神曲 歌詞。 MS新聲榜|羅志祥、小S、蕭亞軒神曲來襲,甜甜甜

Luis Fonsi

神曲 歌詞

本記事は「R Sound Design氏の「」について」の増補改訂版です。 第1章,はじめに 「」はR Sound Design氏が作詞作曲した楽曲で,に歌わせたものがある。 動画説明欄に『「」』(2019年)のリンクが貼られていることや題名のDante,歌詞の内容から分かるように,イタリアの詩人ダンテの『』(特に地獄篇)を題材とした楽曲である。 本記事では楽曲「」の歌詞をその元となったダンテの『』に照らして解釈する。 なお,歌詞解釈の性質上すべての歌詞を引用することになるが,あくまで解釈著述が主であり引用は必要不可欠なので上の適切であることをお断りしておく。 -Dante」の動画説明欄から引用している。 本記事の表記についても説明しよう。 以後煩雑さを避けるためR Sound Design氏の楽曲は「」と,ダンテのは二重かぎかっこで『』と書くことにする。 また,引用元の動画説明欄では歌詞が空行によって2行から8行のまとまりで区切られている。 これを最初から第1節から第10節と番号づけして呼ぶ。 (例えば「憂鬱な日々を」から「悪意を誘う」までは第2節)また後に説明するように,楽曲「」には『』の登場人物であるダンテとを投影した人物が出てくる。 混乱を避けるためにR Sound Design氏の楽曲中に出てくるそれらの人物をそれぞれダンテ(R),(R)と書き,『』で登場するダンテとはダンテ(詩),(詩)と書く。 第2章,独白部分における「キミ」,「ボク」とは誰か 「」の歌詞は前述のように『』を元にしている。 ただし,単純に典拠をなぞって歌詞は書かれていない。 『』の世界観を基礎とし,R Sound Design氏独自の解釈を行い新たな詩的世界を作り出している。 歌詞は「ボク」とそれと同伴する何者かが堕天するさまを「ボク」の独白と対話部分からなりたっている。 仮に『』を完全になぞらえているのであれば,「ボク」は『』の主人公ダンテ(詩)を投影した人物,もう一人の独白部分で「キミ」と呼ばれる人物(なお第3節と第7節の対話部分に出てくる「キミ」は後述のように独白部分の「ボク」であることに注意)は案内人としてのもしくは(詩)ということになるがことはそう単純ではない。 なぜなら『』の筋は思い悩むダンテ(詩)がローマの大詩人や天国にいる神神しい(詩)に地獄と煉獄,天国を案内され,ついには神の栄光にあずかり恍惚とした幸福感に包まれて救われるというものである。 ところが,「」では登場する二人が堕天するという典拠とはまったく逆の展開になっているのである。 『』とは異なる「」の歌詞世界をひもとくには登場する二人(「ボク」と「キミ」)が一体どのような人物なのかを明らかにする必要がある。 第1節冒頭で「ボク」は「下らない日々を追い越して」と悩める心情を打ち明ける。 これは『』地獄篇第一歌における人生道半ばで思い悩むダンテ(詩)をただちに連想させる。 つまり「ボク」は生きたまま地獄,煉獄,天国を巡ったダンテ(詩)が投影された人物ということだ。 (ただし前述のように筋の構造が正反対であるので「ボク」とダンテ(詩)は完全に重なるわけではない)これは第4節の冒頭で「最低なボクは堕天をなぞる」とあるように「ボク」が天国を訪れていることからも分かる。 つまり時系列的に「」は『』のあとなのである。 「ボク」がダンテ(詩)的人物であるとすれば「キミ」が『』でいう(詩)を投影した人物であることは明らかだ。 第8節の冒頭で「最愛のキミが堕天をなぞる」とあるように独白部分の「キミ」は少なくとも天国におり,「キミ」は「ボク」ことダンテ(R)が愛した人物であると分かる。 さらに第8節の「生まれたままの肌に触れて」という箇所があるが,これは「キミ」が罪のない者,すなわち永眠後天国に暮らしている人間であることを表しており,(「マテオによる」18・1-6に子どものようになへりくだるものが天国で一番偉いと言う旨のことが書かれてある)独白部分の「キミ」が『』の(詩)を投影した人物である根拠となる。 もちろん独白部分の「ボク」にしろ「キミ」にしろ典拠とまったく同一の人物像なのではない。 しかし少なくとも,「ボク」ことダンテ(R)が地獄から煉獄を経て天国まで旅したこと,ダンテ(R)が「キミ」こと(R)を愛していること,(R)は死後昇天したことが『』からこの楽曲に採用された設定である。 第3章,対話部分のダンテ(R)と(R) 次に対話部分の歌詞に移る。 対話を含む節は計四つあるが,どの節も対話を始めた人間が他方に話しかけてそれへの応答が起こる,という形になっている。 例えば第3節は「知らない世界を見せてよ」から始まりそれへの答えとして「二度と此処に戻れないよ?」と続く。 各対話はまず口を開く人物が何かを頼んだり教えを請うたりして,それへ(念押しやためらいを含みつつ)他方が応える内容である。 つまり,生徒役と教師役が交互に台詞を発している。 二人は導かれ,導く関係である。 ただし二人の対話の気兼ねなさを鑑みると厳密な序列はないようである。 ここで問題となるのは各対話で最初に口を開く生徒 訳役とそれに応答する教師役はそれぞれダンテ(R)なのか(R)なのかということである。 二人は第10節の「冥界の淵で凍てついていた 二度と開かないドアを潜る」から分かるように最終的に地獄へ向かう。 二人が堕天することは前述のとおりだが,天国から抜け出したあと地上に向かうのか,地獄に向かうのか歌詞中の「堕天」という言葉だけでは確定できない。 それが第10節から地獄こそ彼らの目的地だと明らかになる。 ここから生徒役が(R),教師役がダンテ(R)と分かる。 なぜなら第3節の対話で生徒役は「知らない世界を見せてよ」と言っている。 「知らない世界」とは地獄であり,生徒役は地獄を訪れた経験がないことが分かる。 つまり,第8節のいう「生まれたままの肌」を持つ(R)こそ生徒役に他ならない。 なお,対話部分で生徒役が教師役を「キミ」と呼ぶ箇所(第3節,第7節)があるが,独白部分の「キミ」と違ってダンテ(R)を指すので注意して欲しい。 第4章,ダンテ(R)と(R)の 楽曲「」では天国に至ったはずのダンテ(R)は(R)をつれて堕天する。 『』は天国篇最終歌でダンテ(詩)は喜びと神の栄光に包まれる場面で終わる。 にもかかわらず神の愛を体現した(詩)を投影した人物と一緒にダンテ(R)を堕天させる「」の展開は,R sound design氏の創作力の賜物である。 では彼らを地獄に導いたものは何だったのか。 答えをひもとく鍵となるのは歌詞のところどころに見える「愛」という言葉である。 「歪な愛」(第4節),「空虚な愛」(第8節),「穢れた愛」(第10節),いずれも喜びに満ちた「愛」ではない。 これらのあとに「ドア」という言葉が続き,それは地獄の階層への入り口を表している。 彼らの「愛」は地獄行きに値する罪なのだ。 罪深い「愛」の具体的な関係についてはいくつかもっともらしい解釈が可能だ。 姦通,肉欲の奴隷,同性愛の関係などだ。 (ちなみに地獄の第二の圏谷は肉欲の罪を,第七の圏谷第三円では男色者を罰している)しかし「」の歌詞から「愛」の具体的内容を決定するのは難しい。 思うに曲を聴く者の解釈に委ねられているのだろう。 そのためここでは「愛」を貫いた故にどのような報いを二人は受けたのかを分析することでその深層にせまることにする。 「」の歌詞には地獄を想起させる語句が散見される。 まず第4節に「放縦に塗れ佇んでいた 引き返せないドアに触れる」とある。 「放縦」という語だが『』地獄篇第十一歌第79行から第84行でがの『』をひきつつ地獄で罰せられている罪を放縦,邪悪,狂おしい獣性の三つに区分けしている。 そして放縦の罪はその中でも罪の程度が軽く,地獄でも地上に近い階層で罪人は処罰されている。 放縦の罪は第二の圏谷から罰せられる。 (第一の圏谷は 先例洗礼を受けていない人びとがいる辺獄であり,罪が罰せられているわけではない。 『』地獄篇第四歌第34行から第36行を参照)つまり「ドア」とは第二の圏谷の入り口なのである。 (ただしここでは「放縦に塗れ佇んでいた」を「ドア」に対する修飾部と解釈した。 仮に「塗れ佇んでいた」を述部と解すると少し意味が違ってくる。 )(ちなみにそこには番人ミノスが立っている。 地獄篇第五歌第1行から第4行を参照) そして第8節に「泥濘の先に閉ざされていた 一度潜ったドアを開ける」と再び「ドア」の語が現れる。 『』地獄篇第七歌第109行から第116行において忿怒の罪を犯した人びとが第五の圏谷で泥まみれになっている描写がある。 故にこの「ドア」は第六の圏谷の前にある地獄の町ディースの城門に他ならない。 さらに最終節の第10節では「冥界の淵で凍てついていた 二度と開かないドアを潜る」とある。 「凍てついていた」「ドア」とは地獄の最深部の入り口を指しているの。 なぜなら地獄の最深部である第九の圏谷では裏切りの罪を犯した人びとが氷づけにされているからである。 (地獄篇第三十二歌から第三十四歌)この圏谷は四つの領域に分かれており,最も深い領域には恩人を裏切った人びとが氷づけにされている。 (地獄篇第三十四歌) 以上引用した第4節,第8節,第10節で,ダンテ(R)と(R)の二人が徐徐に地獄を下り,最終的に裏切りの罪を罰する最深部へ到達することを表現している。 つまり二人の罪が単なる「愛」の罪ではなく「裏切り」の罪であることを示す。 もし単なる「愛」の罪なら肉欲の罪を罰する第二の圏谷や男色の罪を罰する第七の圏谷が最終到達地となるはずだからだ。 二人の「裏切り」が神に対しての裏切りであることは容易に結論できる。 『』において(詩)は天国に暮らし(しかももっとも神に近い至高天を案内できる),ダンテ(詩)は(詩)に導かれ天国を旅し神の栄光と愛に包まれている。 にもかかわらず,「」においてダンテ(R)と(R)は天国を抜け出すという神に背く行動をとる。 これが二人が地獄の最下層に至る理由である。 第5章,すべてを凌駕する愛について 二人は地獄へ向かう。 地獄は罪人を罰するところである。 ではダンテ(R)と(R)は自らの欲望を遂げようとして神をあなどりにも地獄へ落とされたのだろうか。 少し歌詞中の「罪」に言及している箇所を考察してみよう。 ダンテ(R)の独白部分である第4節の「そんな罪を抱えたままでいたいだけ」と第8節の「そんな罪を重ねたままでいたいだけ」を見れば分かるとおり,少なくともダンテ(R)は自らの罪を自覚しており神の罰に抗わず,それを受け入れているのだ。 (R)はどうだろう。 第3節で(R)が「知らない世界を見せてよ」とダンテ(R)に言葉をかけ「二度と此処に戻れないよ?」とダンテ(R)が返す。 そして(R)はさらに「キミがいるならそれでも」と答える。 第7節にも同様の会話がある。 (R)は地獄行きを恐れていない。 (むしろダンテ(R)の方にためらいがあるかのようだ)決然と罰を受け入れ,それでも彼女の心を動かすものに従っている。 彼らの最大の罪は神への裏切りだったがその契機となる罪は「歪な愛」(第4節)であった。 『』はダンテ(詩)が人生道半ばで生きたまま死後の世界を巡る話である。 『』のその後を想像すれば,ダンテ(詩)は天国の(詩)と別れ,地上世界に戻ることになるであろう。 「」の主人公たちはその別れに肯んぜず,天国の栄光よりも二人の愛を選んだ。 彼らは離ればなれになるよりも地獄でともに過ごすことを選んだのである。 非合理な点で「歪」で幸福をもたらさない点で「空虚」(第8節)で罪深いという点で「穢れた」(第10節)愛である。 だが,そのようなあらゆる点で誤った道を進ませる強力な意志。 それは肯定や否定,善と悪,合理不合理を越えた何かである。 「」の主題はすべてを捨て去ることも厭わない愛ではなかろうか。 そして人間は自らの願いのために全能の神に反抗するのかもしれない。 その体現が「」の主人公二人なのである。 なお『』地獄篇において罪人は単に非難されているだけではない。 憐れみをかけられている者もいるし何か強い意志を感じさせる者もいる。 地獄篇第五歌第76行から第142行でパオロとの悲恋にダンテ(詩)は涙をこぼしているし,第三十四歌第65行から第67行で第九の圏谷に裏切りの罪で氷づけにされているゥスは「身をよじり悶えているが声一つたてぬ」,同じく氷づけのカシウスは「筋骨隆々としている」とその力強さを描写している。 楽曲「」における二人のためらいや力強い意志を彷彿とさせるではないか。 第6章,「」歌詞通釈 「」の主要な問題についての解釈は以上で終了である。 だが,歌詞全体にわたって行ごとの意味や典拠を明らかにしてまとめておくこともこの楽曲を鑑賞する上で便利だと思うので以下にそれを補足として載せておく。 以下の通釈には前述している部分もある。 が,抜けがあるといちいちその記述を探すのも読者の手間となるのでもう一度書いておいた。 冗長なところもあるが「」解釈の事典として使用してほしい。 第1節 下らない日々を追い越して 『』地獄篇第一歌のダンテ(詩)の憂鬱を連想させる。 柔らかい午後とキミの笑顔で 「午後」は地獄篇第二歌の時刻は第1行にあるように夕方を連想させる。 「キミ」は(R)を指す。 「笑顔」と記述するのはダンテ(R)が「キミ」に惹かれている一つの表れである。 唐突にかかる赫の魔法に 「赫」は前述の「午後」を表し狂気の象徴でもある。 ボクの理性が崩れてく 「ボク」はダンテ(R)を指す。 「理性が崩れてく」は前の「赫」が狂気の象徴である根拠である。 第2節 憂鬱な日々を抜け出して 第1節冒頭同様第一歌のダンテの憂鬱を連想させる。 眠らない星とキミの呪文で 「眠らない星」は常に動く星たち,天国篇における天体のことか。 「キミ」は(R)のことだ。 夜空に放つ蒼の魔法は 「蒼」は英語でblueで憂鬱,猥褻のイメージがある。 憂鬱は本節冒頭の通りである。 少し大胆な解釈だが猥褻のイメージによって二人の肉欲の罪を暗示した可能性もある。 ボクの悪意を誘う 「ボク」はダンテ(R)である。 「悪意」とは自らと(R)を地獄に落とす罪を犯すことであろう。 第3節 「知らない世界を見せてよ」 この話し手は(R)で「知らない世界」とは地獄のことである。 『』において(詩)は元生者である。 それを投影している(R)も元生者で地上に暮らしていた経験があるのだから「知らない世界」が地上世界の可能性があると考えてはならない。 「二度と此処に戻れないよ?」 話し手はダンテ(R)である。 「此処」とは天国を指す。 (R)は『』と同様天国にいた。 「キミがいるならそれでも」 この言葉は(R)によるものであるから「キミ」はダンテ(R)を指す。 独白部分の「キミ」とは異なる人物を指すことに注意。 「それじゃ息を止めて…」 話し手はダンテ(R)である。 息のできないところは水中である。 第6節に出てくる「の海」に入ることを指すのであろう。 第4節 最低なボクは堕天をなぞる 「ボク」はダンテ(R)である。 この詩句はダンテ(R)が天国を訪れたことの根拠の一つである。 敬虔に咲く薔薇を摘んで 天国篇第三十歌第115行と第126行,三十一歌第1行で天使が薔薇の隊列をなして登場しており,「薔薇」は天使を表す。 触れた棘から歪な愛が流れてく 「歪な愛」はダンテ(R)と(R)の間の不義の愛を指すものか。 しかし,この罪はさらに重い恩人(神)を裏切る罪の序章に過ぎない。 放縦に塗れ佇んでいた 放縦の罪についての記述が地獄篇第十一歌第79行から第84行にある。 これは罪の中でも比較的軽い部類に入り,地獄も地上に近いところにある。 引き返せないドアに触れる 先の「塗れ佇んでいた」がこの行の「ドア」を修飾するとすれば「ドア」とは第二の圏谷の入り口を指す。 なぜなら放縦の罪とされる罪を裁く階層の中で最初に訪れる階層が第二の圏谷だからだ。 なお第二の圏谷の入り口には番人ミノスが立っており,ダンテ(詩)に「門が広いと思って勘違いするのではないぞ! ……」(地獄篇第五歌第20行)と言葉を残す。 しかし「塗れ佇んでいた」が述部であるとすれば,先の行はダンテ(R)が放縦の罪を犯していることを指す。 個人的には前者の解釈をとりたい。 というのも「」の音の流れが「佇んでいた」と「引き返せない」の間で切れないからである。 また第8節,第10節の類似した詩句でも「佇んでいた」に該当する語は修飾語である。 一方「引き返せない」という言葉は地獄に一度入れば二度と戻れないことを示す。 地獄と地上の境界にある門に刻まれている言葉「われを過ぎんとするものは一切の望を捨てよ」(地獄篇第三歌第9行)を参照して欲しい。 「」が地獄行きを描いていることがこの行からも分かる。 そんな罪を抱えたままでいたいだけ 「罪」は肉欲の罪あるいは地獄行きを選び神を裏切った罪である。 「抱えたままでいたいだけ」から分かるように少なくともダンテ(R)は罰を受け入れている。 第8節の第6行と同様である。 第5節 何も無い日々を駆け抜けて 第2節にあるようにダンテ(R)は憂鬱の情に駆られていることを指す。 (地獄篇第一歌も参照) 寄る辺ない二人 声を重ねて 「二人」はダンテ(R)と(R)を指す。 遊星を包む皓の魔法は 「遊星」は地球を指し,それを包む「皓(しろ)の魔法」とは天国のことを指す。 白は天国篇第一歌第45行で光の色,太陽の色を表し,天国篇第三十歌第129行と第三十一歌第1行で至高天(天国の最高階層)の天使達は白衣に包まれている。 この部分が流れているとき動画の背景が地球であることも「遊星」が地球を指す証左である。 吝嗇なボクを照らす 吝嗇の罪を罰する地獄は第四の圏谷(地獄篇第七歌第41行から第42行)である。 前節の第二の圏谷の入り口よりも深くなっている。 「ボク」はダンテ(R)のことである。 第6節 「ねぇアンダルシア 南の島の最果てに何があるの?」 (R)の言葉。 アンダルシアはスペイン南部の地中海に面した地方でフラメンコ発祥の地である。 「バイレを跳ねたらの海で悪戯に泡を飲むの」 ダンテ(R)の言葉。 バイレはフラメンコの舞踊のことでは地中海のスペイン領を指すと思われる。 『』煉獄篇第一歌では煉獄は小島にあり,第3行の地獄をさす「残酷な海」をあとにしてダンテ(詩)はそこに到る。 「の海」は地獄であり,この行は地獄へと入る前の会話ということになる。 なお「アンダルシア」や「バイレ」はある種の享楽的イメージを醸し出しており,二人の罪の内容を示唆するのかもしれない。 第7節 「堕ちゆく世界を見せてよ」 (R)の言葉。 地獄の世界を見ることを望んでいるのか。 ここから(R)は地獄を恐れず,神の罰を受け入れる意志を持っていることが分かる。 「二度と元に戻れないよ?」 ダンテ(R)の言葉。 地獄の永遠の責め苦から逃れることはできない。 あるいは罪を犯せば罪のない状態に戻ることはできない。 「キミがいるからそれでも」 (R)の言葉。 「キミ」はダンテ(R)を指す。 二人瞳閉じる… 「二人」は(R)とダンテ(R)を指す。 第8節 最愛のキミが堕天をなぞる 「キミ」は既に天国にいたことが分かる。 「キミ」が(R)である根拠だ。 生まれたままの肌に触れて 「生まれたままの肌」とは罪に汚れていない状態を指す。 (「マテオによる」18・1-6)つまり(R)のことである。 この楽曲が(R)の天国からの堕落を描いていることがここからも分かる。 咲いた傷から空虚な愛が溢れてく 「空虚な愛」は地獄に行く直接の契機である二人の愛の罪を指すのであろう。 地獄に落ちる以上その愛の代償は責め苦である。 泥濘の先に閉ざされていた 地獄篇第七歌第109行から第116行は第五の圏谷で忿怒の罪を犯した罪人が泥まみれになっているさまが描かれる。 「泥濘」とはその圏谷を指す。 一度潜ったドアを開ける 「ドア」は「泥濘の先」,すなわち第五の圏谷の出口であり,地獄篇第八歌第81行から第83行にでてくるディースの街の城門を連想させる。 また「一度潜った」から語り手が既に地獄を巡ったことがあると分かり,彼がダンテ(詩)を投影した人物であることの根拠である。 そんな罪を重ねたままでいたいだけ ダンテ(R)が罰を受け入れていることが分かる。 第4節の第6行と同様である。 第9節 「もう日が暮れるね」 (R)の台詞。 『』で地獄にダンテ(詩)が入る直前の時刻は夕方であることを参照。 (地獄篇第二歌第1行) 「…大丈夫」 ダンテ(R)の台詞。 握る手を強めた 地獄へ堕ちるダンテ(R)と(R)の覚悟を表す。 出口の無い森の中 地獄篇第一歌第3行(,p. 6)でダンテ(詩)がさまよっていた場所が「森」である。 二人の火が消える 「二人」はダンテ(R)と(R)のこと。 第10節 最悪な二人 「二人」はダンテ(R)と(R)のこと。 堕天をなぞる ダンテ(R)と(R)が一緒に堕天することが分かる。 二人の罪が愛ゆえに犯されたことを示唆する。 絡まる闇に足を取られ 繋ぐ指から穢れた愛が侵してく 「穢れた愛」はその愛ゆえに神を裏切る罪を犯し,地獄行きの原因となったダンテ(R)と(R)の間の愛である。 冥界の淵で凍てついていた 最下層の地獄である第九の圏谷を指し(地獄篇第三十二歌から第三十四歌),恩人を裏切ったものはその最も奥で氷づけにされている。 (地獄篇第三十四歌)裏切った相手は神であり,自ら天へまねかれ神の栄光を受けたのにダンテ(R)は地獄へ再び戻り,のみならず天上の(R)を堕落させる罪を犯した。 二度と開かないドアを潜る 「二度と開かない」とあるのは地獄に入れば二度と戻ることはできないからだ。 「われを過ぎんとするものは一切の望を捨てよ」(地獄篇第三歌第9行)を参照。 「ドア」は恩人を裏切ったものを罰する第九の圏谷の第三円の入り口である。 こんな罪を抱えたままで魔法が解ける 「こんな罪」とは恩人である神への裏切りのことだろう。 (地獄篇第三十四歌)「魔法が解ける」は第1節,第2節,第5節にある赤(狂気),青(憂鬱),白(救い,恩寵)の魔法が解けるということか。 罪の意識,(R)との愛を貫ける喜び,神にも抗う強い意志,罰への恐怖,運命への諦念などさまざまな思いが混じった魂の叫びである。 参考文献 『』(訳,新装版,河出書房,1992年) 『聖書』(フェデリコ・バルバロ,,1980年) 『ニアス英和大辞典』(小七・南出康世編集主幹,大修館書店,2001年) 参考サイト 『』.

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神曲忐忑歌詞

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終於得見神曲「忐忑」的歌詞了. 360doc. shtml 終於得見 神曲「 忐忑」的歌詞了.... zwbk. aspx 《 忐忑》演唱者龔琳娜 《 忐忑》由德國籍作曲家「老鑼」作曲,中國成名歌唱家龔琳娜演唱。 tw112. 《 忐忑》在線上被播放了不下10萬次,是網友口中的第一網路「 神曲」。 ptt. 1292370969. 281. html 記者林琮盛/攝影大陸近期急速竄起一首另類歌曲「 忐忑」。 因曲風唱腔「獨特」,又沒 歌詞,大陸網友封為「 神曲」,連大陸知名流行天後王菲都想翻唱。 sogou. kkbox. yam. pixnet. sharecool. ptt. 1410382286. 939. answers. yahoo. 請大家多多幫忙! nownews. big5. enorth. com. pixnet. 單純抱持想被嚇的人,可能會失望... flashlyrics. 龔琳娜 忐忑 神曲. udn. bid. yahoo. whatfunny. wikipedia. 2012年至2013年新舊歲交替龔琳娜在跨年晚會的一首「 神曲」《法海你不懂愛》,所出新歌因 歌詞...

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洗腦神曲《Despacito》46億次點閱打破全球紀錄!但「歌詞其實超變態色情」馬來西亞下令禁播!

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アニメ『地縛少年花子くん』ED主題歌「Tiny Light」は、鬼頭明里さんが歌唱担当! 2020年1月9日深夜より放送開始となったTVアニメ『地縛少年花子くん』。 本アニメのED主題歌である「Tiny Light」は、メインヒロイン・八尋寧々 役も演じている、人気声優アーティストの鬼頭明里さんが歌唱を担当しています。 「Tiny Light」は、鬼頭明里さんの2ndシングル「Desire Again」に収録されている楽曲で、シングルCD&mp3フル配信は2020年2月26日 水 にリリースとなります。 なお、これに先駆けて「Tiny Light」TVsizeのデジタル配信がスタートしていますので、是非チェックしてくださいね! アニメ『地縛少年花子くん』ED主題歌「Tiny Light」 歌:鬼頭明里 が神曲! YouTubeで音源公開 アニメ『地縛少年花子くん』ED主題歌「Tiny Light」 歌:鬼頭明里 の音源は、所属レーベル・ポニーキャニオン公式YouTubeチャンネルにて公開された、2ndシングル全曲試聴動画内で聴くことができます。 (「Tiny Light」は1:30よりスタート) 楽曲内容 「Tiny Light」は、切なさ・孤独感を感じさせるメロディーから、胸の中の灯りをともして今から一歩踏み出していく様子を感じさせるメロディーに変化していく楽曲構成が印象的です。 また、メロパートでの儚く美しい歌声と、サビパートでの儚さの中にあたたかさを感じる歌声も印象的で、心に残る神曲になっています。 「Tiny Light」の意味考察 「Tiny」は「小さな」、「Light」は「光・灯 灯り 」などの意味があります。 歌詞に「小さな灯」という歌詞があることから、曲タイトル「Tiny Light」の意味も「小さな灯」と解釈することができそうです。 なお、「灯り(あかり)」は、「明かり」とも言えますので、鬼頭明里さんの名前の「明里(あかり)」にかけていると考察することもできますね。 鬼頭明里「Tiny Light」歌詞の意味考察 優しさに触れて~孤独に寄り添ってる 「Tiny Light」の冒頭部分を聴いていると、迷いや葛藤を内包する歌詞が綴られており、歌の中の主人公は、誰かの声や想いを感じながらも一歩踏み出せずにいることが伝わってきます。 この歌詞は、孤独の真ん中に落ちるのではなく、孤独に「寄り添ってる」となっています。 これは、「孤独」と「一歩踏み出す」の中間地点を行ったり来たりする中で、 今は「孤独」側に逃げてきてしまった、という状況を思い浮かべることができます。 しかし、まだ一歩踏み出すことは完全には諦めていないような印象も受けます。 小さな灯のような~抱きしめてた 「小さな灯のような」から「抱きしめてた」の歌詞部分では、胸の中にある小さな灯のような想いを大切にしている様子を感じさせます。 火が完全に消えないようにして、 未来の可能性がゼロではないことを意味する歌詞だと考えることができそうです。 ただ真っすぐ~偶然の中で運命を見つけた 「ただ真っすぐ」から始まる歌詞は、強さと脆さを誰かのおかげで知ることができたと解釈することができます。 自分の脆さを知ることが、成長や前進に繋がることを教えてくれるような歌詞は、グッとくるものがあります。 その後、「偶然の中で運命を見つけた」という歌詞がきていますので、「孤独」と「一歩踏み出す」の中間地点を行ったり来たりする中で、今度こそ「一歩踏み出す」側にきたということが伺えます。 また、「偶然の中で運命を見つけた」という歌詞は、運命とは最初から決まっているのではなく偶然の中にも存在するもので、 今置かれている状況を運命だと諦めるのではなく別の運命を引き寄せることができるという、前向きなメッセージだと解釈することもできます。 なお、「Tiny Light」を聴いていると、『地縛少年花子くん』の八尋寧々 CV:鬼頭明里 、八尋寧々と花子くんの関係を歌っているような歌詞もありますので、アニメとの関連性にも注目です。 jp限定】特典:デカジャケット Advertisement 関連する記事• 2019. 2019. 05 声優アーティストとして活動中のMachicoが、2019年12月14日、初の生バンド演奏によるライブ『Machico Live 2019「Sympho[…]• 2018. 03 声優・茅野愛衣さんが演じたアニメキャラランキングをみんなで作ろう!【人気投票受付中】 投票画面、投票結果 ランキング がすぐにわかる画面を今回ご用意い[…]• 2019. 09 第13回声優アワード2019 2018年度 の授賞式が2019年3月9日に開催され、各賞の受賞者が明らかになりました。 そこで本稿では、第13回声優ア[…]• 2019. 23 声優・逢坂良太さんと沼倉愛美さんのご結婚を祝して、共演アニメ・プロフィールをご紹介! 逢坂良太さんと沼倉愛美さんの共演アニメは、どんな作品があるのでし[…]• 2019. 2019. 02 伊藤美来2ndアルバム「PopSkip」より、CD収録曲・リリイベ情報などをご紹介!さらに、特典・発売日・各収録曲の作詞作曲編曲者についてもご紹介して[…].

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