矢板明夫。 矢板明夫・産経新聞外信部次長

【正論7月号】中国発の詳細な金正恩「死亡情報」が物語るもの 産経新聞台北支局長 矢板明夫(1/3ページ)

矢板明夫

【台中=矢板明夫】中国による武力侵攻を想定した台湾軍の大規模な軍事演習「漢光」が13日に台湾各地で始まり、16日、中部の台中の砂浜で行われた実弾演習が台湾や海外のメディアに公開された。 中国は蔡英文総統が5月に2期目に入って以降、挑発的な行動を強めている。 視察した蔡氏は兵士らを激励した上で、中国の軍事的な脅威に屈せず、台湾を防衛する決意を強調した。 16日の演習は、中国軍が台中の海岸に艦船で接近し、水陸両用戦車などによって上陸することを想定。 これに対し、台湾軍が艦船のほか、戦車、砲兵、ヘリコプター部隊などを投入し、中国軍を迎撃する内容だ。 米国から購入したF16V戦闘機なども参加した。 同日の演習には約8千人の現役兵士のほか、約800人の予備役兵も加わった。 演習を視察した蔡氏は、「皆さんの努力によって私たちの自由と民主主義が守られている」と述べ、兵士らをたたえた。 「漢光」は中国人民解放軍を仮想敵として、毎年行われる台湾最大規模の軍事演習だ。 今年は17日までの日程で、陸海空軍計22万人全員が参加し、各地の予備役も動員。 大隊規模で戦闘できるように再編された「連合兵種大隊」が初めて登場したことで内外メディアにも注目された。 総統府のある台北市では15日夜、総統と副総統ら政権中枢の拉致・殺害を目的とする中国軍の「斬首作戦」を阻止する演習が、軍民共用の松山空港を舞台に特殊部隊を投入して行われた。 16日午後、北西部の新竹市内で行われた演習中ではヘリコプターが墜落し、将校2人が死亡する事故も起きた。 一方、台湾メディアによると、「漢光」が始まった13日以降、中国の情報収集船が台湾南東部の海域に出没するようになった。 ミサイルの射撃データなどを収集することが目的とみられる。 演習に先立つ11日と12日には、米軍の艦船が台湾東部の花蓮の海域に姿を現した。 中国軍の動きを牽制(けんせい)する狙いだったとみられる。 5月20日に2期目の政権を発足させた蔡氏は米国との軍事交流を強化している。 米軍機が頻繁に台湾付近を飛行するようになったほか、台湾南部の高雄港に米軍艦が寄港する協議が進められているとの情報もある。 一方、中国側は、中国軍機が6月16日から19日まで4日連続で台湾の防空識別圏に入るなど、挑発行為を繰り返している。 蔡政権は軍事圧力を高める中国に屈しない強い姿勢を鮮明にしている。 16日に台中で行われた演習後、迷彩服姿で演説を行った蔡氏は「国家の安全は、相手にひれ伏すことで得られるものではない。 すべての兵士が私たちの防衛の核心だ」と強調した。

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【特派員発】台湾・高雄 台湾の分断映す、親中派市長リコール 矢板明夫(1/4ページ)

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習近平は失脚も? 中国でコロナ後に待つ共産党「大粛清」のゆくえ(矢板 明夫)

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「国家安全当局が岩谷氏の滞在するホテルの部屋を捜査したところ、中国の国家機密と関連する資料を発見した」 2019年11月15日午後、北京市中心部の中国外務省で定例記者会見に臨んだ耿爽報道官は、北京訪問中の北海道大学の岩谷將(のぶ)教授が9月8日に国家安全当局に連行された理由について、説明を始めた。 「取り調べを受けた岩谷氏は、以前も中国の秘密資料を大量に収集していたことを供述した。 違法をおかした事実関係は明白であり、証拠もしっかりしている。 彼の行為は、中国人民共和国の『刑法』と『反スパイ法』に違反している」 こう強調した耿報道官だが、突然声のトーンを下げ、「岩谷氏は罪を認めており、後悔の念も示したことを考慮して、中国は彼を訓戒したうえで保釈を認めた」と述べた。 耿報道官が会見を開く数時間前、岩谷氏は釈放され、日本に戻る飛行機に搭乗した。 中国政府は2015年春から、中国国内で「日本人スパイ狩り」を始めた。 これまでに10人以上が拘束され、なかには最高で懲役15年の判決を受けている人もいる。 中国政治、軍事史の研究者として知られている岩谷氏は、日中戦争史、中華人民共和国建国前の政治史などを専門にしており、かつて防衛省防衛研究所で戦史研究センターの教官、外務省大臣官房国際文化協力室の主任研究官を務めた経歴をもつ。 中国政府系シンクタンク・中国社会科学院近代史研究所の招聘で9月3日に北京入りし、同月8日に連行され、釈放されるまで約9週間、拘束された。 帰国した岩谷氏が中国で起きたことの詳細を明らかにしていないため、日中関係者の間で未だにさまざまな憶測が飛び交っている。 ある中国情報機関に詳しい共産党関係者は、「岩谷氏が中国に入国して間もなく拘束されたことから、中国の国家安全当局が、まず拘束する方針を固め、社会科学院と連携して岩谷氏を呼び寄せた可能性がある」と推測する。 筆者は産経新聞の北京駐在記者時代の2015年頃から、中国による日本人拘束問題をたびたび紙面や雑誌などで大きく取り上げ、会合などで国会議員に直接訴えたこともあった。 しかし、肝心の日本外務省はこの問題に消極的で、さまざまな形で筆者に圧力を加えたこともあった。 「北京と交渉しているから、書かれたらうまくいかなくなる」というのが彼らの言い分で、当初、筆者もそれを信じ、記事を見送ったこともあったが、3年経っても4年経っても一人も救出できずに、中国に拘束される日本人は増えるばかり。 邦人を救出しようとしているのではなく、中国を刺激したくないのが外務省関係者の本音であることに気づいた。 今回の岩谷事件について、北京駐在の同僚記者が「拘束された事実」を確認し、記事化する際にも、外務省高官から「絶対に書くな」 「責任をとれるのか」などと恫喝されている。 産経新聞はこうした恫喝を無視して、2019年10月19日の朝刊一面トップに「中国、北大教授を拘束 準公務員、スパイ疑いか」との見出しで報じ、大きな反響を呼んだ。 インターネット上では中国を批判する書き込みが殺到し、2020年春に予定されていた習近平国家主席の国賓来日を再考すべきだ、と主張する日本の識者が急増した。 産経新聞が記事を掲載した3日後、天皇陛下の即位式典に出席するために来日した中国の王岐山国家副主席に対し、安倍晋三首相がこの岩谷事件について言及したことも、中国に対する大きな圧力となった。 その後、中国政治や現代中国論が専門の早稲田大学の天児慧名誉教授や、法政大学の菱田雅晴教授など八人が呼びかけ人となり、事件について強い懸念を示す声明を発表。 岩谷氏の拘束について、「言葉にしがたい衝撃を受けている。 関係当局は拘束の理由など背景を一切明らかにしておらず、理由が不明なままの拘束は国際社会では到底受け入れられない」とし、拘束理由など関連情報の開示を求めた。 また、今回の事件を受けて、日本の中国研究者が恐怖で中国に渡航できなくなる可能性もあるとして、「日中間の学術交流に好ましからざる影響が立ち現れ、日中関係の健全な発展に大きな影を落としている」と強調した。 これらの学者は日本で「知中派」と呼ばれる人たちで、彼らが一斉に抗議することは中国にとって大きなインパクトがあった。 しかし、岩谷氏が釈放されたわずか12日後、別の50代の日本人男性が中国湖南省長沙市で、国内法違反で拘束されていたことが報道によって明らかになった。 この男性は介護関係の仕事をしていたといい、拘束された時期は岩谷氏よりも2カ月早く、2019年の7月だった。 中国の治安当局は日本人を拘束したあと、日本大使館に伝えなければならない取り決めがある。 つまり、この男性の拘束を外務省は認識しており、国民に隠していたことになる。 これまで中国当局によってスパイ容疑で拘束された日本人はその全てがメディア取材によって明らかにされたものであり、外務省が公表した例は一度もない。 戦後、周辺国との武力紛争を極力避けてきた日本が、中国の国家安全に危害を加える工作員を中国に派遣するなど常識的に考えにくい。 しかも1人や2人ではなく、わずか数年で10人以上も同じような容疑で拘束されている。 明らかに異常な状態といえる。 しかし外務省は邦人保護に関し、ほとんど事実関係を明らかにしない。 約1年前に、大手商社の伊藤忠商事に勤務する40代の日本人男性社員が中国広東省の国家安全警察に拘束されたことが判明した時も、外務省はメディアの取材に対し冷淡な対応を貫いた。 日本政府は拘束情報を約1年前から把握しておきながら、報道されるまでこの事実を公表しなかった。 その後、菅義偉官房長官が定例記者会見でようやく事実関係を認め、「邦人保護の観点からできる限りの支援をしている」と強調したが、男性の氏名や容疑、拘束された当時の状況など詳細は明らかにしなかった。 この他、2015年から2018年にかけて、中国でスパイ容疑などをかけられ拘束、起訴された日本人は、以下の9人であることがメディア報道によって判明している(年齢はいずれも当時)。 1、愛知県出身の会社員の男性、54歳。 2015年、旅先の浙江省で拘束され、軍事施設や公船を撮影したとされる。 2018年に懲役12年の実刑判決。 2、神奈川県在住のパチンコ店店員の男性、58歳。 元脱北者で、北朝鮮にいる妹を救出しようとして日中間を往復していた2015年に遼寧省の中朝国境近くで拘束され、2018年に懲役5年の実刑判決。 3、東京都の日本語学校幹部の女性、58歳。 元中国人で、中国の機密情報を日本の政府機関に提供した容疑で拘束され、2018年に懲役6年の実刑判決。 4、札幌市の団体職員の男性、73歳。 元日本の大手航空会社社員で、定年退職後、中国と経済交流を促進する団体を立ち上げた。 2018年にスパイ容疑で懲役12年の実刑判決。 5、東京都の日中友好団体幹部、男性、61歳。 元日本社会党職員、中国との交流などを担当し、中国の砂漠に植樹するプロジェクトなどに参加。 2017年にスパイ罪で起訴。 2019年に懲役六年の実刑判決。 6、千葉県の地質調査会社社員、男性、70代。 中国の業者の依頼を受けて温泉を探すために訪中したが、国家機密探知罪で逮捕。 2018年5月に起訴。 2019年に懲役5年6カ月の実刑判決。 7、千葉県の地質調査会社社員、男性、 50代。 中国の業者の依頼を受けて温泉を探すために訪中したが、国家機密探知罪で逮捕、2018年6月に起訴。 2019年に懲役15年の実刑判決。 8、出身地不明の会社代表の男性、60代。 遼寧省で拘束され、2018年3月にスパイ罪で起訴。 2019年に懲役5年6カ月の実刑判決。 9、大手商社、伊藤忠の男性社員、40代。 2018年2月に広東省で国家安全当局に拘束され、同6月に起訴。 2019年に懲役3年の実刑判決。 この他、メディアに報じられていない拘束された日本人も数人いると噂されている。 冷戦時代、米国とソ連の間で拘束した相手側の諜報要員を同時に釈放する「スパイ交換」が行われていた。 日本人が中国でスパイ容疑をかけられて拘束されたなら、日本政府はすぐに国内で活動する同じ数の中国工作員を拘束し、交換交渉を始めるべきだが、日本政府にそういうことを実施する気配は全くみられない。 筆者が北京に駐在していたとき、中国にスパイとして拘束された日本人の家族や周辺者の取材をしたことがあるが、複数の関係者から「冤罪なのに、外務省と大使館はなにもしてくれない」と言われたことがあった。 日本人の拘束が判明するたびに、菅官房長官は「(日本政府は)できるだけの支援をしている」と記者会見で述べているが、北京の大使館関係者によると、菅氏が言う支援は釈放に向ける外交努力ではなく、あくまでも本人の要望にしたがって弁護士を斡旋したり、漫画やカップラーメンを差し入れしたりするなど、いわば詐欺や傷害容疑などの一般刑事犯と同じ人道的な支援だ。 北朝鮮による日本人拉致問題に長年、取り組んできた松原仁衆議院議員は2019年2月27日の衆議院予算委員会の分科会で、中国による邦人拘束問題を取り上げ、政府の見解を問いただした。 衆議院同分科会の議事録によれば、松原氏の「政府はなぜ邦人拘束という事実を公表しなかったのか」との質問に対し、外務省の垂秀夫領事局長(当時)は「政府としては、ご家族への配慮、人定事項を含めたなんらかの確認や公表を行うことにより、当該邦人および同様に拘束されている他の邦人に対する中国当局の今後の中国側司法プロセスにおける取り扱いなどにおいて、不利益な影響を生じさせる可能性が排除できなかったことから、対外公表をすることは差し控えたものでございます」と答弁した。 松原氏はさらに、「日本政府は中国に対し抗議、または釈放要求をした事実はあるか」と質問したのに対し、垂氏は「日中首脳会談、日中外相会談を含めてあらゆるレベルを通じ、厳正に申し入れ、前向きな対応を求めているところでございます」と回答した。 垂氏の答弁から、日本政府はこれまでに中国と外交交渉で、邦人拘束の件について「前向きの対応」を求めただけで、抗議したことも、釈放要求もしたことがないことが明らかになった。 また、邦人拘束を外務省が公表しなかったことについて、垂氏は「被害者への不利益な影響を避けるために」としているが、残念ながら、事なかれ主義の外務省の言い訳にしか聞こえない。 伊藤忠の社員は1年以上、温泉業者らほかの拘束者は、長ければ約4年も拘束されている。 すでに十分な不利益を蒙っている。 人権侵害が激しいといわれる中国の刑務所、留置場に未だ日本人が捕われている責任は外務省、そして日本政府にある。 対中交渉がうまくいかなければその事実を公開し、中国当局による人権侵害の事案として国際社会に訴えるべきだ。 それが中国への圧力になり、邦人の救出につながる可能性もあるが、自らの仕事を増やしたくないのか、外務省と日本政府には、こうした発想がないようだ。 外務省や日本政府の邦人を守る姿勢は、国際社会の基準からみれば明らかに不十分だ。 日本と同じく、中国に複数の自国民を拘束されたカナダ政府は中国に対して毅然とした態度を取り、国際社会の協力を積極的に求めている。 2018年12月、カナダは中国の大手IT企業、華為技術(ファーウェイ)創業者の長女で同社副会長の孟晩舟氏を拘束した。 孟氏は米国の対イラン制裁回避に関連する不正行為の疑いがあったとして、米政府の要請を受けたカナダが孟氏の拘束に踏み切った。 これに対して、中国の外務省はすぐさま反応し、米国とカナダに猛抗議、釈放要求を繰り返した。 中国外務省の王毅外相は全国人民代表大会中の3月8日、記者会見して華為事件に言及し、孟氏の拘束事件とその後に起きた一連の華為排除の動きについて、「意図的な政治的抑圧であり、われわれは中国企業と市民の合法的権益を断固守る」と強調した。 この事件の背景には米中のハイテク分野の主権権争いも絡んでいるが、ある意味で、中国にとっては「外国に拘束された自国民を保護する事案」でもある。 その後、中国当局の激しい報復行為は国際社会を驚かせた。 孟氏拘束後、中国はすぐに中国国内にいる2人のカナダ人を「国家安全に危険を与えた」などの容疑で拘束。 その後も次々とカナダ人を拘束し、中国の地方都市の英語学校で教える若い女性を含めて、わずか2カ月で計13人のカナダ人を拘束した。 その後、5人を釈放したが、残り8人はスパイ容疑で取り調べを続けた。 中国当局による一連のカナダ人拘束は、カナダ政府に対し、孟晩舟氏の身柄を米国側に渡さないように牽制するためと言われている。 しかし、カナダは中国に屈しなかった。 当初、カナダ人2人の拘束が判明すると、フリーランド外相はすぐに「中国によるカナダ人の恣意的拘束を深く懸念している」との声明を出し、即刻釈放を求めた。 その後、ほかにも複数のカナダ人が中国に拘束されていることが次々とわかり、同外相はさらに「中国側がカナダ国民に対して取った行動は、すべての国にとっての脅威だ」との声明を発表し、厳しい言葉で中国を非難した。 北京の駐中国カナダ大使も拘束者と面会するなど、国民を守る決意を表明した。 中国に拘束された自国民の救出はいま、カナダ政府の最も重要な外交課題の一つになっている。 こうした中国に対するカナダ政府の強い態度は、複数の国、国際組織、人権団体の支持を受けており、拘束カナダ人を支援する輪は、すでに国際社会で広がっている。 米国国務省は2019年1月、一連のカナダ人拘束事件を踏まえて、米国人が中国に渡航する場合、中国当局による「恣意的な法執行」に対する警戒を呼びかけ、渡航危険度について、4段階のうち下から2番目の「一層の注意」に据え置かれて、中国へ圧力をかけた。 中国当局は「拘束した8人のカナダ人」について、スパイなど国家安全を脅かす疑いがあると説明しているが、中国から遠く離れ、人口も少ないカナダが地政学的に中国を仮想敵として見ているとは思えない。 常識的に考えれば、カナダが大量の工作員を中国に送り込むはずがない。 中国は一連のカナダ人拘束を通じて、外交カードとしてカナダを牽制し、孟晩舟氏の身柄を米国に引き渡すことを阻止する狙いがある。 いわば、人質をとって相手に圧力を加える「人質外交」である。 2010年、尖閣諸島海域で海上保安庁の巡視船に体当たりした中国漁船の船長を日本側が逮捕すると、中国は即座に「河北省の軍事施設を撮影した」という容疑で日本の建設会社フジタの社員を拘束。 日本に対し、「スパイ罪で起訴すれば死刑もあり得る」と脅して、船長の釈放を強く求めた。 当時の民主党政権は中国の要求に屈し、結果としてフジタの社員たちも釈放された。 一方、今回、カナダ当局は孟晩舟氏の釈放になかなか応じないため、中国とカナダの対立の構図は今後も長期化する可能性もある。 中国人からもらった重要でない会議の資料をいきなり「国家秘密」だと言われ、海辺で撮った写真にたまたま軍艦が写っていたことなどを理由に起訴された人もいる。 筆者は当時、取材で中国国内出張が多かったが、スーツケースを持たず、小さな手荷物で飛行機に乗ることを徹していた。 荷物を空港に預ければ、自分の知らないうちに麻薬や政府の機密文書を入れられ、罪をでっち上げられることを警戒したためだ。 今後、トランプ政権下で米中関係が深刻化する可能性があり、米国と関係が深く、外交の脅しに屈しやすい日本は、中国にとって国内の引き締めを図るうえでも、人質外交を展開するうえでも餌食になりやすい。 今回の岩谷氏の釈放が、日本の対中外交の小さな勝利といえるなら、この経験を活かして情報を公開し、強い姿勢を継続すべきだと考える。 主権国家として自国民を保護する姿勢を見せてほしい。 それをしなければ、日本は世界中の笑いものになるだけでなく、ますます中国から軽視され、在中日本人はこれからも拘束され続けるだろう。 (初出:月刊『Hanada』2020年3月号).

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