思想犯歌詞。 思想犯のヨルシカ・好き・低音が話題

思想犯 (Thoughtcrime)

思想犯歌詞

僕もさっそく「思想犯」を聞いてみた。 ヨルシカというアーティストの曲は歌詞の奥が深く、一見するとありふれた詞のように聞こえるのだが、考え始めるとかなり深いメッセージが込められているものが多い。 「思想犯」についても歌詞が色々と考察しがいがありそうなものだったので、今回はバンドマン視点でこの曲の歌詞を自由に考察してみた。 本記事のせいで当該曲のイメージが崩れる恐れもあるため、そういうことが心配な人はまずは自分の中で考察し、明確な自分の考えをもってから読み進めることをお勧めします。 ヨルシカ「思想犯」の歌詞を考察するための前置き 今回、「思想犯」を考察するうえでとても重要なポイントが3つあると考える。 ポイント1:アルバムタイトルの「盗作」に込められた意味 「思想犯」は前述の通り7月29日に発売するアルバム「盗作」に収録される。 音楽においての盗作とは、文字通り他人が創造した音楽をあたかも自分のものと称して世に発表するという犯罪行為だろう。 しかしながら、このアルバムの「盗作」という意味は少し異なるようだ。 盗用とオマージュの境界線は曖昧に在るようで、実は何処にも存在しない。 逆もまた然りである。 オマージュは全て盗用になり得る危うさを持つ。 引用:YouTubeの「思想犯」概要欄 盗用(盗作)は見方を変えれば「オマージュ」ともいえるとコメントされており、ヨルシカとしての隠れたメッセージが込められているのだ。 芸術家や音楽家が作品を創造するにあたり、「オリジナリティ」はとても大切である。 独創的な思想というものが大衆に受け入れられれば、一躍注目を浴びる。 しかしながら完全なオリジナルというものはこの世に存在しないと考える。 様々な作品が溢れるこの世の中で人が生活するうえで、他者の作品に触れてしまう機会はたくさんある。 逆に、作品に全く触れずに生活することは不可能だ。 そういった芸術作品と触れることで、人は無意識のうちに大なり小なりなんらかの影響を受けているはずだ。 つまり、ただこの世を生きるだけでも否応なく音楽に触れてしまうのだから、人が音楽を創造したとしても、それはもはや完全なオリジナルではなく、「他者が作った音楽に触れたからこそ生まれた音楽」といえるのだ。 今回、ヨルシカが「盗作」ともとれるし「オマージュ」ともとれると謳っているのも、そういった様々な音楽や作品から影響を受けた結果、今回のアルバムが作られているということを表したかったのではないだろうか。 「思想犯」についてもこの考え方が如実に表れているので、まずはこのポイントを念頭におこう。 ポイント2:「思想犯」というタイトルに込められた意味 思想犯とは「国家体制に相反する思想に基づく犯罪。 また、その犯人。 特に、もと治安維持法に触れた犯罪、およびその犯罪者」という意味だ。 戦時中の日本では、国家が掲げる思想に反する行動や反社会運動を行っているだけで、思想犯とみなされ逮捕されることがあったようだ。 もっというと、本人としては全く反国家思想を抱いていないにも関わらず、難癖をつけられ逮捕されるといった事例も多かったようだ。 まさに魔女狩り時代。 しかしそんな時代に終焉を迎えた現代の日本では、国家などは関係なく「思想上の主義主張の相違による犯罪」という意味で思想犯という言葉がつかわれることが一般的であり、ヨルシカの「思想犯」という曲もこの意味をもってしてタイトルがつけられている。 こと芸術・音楽においては、作品が大衆に認められなければ何も生み出していないことと同義である。 誰からも見向きもされなければ、その作品は生まれた瞬間に死んでいるようなものだ。 「思想犯」の歌詞でも「認めれたい」といった、主人公の切実な想いが綴られているが、主人公の作品は全く見向きもされていないようだ。 「自分が傑作だと思って世に出した作品=主人公の思想の塊」が大衆に受け入れられないさまは、まさに「思想上の主義主張の相違」であるだろう。 後述するが、最終的に主人公は自分の作品を世の中に認めさせるためにある罪を犯してしまい、「思想犯」になってしまうというストーリーであると僕は考える。 どのように思想犯になってしまうのか、それをこの後紐解いていってみよう。 ポイント3:尾崎放哉の俳句に込められた意味 この楽曲の詩は尾崎放哉の俳句と、その晩年をオマージュしている。 引用:YouTubeの「思想犯」概要欄 尾崎放哉は明治から大正にかけて数々の俳句を世に出した俳人だ。 そして尾崎放哉が残した俳句が「思想犯」の歌詞の中に盛り込まれている。 俳句の意味が「思想犯」に絶妙にマッチしていてすさまじいオマージュだなと感心した。 尾崎放哉は、自由律俳句という形式の俳句で有名な俳人である。 自由律俳句とは文字通り俳句の型式にとらわれず自由に俳句を作ることが特徴であり、「5・7・5」といった基本を全く無視した俳句であったり、さらに俳句で必ず使われる「季語」なんてものも使われていない。 まさに、自由な形式で作られるものが自由律俳句なのだ。 今でこそ自由律俳句の代表俳人として尾崎放哉の名前があがるようになったが、当時は酒癖の悪い人格破綻者として、ほとんど評価はされていなかったようだ。 この状況は「思想犯」の主人公と酷似している。 ポイント2で述べた、大衆に受け入れられない作品を作り続ける「思想犯」の主人公と、尾崎放哉の一生はほとんど同じなのだ。 (オマージュされているのだから当たり前だが…) この尾崎放哉の一生と、その後に作品群が評価されるようになったというポイントは、「思想犯」を考察するうえでかなり重要になる。 ヨルシカ「思想犯」の歌詞を紐解いていこう 前置きにも書いたが、「思想犯」を通しで聞くと、自分の作った音楽が認められずに苦悩する男が描かれていることがわかる。 ではこの主人公がどのように過ごして、どのようなラストを迎えるのか、1番のAメロから順を追って考えよう。 1番Aメロ 他人に優しいあんたにこの心がわかるものか 人を呪うのが心地良い、だから詩を書いていた 朝の報道ニュースにいつか載ることが夢だった そのために包丁を研いでいる 「他人に優しいあんたにこの心がわかるものか」 まずはじめに「思想犯」には主人公である「僕」、「あんた」、「君」の3人の登場人物が出てくる。 そんな大衆に自分は理解されていない。 つまり、前置きで書いたように、主人公と大衆の間には「思想上の主義主張の相違」が起きている。 当然、思想が全く異なるのだから、「他人に優しいあんた」に反して主人公は他人に優しくないのだろう。 恐らくそれは、自分の曲が認められないための不信感から湧いてくる感情なのだ。 そんな不信感だらけの思想に凝り固まった主人公だからこそ、「人を呪うのが心地よくて」その思想を詩に落とし込んでいる。 「朝の報道ニュースにいつか載ることが夢だった そのために包丁を研いでいる」 この部分は「1.自分の才能を尖らせ(包丁を研いで)、脚光を浴び話題になる」「2.ただただ話題になりたくて、誰かを殺す準備をしている」という二つの意味が備わっている。 ここのダブルミーニングは後々とても重要なポイントになるので覚えておいてほしい。 1番Bメロ 硝子を叩きつける音、何かの紙を破くこと、 さよならの後の夕陽が美しいって、君だってわかるだろ 「思想犯」が収録されているアルバムは「破壊衝動」が一つのキーワードであることを前述した。 この曲の主人公にも破壊衝動が備わっている。 そしてその破壊衝動は、「美しいもの」を作るためである。 破壊されたものは美しい、戻らないものは美しい、戻らない思い出は美しい、そんな気持ちが表れている。 その根拠として「さよならの後の夕陽が美しい」と語られている。 つまり、さよなら=終わりのあとのほうが夕陽は美しいと謳われているのだ。 さらに、「さよならの後の夕陽が美しい」ということは、孤独が美しいとも主人公は考えている。 「さよならの後」とは、一人になっているということだ。 一人でいることが美しいというのは、現在の自分の状況の表れなのかもしれない。 これも読み進んでいただけたらわかるので、どんどん進んでいこう。 1番サビ 烏の歌に茜 この孤独も今音に変わる 面影に差した日暮れ 爪先立つ、雲が焼ける、さよならが口を滑る 烏が鳴き、夕陽で茜色に染まる世界がサビで表現されている。 一番最後の大サビでもこのシーンが描かれているため、1番サビ=大サビでもあるのだ。 「この孤独も今音に変わる」 1番Bメロで「孤独が美しい」と主人公は考えていると述べたが、ここでも孤独が出てくる。 主人公は孤独であり、そんな孤独である苦悩などを音で表現しているのだろう。 「面影に差した日暮れ」は、何の面影なのかを考えてみた。 恐らくこれは「孤独」の面影なのだと思う。 なぜ面影という表現を使っているのかについては後述するが、そんな孤独の面影に美しい日暮れが差していることを表している。 「爪先立つ、雲が焼ける、さよならが口を滑る」 口を滑るということは、主人公は「さよなら」と心の底から思っているのだ。 心の底から思っているからこそ、孤独にもかかわらず口が滑ってしまったということだ。 そして「つま先立つ」をここで解説すると、主人公のラストを言ってしまうようなものなので、ラストまで待ってほしい。 (後述ばかりだな……) 若干意味を伝えるとすれば、「どんな時に爪先立ちになるか」ということを想像していただければ、ラストの主人公がどういう状況になるかを導き出せるだろう。 2番Aメロ 認められたい、愛したい これが夢ってやつか 何もしなくても叶えよ、早く、僕を満たしてくれ 他人に優しい世間にこの妬みがわかるものか いつも誰かを殴れる機会を探してる ここはあまり深く考察しなくともそのままの意味だと思われる。 他人に認められたい、承認欲求の塊である主人公。 しかし周りからは認められないために、誰も愛せないというなんとも自分勝手な主人公である。 結果、主人公は常にだれかを殴れる機会を探すほど自暴自棄に陥ってしまう。 2番Bメロ ビール瓶で殴る街路灯、投げるギターの折れる音、 戻らない後悔の全部が美しいって、そういうのさぁ、僕だってわかるのに 酒におぼれてさらに自暴自棄になる主人公が表現されている。 1番Bメロでも述べたように、「戻らないもの」の美しさがここでも表されており、それがとても重要であると主人公は思っている。 2番サビ 言葉の雨に打たれ 秋惜しむまま冬に落ちる 春の山のうしろからまた一つ煙が立つ 夏風が頬を滑る 雨は、打たれて辛いものである。 つまり「言葉の雨に打たれ」とは罵詈雑言を身に受けていることが表されている。 恐らく、「こんなクソみたいな作品が評価されるわけねぇだろ!」という暴言を雨の数ほど受けているのだろう。 そしてその後に続く「秋~夏」までの歌詞で、そんな日々が一年中続いていることがわかる。 2番サビで一番重要な部分は「春の山のうしろからまた一つ煙が立つ」である。 これは、前置きで述べた尾崎放哉が晩年に作った俳句のオマージュである。 ほとんどの人から愛想をつかされ、病気で死を悟った放哉が、山焼きで立つ煙をみて、これまでのことを懐かしんでおり、そんな哀愁なのか悲壮なのか郷愁なのかを表現した名句である。 ここまでで何回か述べたように、主人公は戻らないものの美しさにこだわりをもっている。 そんな主人公の思想を、放哉の俳句を「盗み=オマージュ」して歌っているのだ。 孤独がわからない=主人公の思想が理解できない大衆に対して、その後に続く詩を語っている。 罵倒、失望、嫌悪といった他人から貼られたレッテルを皮肉りながらも、大衆の思想とは相反し、さらに中身がないと評価される詩を書き続けている。 「死にたくないが生きられない」と歌われている通り、もうどうしようもない状況にいることが見て取れる。 そんな絶望の淵に主人公は立たされてしまっているのだ。 3番サビ 君の言葉が呑みたい 入れ物もない両手で受けて いつしか喉が潤う その時を待ちながら ここで曲調が大きく変わる。 音楽の中で曲調が大きく変わるというのは、主人公の状況が一変したり、思考や感情が変わることを表していることがほとんどだ。 3番サビの曲調は今までの曲調とは違って、若干明るめで落ち着いた感じの曲調になっている。 これは恐らく、現状を打開する活路を主人公が見出したのだと考える。 そしてその活路を見出したために次の詞に続く。 「君の言葉が呑みたい」とは、君=主人公の才能に気付いた、主人公を認めるものである。 その言葉を呑み、喉を潤したいということは、「君の言葉」は主人公の作品を称賛する声なのであろう。 さらに「入れ物もない両手で受けて」は尾崎放哉の俳句がオマージュされている。 もともとは「入れものがない 両手で受ける」という俳句なのだが、この俳句は放哉の苦しい生活を詠んだものである。 病に罹ったが、人格が破綻していたがために周囲に嫌われていた放哉。 生活はとても貧しいがために、他人から施しを受けて生活をしていた。 しかしながら、そんな施しを受ける「器」もないため、両手で施しを受けているという場景を切り取った俳句なのだ。 なぜ器をもっていないのか。 ここから大サビにかけて真相が明かされる。 大サビ 烏の歌に茜 この孤独よ今詩に変われ さよなら、君に茜 僕は今、夜を待つ また明日、口が滑る ラストの大サビ。 1番サビと同様に烏が鳴いて夕焼けが広がるという景色が広がる。 この大サビ、すべての言葉に深い意味があるのだが、特に重要なのは「僕は今、夜を待つ」という部分。 「夜」は日が出ていない間の時間を表す単語なのだが、大昔より夜は「死の世界」が広がっていると考えられている。 日が出ていない影の時間、人間が活動をやめる時間、幽霊が出る時間、さらに満天の星が広がる神秘的な時間が夜なのだ。 そんな「死の世界」である「夜」を待つ主人公。 つまり、主人公はこれから自殺しようとしていると考えられる。 では、何故主人公は自殺しようとしているのか?それは、死というもとには戻れない状態にすることで、自分の作品をさらに美しくするためだ。 作者の死により神格化した主人公の作品達がいつしか絶大な評価を受けることを望み、命を捨てたのだ。 これを前提に大サビを一から見ていこう。 「烏の歌に茜 この孤独よ今詩に変われ」 これは一番サビにも出てくる。 つまり、一番サビと大サビはほぼ同じ時間帯、同じ景色を表していると思っていいだろう。 しかしながら、一番サビでは「この孤独も今音に変わる」だが、大サビでは「今詩に変われ」となっている。 一番サビ時点では、孤独は単なる音でしかなかったが、死を選んだ大サビでは「詩に変われ」、つまり孤独の先で死を選んだことで自分の「作品」を完成させることが表されている。 また、「変わる」にはあまり自分の意志が感じられないが、「変われ」とすることで死をもって作品を最終形態に昇華させる意志が感じられる。 さらに、一番サビにて、【「面影に差した日暮れ」は、何の面影なのかを考えてみた。 恐らくこれは「孤独」の面影なのだと思う。 】と述べた。 ここで、「面影」を使った理由は、主人公が死んだあとに、主人公の作品を聴いた人々が、作品を通して主人公の孤独を垣間見たから「面影」という言葉を使っているのだ。 その面影に差した日暮れ=作品が評価されたということを表していると考える。 主人公は前述のようにさよならの後の夕暮れは美しいと考え、そんな美しいものを表現した作品を作りたいと考えていた。 つまりここでいう茜は「さよならの後の夕暮れ=死によって美しくなった自分の作品」を表しており、それが君の手に渡ったということだ。 「僕は今、夜を待つ」 前述の通り、死を迎える主人公が表現されている。 「また明日、口が滑る」 口が滑るということは、主人公は心の底から「また明日」と思っている。 ここでいう「また明日」は死によって残された自分の分身である作品を通して、君に再開できるということが歌われている。 つまり、死によって自分の作品が完成形へと昇華されることを信じて疑わない主人公が存在し、実際に命を絶ってしまうのだ。 「思想犯」の主人公の死の根拠 大サビだけだと主人公の死の根拠が少し弱いかなとも思ったので、所々後回しにしていた、死が表現されている部分を回収したいと思う。 まずはじめに1番Aメロより、「朝の報道ニュースにいつか載ることが夢だった そのために包丁を研いでいる」という部分。 これは【「1.自分の才能を尖らせ(包丁を研いで)、脚光を浴び話題になる」「2.ただただ話題になりたくて、誰かを殺す準備をしている」という二つの意味が備わっている。 】と述べたが、自分自身を殺すために包丁を研ぎ、そしてその死によって、自分の才能を尖らせ脚光を浴びるということが表現されている。 次に1番サビより「爪先立つ、雲が焼ける」という部分。 爪先立つとは、ビルの上からの飛び降りを表している。 さらに、爪先立つには、無理をして自分自身の能力をあげる=死によって作品が評価されるものにする、という精神的な意味も同時に含まれていると考える。 また、そのあとに続く「雲が焼ける」という部分も、焼ける=さらに濃く茜が広がるということなので、爪先立つことで作品をより美しくするという意味が込められている。 そして、3番サビの「入れ物もない両手で受けて」という部分。 主人公は「器」をもっていないがために両手で受けるしかなかったとしているが、死んだことにより「君の言葉」を聴くための体がないのだ。 そのため器がないとしている。 極めつけは、尾崎放哉だ。 本作は尾崎放哉の俳句がオマージュされているが、放哉の人生がオマージュされているとも考えられる。 放哉の作品は彼の死後に評価されるようになった。 全体を通して放哉がオマージュされているのだから、主人公の作品が評価されるためには、「作者の死」がなければこの話は語れないのだ。 ヨルシカ「思想犯」の歌詞考察まとめ 全体的に曲調も暗く、また、歌詞だけではなくアウトロのメロディーの音の下がりかたも相まって、僕はこの主人公は自殺したのだと考える。 戻らないものは美しい、そんな大衆とは異なる思想を持つ主人公が、自分の作品を何よりも美しいものに昇華させるために、自分自身を殺すという罪を犯してしまうという、まさに「思想犯」を表した名曲だ。

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思想犯保護観察法(しそうはんほごかんさつほう、昭和11年5月29日法律第29号)は、1936年、思想犯を公権力の下に監視しておくために制定された日本の法律である。 全14条から成る。 治安維持法違反で逮捕されたが執行猶予がついた者や、起訴猶予になった者、仮釈放者、満期出獄者に対して適用された。 思想犯保護観察制度とは、一言で言うと、思想犯の再教育・監視制度である。 犯罪者の保護観察制度は、19世紀のアメリカ合衆国を起源として、ヨーロッパに広まった制度だったが、思想犯を対象とした制度の導入は日本が最初である。 1945年(昭和20年)、「ポツダム」宣言ノ受諾ニ伴ヒ発スル命令ニ関スル件ニ基ク治安維持法廃止等ノ件(昭和20年10月15日勅令第575号)により廃止された。 () 「思想犯ヨルシカ」「思想犯好き」「思想犯低音」という言葉が話題です。 歌声に、低音に高音に 揺蕩う. 大好き。 suisさんの歌い方無限大なの!?こんなに暗い感じでサビで一気に上げる感じやられた。

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思想犯 歌詞『ヨルシカ』

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