この 世界 の 片隅 に 実話。 『この世界の片隅に』笑えるからこそ気づきにくい盲点 [映画] All About

「この世界の片隅に」の聖地巡礼は、ほとんど痕跡がないからこそ心にくる

この 世界 の 片隅 に 実話

昭和の戦時の暮らしを描くアニメで、これほど新しい映像体験になるとは!郷愁、お涙頂戴のありがちな作品かと思いきや、当時を題材にした従来のアニメとは一線を画する傑作だ。 主人公すずは、描くことが大好きな女性。 親に縁談を決められる時代、女性の自由意志がろくに認められない世界に、自分の存在を刻むかのように、目にしたものを絵に描く。 すずが描く風景画は、時にアニメの中の実景を書き換える。 その表現手法が新鮮だ。 小気味よい編集テンポも新味に貢献。 市井の人々の生活を語るならゆるいペース配分もありだろう。 だが、日常を淡々と、ごく短いカットで次々に描写を連ねる手法は、じっくりと共感することを拒むかのよう。 しかし、物足りなさがあるからこそ、二度三度と観賞したくなる。 能年玲奈=のんの声の存在感も大きい。 すずが「あまちゃん」のヒロインに通じる天然系キャラであることも、感情移入のしやすさに寄与している。 戦争の悲惨さを訴える従来の映画とはまるで違う。 えも言われぬ幸福感、温かさを抱きしめながら、ふとこれはラブレターなのではないかと思った。 あの時代を生き、必死に日常を耐え忍んだ人たち。 それは観客一人一人にとって決して他人などではなく、誰もが世代をさかのぼればすぐに当人たちへと辿り着く。 物心ついた頃には既にシワクチャだったおじいちゃん、おばあちゃんたち。 彼らが初々しい少年や少女だった頃のことをこれまで考えたこともなかった。 どんな風に成長し、新婚を迎え、戦火の中でどれほど大切なものを失い、そして新たに生まれた生命にどれほど希望を得たのか。 すずさんの心の機微はきっと多くの日本人に共通していただろう。 私の祖父祖母もとうに亡くなってしまったが、もっと当人から話を聞いておけばよかったと心が苦しくなる。 だからこそ、こうしてこの映画へ足が向いてしまう。 すずさんに会いたくてたまらなくなる。 何度でも、何度でも。 泣いた映画がいい映画とは思わないが、この映画は泣かせの演出はほぼないのに文字通り洟をすすりながら観た。 自分は映画から入って原作を読んでまた映画を観た。 原作ファンが映画の改変について物申したくなるのもわかる気がしたし、監督が原作カットしたプロットをあの手この手で行間やエンドクレジットに仕込んできたこだわりもわかった。 自分は映画単体で傑作だと信じているし、原作ファンもてんでダメなシロモノだったらこんなに反論や検証で盛り上がったりしなかっただろう。 自分が思うことは、とにかく素晴らしい原作があり、映像でしかできない表現で映画化し、自分を含めた受け取った観客が平静ではいられないものができたということ。 言葉を尽くしても二時間強に込められたディテールを解析し切ることはできないし、エモーショナルな衝撃を説明することは不可能。 ただこれほど繰り返し観て考える価値がある映画もないと断言しておきたい。 2017年4月13日仙台の映画館で鑑賞 原作未読 当時はのんこと能年玲奈が声優として主演するアニメ映画が公開されると知り内容はよく知らないでファンとして観に行ったものだ 絵が癒し系で好き 能年玲奈がキャラに合っていた 笑いあり涙ありの良作 ただ右手を失い右手があった頃の楽しい思い出を振り返るシーンがあるがあの表現方法は嫌い 2018年TBSで連ドラとして実写化されている 時間がたっぷりあるせいかとても丁寧に作られている 役者もみんな良かったが特に松本穂香伊藤沙莉尾野真千子の3人が素晴らしかった ちなみにアニメ化前の2011年にも日本テレビで単発ドラマとして実写化されているとは知らなかった 北川景子主演 まだ観ていないが近いうちDVDかなにかの機会で観てみようと思う この作品を観た直後は星5つか星4. 5だったがTBSドラマや『さらにいくつもの』を観た後だと評価を下げざろう得ない 素材としては最高なのに編集に問題があり勿体ない 監督が悪いのかプロデューサーが悪いのか制作会社社長が悪いのか知らないが 原作のほぼ全てを注ぎ込みたいなら120分くらいの映画には向いていない どうせ二作品作るなら初めから120分120分(90分90分でもいいが)の前編後編で制作すれば良かった 最近の実写映画ではありがちだがアニメ映画は少ないから躊躇したか それがダメなら『スパルタカス』とか『ベンハー』とか『アラビアのロレンス』とか『十戒』みたいに3時間越え4時間近くの大巨編スペクタルで公開すれば良かったんじゃないか 公開当時老婦人が映画館のスタッフに「おすすめの映画はありますか」と聞いていた するとスタッフはこの作品を薦めた しかし老婦人は「アニメは嫌いですの」と答えた いくらジャパニメーションは日本が世界に誇る文化だとアニメオタクが熱弁を振るってもアニメというだけで拒否反応を示す大人は世の中にたくさんいるのが実状だ 連ドラは観てくれただろうか あと「すずさんみたいになったらいつでも千円で映画を観れるよ」とアドバイスしてくれた人が身近にいるが僕はやめておきます 私の親戚がいる、広島と呉が舞台の映画です。 この映画が公開された時、あまりリアルで残酷な表現が出てこない、悲しいが、健気に生きる美しい映画という評でした。 実際そうです。 が、とてもリアルに描かれてました。 ある程度原爆がどのような物が知らないと、さらっと描かれているのでリアルに感じないかもしれません。 親戚にいろいろ話を聞いたり、原爆資料館などで少々の知識があったため、これがあの現象だ!とかわかり、とてもリアルに感じました。 同級生のために絵を描いてあげるシーン、とても素敵でした。 主人公の絵が好きで、景色がこんなふうに見えてるんだと。 色鮮やかな時代から暗く危ない時代への移り変わりる表現が素晴らしい。 とてもよく考えられた、作り込まれた映画だと思いました。 主人公の辿った人生を 物語るかのようにストーリーが 進んで行ってるのだと思います 解釈間違ってるかも -、-; 戦争が人々にもたらすのは苦しみばかりです 取り返しのつかない悲しみや 頑張って生きている事の虚しさなど 観ていてホントに悲しくなります 戦争で自分の人生において 大切にしていた物全てを失ってしまった それなのに戦争に負けたという事実 いままでの苦しい生活や 取り戻すことの出来ない 失った大切なものはどうなるの? 一体何のために頑張って来たの? ホントに虚しさと絶望的な気持ちになります そして厳しい時代だからこそ 自分の事を見捨てずに 共に生きて行こうとしてくれる 家族の心の暖かさというものが 伝わって来ました なんて心強いのかと 助けてくれる人が居るのは 素晴らしい事だと思いました 最後の方で母親を失った子供が あまりにも悲しくて 死んだまま子供の手を握ってる 母親の姿があまりにも無念さを感じて 泣きました こんな悲しい事があったなんて 出来るなら信じたくないです ネタバレ! クリックして本文を読む 戦争当時の結婚。 北條周作はすずのことを知っていたが、すずは相手のことをまったく知らずに結婚。 恋愛でも見合い結婚でもない、こうした風習があったりもしたことは、逆のパターン(押しかけ女房風の)も含めて親の世代から聞いたことがある。 それでも貰ってくれたことや、この男性、小さな幸せを見つけるためにこの家族と生きていこうとする姿に昭和を感じた。 ボーっとしながらでも健気に生きてゆく姿がみずみずしさをも放ってくる。 平凡、普通、ちょっとおっちょこちょいのすず。 戦争中であっても市井の人々の生活はしっかいと根付いていること。 「たけやりで」などという言葉も使われるものの、配給に毎日通い、ごはんに味付けし、絵を描き、自然を愛することができるからこそ小さな家庭がある。 呉という軍港ならではの特異性もあるにはあるが、多分日本中にすずさんはいたはずだ。 広島の原爆がメインになるかと思っていたけど、呉市は空襲がひどかった都市。 毎夜空襲警報が鳴り響くシークエンスは耐えられないほど胸が痛くなった。 日々の生活も食料事情が悪化し、今日も配給なし・・・といった状況が続く中、雑草までをもレシピに取り入れる姿も、飽食の時代にあっては想像もつかないエピソードだ。 義姉径子さんの娘晴美の存在も大きく、すずの心の安寧も彼女に見出したのかもしれません。 また、普通に危険な関係になりそうな水原哲の存在もあり、揺れる乙女心も絶妙に描いてありました。 柔らかい水彩画タッチの映像は、観客にも心を穏やかにしてくれるが、不発爆弾が時限爆弾であり、その爆発によって姪の晴美とすずの右手を失うことに。 暗転した背景に線香花火のような映像がすずの心を映し出し、悲しさを訴えてくる。 広島に投下された原爆はむしろ呉から見たイメージでしかなかった。 妹のすみはどうなったんだとドキドキしながら、エンディングを迎えるが、彼女の腕の斑点を見る限り、原爆症にかかってることは間違いないのだろう。 それでも幼い頃に聞かせた怪物の話を思い出し、前向きな生き方を取る姉妹。 そう、どこまでも前向きになれるんだと、勇気をもくれる。 こうの史代さんの作品としては『夕凪の街 桜の国』 2007 が好きだったので、原作も購入してしまったし、田中麗奈も好きになってしまいました。 自分だけが生き残ってしまったことの苦しさも夕凪以降に色んな映画で描かれてましたが、戦後70年も過ぎると、そうした後悔の念が現れるのもしょうがないことだと思います。 未だに辛さを伝えられない方も高齢になりつつありますが、戦争で亡くなった方も尊んで、未来のために伝承していくことも大切ですよね。 「ドクター・ドリトル」 C 2019 Universal Pictures. All Rights Reserved. 「ホーンテッド 世界一怖いお化け屋敷」 C 2018 Danger House Holding Co. , LLC. All rights reserved. 「ANNA アナ」 C 2019 SUMMIT ENTERTAINMENT,LLC. ALL RIGHTS RESERVED. 「ハリエット」 C 2019 Focus Features LLC.

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この世界の片隅に原作漫画のネタバレとあらすじは?結末はどうなるの?

この 世界 の 片隅 に 実話

概要 [ ] の出世作となった『』 2004年 に続いて「と」をテーマに描いた作品である(ただし『夕凪の街 桜の国』と異なり、主要な舞台は広島市ではなく近隣の・に設定されている)。 本来を語るような立場ではないにもかかわらず『夕凪の街 桜の国』により「原爆作家」と見られることに抵抗を感じた作者は、「原爆以外の死、戦争全体にもう1回向き合わなければバランスが取れない」との思いにより、次作として激しいを受けた広島県の・を舞台に戦争の全体像を描いた本作に着手する。 単行本下巻のあとがきでは、作者自身が「『誰もかれも』の『死』の数で悲劇の重さを量らねばならぬ『戦災もの』を、どうもうまく理解出来ていない」ことを背景として、「そこ(戦時中)にだって幾つも転がっていた筈の『誰か』の『生』の悲しみやきらめきを知ろうとしました」と記している。 2006年初めから翌2007年初めにかけて発表した戦前期(1930年代)の広島を描いた3編の読み切り短編作品『冬の記憶』『大潮の頃』『波のうさぎ』(いずれも主人公・浦野すずの幼少時がテーマとなっている)に続いて、『漫画アクション』誌上に本作の連載が開始されることになり、2008年1月には単行本(上巻)が刊行された。 こうのにとっては通算7本目の単行本化作品となる。 単行本の累計発行部数は130万部を突破した。 本作品のストーリー本編は1943年(昭和18年)12月、すずが周作と出会い翌年2月に2人がを挙げるところから始まるが、コミックス化に際して上記の3編も本編のプロローグ部分として上巻に同時収録された(目次の配列はストーリー上の時系列に沿っている)。 初出掲載時とコミックスでは、各回ごとに(「18年12月」というように)昭和により舞台となる時期(年・月)を示すサブタイトルが付されている(ただしプロローグの3編については初出時に時期設定が明示されていなかったため、コミックス収録時に新たに付された)。 また、初出掲載時は「昭和」と「平成」の元号を介して年月が一致するように連載されていた(例:作中が昭和20年3月の場合、平成20年3月発行の誌上に掲載)。 あらすじ [ ] 冬の記憶 [ ] 昭和9年(1934年)1月、で少女時代を過ごした 浦野すずは、想像力が豊かでを描くのが上手く、自分が体験した出来事を、虚実の入り交じった漫画のような作り話にしてしまう才能の持ち主。 小学生のすずは海苔を届けるお使いでに行く途中、「ばけもん」にさらわれる。 すずは、ばけもんの背中の籠の中で見知らぬ少年・周作と出会う。 すずは機転をきかせ、ばけもんを眠らせて周作と逃げ出す。 それは夢とも現実ともつかない出来事だった。 大潮の頃 [ ] 昭和10年(1935年)8月、すず一家は、の祖母の家を訪ねる。 すずが昼寝から目を覚ますと、天井裏から降りてきた見知らぬ少女がすいかの皮を手に取っていた。 すずは新しいすいかを持ってくるが、少女の姿は消えていた。 兄の要一は座敷童子を見たのではないかと言う。 波のうさぎ [ ] 昭和13年(1938年)2月、すずは同じ組の乱暴者・ 水原哲に鉛筆を取り上げられ床下に落とされてしまう。 哲は海難事故で兄を亡くし、荒れた家に帰りたくないという理由で課題の絵を描かず、海辺に座り込んでいた。 それを見たすずは、哲に代わって絵を描いてやる。 この世界の片隅に [ ] からへの階段。 すずが晴美を連れて呉海軍病院に入院するお義父さんのお見舞いに行くシーンで登場する。 中の1943年(昭和18年)12月、18歳の浦野すずが草津の祖母の家で海苔すきの手伝いをしていると、突然縁談の知らせがくる。 急ぎ帰宅したすずが覗き見たのは、から来た 北條周作という青年だった。 翌年2月、呉の北條家でささやかな結婚式が挙げられ、すずの新しい生活がはじまる。 すずは周作とどこかで会った気がするが思い出せない。 傍目には不器用で、いつもぼんやりしていて危なっかしく見えるすずは、北條家で失敗を繰り広げては、小姑の 黒村径子に小言を言われる毎日を過ごすが、径子の娘である姪の 黒村晴美には懐かれる。 戦時下で物資が不足し、配給も乏しくなる一方、すずは持ち前のユーモアと生活の知恵で、食料に乏しい日々を乗り切り、次第に北條家やその近所の人々に受け入れられていく。 ある日、すずは闇市からの帰り道、迷い込んだ遊郭地での 白木リンと知り合い友達のような間柄になる。 すずは、が原因でが判明し悩むが、リンの「この世界に居場所はそうそう無うなりゃせん」という言葉に救われる。 だが、すずは幾つかの断片的な状況から、彼女がかつて周作の別れた元恋人であったことに勘づき、周作に対し複雑な思いを抱えることになる。 そんなすずの元を、かつて互いに憎からず想う相手だった幼馴染、水原哲が訪れるが、すずは自分の心が既に周作に向いていることを改めて自覚すると共に、余計な気を回して水原と自分を引き合わせようとした周作に対して疑念を深める。 すずは遊郭までリンに会いに行くが会えず、討ち入りと勘違いされて追い返されそうになるものの、対応してくれた病床の遊女 テルを得意の絵で励ます。 後日、すずは桜の花見で再会したリンから、テルはあの直後に亡くなったと聞かされる。 リンはすずに、秘密を他人に知られることなく独り占めにして死ぬのも一種の贅沢だ、という旨の死生観を語る。 やがて日本の戦況が劣勢になり、軍港の街である呉は(昭和20年)3月19日を境に、頻繁にを受けるようになる。 それでも戦時下の日常を明るく過ごそうとするすずだったが、同年6月22日の空襲で、通常爆弾に混ぜて投下されていた( )の爆発により、目の前で晴美を亡くし、自らも負傷により右手を失ってしまう。 意識が戻ったすずは、晴美を守れなかったことを径子に責められる。 同年7月1日の空襲では呉市街地が焼け野原となり、郊外にある北條家にもが落下する。 見舞いにきた妹の すみは、江波のお祭りの8月6日に広島の実家に帰ってくるように誘う。 すずはすみと軽口を叩きながらも、人の死が日常となったこの世界に順応しつつある自分こそが歪んでいるのだという思いを抱き、世界が左手で描いた漫画のように歪んでいると独白する。 周作との間柄も、リンに対する嫉妬でぎくしゃくしており、すずは北條家での居場所を失いつつあった。 ついにすずは機銃掃射から守ってくれた周作に、広島に帰ると訴える。 の朝、病院の予約があるという理由で帰郷を遅らせたすずは、径子と和解して翻意し、北條家に残ることを決意する。 結果としてすずは、による被爆を免れるが、爆心地から約20キロメートル離れた北條家でも閃光と衝撃波が響き、故郷の広島方面から立ち上るを目撃する。 、でを聞いたすずは、の覚悟とは何だったのかと激昂して家を飛び出す。 裏山の畑からふもとにがひるがえるのを見たすずは、それまで正義の戦争と信じていたものの正体が、ただのに過ぎなかったことに思い至り、「何も知らないまま死にたかった」と独白し泣き崩れる。 11月、すずは周作の案内で呉の市街地に出かけ、かつてリンのいた遊郭が空襲によって跡形もなく破壊されているのを目の当たりにし、秘密ではなくなってしまった夫とリンとの関係とその過去に想像を巡らせる。 12月、すずは呉の軍港で、軍艦が好きだった晴美が死の直前に覗き見ようとした先に、水原の乗艦であった軍艦()が大破着底しているのを見かけ、その傍に佇む水原を見かけるが、話しかけることなく去り、自分がこの世界でもう会えない人たちの記憶の器として在り続けるという決意をする。 翌年1月、すずはようやく広島市内に入り、草津にある祖母の家に身を寄せていたすみと再会。 すずの両親は既に亡くなっており、すみにはの症状が出ていたが、治らなければおかしいと彼女を励ます。 廃墟のようになった広島市内で、すずはこの世界の片隅で自分を見つけてくれた周作に感謝しながら、の少女を連れて呉の北條家に戻る。 空襲に怯える必要がなくなった呉の夜には街の灯りが戻っていた。 主人公と北條家の人々 [ ] 北條家の住所は「広島県呉市上長之木町八百八番」とある。 1925年(大正14年)生まれ。 広島市の海苔梳きの家に育つ。 少女時代は、実家の仕事を手伝う傍らに通学、を卒業する。 絵を描くことが好きだが裁縫は苦手。 18歳時の昭和18年(1943年)暮れに妹・すみと共に広島市にある親戚の森田家の仕事を手伝う最中に突然舞い込んできた縁談により、呉の北條家に嫁ぐ。 周作と幼少期に一度遭遇していたが覚えてはいなかった。 特に断る理由もないまま嫁入りし、哲への思いも捨てきれてはいないものの徐々に周作を心から愛するようになる。 働き者だが、おっとりした性格から時折小事件を巻き起こす。 次第に物資が乏しくなる戦時下の生活に先行きの不安を感じつつも、夫や北條家の人々を愛し、また愛されながら、知恵と明るさで懸命に乗り切っていく。 1945年(昭和20年)ので右手を失う。 人の機微に聡い一面もあり、白木リンと夫の関係に気付いている。 TBSドラマ版では2018年時点でも90歳を越して存命であり、シーズンにユニフォームを着て野球場に通い詰めるほどのファンである。 北條周作(ほうじょう しゅうさく) すずの夫。 の録事(書記官)。 すずよりも4歳年上。 昭和18年12月、突然父親の円太郎と浦野家を訪れ、幼い頃に一度だけ会ったことがあるすずに結婚を申し込んだ。 短編『冬の記憶』に登場する少年と同一人物。 生真面目な性格で、親族ら周囲から「暗い」と言われるのを気にしている。 すずを愛し、彼女の絵描きの趣味にも理解を持っているが、すずが幼なじみの哲に淡い想いを抱いていることにうすうす気づいている。 戦況の悪化に伴い文官から武官に異動させられ留守がちになるも前線に出ないまま生き延びることができ、海軍の解体後は新たな職場で広島市内に通勤することになった。 北條サン(ほうじょう さん) 周作の母(すずの姑)。 足を痛めているため普段は自宅で安静にしているが、裁縫や精米など、家長の妻として出来ることを最大限頑張っている。 嫁姑の関係ではあるが、すずをいびるようなことをせず優しい態度を取る。 自分の体が悪いせいで息子に嫁を取ってもらったという事情もあるものの、言動にはやさしさが多く元々の性格でもあろうことが示唆されている。 北條円太郎(ほうじょう えんたろう) 周作の父(すずの舅)。 十一空廠勤続の技師。 かつてのため一時解雇されていた。 が専門のようで、蘊蓄を語り出すと止まらない。 真面目かつ温和・冷静で、怒ることはほとんどない。 黒村径子(くろむら けいこ) 周作の姉で、顔立ちは周作そっくりな長身の女性。 元でファッションにうるさい。 はっきりと物を言う性格で、何事もてきぱきこなす。 家庭に収まらず卒業後、職業婦人として働いてもいた。 反面、炊事は好きではなく飯を炊けば決まって焦がしていた。 当時としては珍しい恋愛結婚して家を出ていたが、時計屋を営んでいた夫の病死後、その性格から嫁ぎ先とぶつかり折り合いが悪くなる。 によって黒村家がに引っ越すことを機に離縁し、娘ともども北條家に戻ってきた。 嫁ぎ先に残してきた息子のことを気にかけている。 息子を嫁ぎ先に残したのは夫の亡き後長男が跡継ぎであるから。 すずには嫌味を言うことも日常茶飯事ではあるが若い年頃の娘のすずを気遣っての言動も見られる。 晴美が亡くなった時は気が動転してすずを叱責する。 すずは径子への罪悪感から実家に帰ろうとするものの、径子は私に気兼ねすることなく(私のように)自分で決めなさいと言って引き留めた。 その後右手を失って家事に不自由するすずを見かねて代わって家事に精を出すようになる。 すず夫妻が戦災孤児を拾って着たときはボロをまとった戦災孤児に晴美の服を直して着させてあげた事が示唆されている。 黒村晴美(くろむら はるみ) 径子の娘。 への入学を控えている。 兄の久夫にの名前を教えてもらっており、幼いながらすずよりはるかに軍艦に詳しい。 母とともに北條家に同居し、すずに懐く。 1945年(昭和20年)6月22日の空襲後、すずと一緒にいたところを時限爆弾の爆発に巻き込まれて死亡する。 黒村久夫(くろむら ひさお) 離縁した径子が跡取りとして黒村家に預けてきた息子で軍艦が好き。 妹・晴美の入学祝いとして自分が使っていた()を送ってきた。 長男であることから黒村家の跡継ぎとして下関に住む。 江波(すずの実家)の人々 [ ] 浦野十郎(うらの じゅうろう) すずの父。 かつては養殖に従事していたが、工業港建設で海が埋め立てられたため廃業し、埋立地に建てられた工場に勤めている。 後、妻のキセノを探して広島市内に入ったことから二次被爆し、10月ににより倒れてすぐに亡くなり多くの被爆死者たちとともに学校敷地内で荼毘に付された。 浦野キセノ(うらの キセノ) すずの母。 森田の叔父さんと横顔がよく似ている。 には祭りの準備で広島市街に出かけており、その後消息を絶つ。 夫の十郎、すみの捜索もむなしく最後まで見つからなかった。 浦野要一(うらの よういち) すずの兄。 短気ですぐ拳や怒声が出るためすずのみならず腕白な哲ら男子からも怖れられる、通称「鬼(おに)いちゃん」。 軍人としてに出征していたためすずの結婚式には立ち会えず、1945年の2月に戦死の知らせが届き他の戦死者達と共に葬儀が営まれた。 最終階級は。 しかし戦死の報告とともに届いたものは石ころ一つしかなく、浦野家の人々は彼の死を実感できずにいる。 浦野すみ(うらの すみ) 昭和元年(1926年)生まれ。 すずの妹。 しっかり者の美人で、すずに見合い話が来た際にすずが「すみちゃんとの間違いでは」と言ったほどである。 年子である姉を「すずちゃん」と呼び慕っている。 の一員として陸軍の軍需工場に勤労動員していた時に知り合った陸軍の若い将校(すみ曰く「美男子」、原作では)とほのかに想い合う仲になる。 原爆投下後、父の十郎とともに母キセノの捜索のため広島市内に頻繁に出入りしたことからし、原爆症で寝込むようになりめまいと青あざ(内出血)に悩まされ、イトの家で看病されながら生活している。 水原哲(みずはら てつ) 時代のすずの幼なじみで元ガキ大将。 の生徒だった4歳年上の兄を海難事故で失い、両親も荒れて家庭内も安らげる状況ではなく幼少期はやさぐれていた。 小学校卒業後志願兵として海軍に入隊する。 水兵として乗り組んでいたの停泊中、入浴と一夜の宿を求めて北條家を訪れる。 再会時は丸くなっていた。 すずとは互いに意識しあいながらも素直になれない仲で、すずは周作の妻となっても捨てられない水原への淡い気持ちに罪悪感を持ち、水原もそのすずの気持ちを理解していたが訪問時にすずが周作のことも深く愛するようになっていることを知る。 終戦まで生存しており、終戦後、着底している青葉を見つめる水原をすずが発見、声をかけようとするも、芯のある眼差しを見て、かけるのをやめて立ち去った。 りっちゃん 小学校時代のすずの幼なじみ。 卒業後、に進学。 草津の人々 [ ] 森田イト(おばあちゃん) すずの祖母。 広島県西部のから嫁ぎ、に住む。 縁談が来たすずに、嫁入りのために仕立てたの着物を手渡し、に行うやりとり(柿の木問答の変種)を教える。 優しい性格ながら、不器用なすずに裁縫を教える口調は厳しい。 自宅は戦争被害が軽微でマリナや千鶴子と共に終戦後まで生き延びる。 戦後は海苔の仕事を継続しつつ、原爆症を患い働けなくなったすみを家に引き取り看病していた。 森田(もりた)の叔父さん・マリナ(叔母さん) すずの叔父・叔母。 母と同居し海苔梳き業を営んでいる。 しばしばすず一家が手伝いに来ている。 森田千鶴子(ちづこ) 森田夫妻の娘(すずの従妹)。 晴美より少し年上。 すずの胴長靴の着こなしを「父親似」と評している。 短編『大潮の頃』に登場。 幼少時代のすずが森田家で遭遇した少女。 ボロ着をまとってすいかの皮を囓る姿を見て、すずは新しいすいかを用意するが、直接渡す前に消え失せてしまう。 浦野3兄妹が江波へ帰る道中、森田イトにボロ着を繕ってもらい代わりにすずの着物を羽織る座敷童子をすずが空想する。 呉の人々 [ ] 白木リン 朝日「二葉館」の。 すずと同じく広島の出身。 での買い物帰りに道に迷ったすずに声をかけ仲良くなるが、ふとしたきっかけで周作と浅からぬ仲であることが判明する。 小学校には半年しか通わなかったため片仮名しか読めず、絵のやりとりがすずと知り合うきっかけとなった。 終盤の第41話で、子だくさんの家に育ち、口減らしのため子守りとして売られるがそこを逃げ出して放浪の末、行き着いた呉の遊廓で働きだしたこと、実は短編『大潮の頃』ですずが出会った座敷童子がリンであったという設定の物語が、失われたすずの右手と、テルの遺品である艶紅によって描かれる(本作中でも、たまたま、すずが着ていた服がかつて祖母の家に着ていったよそ行きの服を直したものだった事がリンの気を引いた事が示唆されている)呉市への度重なる空襲により遊郭も焼け落ちて行方が分からなくなり焼け跡にすずを経由して渡された茶碗の欠片だけを残した。 小林夫妻 円太郎の姉夫妻で周作にとっては伯父・伯母。 すずと周作の仲人を務めた。 昭和19年10月に物資の疎開のために北條家を訪れ、径子に仕事の紹介をした。 昭和20年7月1日の空襲で自宅が全焼したため、円太郎を頼りに北條家に同居することになる。 原爆投下後に夫婦で広島に出向き、放射能の影響で病気がちになる。 知多 近所の主婦で北條家と同じ。 背が高く痩せている。 刈谷とは仲が悪いが何かといつも近くにおり、戦況が悪化するにつれて徐々に関係は修復していく。 かつてを務めていた。 原爆投下直後の広島市内へ近所の主婦達とともに救援活動に向かうが、その際同行を申し出たすずを叱りつけ呉に留めた。 後にの影響でを患う。 刈谷 近所の主婦で北條家と同じ隣組。 知多とは仲が悪かった。 背が低く太り気味。 すずに乏しい物資でも作れる料理のレシピを教えてくれる。 夫と弟が戦死した上、息子も陸軍に徴兵され、後に広島市への原爆投下で行方不明となる。 後日、上長之木のにもたれ掛かって死んでいた身元不明の遺体が息子であったらしいと語った(原作では戦友の文で知ったという)。 (被爆火傷のため顔が酷くただれていたとはいえ)息子の顔も分からなかったと嘆くが、「泣いてばかりではもったい無い。 塩分ががね」とすずと笑い合い、気丈に生きていく。 堂本 近所の老婦人で北條家と同じ隣組。 防空壕を北條家と共有している。 テル リンと同じく「二葉館」の遊女。 赤毛と九州弁が特徴的。 将来を憂いた見知らぬ若い水兵によって心中未遂に巻き込まれ、冬場の川へ入ったため体調を崩し療養していた。 リンを訪ねてきたすずに、南の島の絵を雪上に描いてもらい喜んだ。 その後リンからあの後、肺炎になり死んだと伝えられ、遺品のが手渡された。 栗本 円太郎の同僚。 晴美のために使い古しの教科書を譲る約束をしていた。 教科書を受け取るためにすずが訪ねて行ったところ、で教科書は家ごと焼けてしまっていて、空襲の足音を知らせることになる その他 [ ] ばけもん 短編『冬の記憶』に登場。 篭を背負った人食い鬼。 幼少時に広島の街中()へとおつかいに出たすずと周作をさらって食べようとしたが、すずの機転で逃げられる。 このエピソードはどこからがすずの想像で、どこまでが実話であるのか曖昧な描写になっており、正体は不明。 物語の結末で再登場し、で当時のことを思い返していたすずと周作とすれ違う。 すずが想像で描いたという体裁の劇中漫画「鬼イチャン」の中では、実は生存していた実兄の要一が南国に流れ着き、現地でワニを妻として娶り、ばけもんの姿となって旅立つという物語が描かれている。 高台にある畑で停泊中の軍艦をスケッチしていたすずを「行為」と叱責し、すずが愛用するスケッチブックを押収する。 原作では一人だが、アニメ映画版では二人組で登場する。 広島の少女 年は小学校低学年頃の少女で、元々は広島市の市街地近くに母と住んでいた。 父は軍人で早くに戦死。 母も原爆によって右手を失い、半身にガラスが突き刺さったまま彼女の手を引き避難するも、母は途中で力尽きて座ったまま事切れ、その遺体に蛆がわいて朽ちてきたため、止むを得ずその場を離れた。 として半年ほど一人で広島市中を彷徨う。 昭和21年の年明けに食べ物を探していたところ、で北條夫妻と出会う。 右手を失ったすずが母の姿と重なったのか、すずに寄り添う。 その姿を見て、北條夫妻は呉に彼女を連れて帰りそのまま養女として迎えた。 原作では名前が明らかではないが、小説版(アニメ映画のノベライズ)では「ヨーコ」、テレビドラマ(日本テレビ)版では「千鶴」、テレビドラマ(TBS)版では「節子」という名前で登場する。 アニメ映画版のクレジットでは後日談として、すずからを習い、後にすずと径子のために洋服を作って贈るなど、二人を母親として慕っている様子が描かれている。 TBS版では現代版で壮年女性となって登場し、現代パートの人物との繋ぎ役的な立ち位置となっている。 最終話にて新聞記者と結婚して夫に婿入りしてもらい北條家の跡をとってもらったことを明かしており、すずの野球ファン仲間からも「せっちゃん」と呼ばれ可愛がられている。 物語に登場する地名 [ ] ここでは1944年頃までの状況を述べる。 なお 斜体部分は物語上の設定に関する記述である。 呉 [ ] 1954年米軍作成の呉旧市内地図。 上長ノ木町(かみながのきちょう) 北條家の人々が住む町。 呉市内(旧市内)では北端に位置する。 右上地図のうち、旧市内の赤斜線エリア上端付近。 高地に位置するため大正末期まで世帯数は少なく、昭和時代に入って宅地化が進行した。 嫁ぐ日のすずたちが乗車した木炭バスの終点である辰川(たつかわ)地区はより低地に位置する。 朝日町(あさひまち) 白木リンが住む町。 右上地図のうち、旧市内の赤斜線エリアの中心やや右上あたり。 明治中期以降一大地として栄え、町名は1896年に設立された共同遊郭地「朝日廓」に由来する。 軍港という特殊条件により栄えた遊郭地で、1935年には46軒の遊郭に650名の娼妓を抱え、規模も豪壮で県下のみならず関西一と称されていた。 周作の父・円太郎のかつての勤務先。 右上地図のうち、旧市内海岸沿いの赤斜線エリア。 1903年、として設置された。 日本有数の兵器工場として知られ、多くの軍艦を建造した。 特に1937年(昭和12年)起工の「」は有名。 円太郎の現在の勤務先。 右上地図のうち、広地区の赤斜線エリア。 の強度維持技術などが研究開発された。 (呉)本通り 径子とすずが晴美の入学準備のため買物に出かけた繁華街。 右下地図のうち、旧市内を縦断する太い線で書かれた通り。 呉市街地中心部の目抜き通りで、が通っており、の支店も所在する。 (にこうこうえん) 1945年の春、北條一家が花見に出かけた公園。 右下地図のうち、NIKO-GAWA()流域の"Library"の上あたり。 呉市内の代表的行楽地の一つ。 広島 [ ] 1945年米軍作成の広島市地図。 すずの実家(浦野家)の所在する町。 広島市のとに囲まれたの南端の町で、かつて・から先は広島湾だった。 古くから漁港が発達しやの養殖が盛んな漁師町だったが、以降広島工業港建設の一環として沖合の海面が埋め立てられたため養殖業者の多くは生産縮小や廃業を余儀なくされた。 1943年12月にまで開通していたは1944年6月になって江波に近い、当時のまで延伸された。 同年、沖合の埋立地で広島工場が操業を開始する。 江波時代のすずがおつかいに出かけた広島市中心部の町。 浦野家から海苔を買い付けていた料理屋「ふたば」が存在する。 と本川に囲まれた三角州の北端の町で市内では有数の繁華街・歓楽街の一つとして知られていた。 「 中島勧商場(なかじまかんしょうば)」はその中心で商店や喫茶店・映画館が軒を連ねていた。 結婚後、広島に里帰りしたすずがスケッチを描く場所。 1915年、「広島県商品陳列所」として開館し、のち広島県産業奨励館と改称。 中島本町の対岸に位置し、元安川に正面を向けた瀟洒なの建造物でかつては郷土の特産品陳列や美術展が行われていたが、戦局の悪化もあって1944年には産業奨励館としての機能を停止、などの事務所が入っていた。 1912年の開通以降の再開発により、この交差点界隈は広島の中心的な繁華街となった。 1944年当時、交差点の北側は陸軍の軍用地(西練兵場)に占められており完全な交差点にはなっていなかった。 広島の中心的な駅で市街地の東に位置する。 明治時代の開業で1944年時点の駅舎はに竣工した2代目駅舎。 すずの祖母や叔父・叔母が住む町。 広島市西郊の漁師町で、に編入合併により広島市の一部となった。 干潟や入江に富む地形で古い時代から港町として栄え、カキや海苔の養殖が盛んだった。 物語の年表 [ ] 原作の各話サブタイトルは、各話のできごとが起こった日付で表される体裁になっており、また前述のように、雑誌掲載時の年月が作中の年月と一致するような仕掛けが施されている。 ただしこれらの日付は、2016年のアニメ映画版では整合性のために改めて見直され 、すずと周作の馴れ初めを描いた物語冒頭のできごとが、皇太子(連載当時の今上天皇であった第125代天皇)誕生の祝賀ムードに包まれていたはずの「昭和9年1月」から、それより前の「昭和8年12月」へと変更されるなど 、年表の細部が異なっている。 年 月 作中の出来事 回 日本・広島・呉の主な出来事 1925年(大正14年) すず、誕生。 竣工10周年。 1928年(昭和3年) 「」竣工。 1930年(昭和4年) 重巡洋艦「」進水。 1931年(昭和5年)。 1931年(昭和6年) 5月30日、設置。 9月18日、勃発。 1932年(昭和7年) すず、入学。 3月、建国。。 1933年(昭和8年) 12月 すず、にを届けに行く(アニメ)。 皇太子親王誕生。 1934年(昭和9年) 1月 すず、中島本町に海苔を届けに行く(原作)。 1935年(昭和10年) 8月 すず兄妹、の叔父の家に行く。 すず、座敷童子に会う。 重巡洋艦「」竣工。 呉市主催の国防と産業大博覧会開催。 1936年(昭和11年) 7月。 川原石など呉線沿いに目隠し板塀設置。 1937年(昭和12年) 勃発、が始まる。 航空母艦「」竣工。 11月4日、「」起工。 1938年(昭和13年) 1月 転覆事故。 2月 すず、絵を描く。 7月 「」竣工。 12月 「」竣工。 1939年(昭和14年) 9月 が始まる。 1940年(昭和15年) すず、卒業。 8月8日、において「大和」進水式。 1941年(昭和16年) 12月 が始まる。 16日「大和」竣工。 1943年(昭和18年) 要一、出征。 8月1日、「」呉に到着。 12月 すずに縁談の話が来る。 第1回 15日、「」呉を出撃。 24日にへ進出。 1944年(昭和19年) 2月 すず、結婚。 呉の北條家に嫁ぐ。 第2回 「青葉」シンガポールを出撃。 すず、干し柿を食べる。 第3回 すず、回覧板を回す。 第4回 3月 すず、もんぺを作る。 第5回 15日、「青葉」ジャカルタに入港。 すず、里帰り。 第6回 4月 すず、戦艦大和を見る。 第7回 戦艦「大和」改装が完了し、に入港。 5月 すず、を作る。 第8回 27日 すず、の講習会に行く。 第9回 6月 すず、を収穫。 第10回 による日本本土初空襲。 呉でも警報が鳴る。 「青葉」。 7月 北條家、を作る。 第11回。 すず、に捕まる。 第12回 25日「青葉」に進出。 8月 すず、に行く。 第13回 すず、朝日でリンと出会う。 第14回 9月 すず、周作に会いにに行く。 第15回 すず、病院の帰りにリンと会う。 第16回 10月 周作の伯父母が来る。 第17回 航空母艦「」竣工。 すず、訓練をする。 第18回 「青葉」。 23日、雷撃で大破。 11月 すず、代用を作る。 第19回 11日、広島県に初の。 すず、裁縫をする。 第20回 12月 水原哲が訪ねてくる。 第21回 12日、「」、呉軍港に帰投。 すずと哲、で話す。 第22回 1945年(昭和20年) 2月 すずの兄・要一が出征先のニューギニアで戦死。 すず、合同に行く。 第24回 すず、遊郭でテルと会う。 第25回 3月 すず、空襲に遭う。 第26回 呉軍港を中心に、米艦載機約350機による空襲()。 久夫から教科書が届く。 第27回 「青葉」防空砲台として対空戦闘を行う。 4月 すずら、二河公園に花見に行く。 第28回 戦艦「大和」、坊ノ岬沖で撃沈される。 すず、を見る。 第29回 5月 5日、B-29がに爆撃。 円太郎が負傷し病院に搬送、この時の混乱により北條家への連絡が遅れ、行方不明扱いとなる。 第30回 5日、B-29約120機、広地区を中心に爆撃。 周作、で軍事教練を受ける。 第31回 6月 22日、円太郎が呉の病院に入院しているとの電報が届き、すずと晴美がお見舞いに行っていた時に空襲に遭う。 この時に時限式爆弾により晴美は命を落とし、すずも右手を失う。 第32回 22日、造兵部空襲。 に大損害。 7月 北條家にが落ちるも、とっさの消火活動で鎮火する。 第34回 1日、B-29約100機、夜半より翌2日早朝にかけて呉市を空襲、市街の大半を消失。 すみが訪ねてくる。 第35回 連日の空襲。 第36回• 24-29日呉沖海空戦。 24日米艦載機約870機、呉軍港内艦艇を中心に爆撃。 米艦載機約950機及びB-29・B-24約110機、主に呉軍港内艦艇を爆撃。 28日、重巡洋艦「青葉」、大破・着底。 8月 すず、を見る。 第37回 6日、。 すず、を作る。 この時に刈谷の息子が重症を負いながらも上長之木隣保場に辿り着くも力尽きて死亡、外傷が酷く顔も分からないため、身元が分かるまで一時無縁仏扱いとなる。 第38回 すず、ラジオを聴く。 第39回 15日、。。 9月 に遭う。 第40回 17日、、広島直撃死者1154人、 負傷者440人、流失家屋1162戸、半壊家屋792戸発生。 10月 周作、海兵団に行く。 第41回 アメリカ輸送船団約30隻広湾に入港。 翌7日、本隊19,500人上陸。 11月 すず、に行く。 第42回 12月 すずと刈谷、服を交換しに行く。 帰り道に着底した青葉を見つめる哲を発見するも声をかけずに立ち去る。 第43回 ・が第一復員省と第二復員省に改組。 (昭和21年) 1月 すず、広島市に帰る。 この時に病に臥せっていたすみの口から両親が死去した事を知る。 第44回 すずと周作、戦災孤児の少女と出会い、養女として引き取る。 最終回 2月 先遣隊と海軍部隊、呉に入港。 総司令部と基地部隊を呉市内に置く。 書誌情報 [ ]• コミックス上巻 - 2008年2月12日発行()• コミックス中巻 - 2008年7月11日発行()• コミックス下巻 - 2009年4月28日発行()• 新装版コミックス前編 - 2011年7月21日発行()• 新装版コミックス後編 - 2011年7月21日発行() 初出 [ ]• 冬の記憶 - 『』2月号• 大潮の頃 - 『』2006年8月15日号• 波のうさぎ - 同上1月9日号• 第1回 - 第6回 - 同上2007年1月23日号 - 4月3日号• 第7回 - 第9回 - 同上5月8日号 - 6月5日号• 第10回 - 第11回 - 同上7月3日号 - 7月17日号• 第12回 - 第23回 - 同上8月7日号 - 2008年1月22日号• 第24回 - 第28回 - 同上2月19日号 - 4月15日号• 第29回 - 第40回 - 同上5月6日号 - 10月21日号• 第41回 - 最終回(第45回) - 同上12月2日号 - 2009年2月3日号 受賞 [ ]• 第13回優秀賞(2009年)• ()第1位(2010年)• 特別編集 最高の本! 2010(ムック)マンガ部門第1位(2010年) テレビドラマ(日本テレビ) [ ] 終戦記念スペシャルドラマ この世界の片隅に ジャンル 原作 『この世界の片隅に』 脚本 演出 出演者 製作 プロデューサー () 西牟田知夫 渡邉義行 制作 放送 放送国・地域 放送期間 2011年8月5日 放送時間 21:00 - 23:24 放送分 144分 回数 1 『 終戦記念スペシャルドラマ この世界の片隅に』のタイトルで2011年8月5日21時 - 23時24分に系で放送された。 主演は。 キャスト 日本テレビ [ ]• 北條すず - (幼少期 - 、少女期 - )• 北條周作 -• 白木リン -• 水原哲 - (幼少期 - )• 北條径子 -• 北條円太郎 -• 北條サン -• 浦野十郎 -• 森田イト -• 千鶴 -• 北條晴美 -• テル -• 、、、、、、大原真理子、、、諷加、、、手塚卓、田之頭保弘、、中沢旻江、名古屋海沙樹、嶋野ゆりか、、山田由美子 スタッフ 日本テレビ [ ]• 脚本 -• 演出 -• 音楽 -• 音楽プロデュース -• 劇中絵画 - 宇崎弘美• 歴史監修 - (教授)• ロケ協力 - 呉地域フィルムコミッション、山口県フィルムコミッション、、大子町フィルムコミッション、千葉県企業庁 ほか• アクション - 、嵐田由宇、中嶋綾乃• CG - fude、、、• 技術協力 -• 美術協力 -• 編集・MA - 、• スタジオ- 、• 映像提供・協力 - 、(現)、• チーフプロデューサー -• プロデューサー - 西牟田知夫(日本テレビ)、 、 渡邉義行()• 製作協力 - 、ファインエンターテイメント• 製作著作 - 日本テレビ 関連商品 日本テレビ [ ] DVD• 終戦記念スペシャルドラマ この世界の片隅に(2011年11月9日、、VPBX-13615) テレビドラマ(TBS) [ ] この世界の片隅に ジャンル 原作 『この世界の片隅に』 脚本 演出 出演者 時代設定 1933年(昭和9年)1月 - 1946年(昭和21年)春 「現代版」 2018年(平成30年)夏 製作 プロデューサー 佐野亜裕美 制作 放送 音声形式 放送国・地域 放送期間 - 放送時間 日曜21:00 - 21:54 放送枠 日曜劇場 放送分 54分 回数 9 特記事項: 第一話は25分拡大(21:00 - 22:19)。 第二話は15分拡大(21:00 - 22:09)。 第六話は『』(18:30 - 22:20、当初予定より20分延長)放送のため、80分繰り下げ(22:20 - 23:14)。 2018年8月26日は『アジア大会2018ジャカルタ』(18:30 - 23:45)放送のため休止。 系の「」枠で2018年7月15日から9月16日まで毎週日曜日21時 - 21時54分に放送された。 2018年3月20日に発売された『』7号の誌上で連続ドラマ化が発表された。 が脚本を担当し、約3,000人のオーディションの中から選ばれたとが主演を務める。 撮影は、から大正15年築のを移築した東京都内の内のオープンセットに加え、広島や岡山にて5月上旬から9月上旬にかけて行われる。 ドラマオリジナルで現代(2018年)を舞台にしたパートが描かれる。 アニメ映画版について、クレジットにおいて「special thanks to 映画『この世界の片隅に』製作委員会」との表記を行ったのに対し、同委員会側は「当該ドラマの内容・表現等につき、映画に関する設定の提供を含め、一切関知しておりません」との発表を行った。 キャスト TBS [ ]• 北條(浦野)すず - (幼少期:)• 北條周作 - (幼少期:浅川大治)• 水原哲 - (幼少期:今井暖大)• 刈谷幸子 -• 堂本志野 -• 浦野十郎 -• 浦野すみ - (幼少期:、13歳:荒木優那)• 堂本美津 -• 知多ハル -• 憲兵 -• 成瀬 -• 浦野要一 - (幼少期:土屋慶太)• 黒村久夫 -• 黒村晴美 -• 刈谷武 -• テル - 平山咲彩 (第三話)、 (第五話)• 堂本春夫 -• 節子の実母 -• 北條節子 - 浅田芭路• 白木リン - (幼少期:大迫莉榎)• 黒村径子 -• 刈谷タキ -• 堂本安次郎 -• 北條円太郎 -• 浦野キセノ -• 北條サン -• 森田イト -• 近江佳代 -• 江口浩輔 -• 北條節子 - スタッフ TBS [ ]• 原作 - 『この世界の片隅に』(刊、『』連載)• 脚本 -• 音楽 -• 劇中歌 - 「山の向こうへ」(作詞:岡田惠和、作曲・編曲:久石譲)• special thanks - 映画『』製作委員会• 撮影 - 花村也寸志• 時代考証 -• 方言指導 - 、沖田愛• 海軍考証 - 相原謙次、国本康文• 劇中イラスト - 中谷友香• 手旗指導 - 岡浩• 海苔すき指導 - 落合政美、楠本健司、和田美仁• 藁草履指導 - 中島安啓• 演出 - 、• プロデュース - 佐野亜裕美• 製作著作 - 放送日程 TBS [ ] 各話 放送日 サブタイトル 演出 視聴率 第一話 7月15日 昭和の戦争のさなか懸命に生きた家族の愛と命の感動物語! 土井裕泰 10. 戦時下の広島波乱の新婚生活が幕を開ける! 吉田健 08. 戦争が終わる…さよなら親友 吉田健 10. 関連商品 TBS [ ] 映像• この世界の片隅に Blu-ray BOX(2019年2月13日、)• この世界の片隅に DVD-BOX(2019年2月13日、) 音楽• TBS系 日曜劇場「この世界の片隅に」オリジナル・サウンドトラック(2018年8月29日、)• ピアノミニアルバム TBS系 日曜劇場「この世界の片隅に」(2018年9月8日、、) 系 前番組 番組名 次番組 詳細は「」を参照 2016年11月12日より、本作品を原作とする劇場アニメーション映画が全国公開された。 監督、アニメーション制作、配給。 封切り日の公開館数は63館であったが、徐々に公開規模を拡大し、2017年1月22日時点で公開館数198館・興行収入15億円・動員数110万人を突破しているという。 第90回日本映画ベストワン及び監督賞、第71回日本映画優秀賞・音楽賞・大藤信郎賞、第41回長編部門審査員賞(準グランプリ) などを受賞している。 映画版の関連書籍として、本作の版も出版されている。 詳細は「」を参照。 公開後、上映館が順次増えていったことで日本国内のいずれかの劇場で上映され続け、2019年12月19日まで1133日に渡る日本のアニメ映画史上最長となるロングラン記録を打ち立てた。 翌20日には、追加シーンを加えた「この世界の(さらにいくつもの)片隅に」が公開された。 脚注 [ ] [] 注釈 [ ]• ナターシャ. 2018年5月5日. 2018年5月5日閲覧。 天野賢一 2010年12月22日. NIKKEI STYLE ・. 2018年5月22日閲覧。 「この世界の片隅に」下巻(), こうの史代 作, 2009年, 双葉社, 155頁• ORICON NEWS oricon ME. 2018年7月4日. 2018年7月4日閲覧。 このマンガがすごい!web 2015年6月12日. 2017年1月9日閲覧。 2018年5月18日閲覧。 , 片渕須直コラム, 2015年6月25日• 単行本第3巻、60頁。 2015年5月2日. インタビュー. このマンガがすごい! 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TBSドラマ「この世界の片隅に」に原作者が皮肉 ネットで話題に

この 世界 の 片隅 に 実話

TBS系日曜劇場で実写ドラマが放送されている「」の原作者・氏が投稿したとみられるドラマへのコメントが話題になっている。 放送当初から原作漫画との違いが指摘されている実写ドラマ版に対し、こうの史代氏のファンが集まり本人も「こうの史代」として月に1回ほど投稿しているとみられるネット掲示板にコメントが投稿された。 こうの氏はまず、ドラマ版を「ご覧くださって、スペシャルサンクスです!!! 」と感謝。 脚本については、「わたしはいちおう毎回、脚本を見せて貰ってチェックしているのですが、直してもらえるとは限らないみたいです」と説明。 ただし、脚本家がどう展開させたいのかわからないこと、文字だけではわからない部分もあることから、「あんまり強くは言っていません」としている。 そして、原作からの改変についても言及。 「でも大丈夫…『六神合体ゴッドマーズ』よりは原作に近いんじゃないかな!?」とコメントした。 「六神合体ゴッドマーズ」は、横山光輝氏の漫画「マーズ」を原作に1981年に放送されたTVアニメ。 しかし、主人公側のロボットが六神体と呼ばれるロボットと戦う原作に対し、アニメ版ではこれらが合体する「六神合体」を導入するなど、大幅に原作を改変。 「ほぼアニメオリジナル作品」とも呼ばれるほどの作品となっている。 「『六神合体ゴッドマーズ』よりは原作に近い」とすると、大半の映像化が当てはまることになるが、今回のコメントはこうの氏にできる精一杯の皮肉かもしれない。 なお、「ご覧くださって、スペシャルサンクスです!!! 」という言葉も、ドラマ版が「special thanks to 映画『この世界の片隅に』製作委員会」とのテロップを表示したことに対し、劇場アニメの制作委員会が「一切関知しておりません」と表明したことをもじったものとみられる。 外部サイト.

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