閑 さや 岩 に しみ入る 蝉 の 声 意味。 松尾芭蕉の俳句を引きます。 閑けさや岩にしみ入る蝉の声 …蝉が鳴いている...

至急お願いします!!!! 奥の細道についでです。 閑さや岩にしみ入る

閑 さや 岩 に しみ入る 蝉 の 声 意味

松尾芭蕉 まつおばしょう 生年月日 1644年0月0日 没年月日 1694年 年齢 「俳聖」として世界的にその名を知られる江戸時代前期の俳諧師。 民衆文芸だった俳諧を形式・内容ともに芸術として完成させ「蕉風」と呼ばれる句風を確立した。 幼名は金作、通称は甚七郎、甚四郎、名は忠右衛門宗房。 俳号としてははじめ実名の宗房を、次いで桃青、芭蕉と改めた。 父は伊賀の土豪一族出身。 長じて京にいた俳人・北村季吟に師事し俳諧の道に入り、29歳の時に初句集『貝おほひ』を上野天神宮に奉納した。 その後、江戸へ下り日本橋、次いで深川に居を構え多くの作品を発表した。 1684年8月には『野ざらし紀行』の旅に出、伊賀、大和、吉野、山城、美濃、尾張をまわり木曽、甲斐を経て翌年4月に江戸へ戻った。 1687年1... 江戸をもっと深く知る 現代に続いているあの人物達の血縁 話題ごとに江戸の人物や名言をまとめて見る 出身別にみるとわかる江戸の有名人達の共通点 生まれた・亡くなった人物/偉人を日付別にみる 亡くなった年齢ごとに人物/偉人を見る 教科書には載ってなかった偉人の意外な一面 有名な事件・出来事が起こった場所 江戸をテーマにした映像作品 イメージ通りの人物を演じた俳優たち アニメ・ゲームで見つかる江戸の新たな魅力 人物の新たな魅力を演じる声優たち 江戸ガイドブログ最新記事 3月16日: 3月15日: 12月28日: 12月16日: 10月14日: 10月12日: 10月12日: 10月6日: 8月21日: 8月20日: 8月19日: 8月17日: 8月16日: 8月15日: 8月14日: 他の時代を知る 戦国時代の武将/大名・名言・画像・子孫を網羅した総合サイト 幕末志士の写真・子孫・名言を徹底紹介した幕末総合サイト 明治時代の人物・名言・画像を網羅した総合サイト 大正時代の人物・名言・子孫を網羅した総合サイト 昭和時代の人物・名言・名作を網羅した総合サイト.

次の

(閑さや岩にしみ入蝉の声)「閑かさや」?、「閑けさや」?

閑 さや 岩 に しみ入る 蝉 の 声 意味

松尾芭蕉の俳句を引きます。 閑けさや岩にしみ入る蝉の声 …蝉が鳴いている。 その声が岩にしみ入ってゆく…こういう情景(解釈)です。 ところが、最近、この解釈は間違いだ、という(或る)意見を読みました。 この(従来の)解釈では筋が通らない、とのことです。 誰もが知るように、蝉の声は大変やかましい。 一匹でも騒々しい。 他方、この句は、「閑けさや」とあります。 これが「蝉の声」(=やかましさ)と食い違う。 こういう指摘です。 …蝉がやかましい。 やかましすぎて岩の中にまで染み込んでしまうほどだ。 実に騒々しい…。 こうであれば首尾一貫します。 しかし、この句はそうではない。 やかましい、とは述べません。 「閑けさや」と述べます。 つまり、前後矛盾があります。 どうすれば矛盾をなくせるか。 そこで、次のように解釈します。 …閑かだ。 蝉の声が聞こえない。 蝉の声は全て岩にしみ入っているのだろう。 そのため、人の耳に届かないのだろう…。 この解釈で矛盾がなくなります。 つまり、蝉の声がない情景だということです。 或る意見は、この解釈が正解だ、と言います。 いかがでしょう、正しいでしょうか。 正しくない、と見る場合、どうすれば前後矛盾をなくせるでしょうか。 初案は、「山寺や石にしみつく蝉の聲」(『俳諧書留』曾良)であり、後には「さびしさや岩にしみ込む蝉の聲」(『初蝉・泊船集』)となり、現在のかたちに納まったのはよほど後のことらしい。 とあられられますです。 「山寺や石にしみつく蝉の聲」こちらのほうですと蝉のほうの声のほうが聞こえられましておられられます事のほうになられられますのかなと思いましたです。 「さびしさや」のほうでも聞こえられましておられられますように思いましたです。 所謂「閑けさや」のほうでも聞こえられましておられられますように思いましたです。 そちらのほうの「閑けさや」のほうの意味のほうは田舎のほうですので山寺のほうは本当に静かですけれども蝉のほうの声のほうだけは聞こえられましておられられますです。 みたいな事なのかなと思いましたです 「閑けさや」であって「静かさや」ではない、というのは、「閑」というのは心の中が平穏なのであって、現実に「音量が高い低い」というデシベルの問題ではない、ってことで、いいんじゃないでしょうか。 奥の細道は紀行文であって、句の前に「本文」がついていて、そこには、 「佳景寂寞として心すみ行のみおぼゆ」 とあるそうです。 「心が澄み行くようだ」っていう心象風景が「閑」だということで。 芭蕉はただの山道をハイキングしているわけではなく、山寺(立石寺)に参詣しようとしているわけです。 そのすがすがしい景色の中では、心が「閑」になり、普段だったらやかましいと思うような蝉の声も、岩に染み込んでいくように気にならなくなるなあ、いいなあこの風景、っていうことだと考えて、いいんじゃないでしょうか。 現実に「蝉の声は、聞こえていないはずだ、でないと静かなはずない」っていうのは、なんかとっても即物的な解釈で、どんなかなあーと思います。 ちょっと、「面白いようで、つまらない解釈」って感じがします。 私は伝統的解釈で妥当だと思います。 1)何をうるさいと受け取るか、感じるか。 一人山道を手甲脚絆の振り分け荷物で歩いている。 蝉、一匹かそれとも蝉しぐれか。 どちらでも。 静かな気持ち。 蝉なるうるさい鳴き声に閑けさを感じる。 十分あり得ます。 自動車やバイクをやかましくフカして走る音はうるさいですね。 しかし風や或は雷でも静かさを感じる感性はあり得ます。 閑かな山道に蝉。 その声も所の岩に染み込んでいくなぁって思い。 わたしはキャラバンでリュックですがそんな感じです。 2)クツワムシ。 ご存知ですか。 河原の葦の中にたくさんいて一匹でも大きな声。 これをうるさいと思う感性もあり、あぁクツワムシだなぁと思う感性もある。 田んぼや池で口の青い大きな蛙。 牛蛙という。 水の面に顔を出して鳴く。 うるさいだろうか。 古池に蛙飛び込む水の音。 これも音があって閑けさを詠んでいますね。 山道で蝉が聞こえなくても、いえ蝉が聞こえるから更に閑けさが感じられる。 そういう感性ですね。 理屈ではないですね。 秋深し隣は何をする人ぞ 向島の芭蕉庵。 或はあの時代に歌詠み人なら、路地の二軒長屋でしょう。 そんな人が隣の人の仕事や生活を知らないはずはない。 やはり生活の音がしてくる、閑かだなぁと思う。 これは実感を同感することですよ。

次の

閑さや 岩にしみ入る 蝉の声(松尾芭蕉の名言)

閑 さや 岩 に しみ入る 蝉 の 声 意味

奥の細道立石寺 芭蕉db 奥の細道 ( 元禄2年5月27日) 山寺山上の堂 (写真提供:牛久市森田武さん2002年8月) 山形領に立石寺と云山寺あり。 慈覚大師の開基にして、殊清閑の地也。 一見すべきよし、人々のすゝむるに依て、尾花沢よりとつて返し、其間七里ばかり也。 日いまだ暮ず。 麓の坊に宿かり置て、山上の堂にのぼる。 岩に巌を重て山とし、松栢年旧、土石老て苔滑に、岩上の院々扉を閉て、物の音きこえず。 岸をめぐり、岩を這て、仏閣を拝し、佳景寂寞として心すみ行のみおぼゆ。 (しずかさやいわにしみいるせみのこえ) 前へ 次へ 表紙 年表 俳諧書留 朝、9時頃尾花沢を出発して、清風の家でチャーターした馬で村山市内まで行く。 東根市を通過して、天童市内に入る。 夕方4時ごろ山寺に到着。 山内を拝観して、山形市まで行く予定であったが、変更して宿坊に一泊。 立石寺本道 ( 写真提供:牛久市森田武さん2002年8月) 閑さや岩にしみ入蝉の声 『奥の細道』集中もっとも優れた句の一つ。 初案は、 「山寺や石にしみつく蝉の聲」(『俳諧書留』曾良) であり、後には 「さびしさや岩にしみ込む蝉の聲」(『初蝉・泊船集』) となり、現在のかたちに納まったのはよほど後のことらしい。 この句に関しては古来議論が絶えない。 蝉は<春蝉>か?、<にーにー蝉>か?、はたまた<油蝉>か?。 また、それは単数なのか、複数なのか、が議論の中心であった。 岩の成分や形状にまでは話が及ばなかったのがこの議論の特徴だが、それは「静けさ」を言いながら、「蝉の声」が出てくる日本語の持つ曖昧さに関わっているのかもしれない。 (初案にはこの種の矛盾は無いことをみれば、心の中で熟成されていく中にコード中心からコンテキスト中心へと深まっていく文学的特徴があるのかもしれない) 議論の中でも、蝉は<油蝉>だとする斎藤茂吉と、<にーにー蝉>の小宮豊隆との間の議論は白熱したものとして有名。 この句が太陽暦では7月13日の作であり、その頃にはまだ山形では油蝉は出現していないことから、この句の蝉は<にーにー蝉>であったことで両者の間では決着したが、油蝉がこの時期に現れることもあるという報告もあって議論再燃の機会は十分にある。 単数か複数かも、つまるところこの句の鑑賞者のテキスト理解の問題だが、そういう物議をかもすのも、この句の偉大さであり、言葉のプロとしての芭蕉の偉大さの故かもしれない。 「 閑さや岩にしみ入蝉の声」 の句碑 ( 写真提供:牛久市森田武さん2002年8月)• : <りゅうしゃくじというやまでら>と読む。 山寺はこの土地の名前であると同時に寺の通俗的呼び名。 現在でも「やまでら」と呼ばれている。 天台宗宝珠山立石寺< りっしゃくじ(古くはりゅうしゃくじ)>。 仙台・山形間を結ぶJR東日本仙山線山寺駅下車。 徒歩1,2分。 :平安時代初期の天台宗の高僧。 殊清閑の地也:<ことにせいかんのちなり>と読む。 :山形県北東部の田園都市。 紅花産地として有名。 岩に巌を重て山とし :<いわにいわおをかさねてやまとし>と読む。 立石寺は全山花崗岩の岩で出来ている。 松栢年旧り :<しょうはくとしふり>と読む。 松やヒノキ・シンパクなどの年老いた樹木のこと。 岩上の院々 :<がん しょうのいんいん>と読む。 立石寺には、観明院・性相院などを含めて12院が有ったという。 岸をめぐり :岸ではなく崖である。 :<じゃくまく>と読む。 静かな様をいう。 全文翻訳 山形領に立石寺という山寺がある。 慈覚大師の開基で、俗世間から隔たった、静かな寺である。 一見するように人々が勧めるので、尾花沢から取って返してここを訪れた。 その間、約三十キロほど。 到着後、まだ陽が残っていたので、麓の坊に宿を借りておいて、山上の御堂に上った。 岩に巌を重ねて山となしたというほどの岩山で、松柏は年輪を重ね、土石も古く苔は滑らか。 岩上の観明院・性相院など十二院は扉を閉じて、物音一つしない。 崖をめぐり、岩を這って、仏閣を拝む。 その景は静寂にして、心の澄みわたるのをおぼえる。 閑さや岩にしみ入蝉の声.

次の