので大変良かったのだが、こうしてばっちり整備され、しかも保存状態がめちゃくちゃ良いティカル遺跡はまた別の意味で素晴らしかった。 今まで、世界中の色々な遺跡を見てきたけれどもこのティカル遺跡はわりと上位に来ると思う、俺がマヤ文明好きってのもあるが質、量ともに素晴らしかった。 なお、この遺跡は『スター・ウォーズ エピソードIV 新たなる希望』のロケ地にもなった。 帰国したら見てみよっと。 このティカル遺跡を舞台にどんなアクションが展開されるのか!? 気になるぜ。 ティカル遺跡のいいところは登れる遺跡が沢山あって、高い視点からも遺跡を楽しむ事が出来るところだ。 幸いな事に、先日のジャングルトレッキングの疲れもだいぶ取れいていたので普通に階段を登る事が出来た。 これはタダの山に見えるけれども発掘途中の遺跡TEMPLO3。 ピラミッドの土台部分で土に埋もれているが上にはしっかりと遺跡が出ていた。 ちなみにエル・ミラドールの遺跡はほとんどがこんな感じで未発掘だ。 TEMPLO4から眺めるTEMPLO1、TEMPLO2、TEMPLO3。 ジャングルの中からにょきっと頭の部分だけが出ている。 ティカル遺跡はしっかりと整備されているので入り口まで車で行く事が出来るようになっているが、ここもまた、グアテマラのジャングルの奥地である事に変わりはなく、遺跡内には様々な動物や野生の猿なども生息している。 TEMPLO4はかなり高いので見晴らしが良くて気持ちがよい。 見晴らしの良いところで記念撮影をパシャリ。 ティカル遺跡は沢山の見所があって大満足。 これはGRAN PIRAMIDE 今までいくつかのマヤ遺跡を見てきたけれども当時、ティカルがこの辺一帯を支配していたと言うのがうなずける。 やはり、遺跡の規模こそ、繁栄の証。 まぁそう言う事を考えるとはマジで激ヤバなんだけれどもね。 しかも未だにイタリアの中心で、遺跡とともに繁栄しているって世界中を見渡してもローマ以上の場所ってあるのかな? これはPlaza de los siete templos これはスペイン語で7つの寺院がある広場と言う意味。 俺も2ヶ月ほどスペイン語圏にいるので、これくらいのスペイン語なら何となく分かるようになってきた。 これはTEMPLO5 このような立派な寺院がティカルには6つあり、その内の2と4は登る事が出来る。 フローレスの湖でピカピカに洗った俺のKEENの靴、久し振りに洗うと愛着がわいて来る。 防水なので、雨の日や、気軽な町歩きから軽いトレッキングまで幅広くこなせて、長期旅行にぴったりの靴だ。 多少、蒸れると言う欠点はあるがこの2年間、本当に良く頑張ってくれた。 売り切れになる前にもう一足買っておこうかな? 今なら。 これはTEMPLO2 ここからの風景もなかなかだった。 TEMPLO2から見下ろすTEMPLO1 天気が悪くておどろおどろしい雰囲気が出ちゃっているけれども、それはそれで良かったかな。 そう言えばこの遺跡で偶然にも、アンティグアのペンション田代で一緒だったブロガーの『WORLD RUNNER』に出会った。 ペンション田代の時、俺は風邪引いていてあまり話せなかったのだけれども、色々話してみたらめっちゃ面白い人で、かれこれ6年も旅しているそうだ。 マジでクレイジー!行った国もなんだかんだで150カ国を越え、わりとしらみつぶしに国をまわっているっぽい。 世界一周してます!みたいな人はよく合うけれども6年も旅している人はなかなか珍しい。 この後のルートもベリーズ、カンクン、キューバと同じようなルートを辿るのでまた何処かで!と言って別れた。 数日後にベリーズで再会するのだけど。 WORLD RUNNER ~世界一周旅日記~ WORLD RUNNERのブログ 1月16日〜21日 夜行列車に乗ってカイロからルクソールへとやってきた。 この町は古代エ 大自然の国、ニュージーランド。 昔からかなり行ってみたい国の一つだったのだけれども世界遺産は3 オーストラリア、クイーンズランド州にある世界でもっとも大きな砂島、フレーザー島(Fraser パキスタン・イスラム共和国は、19世紀にイギリスの植民地、英領インドであったが独立運動の中で ホンジュラスのコパン遺跡のあとに目指したのはグアテマラのキリグア遺跡。 このキリグアは先日行っ 6月10日 フィジー最終日 ナンディ23:00発のシンガポール行きの便に乗って、201 ラトビア共和国は、バルト三国(エストニア、ラトビア、リトアニア)の一つで1991年にソビエト 宇治市にある平等院と宇治上神社を見た後に醍醐寺へやってきた。 京都では初日の内に京都駅から離れ 6月17〜18日 2日も掛けて辿り着いた世界遺産『レンゴン渓谷の考古遺産』で、衝撃的な 2016年、世界遺産の多いい国ランキング弟2位の中国。 1位の世界遺産大国イタリアを今にも追い.

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