京 アニ 実名。 京アニ、実名報道を控えるようメディアに申し入れ 「弔いが終わるまで、当社から犠牲者氏名は公表しない」

京アニ、実名報道を控えるようメディアに申し入れ 「弔いが終わるまで、当社から犠牲者氏名は公表しない」

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京アニ事件犠牲者の実名報道の在り方について、メディア関係者は考えさせられた。 写真は京都新聞の8月28日朝刊。 「京アニと描いた輝きは消えない」との見出しで、犠牲となった35人全員のプロフィールなどが掲載されている 京都市のアニメ制作会社「京都アニメーション」第1スタジオの放火殺人事件を巡り、京都府警は27日、これまで公表していなかった犠牲者35人のうち25人の身元を明らかにした。 府警は2日、葬儀が終わり、遺族の了解を得られた10人の身元を公表。 残る25人についても遺族と調整を続けてきた。 この間、京都府内の報道機関で組織する「在洛新聞放送編集責任者会議」が20日、府警に速やかな身元の公表を要請していた。 身元の公表が事件発生から40日後というのは極めて異例だが、ネットなどでは「遺族が望まない実名報道は不要」などの声もあがっていた。 (事件ジャーナリスト 戸田一法) 才能豊かなアニメーターたち 最後の葬儀が終わり全員実名公表 府警の西山亮二捜査1課長は、身元の公表が1ヵ月以上たってからになった理由を「凄惨な事件で、ご遺族が死を受け入れるまでに時間がかかっていると認識した。 ご遺族の意向を丁寧に聴き取りながら、葬儀の実施状況を考慮し、広報の方法とタイミングを慎重に検討してきた結果、最後の葬儀が終わり、本日の公表になった」と説明した。 25人のうち、20人の遺族が実名の公表を拒否しているというが、それでも公表に踏み切った理由について、「事件の重大性に加え、社会的関心が高く、公益性も考慮し、公表した方がいいと判断した」と述べた。 また、このまま匿名にしたままだと「色々な憶測が飛び交い、(ネットなどで)誤った氏名や経歴が流されるなど、犠牲者や遺族の名誉が著しく傷つけられる恐れもある」と語った。

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京アニ第一スタジオで放火した犯人は青葉真司?実名、facebookが特定?コンビニ強盗の前科持ち?

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先月18日に発生した京都アニメーション放火事件で京都府警は27日、新たに犠牲者25人の名前を公表した。 実名を公表するという京都府警の方針には以前から批判が噴出。 ネット上では「身元公表を求めない」という署名キャンペーンが展開されており、28日に京都府警に送付される予定だったものの、その前日の公表ということにさらなる批判が集まることとなった。 発表を受けて、各報道番組が被害者の名前を公表しているが、そんな中、27日に放送された『news zero』 日本テレビ系 に特に批判が集まっているという。 この日、『news zero』では、休みを取っている有働由美子の代わりに岩本乃蒼アナウンサーが出演。 その中で、京アニ放火事件の被害者の名前が公表されたことに触れ、「NNNでは多くの尊い命が奪われた今回の事件の真実性を保ち、正しく伝えるため、そして、この事実の重みを社会全体で共有するためには、実名報道が必要だと判断しました」として、実名と年齢、これまで担当した仕事を一人一人読み上げていった。 その後、スタジオに日本テレビ解説委員の小野高弘デスクが出演し、このタイミングでの公表について説明。 「京都府警が遺族の方々の意向というのをていねいに確認していた」と、これまで京都府警と遺族側が実名公表の可否についてすり合わせていたことを説明。 しかし、「そうしましたら、今回の25人の遺族の多くは名前の発表については拒否の意向だということなんです」「現場の捜査員もご理解を求めることに葛藤して心を痛めたというふうに話しています」と、複数の遺族が実名公表に反対していたという事実を明かした。 しかし、この放送に視聴者からは、「遺族が拒否してるって分かってるのに読み上げるって何なの!?」「長々言い訳してるけど、全然プライバシーに配慮できてない」「遺族が拒否してるのに実名明かすことが重みを共有することなの?」という批判が集まっている。 「夜の報道番組では『NEWS23』 TBS系 、『報道ステーション』 テレビ朝日系 でも被害者の実名を明かしていましたが、『NEWS23』は氏名を画面に映すのみ。 『報ステ』は遺族が拒否したことなどは説明していなかった。

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メンタリストDaigoが京アニ実名報道にブチギレた理由は?共感の声殺到

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京アニ事件被害者の実名報道は想像以上に非難の渦 8月27日、京アニ事件の被害者の実名を京都府警が記者クラブに対し公表し、それを受けて新聞テレビなど大手メディアの多くがニュースや記事で報道した。 筆者個人は実名報道は遺族が拒むのならすべきではないと考えている。 一般にはどう受け止められたのだろうか。 27日にツイッターで検索してみたときは、想像した以上に批判的なツイートだらけだった。 かなり強い語調で公表すべきではないし報道したマスコミは酷い、と非難するツイートが多い。 ツイート=批判、と受け止めて捉えていいだろう。 そこでどれくらいの批判が巻き起こっているのかを、この週末にで調べてみた。 その結果が冒頭のグラフだ。 やはり驚くほどの量だった。 8月25日から31日までの一週間で、1日あたり5. 6万ツイート。 参考に「韓国 暴行」「香港 デモ」の結果と並べた。 ソウルで韓国人男性が日本人女性に暴行したことが映像とともに伝わり大きな話題になった。 香港でのデモが続きリーダーの若者たちが逮捕された。 それらと同等もしくはそれ以上にツイート数が多い。 いかに多くの人びとが今回の「実名報道」に怒っているかがわかる。 筆者が推測した数値よりずっと多かったことには、驚くしかない。 批判はツイッター上で拡散され、増幅していく。 とくにこのメンタリストDaigo氏のツイートはリツイートされコメントもたくさんついて、大きな影響を与えたようだ。 本人も認めている通り感情的な発言だが、だからこそ共感されて広がった。 ツイートの中で浮上した言葉「マスゴミ」 分析ツールInsight Intelligence Q では「共起ワード」を抽出することもできる。 「京アニ 実名」とともにどんな言葉がツイートの中に出てくるか、多く登場する言葉をマッピングして見せてくれるのだ。 そのワードマップを見ていて、気づいたことがある。 Insight Intelligence Q 「共起ワード」画面より 「マスゴミ」という言葉が中央で大きめに表示されている。 多く出てきた言葉ほど中央に近く大きく表示される。 つまり「マスゴミ」という言葉が非常に多くツイートに入っていたということだ。 ランキングを表示してみると、7位で32. 「京アニ 実名」が入ったツイートの中で3分の1近くに「マスゴミ」も入っていたのだ。 ネット上でマスコミが批判される際の常套句が「マスゴミ」。 だが、筆者はかなり久しぶりにこの言葉を見た気がした。 2010年代前半、ツイッターの普及とともにマスコミ批判も大きくなり、「マスゴミ」と蔑まれることが増えた。 ところが2016年あたりからはフェイクニュースの問題が出てきて、既存マスメディアの信頼性が回復していた。 数年間かけて、ちゃんとしたニュースを報じる存在として新聞やテレビが再び認められつつあったと思う。 それに伴って、「マスゴミ」という言葉があまり使われなくなっていた。 グラフ:Insight Intelligence Q より ためしにこの一年(2018年9月1日~2019年8月31日)で「マスゴミ」が含まれるツイートを抽出したグラフを見てみた。 一目でわかる通り、今年の春まではほとんど浮上していなかった。 5月に山ができているのは、大津市で起こった交通事故で保育園児が亡くなった時だ。 会見した保育園長を追及するような質問が出た時に「マスゴミ」が久々に浮上した。 だがこの時のマスコミ批判はさっと終わったように思う。 今回はその時の倍以上のツイートが飛び交った。 この一年間、大津の一件以外ほとんどなかった「マスゴミ批判」が完全に復活を果たしてしまったのだ。 フェイクニュース問題が出て以降、取り戻しかけていた信頼を今回の件で一気に失ってしまったのではないだろうか。 「報道の常識」は本当に肯定できるのか、見直す時 筆者もこうして記事を発信する立場でもあるので、報じる内容に事実をできるだけ入れたい気持ちはわかる。 ただ、このような悲惨な事件の被害者の名前を、とくに遺族が公表したくないと言っている時に報じるのは人間として間違っていると考える。 そして似たことがある時、いつも感じるのが「それでも報じる」とメディア側の言う「理由」の説得力のなさだ。 今回も出たのは「事件の全貌を伝えるには実名が必要」との言い分だが、実名がなくても全貌は伝わると私は思う。 京アニの事件もこれまでですでに事件の全貌は大まかにわかっている。 実名が報じられて「やっと全貌がわかった」と感じた人はいるのだろうか?それに、お盆の時期に大きな話題になった「あおり運転暴行男」では被害者が殴られる場面が何度もニュースで流れたが、被害者の氏名はどのメディアも報じなかった。 それについて「事件の全貌が明らかにならない」と感じた視聴者読者はいなかっただろう。 この件では被害者の名前を報じようとするメディアはいなかったのに、なぜ京アニ事件では明かすべきと言うのだろう? 「被害に遭った方には名前があって人生があった、それが"Aさん"では生きた証にならない」とも理由として言われる。 筆者は、これをメディア側が言うのは本当に無神経だと思う。 今回はある遺族が会見で息子さんの名前を公表し、生きた証を示すためにそうしたかったと言っていた。 この方はそう考えたということだ。 一方で公表を望まない遺族からすると、生きた証は家族の胸の中にしっかり刻まれると考えているだろう。 つまり、「生きた証」とは極めて感覚的で個人的、主観的な問題だ。 報道すれば「生きた証を示せる」ということにはなんら客観性はない。 だから遺族それぞれの考えに従うしかないのだ。 「公表すべきかは本人が決めることで遺族に決める権利はない」とまで言う記者もいるが、そんなことを遺族に対して言うことがどれだけ失礼なことか、よくよく考えてほしい。 遺族に権利がないなら、マスコミに決める権利はまったくないだろう。 その矛盾に気づかないのかと思う。 気づかないのは、自分がその立場だったら、という視点で捉えられていないのだ。 個人情報保護の概念が出てきて以来、氏名や住所などは簡単に明かさないことになっている。 もし突然、新聞やテレビが私の子どもたちの名前や学校名などを載せたら私は即刻抗議するだろう。 それほど守らねばならない個人情報が、事件の被害者になった途端、なぜ「全貌を知るには公表せよ」と言われなければならないのか。 何もない時には守られるプライバシーが、ひどい目に遭ったら守られなくなるのはあまりにも不条理だ。 こんな風に、実名報道の理由にはツッコミどころが満載なのだ。 それなのに、各メディアは「私たち〇〇テレビは実名報道を原則としています」と添えながら報じた。 その原則が視聴者読者から疑われているのに、原則だと主張することにどんな意義があっただろう。 「事件の全貌を社会が共有する」ために実名報道が必要だとある新聞社は書いていた。 ところが少なくともツイッターでは逆に非難轟々だ。 社会の側が共有を拒否しているのだ。 「共有」できると考えたことが何ら共感されず、逆に非難されていることを受け止めるべきだと思う。 自分たちのメディアで実名を報道したら、生きた証になるとか、社会と共有できると言うのは、マスコミの完全な奢りだ。 そして無神経なことをできてしまうのは、組織に依存して報じているからだ。 ひとりのジャーナリストとして、「公表するな」と言っている遺族と向き合っていたら公表できないのではないか。 遺族の目の前で「事件の全貌を共有するためにあなたのお子さんの名前を公表します」と、ひとりの人間として言えるか、よくよく想像してみるべきだ。 そしてこれを機に、本当に「実名報道の原則」が正しくて時代に合っているのかを議論してみてほしい。 とくに、若い記者の意見も率直に聞いて受け止める必要がある。 ベテラン記者が若い頃より、今の方がずっと世間の風当たりは強い。 実は新人記者の感覚の方が一般市民と感覚が近いかもしれない、という前提で彼らの意見にも聞く耳を持つといい。 「マスゴミ」という言葉が再び当たり前になってほしくなければ、新聞テレビ各社は議論すべき時だ。 必要なのは、原則を持ち出すことではない。 あらためて議論することだ。 本当に実名報道は当然のことなのか、もう一度みんなで考えてみるべきだ。 それを怠ると、また7~8年前のようにマスゴミ呼ばわりされ続けるだけだと思う。

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