エルマ エイミー。 エルマとエイミーの物語の終着点【ヨルシカ/エイミー】の歌詞の意味を徹底解釈

エルマ (ヨルシカのアルバム)

エルマ エイミー

概要 [ ] 哨戒艇などに搭載し、主に平時の領海警備に使用して、潜水艦を浮上させ拿捕することを目的とした小型である。 あえて小型にすることで直撃しても潜水艦を撃沈してしまわない程度の威力に押さえてある。 成形炸薬の炸裂により潜水艦の外殻に穴が開けば、潜水艦は潜行が困難になり浮上せざるをえなくなる。 開発経緯 [ ] 当時、では漁船の魚網が引き裂かれる事例が多数あり、ソ連潜水艦による領海侵犯が日常的に行われている証左とされていた。 には、ソ連海軍のが近郊で座礁するという、事件も発生した。 この事件自体は航法ミスによる偶発的なものであったが、当初、スウェーデン政府は、同国海軍の魚雷のテストを偵察するための領海侵犯であると疑っていた。 これらの状況を受けて、スウェーデン沿岸でのとの交戦を主眼として、中盤より開発開始したのが本砲である。 本砲システムは、固定式の9連装発射器4基を1セットとして使用する多弾散布型の前投式対潜兵器である。 弾頭は、歩兵携行用のの砲弾を基にしたであり、潜水艦の耐圧殻にユーロ硬貨大の穴を穿つことで浮上を強要する。 弾体諸元表 M83 M90 全長 267 mm 465 mm 発射重量 4. 2 kg 5. 7 kg 射程 250~300 m 600 m 発射機についても、下記の通りに順次に改良が重ねられた。 LLS-920 初期型。 M83のみを発射可能。 ASW-600 M90の運用に対応した改良型。 1992年に実用化された。 1995年に実用化された。 ASW-604 ヘリコプター搭載用。 20連装発射機1〜2基から構成されており、M90の運用に対応していた。 ALECTO 当初はKAS-90、KAS-2000と称されていた。 127mm口径に大口径化(弾体重量15〜16 kg)し、最大射程2,000メートルに延伸する予定であった が、後に開発中止された。 採用国と搭載艦 [ ]• (ASW-600)• (ASW-601)• ()(ASW-600)• (ASW-600)• ()(ASW-601)• (ASW-600)• (ASW-601) また日本もASW-601を試験的に購入したとされている。 参考文献 [ ].

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ヨルシカ「エルマ」の初回盤の特典は?歌詞とエイミーの意味は?ライブツアー月光のチケット先行は?

エルマ エイミー

概要 ヨルシカについて考察と感想です。 この記事の対象• 「だから僕は音楽を辞めた」と「エルマ」のネタバレを気にしない人 本編 アルバム「エルマ」が発売され、一つの物語が完結したので、忘れないうちに記録を残していこうと思います。 ちゃんと考察するのでアルバムのネタバレを含みます。 概要 初めに 「だから僕は音楽を辞めた」は一人の青年の音楽との向き合い方を描いたコンセプトアルバムです。 初回限定版は木箱にエルマへの手紙と写真とともにアルバムが封入されています。 このアルバムには、数々のインタビューでn-bunaさんが語っているように、n-bunaさん自身の思考や音楽論が込められています。 そして「エルマ」はそれに対するアンサーアルバムとなっています。 初回限定盤はエルマの日記に写真とともにCDが収められています。 構成 二つのアルバムはついになっています。 似たような演奏を散りばめたり、曲のタイトルを似せたりと明らかにこの二つのアルバムの曲同士は関連づけられています。 また、曲中の言葉はこの物語を理解する上で重要な役割を果たしています。 「だから僕は音楽を辞めた」の収録曲は以下のようになっています。 藍二乗• 八月、某、月明かり• 詩書きとコーヒー• 踊ろうぜ• 六月は雨上がりの街を書く• 五月は青の窓辺から• 夜紛い• パレード• エルマ• だから僕は音楽を辞めた これに対し「エルマ」は以下のようになっています。 憂一乗• 夕凪、某、花惑い• 湖の街• 神様のダンス• 雨晴るる• 心に穴が空いた• 森の教会• エイミー• 海底、月明かり• ノーチラス 1,5,10,13曲目はトラックです。 「藍二乗」と「憂一乗」のようにタイトルで関連性がわかるものもあれば、わからないものもあります。 しかし、これらはちゃんと対応しています。 例えば、11曲目の「パレード」と「声」ですが、パレードという曲は体の奥、喉の真下から生まれる誰にも見えない振動にこそ心が宿ると歌った曲です。 これはつまり声のことであると、エイミーは手紙で語っています。 このように、同じ曲数目の2曲は同じテーマについてだったり、同じ場所で書いた詩であったりと関連性があります。 物語 2つはコンセプトアルバムであり、1つの物語があります。 エイミーという青年、そしてエルマという女性の物語です。 「だから僕は音楽を辞めた」ではエイミーが自分の音楽への葛藤の答えを得るために旅をして、訪れた先で手紙と詩を書き記してそれを木箱に封入します。 「エルマ」ではそれを受け取ったエルマがエイミーの訪れた場所を同じように訪れます。 もちろん原作小説などはありませんので、二人の行動や思いはエイミーの書いた手紙、エルマの書いた日記、そして二つのアルバムの曲たちから推測することしかできません。 「だから僕は音楽を辞めた」の発売時点ではエイミーの哲学が断片的に感じ取れるだけで、謎が多くありました。 「エルマ」はそれらを補完する形で物語を完成へ向かわせるようなアルバムです。 「エルマ」 物語 旅をする 祖母から連絡があったので帰省した。 山間は色を変えて、秋も深く暮れた頃だった。 家に何か妙なものが届いていると、祖母はそう言っていた。 (中略) 包みを破って中から出てきたのは少し薄汚れた、妙な木箱だった。 蓋を開けて、彼の、エイミーの遺した手紙を読む。 あの日から私の瞳はずっと夢を見ている。 エイミーの書いた便箋たちが入った木箱がエルマの元に届き彼女の物語は始まります。 ずっと彼の後を追っていただけのエルマにとって、彼が寄越した詩の真の価値を理解することなんてできませんでした。 だから、彼の後をたどる旅に出ることにします。 これまでもずっとそうしてきたように。 マルメ、ルンド、リンショーピン、、ガムラスタン、ゴッドランド島ヴィスビー。 彼の旅路を辿ります。 次第にエイミーとの思い出は脳の容量をあふれて消えていきます。 日記帳にももう何も書けなくなります。 旅の果て 途方にくれヴィスビーを意味もなくさまよっていたエルマは森の教会を訪れたとき、茂みの先にエイミーの姿を見たような気がしました。 茂みをかき分けて彼を追うと、いつしか海岸沿いの砂浜にある桟橋にたどり着いていました。 「終わりのない小説なんてものは詰まらない」 「人生の価値は終わり方にある」 彼の言葉に最後まで支えられていたことに気づいたエルマは、彼の言葉を胸に人生を終わらせようと桟橋から海に飛び込みます。 桟橋の隙間から漏れ出た日光が月明かりのように海底に届きます。 ふと、ぼやけた視界の隅にエルマは、泥に埋まった万年筆を見つけます。 エイミーが使っていた万年筆です。 桟橋近くを探すと彼の使っていたインクの瓶と彼の鞄がありました。 鞄の中には手帳が。 エルマが旅を綴っているスペアの手帳ではなく、正真正銘彼の使っていた手帳。 エイミーはいつも詩を作るとき、下書きを書いてから手帳に写していました。 エルマに送られてきたあの便箋たちが下書きだったとしたら。 本当の詩はこの手帳の中にあります。 手帳を開くとそこには、ほとんど手紙と変わらない内容と、最後の数ページだけ初めて見る詩が書かれていました。 「雨上がりの晴れを書いた詩」「冬に眠り、夏を待つ詩」「自らを負け犬と標榜する詩」。 そして最後の1ページ。 題名は「エルマ」。 彼がくれた大切な名前。 その瞬間、エルマの頭にはエイミーとの思い出があふれて止まらなくなります。 これまでの旅でエルマは、日記帳にたくさんの空白のページを作って記録をつけていました。 それは、余白という無駄を病的に愛したエイミーを真似てのことでした。 その余白を彼との思い出で埋めていきます。 どうして思いつかなかったんだろう、と不思議なくらい書くことは止まりません。 雨宿りをしようと入ったあのカフェで彼と初めて出会ったこと。 よく2人で人気のないあの施設の広間にピアノを弾きに行ったこと。 エイミーがいなくなったときのこと。 宿に帰ってからも自分の頭の中に溢れる思い出をひたすら書き連ねていきます。 「君の指先には神様が住んでいる」とエイミーは言っていました。 「君の価値を君は知らない。 芸術の神様だけが本当の君を見てる。 エルマ、君のしたいことは何だ?君が本当に見つけたいことは。 」 エイミー、私はーーーー 日記帳に書く手が震えます。 もうエイミーの後を追っていたエルマはどこにもいませんでした。 自分で自分の人生を歩き始めたのです。 詩を書きました。 題名は「雨と」。 彼と初めて出会ったときの詩です。 詩を書きました。 題名は「憂一乗」。 エイミーを追って旅をしたときのエルマ自身のこと。 詩を書きました。 題名は「心に穴が空いた」。 エイミーがいなくなったあとの自分のこと。 言葉は止まりませんでした。 頭の中は音符が踊っていました。 ノーチラス 数日後、エルマはもう一度彼の鞄を見つけたあの桟橋に行きました。 その近くにもう一つ似たような桟橋があり、そこにエイミーのギターケースがありました。 ケースの中にはと、一つの詩。 題名は「ノーチラス 」。 エルマは決心をします。 エイミーの残した詩で音楽を書く。 彼の思想を引き継いで、彼の物語を描く。 彼がエルマ自身の中に見た月明かりを、エルマ自身が探す、永い永い旅に出るのだと。 考察とか感想とか 実際はこの数倍のボリュームはある物語を削りに削ったあらすじを上に書いていきました。 (まだの人、ほんとに初回限定版を買ってください…) これで二つのアルバムに渡ったエルマとエイミーの物語は完結のようです。 物語上の2人の思想や心情がアルバムのどの曲にもちゃんとリンクしていてほんとにすごいの一言です。 いくつか気になったとこがあると思います。 エルマという名前 「彼がくれた、私の名前だ」とあります。 これは答えはない謎だと思います。 一応そのときのことが日記帳には記してありますが、どういう経緯かは曖昧なままです。 僕自身はエルマの両親の描写があまりないこと(祖母はよく出てくるけど)、エイミーが出会った当時のエルマが「他人の悪意に負けない自分が欲しい」と思っていたことなどから勝手にストーリーを想像していますが、ここはそれぞれの想像力に任せられている部分かと。 エイミーは日々の生活から無駄を愛し、楽しんでいました。 そういった性格をエルマが模倣した、もしくはその名残が日記帳に現れているのでしょう。 「雨と」や「憂一乗」の歌詞も同様です。 そうやってエイミーよろしく無駄を楽しんでいたのかも。 丁寧に丁寧に書いたのか、はたまた誰か別人が書いたのか…? 流石に前者かとは思いますが、そのページだけ明らかに字が違うので謎です。 いろんな解釈ができそうです。 また、この詩がいつ書かれたのかもよくわかりません。 歌詞に「四度目の夏が来る」「あの夏に君がいる」とあることから、もしかするとエルマが旅をした夏よりもさらに後に書かれたものの可能性すらあると思います。 そうすると筆跡が投げやりな感じから丁寧な感じに変わっているのもなんとなく頷けますし。 なぜ「僕は音楽を辞めた」のか これはアルバム「だから僕は音楽を辞めた」の方でなんとなくの答えは出ていたように思いますが、結局、のような創作への向き合い方ができない自分へ失望してしまったからでしょう。 死後、初めて小説原稿が発見され有名となったの話からは、創作家は評価、名声、金、権力といったものに無欲であるべきだと考えるエイミーの哲学(そしてn-bunaさん自身の哲学)が伺えます。 いつからか、ただ人から認められたいという理由で創作をしている自分自身の生き方の報われなさに絶望してエイミーはいつしかピアノを弾くことを辞めました。 青 青について。 青は毒性の人工染料です。 エイミーの便箋にはこれを涙に例えた詩である「五月は青の窓辺から」という曲がありました。 ノーチラスのMVでは、エイミーが瓶に入った液体を飲み干すような描写がありますが、これは色的には完全に青ですね。 青の瓶を持ち歩いていて最後に飲むことに決めていたのかもしれません。 エイミーはもともと病気だったと思われます。 彼が病院に入っていく姿をエルマが目撃したという記述が日記帳にはあります。 それを含めての「人生の賞味期限」の話であったり、「人生の終わり方」を考えて夏までを生き抜くと決めたエイミーの旅であったりするわけです。 ノーチラスのMVで青を涙を流しながら飲むエイミー、心を揺さぶられます…。 夜紛い 夕焼けの修飾語として使われています。 エイミーが自分の創作の原動力である「怒り」をいつしか失ってしまっていることに気づいたときに見た忘れられない空であり、決意をしたエルマが帰路の船の上で見た空の色でもあります。 イメージはノーチラスのMVの最初に出てくるような空だと思います。 ちなみにノーチラスのMVには、エイミーが怒りを失ってしまっている様子を示唆するシーンも出てきます。 あのMVはほんとにすごい。 エイミーの手帳に残された清書、そしてヨルシカについて エイミーが自分の手帳に残した清書について。 「自らを負け犬と標榜する詩」で流石にピンときたと思いますが、これはヨルシカの楽曲「負け犬にアンコールはいらない」のことです。 (他二つは「ただ君に晴れ」と「冬眠」?) 彼の残した詩で歌を作ること、彼の物語を歌っていくことを決心したのはエルマです。 つまり、エルマこそがヨルシカなのだと解釈することでヨルシカというアーティスト自体に綺麗に筋が通ります。 「藍二乗」や「ノーチラス」がヨルシカ結成初期の頃にはすでにできていた曲である ことから考えても、ヨルシカというアーティストの裏には初めから今回の物語が隠れていたことになります。 これまでの楽曲をMVとともに思い出してみましょう。 準透明少年では桟橋の前に立つ青年の姿や海底に沈んでいく様子が描かれています。 雲と幽霊では、顔のない幽霊が彷徨っている場所に「Stockholm」や「Gamla Stan」の文字が写っています。 全てこの物語の伏線とも考えることができます。 だから、あえてこう言いましょう。 今回の二つのフルアルバム「だから僕は音楽を辞めた」と「エルマ」。 ここからヨルシカは始まった、と。 もちろん、一つ一つの楽曲単体で聴いても素晴らしいものですし、そういう楽しみ方もとても良いことだと思います。 それにさらにプラスとして、今回の二つのコンセプトアルバムを知っていると、より楽曲が味わい深いものに聴こえるかもしれないよ、ということです。 ヨルシカの歌には「あの夏」という言葉がよく出てきます。 エイミーとお別れした「あの夏」を、エルマが、歌い続けているのかもしれない、なんて思うとまた少し曲の聴こえ方が変わってくるようですね。 最後に n-bunaさんという天才が、suisさんというボーに出会ってくれたからこそ生まれた奇跡の作品だと思っています。 n-bunaさんというコンポーザーが天才なのはもう言うまでもない事ですが、suisさんが曲に入り込んで歌うような人でなければここまで好きな作品にはならなかったと気がします。 n-bunaさん自身、suisさんの存在が作品作りに影響したと言っています。 かなり内容をまとめて書いた記事なので、このブログだけを読んだ人には良さが伝わりきってないであろうことがとっても無念です。 だから皆さん、ぜひ二つのアルバムを初回限定版で買ってこの世界観を味わってください。 また、エルマ特設サイトのインタビューも一つ一つの曲について詳しく語られているので読むのおすすめです。

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概要 [ ] 哨戒艇などに搭載し、主に平時の領海警備に使用して、潜水艦を浮上させ拿捕することを目的とした小型である。 あえて小型にすることで直撃しても潜水艦を撃沈してしまわない程度の威力に押さえてある。 成形炸薬の炸裂により潜水艦の外殻に穴が開けば、潜水艦は潜行が困難になり浮上せざるをえなくなる。 開発経緯 [ ] 当時、では漁船の魚網が引き裂かれる事例が多数あり、ソ連潜水艦による領海侵犯が日常的に行われている証左とされていた。 には、ソ連海軍のが近郊で座礁するという、事件も発生した。 この事件自体は航法ミスによる偶発的なものであったが、当初、スウェーデン政府は、同国海軍の魚雷のテストを偵察するための領海侵犯であると疑っていた。 これらの状況を受けて、スウェーデン沿岸でのとの交戦を主眼として、中盤より開発開始したのが本砲である。 本砲システムは、固定式の9連装発射器4基を1セットとして使用する多弾散布型の前投式対潜兵器である。 弾頭は、歩兵携行用のの砲弾を基にしたであり、潜水艦の耐圧殻にユーロ硬貨大の穴を穿つことで浮上を強要する。 弾体諸元表 M83 M90 全長 267 mm 465 mm 発射重量 4. 2 kg 5. 7 kg 射程 250~300 m 600 m 発射機についても、下記の通りに順次に改良が重ねられた。 LLS-920 初期型。 M83のみを発射可能。 ASW-600 M90の運用に対応した改良型。 1992年に実用化された。 1995年に実用化された。 ASW-604 ヘリコプター搭載用。 20連装発射機1〜2基から構成されており、M90の運用に対応していた。 ALECTO 当初はKAS-90、KAS-2000と称されていた。 127mm口径に大口径化(弾体重量15〜16 kg)し、最大射程2,000メートルに延伸する予定であった が、後に開発中止された。 採用国と搭載艦 [ ]• (ASW-600)• (ASW-601)• ()(ASW-600)• (ASW-600)• ()(ASW-601)• (ASW-600)• (ASW-601) また日本もASW-601を試験的に購入したとされている。 参考文献 [ ].

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