ポリーニ ベートーヴェン。 ああ、ベートーヴェン! iPod

マウリツィオ・ポリーニ

ポリーニ ベートーヴェン

したがって、確固たる否定的見解をお持ちの方は、なるべくお読みにならないで頂けるよう願いたい。 それ以前に発売された、プロコフィエフやストラヴィンスキーやショパンは、あらゆる方面から絶賛され、一大ポリーニブームを巻き起こしたのだが、ベートーヴェンの後期ソナタ集は、余りにも他のピアニストとかけ離れた録音であったため、まさに大絶賛する者から、罵詈雑言を浴びせる者まで出、この議論は40年経過した今なお継続していると思われる。 そのくらい衝撃的な後期ソナタ集の登場であった。 この小文では、演奏批評を目的としていないので、この件の議論の中身には立ち入らないこととしたい。 そのため、このような形での全集完成自体も否定的に捉える聴き手が多数出るのは、確かにやむを得ない側面があろうかと思う。 たとえば、ショパンのポロネーズ、バラード、スケルツォ、夜想曲等、ドビュッシーの前奏曲集や練習曲集、バッハの平均律第1巻などが挙げられる。 またベートーヴェンのピアノ協奏曲に至っては複数回全集を完成させている。 つまり、ポリーニが全集を完成させるという意識を有していないような演奏家では、決してないことが分かる。 この点で、例えばリヒテルなどとは全く異なる録音に対する姿勢だと言えるだろう。 そのため、無条件に喜ぶファンはさすがに少数で、たとえばもう少し早い段階で完成させて欲しかっただとか、演奏内容だけでなく全集としてのコンセプトが希薄であるとか、全集ではなく、これは全曲セットに過ぎないだとか、40年の歳月をかけたことへの根気と慰労は認めつつも、あまりの録音期間の長さに対して、何らかの注文をつけている方がほとんであるように思える。 しかし、実は、後期ソナタ集完成当初はともかく、少なくとも1988年から91年の間のどこかの時点で、ポリーニはピアノソナタ全集を録音する意思を持ちつつあったと思われる。 ザルツブルク音楽祭で開いた全リサイタルの公演記録、ニューヨークのカーネギーホールでの同様の記録、そして日本での来日全公演記録である。 いずれも、アンコールは含まれておらず、信憑性については、一応公式に出されたものばかりであるので、基本的に信頼がおけるものと看做して、この3点の資料その他からベートーヴェンのピアノソナタについての、ポリーニの演奏履歴を考えてみたい。 1970年代には、すでに第17番、第21番、第25番から第32番までのソナタを公開演奏しており、1988年には第12番から第26番まで(除第19番、第20番)をまとめて公開演奏している。 つまり1988年の時点で、70年代の後期ソナタ集に含まれなかった第27番を含め、第12番以後のほぼ全曲を公開演奏していたことになる。 また、91年には第4番、第7番、第8番がプログラムに載っており、1993年から94年にかけて、初期の習作である第19番と第20番(作品49の2曲)を除く、全30曲の連続演奏会を、ベルリンとミュンヘンで開催し、その後ニューヨークを含む都市でも95年から96年にかけて開催している。 この全30曲連続演奏会に先立つ1992年には、アッバードとベルリンフィルによる、ピアノ協奏曲全曲演奏会及び録音を行っている。 つまり、 1988 年の中期ソナタ群をまとめて公開演奏した時点か、あるいは少なくとも 91 年に初期の数曲をプログラムに載せた時点で、全曲演奏に取り組む意思があったと看做せるのである。 ただし、この時点でポリーニは初期の習作ソナタであった作品49の2曲(第19番、第20番)について、たぶんベートーヴェンのピアノソナタとして取り上げる意思はなかったと思われる。 このことが、ベートーヴェンのピアノソナタ全集として、ポリーニの考えるのが全30曲であったことと、一般聴衆およびレコード会社が考えるピアノソナタ全集とは、全32曲であることの食い違いが、結果的に全集完成に至る時期を大きく引き伸ばしてしまった主因だと、私は考えるのである。 このうち、第17番「テンペスト」は再録音である。 巷では結構、この1枚を落穂ひろいなどと揶揄されてはいるが、私にはポリーニの明確な意思が存在する1枚であったと想像する。 その理由は、ベートーヴェン自身が語っている、作品31以後の自身のピアノソナタ作風の変化を前提としてソナタ全集を2分割すると、第1グループが、第1番〜第15番、これに若い時代の習作である第19番と第20番、以上の17曲。 第2グループが、第16番〜第32番まで(除第19番、第20番)の15曲となる。 このように捉えると、最後の 1 枚は、単にソナタの第 16 番から第 20 番までを録音したのではなく、第 1 グループと第 2 グループのそれぞれ最も早い時期に作曲されたソナタ群であることが分かる。 これは、ポリーニが第 2 グループの録音については、 1975 年から 77 年にかけて後期ソナタ集(第 28 番〜第 32 番)から録音を開始し、第 1 グループの録音についても、 1991 年の第 13 番から第 15 番まで(作品 27 と 28 )の最後の 3 曲の録音から開始したことと、少なくとも整合性が取れる 1 枚となる。 つまり、第 1 グループも第 2 グループも各々の最後のソナタ群から録音を開始し、全体的な流れとしては、最初の作品に向かって徐々に録音を進行させたのだ。 ここからは、全くの想像であるが、ポリーニがピアノソナタ全集の録音を渋っていたのは、習作ソナタである作品49の2曲(第19番、第20番)が原因であったのは、ほぼ間違いがないので、この2曲を説得(レコード会社の説得以外にも、全集録音の理由が存したかは不知)に応じて録音するための、ポリーニの内心における合理性を考えた結果、第1グループの最初の2曲と、第2グループの最初の3曲(作品31、第16番〜第18番)をセットにして、全集録音を完結させることにしたように思えてくるのだ。 そのために、若いころから弾き込んできた第17番「テンペスト」については再録音をしたのだと考える。 ベートーヴェンのピアノソナタ全集の楽譜以外の「ソナタ集」等にも登載されていることも理由の一つである。 しかし、ここまで記してきた内容が、仮にある程度当っていたとしたら、40年も全集完成に要した主な原因が、ほんの小さな可愛らしい小品である、初期のソナタ2曲にあったことになる。 このように、切り口次第では、私も実はこの全集発売に対する否定派に数えられてしまうのかも知れない。 それでもなお、すでに超絶技巧を失ったポリーニが、たとえ録音状態も演奏レベルもバラバラだとしても、ベートーヴェンのピアノソナタ全集を後世に問うた功績は、認められてしかるべきであると信じる。 このピアノソナタ全集は、確かに録音史に残る金字塔ではないとしても、決して無価値なものでもあり得ないし、ポリーニの 40 年にもわたる演奏および録音遍歴を、最も如実に痛感させてくれるボックスセットでもあるのだ。 そう言った意味で、この全集はかけがえのない録音であると考えている。 なお、各々の楽曲についての演奏内容の分析や試聴記は、書きたいと考える何曲かに絞って、後日時間をかけて書こうと思う。 そのための時間は、まだまだ十分にあると考えている。 (2015年7月23日記す) 2015年7月23日掲載、An die MusikクラシックCD試聴記.

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マウリツィオ・ポリーニ(Maurizio Pollini)、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第30番〜第32番の再録音をリリース

ポリーニ ベートーヴェン

批評家の本間ひろむさんが書かれた『』(光文社新書)に、「アルゲリッチとポリーニの『名盤20+20』」と題された名盤紹介のコーナーがあります。 ここでは、レコード時代から名盤と謳われているものが20タイトルずつ(アルゲリッチ20、ポリーニ20)選ばれ、解説が加えられています。 今回、本間さんはnote用に各20タイトルの中からさらに厳選し、「Best of Best」として5タイトルずつ(アルゲリッチ5、ポリーニ5)選んでくださいました。 (解説部分はすべて『アルゲリッチとポリーニ』から抜粋)ピアノ・スターの「名盤中の名盤」を文章と画像でお楽しみください。 こちらはポリーニ編。 アルゲリッチ編は。 ショパン《練習曲集》 21世紀の今となっても「ショパンのエチュードならこれ!」というスタンダード。 音楽評論家・吉田秀和による「これ以上、何をお望みですか」という名文句とともに登場した衝撃のアルバムだ。 半音階を上下しまくる「 op. 涼しい顔で。 ショパン・コンクールでも予備予選の段階から課題曲にエチュードは入っていて、一廉のピアニストになるなら避けては通れない道である。 そんな彼らの強い味方だ。 レコードがリリースされた当時から音大生必携のアルバムだったようで、僕は同じ大学のピアノ科の友達からテープに録って貰った。 50年も前の録音とは思えない瑞々しさ、 音の輝き、そしてメカニカルな完成度は脱帽ものである。 マウリツィオ・ポリーニの代表的な名盤。 ブーレーズ《ピアノ・ソナタ第2番》ほか ポリーニの実質のデビュー盤は、1968年にEMI(現ワーナー・クラシックス)に録音した『ショパン ピアノリサイタル』というアルバム。 本文中でも触れたが《ポロネーズ第5番》《ポロネーズ第6番・英雄》《夜想曲第4番》《夜想曲第5番》《夜想曲第7番》《夜想曲第8番》《バラード第1番》 といった曲が並んでいて、ポリーニには珍しく若々しい音が聴ける。 本作はドイツ・グラモフォンと専属契約を結んだ後の第1弾アルバム。 そして、ポリーニはガラッとレパートリーを変えてきた。 最初にレコード化されたのはプロコフィエフの《戦争ソナタ》とストラヴィンスキーの《ぺトルーシュカからの3楽章》である。 ピアニストにしてみれば、2曲ともできれば録音したくない難曲である。 その2曲を鮮やかに弾き切ってみせたのが最初のこのレコードとは! この2曲にブーレーズ《ピアノ・ソナタ第2番》とヴェーベルン《ピアノのための変奏曲》を加えてCD化されたのが本作。 ショパン弾きの素敵なポリーニ兄さん、というイメージをバリバリと破り捨て、磨き上げたメカニカルな演奏技術を惜しげもなく披露している。 ブラームス《ピアノ協奏曲第2番》 通常は3楽章で構成されるピアノ・コンチェルトにあってブラームスの《ピアノ協奏曲第2番》は4つの楽章を持つ。 交響曲にピアノ・パートが加わったような重厚なテクスチュア。 並のピアニストは手をつけたがらない。 なぜならピアノの音が痩せてしまうからだ。 そしてウィーン・フィルのブラームス。 それだけでロマン派の世界にどっぷり浸れる音の洪水の中、ポリーニのピアノは凛とした輪郭を保ちながら19世紀の甘く、芳しい世界と同調する。 オーケストラも咆哮する。 緩徐楽章(第3楽章)ではポリーニの中にある歌心が発露する。 弦もピアノも美しい。 そして切ない。 最終楽章(第4楽章)では一転して巻き起こる重厚なトゥッティ。 オーケストラ音楽の嵐。 そして大団円。 熱演である。 ベートーヴェン《ピアノ・ソナタ第17番》ほか ピアニストにとってベートーヴェンの《ピアノ・ソナタ全集》録音はひとつの到達点だ。 ポリーニもこのプロジェクトを1975年にスタートさせた。 2014年になってやっと完成をみた。 忙しいピアニストだ。 集中的に全集を録音できるスケジュールの余裕はない。 それでもひとつひとつ、合間を縫ってスタジオに入る。 何から何まできちんと仕事をする粘り強い音楽家だ。 澄んだ水面に、くっきりとベートーヴェンの顔が浮かび上がるような《テンペスト》。 どこまでもクリアで、曖昧さはまったくない。 「端正な演奏」の中から垣間見える「苦悩」や「逡巡」。 《ワルトシュタイン》の何と晴れやかな第3楽章、躍動する《第25番》、《告別》は明るすぎる別れの挨拶。 仕方がない。 マウリツィオ・ポリーニはカンタービレの国の人なのだから。 もちろん全集をポンと買って時間をかけて楽しむのが一番だが、同じ全集から《第8番・悲愴》《第14番・月光》《第23番・熱情》の人気曲3曲がカップリングされた1枚もあるので、まずはそちらをお求めになってもいい。 ショパン 《ピアノ・ソナタ第3番》ほか 70歳を過ぎてのショパン録音。 18歳でショパン・コンクールを制してから随分と時間がたった。 50年以上が過ぎたのだ。 アルゲリッチの演奏スタイルが歳とともに変化したように、ポリーニもまた変化を遂げた。 どんなふうに?! このアルバムの《ピアノ・ソナタ第3番》は出色。 粒だった明るい音はそのままで、深い年輪を感じさせる、肩の力が抜けた名演。 2018年の来日コンサートで披露し評判になったあの《ピアノ・ソナタ第3番》だ。 この曲のほか、《マズルカ第33番》《第34番》《第35番》《夜想曲第15番》《第16番》《変ニ長調子守歌》を収録。 一見してバラバラに見えるが、実は「 op. 55」から「 op. 58」というショパンが30代前半の一時期に集中的に書いた作品群である。 そして、「マズルカ」3曲以外は再録音となる。 ここでは若い頃のような「メカニカルなピアニスト」の面影はない。 ただ、このアルバムと前後して、腕のダメージのため日本公演を延期したり休演したりした。 もう演奏活動には復帰しているようだが、ファンとしては心配である。 マウリツィオ・ポリーニ 1942年1月5日、イタリア・ミラノ生まれ。 5歳でピアノを始め、カルロ・ロナーティに師事。 ジュゼッペ・ヴェルディ音楽院に入学後、ポッツォーリ国際ピアノ・コンクール優勝。 1960年のショパン国際ピアノ・コンクールに満場一致で優勝。 その後約8年間の沈黙ののち、復活。 ドイツ・グラモフォンからリリースしたショパン《練習曲集》は世界に衝撃を与えた。 高いテクニックを持つ完全無欠のピアニスト。 ベートーヴェンを中心にしたドイツ音楽とともにシェーンベルク、ノーノなどの現代音楽も積極的に取り上げる一方、「ポリーニ・プロジェクト」で指揮をするなどピアニスト以外の横顔も見せる。 アルゲリッチとともに世界最高のピアニストと呼ばれている。 イラスト:.

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ポリーニのベートーヴェンを聴く■An die MusikクラシックCD試聴記

ポリーニ ベートーヴェン

WEB最大級の音楽サイト、HMVジャパンのクラシックコーナーです。 HMVで扱っているCD・DVDなど全85万タイトルの検索が可能です。 2,500円以上買い上げの場合、送料が無料になります。 実績:1960年第6回ショパンコンクールで優勝 かつては鮮烈かつ極上のピアニズムで正確無比・完全無欠の演奏を聴かせてくれた「ミスター・パーフェクト」 現在はその面影は跡形もない(悲しすぎてこれ以上コメントできない) この「ショパン弾きのピアニスト」のページでは、各ピアニストのこれまでの活躍を振り返りながら、 その演奏の特徴についても詳細にレビューを書いていますが、他のどのピアニストのページでも、 ピアニスト毎に、その根底に流れる 不変の特徴があり、デビュー当初からたゆまぬ成長を続けていることを前提として書いています。 ところがポリーニの場合はそうはいかないところに悩ましさがあります。 というのも、残念なことに現在のポリーニには、かつての完璧・鮮烈なポリーニの面影が跡形もないからです。 当サイトを開設した2002年当時、既にポリーニの技術的な衰えは進行しつつありましたが、 それでも今後、立ち直りに一縷の望みを託してポリーニの動向を祈るような思いで静観していました。 しかし結果的には立ち直りどころか、技術的な衰えはますます進み、 既にポリーニの復活は期待できないことが確定的となったため、 こうしてこのページを大幅に更新する決意をしました。 僕はポリーニのデビュー当時、まだこの世に生まれていなかったこともあり、 ポリーニの登場がクラシック音楽界にいかに大きな衝撃を与えたかが具体的には分からないのですが、 その鮮烈で完璧なテクニックから想像するに、相当なインパクトであったことは間違いなさそうです。 既に15歳でショパンのエチュードOp. 10, 25全曲をプログラムに入れて、地元イタリアのミラノで 演奏会を開き、その圧倒的な完成度で聴く人に新鮮な衝撃を与え、「天才少年」として一部では 知る人ぞ知る存在だったようです。 僕たちはポリーニの演奏の究極に磨き上げられた鮮烈・痛快極まりない演奏からは、 ピアニストとしてのキャリアは順風満帆だったのではないかと想像しがちですが、 実は決してそんなことはなかったようです。 ポリーニのコンクールの初登場は1957年ジュネーブ国際音楽コンクールだったようですが、 そこで第2位となっています (第1位はマルタ・アルゲリッチ、余談ですがこの時代は男女別だったらしいです。 ピアノはスポーツ競技ではないのに、やはり音量や手の大きさ等、男性に有利であることを考慮した設定なのでしょうか)。 ポリーニは翌年にも同コンクールに再挑戦していますが、そこでは1位なしの2位で 天才ポリーニにしては不本意な結果に終わってしまいました。 最終的に1960年の第6回ショパン国際ピアノコンクールでそれまでの借りを返すことを誓ったわけですが、 名建築家だった父親は「今度のショパンコンクールで優勝できなかったら、ピアニストではなく建築家にさせる」 と言っていたそうです。 これはポリーニにとっては大きなプレッシャーになっていたことは想像に難くありません。 しかし最終的に、ポリーニは1960年の第6回ショパン国際ピアノコンクールで、聴衆の圧倒的な支持を得て 優勝しました。 満場一致、審査員全員一致とも言われており、その時、審査員長を務めていた アルトゥール・ルービンシュタインが「技術的には我々審査員の誰よりも上手い」と絶賛したのが 彼の優勝を確定的にしたとも言われています(当時、ルービンシュタインは名実ともに、 ショパン演奏の圧倒的な権威で、その発言の影響力は絶大だったことが想像されます)。 「でも、この発言には「技術的には」という保留が付いているではないか」、 「裏を返せば音楽的には大したことがないということではないか」という反論も容易に想像できますが、 それは的外れと言うものです。 ルービンシュタインを含め、ピアノで頂点を極めた人であれば誰でも、 技術的な才能がピアノを演奏する上でいかに重要であるかを知っていますし、 ポリーニの鮮烈で並外れた完成度を誇るテクニックは、他のピアニストを大きく引き離しており、 それ自体が無二の大きな魅力にもなっていたことを雄弁に物語っています。 それほどポリーニのテクニックは当時から他の追随を許さないほど突出していたということだと思います。 この時、ポリーニは弱冠18歳で、これはショパンコンクール優勝の最年少タイ記録で、 当時は新記録でした (他に18歳での優勝は1975年クリスティアン・ツィマーマン、2000年ユンディ・リの2人がいます。 但しユンディ・リはコンクール開始時17歳だったため、厳密に言えば「最年少」という点ではユンディ・リが僅差でトップではあります)。 ポリーニは、これで父親からピアノの道を断念させられることもなく、 ルービンシュタインという当時のショパンの大権威をも味方につけ、 順調な第1歩を歩み始めたかに思われました。 EMIにもショパンのピアノ協奏曲第1番(パウル・クレツキ指揮、フィルハーモニア管弦楽団)の録音を行い、 いよいよ活動が始まるかと期待したファンの方も 多かったのではないかと思いますが、その録音の後、ポリーニの活動はぱったりとストップしてしまいました。 ポリーニの身に一体何が起こったのか、一時は死亡説まで流れたほどの空白の期間だったそうです。 しかしその間、ルービンシュタインやミケランジェリからも教えを受け、指揮法も勉強するなどして、 自分のピアノ演奏をさらに高めようと努力していたようです。 しかし、この空白の期間は多くの書き手によるポリーニ史の中でもほぼ一様に「謎」とされており、 現在入手できる正規の情報からはその詳細を知ることはできないようです。 1960年ショパンコンクール優勝直後にEMIに録音したショパンのピアノ協奏曲第1番のレコード以来、 大沈黙を続けていたことになりますが、その沈黙を破ったのは1968年で、同じEMIに ショパンのポロネーズ第5番、第6番、ノクターン第4番、第5番、第7番、第8番、バラード第1番 を録音し、楽壇への復活を遂げました。 1960年録音のショパン・ピアノ協奏曲第1番の演奏は18歳の少年の演奏とは思えないほど 究極のコントロールを得た完璧な演奏で、ポリーニが少年時代からただ者ではなかったことを知るに 十分な演奏ではありますが、表現の振幅が小さく淡々と弾き進めていくような演奏で、 正直物足りない印象も否定できず、 現在出回っているショパンのピアノ協奏曲第1番の他のピアニストの録音と比較して突出している印象は全くありません。 しかしその8年後にEMIに録音した、ショパンのポロネーズ第5番、第6番、ノクターン第4番、第5番、第7番、第8番、バラード第1番 の演奏は8年間の録音技術の向上も一因にはあるかと思いますが、 それ以上に、同じピアニストの演奏とは思えないほど、表現に深みと幅が増しているのが聴き取れます。 硬質で磨き抜かれた音色が鉄壁の技術的コントロールを得て、1音1音究極の粒立ちで立ち上がる演奏で、 そこには得難いショパンの「歌」があり、彼がピアニストとして大幅な成長を遂げたことを はっきりと実感することができます。 2枚のレコードの内容を比較するだけで、この8年間の長きに渡る沈黙について語るのは危険であることは 認識しつつも、 それ以外の情報がないため、ここでは演奏内容からその8年間のポリーニの成長を推測してみることにしました。 ポリーニはその後、世界一の名レーベル・ドイツグラモフォン(以下「DG」)と契約を結び、 ストラヴィンスキーのぺトルーシュカからの3楽章、プロコフィエフのピアノソナタ第7番、 ブーレーズの第2ソナタなどを収めたレコードで鮮烈なデビューを飾ります。 大理石を思わせる硬質かつ均質な美音、強靭な打鍵と驚異的に正確なテクニックで、 これら難曲の現代音楽が見事な造形美を伴って明確に立ち上がる様はただただ唖然とするばかりで、 精密機械もかくやと思わせる完全無欠で気合の入った入魂の演奏は、痛快極まりなくエクスタシーとも言えるものです。 このレコードはポリーニのDGデビュー盤として現在でも大きな話題になるほどの名盤で、 ポリーニ本人も相当に気合を入れて録音に臨んだのではないかと思われます。 そして続く第2弾のレコードは他でもない、ショパンのエチュードOp. 10&25全24曲盤でした。 このレコードの新譜発売当初、ジャケットのタスキには「これ以上何をお望みですか」と印字されていたと 言われています。 当時、LPレコードの一般的な価格は日本の平均的なサラリーマンの月収の10分の1から5分の1ほど であったと言われていますが、これを見て、買わないわけにはいかないという気にさせられた方も 多かったのではないかと想像されます。 ある意味、これ以上購入意欲をそそられるキャッチコピーはないとも思いますし、 僕らこの演奏内容を知っている人から見れば、これ以上、この演奏の内容を 簡潔かつ的確に表現した言葉は思い浮かばないほどです。 このショパンのエチュードは発売以来40年以上経ち、技術的に優れたピアニストが次々に台頭してきた現在でも、 技術的にこれを凌ぐ演奏はないと評されるほど、圧倒的な完成度を誇る鉄壁の牙城として 不動の地位を保ち続けています。 ポリーニのレパートリーはバロック、古典派、ロマン派、近現代、現代と時代的に極めて幅広いものですが、 1985年頃までは自分の信念に基づき特定のレパートリーにこだわりながら、 比較的狭い範囲で磨き上げられた究極の完成度の演奏を披露していました。 そのため、名声や人気と比べて録音は少なく、自分で納得した録音だけをリリースしていたようです。 ポリーニの過去の録音や演奏会プログラムを見る限り、アシュケナージやルービンシュタインのような ジェネラリスト的なタイプではなく、独自の信念によって厳選した作品で磨き抜かれた演奏を聴かせる ミケランジェリに近いタイプであることが分かります。 特にポリーニのプログラムは、他のピアニストと比較して 現代音楽の占める割合が大きいのが特徴と言えます。 その一方で、一般に名曲とされる(悪く言えば「陳腐」とも言える)作品を敬遠する傾向が見られ、 ショパンではワルツを演奏しないことでも知られ(と言っても、後に作品34の3つのワルツを録音し、 ポリーニ爺さんは一体どうしちゃったのか?と心配にもなりました)、 チャイコフスキー・ラフマニノフなどのロシアものは一切弾かない頑固さも持ち合わせていました。 ポリーニの演奏の特徴については改めて述べるまでもないとは思いますが、 大理石を思わせる研ぎ澄まされかつ磨き上げられた硬質かつ均質で透明な音色が特徴で、 強靱かつ正確無比な演奏技巧によって鉄壁のコントロールを得て、 一点の曖昧さも残さずに作品の隅々まで光を当てて完全再現していく、 極上の完成度を誇る演奏が大きな特徴です。 造形感覚に秀でており、 明晰で彫りの深い立体的な構築物を築き上げるような演奏スタイルはまさに圧巻という他なく、 まるで精巧なイタリア工芸品を見ているかのようです。 難所でも一糸乱れぬ恐るべき演奏技巧が一段と冴え、痛快極まりない演奏となります。 その一方で、ラテン民族特有の「明るさ」が彼の演奏のもう1つの特徴となっており、 これは彼がイタリア生まれであることと大いに関係があると思います。 このようにポリーニの演奏の特徴は、ショパンの演奏に必要とされる資質と 若干距離があるようにも感じられますが、上記のポリーニの演奏の特徴はそれ自体、 有無も言わさぬ説得力を生む要素を伴っており、鮮烈なショパン演奏を実現しています。 ポリーニが優れたショパン弾きであることは、何よりショパンコンクール優勝の実績が 物語っているとも言えますし、録音を聴く限り、 少なくとも1985年頃までは世界で屈指のショパン弾きであったと思われます。 繰り返しますが、かつての完璧主義者だったポリーニは安易な録音を拒み続け、 常に私たちファンの期待を裏切らない、いや期待を上回るレコードをリリースし続けてきており、 完全に「量より質」という信念に基づいて録音活動を行っているピアニストでした (その意味でクリスティアン・ツィマーマンに近いものがありました)。 1990年以降は技術的に急激に衰えて、それとともにその確たる信念が崩れてしまったのか、 次々に期待外れの録音を大量にリリースするようになってしまい、 現在の僕にとってポリーニは全く関心のないピアニストになってしまいましたが、 僕が把握している限り、ショパンの作品を 収めたDG盤で現在入手可能な国内盤は以下の通りとなっています。 45、幻想曲Op. 34-1〜3)、マズルカ第22番〜第25番(Op. 28, マズルカ第18番〜第21番(Op. この頃のポリーニの演奏は常に鮮烈で何を弾いても素晴らしく、 その割に録音が少ないことに歯痒い思いをしていたファンも多かったと思います。 この頃のポリーニは、自分に乗り越えられないかのような高いハードルを設定して、 そこに到達できたものだけを決定的名演の記録として残していくという自分に厳しい姿勢で 録音に臨んでいたことが伺われますし、その必然的結果として、 同一作品の再録音などもってのほかと考えていたのではないかと思われます。 1985年〜90年頃を境に、ポリーニは明らかに変わりました。 かつては冷徹で完璧で一点の曖昧さも残さない明晰なピアニズムがポリーニの最大の特徴でしたが、 最近は温かく情熱的で細かいことにこだわらない大らかな演奏(それにしてもバランスが悪い) となりました。 これを好ましい変化だと思う人もいるようで、以前のポリーニよりも最近のポリーニの 方が好きだという人も少なからずいるようですが、これは僕にとって大きな驚きでした。 かつては徹底的に磨き上げられたレパートリーだけを慎重に録音するというポリシーで、 その妥協を許さない厳しい姿勢からは、同一曲の再録音など想像もできなかったのですが、 最近のポリーニは同一曲を複数回録音し次々にリリースしていて、 一体、ポリーニはどうなってしまったのか、かつての厳しさ、プライドはどこに行ったのか、 頭は大丈夫だろうか、と心配にもなってしまいます。 1985年〜1990年というとポリーニはまだ40歳代半ばで、技術的な衰えは老化現象では説明できず、 何らかの事故、あるいは障害が体に起こったのかもしれませんが、真相は全く知りません。 その頃の技術的な衰えに、今度は老化まで加わり、ポリーニはこの年齢のピアニストの平均から見ても 技術的に弱いピアニストになってしまいました。 ポリーニのかつての鮮烈なピアニズムを生演奏で聴くことなど、今となっては望むべくもありませんが、 例え少なくてもそれが記録として残っているのが我々にとっては大きな救いです。 こんなことになるのなら、若かりし頃、ポリーニはある程度妥協の上、 もっと沢山の録音を残してほしかったと思うと残念でならないです。 しかし、それは結果論というものかもしれません。 安易な録音を拒み続け、妥協を決して許さない自分に厳しい姿勢があったからこそ、 あれほど完璧で鮮烈なピアニズムで皆を唸らせる名演を聴かせてくれたのだと思います。 ピアノ演奏という行為において、これほど痛快、鮮烈でエクスタシーとも言える瞬間を 味わえるのだということを実演で示してくれたポリーニの名は、音楽史に永遠に刻まれると思います。 少なくとも40歳代半ばまでのポリーニは1世紀に数人の逸材だったと思っています。 そんなポリーニにありがとうと感謝の言葉を捧げたいと思います。 精密機械でさえ不可能と思われるかのような鋼のような強靭にして正確無比なテクニック、 硬質で磨きぬかれた音色、現代音楽に対する研ぎ澄まされた鋭敏な感覚、卓抜な構成力と造型感覚など、彼の卓越した資質がいかんなく 発揮された演奏です。 比類なき究極の完成度、その凄まじいばかりの気迫に圧倒され、危うく気を失いそうになるほどのスゴイ演奏ですね。 デビュー盤ということで、自分の真価を世に知らしめようという強い意志と意気込みが感じられ、そうしたものがこの演奏に 独特の緊迫感とエネルギーを与えているのだと思います。 10,Op. 25 1972年録音,73年度レコードアカデミー賞 「これ以上何をお望みですか」…これはこのレコード(LP盤)の新譜発売時、ジャケットのタスキにコピーされていたものだそうですが、 本当に、「完璧」という言葉はこのような演奏を形容するための言葉なのだな、と思わずにはいられないような、圧倒的完成度を 誇る演奏で、当サイトのCD聴き比べコーナーのエチュードのページでも一押しの決定盤として紹介している名盤です。 硬質で骨格の太い音色、正確で強靭なテクニックで、剛直とも思えるほど超イン・テンポで直線的に 弾き進めていきます。 過度の抒情性を徹底的に排して厳しい客観性に貫かれており、一貫して古典的均整美、構成美に重点が置かれている ようですが、そこにはポリーニのただならぬ気迫がみなぎり、聴く人はそのエネルギーにまず圧倒されてしまうのではないかと思います。 しかし、そのような第一印象とは違って、細部をより深く聴いてみると十分に表情豊かであり、十分計算し尽くした上で慎重にルバートを取り入れているのが 聴き取れます。 とにかく、ショパンのエチュードで作品10,25の全24曲と通してこれほど高い水準の完成度で弾き通された演奏を収めた CDは未だに聴いたことがないです。 17 1973年録音 シューマンの名曲「幻想曲ハ長調Op. 17」と、演奏される機会の少ない「ピアノソナタ第1番」が収められた初期のアルバムです。 幻想曲では、鋭くシャープに立ち上がる純度の高い瑞々しい音色で、和音の響きのバランスが入念に計算、コントロールされています。 この曲の雰囲気を出すために、残響を豊富に取り入れた録音も素晴らしいと思います。 音の処理の仕方においても、少しの曖昧さも残さず、明晰にして確かな構成感を感じさせながらも、各フレーズには微妙な陰影を織り込み、 シューマン独特の詩情、ファンタジーにも不足のない演奏に仕上がっています。 また「ピアノソナタ第1番」では、卓抜なリズム処理と確かな構成力で全く隙のない見事な演奏に仕上がっており、この曲に 秘められた魅力を再発見させてくれる秀演と言えると思います。 この頃のポリーニの演奏様式なら、何を弾いても 立派な曲に聴こえてきそうで、改めてポリーニの類まれなピアニズムの一端に触れる喜びを感じさせてくれる演奏だと思います。 845 1973年録音 シューベルトの「さすらい人幻想曲」は、しばしば多くの腕達者なピアニストが自分の腕を披露するために演奏する機会の多い曲 ですが、実は究極の難易度と言うわけではなく、ポリーニは全く曲の難易度など意に介さない様子で、落ち着いたテンポで まるでツェルニーの練習曲でも弾くように余裕しゃくしゃくと弾き進めていきます。 一点一画ゆるがせにしない音楽作りは ポリーニならではのものですが、デビュー盤やショパンのエチュード集のような張り詰めた緊迫感は若干影を潜め、感情を セーブすることによって、もう少し柔軟な音楽作りを心がけているように感じます。 2曲とも、ポリーニならではの構成美、 均整美が光る演奏で、余裕を持って弾きあげられていく楽想1つ1つには、瑞々しい美感と格調高い気品が感じられる 見事な演奏だと思います。 28 1974年録音 エチュード集で圧倒的完成度を誇る演奏を聴かせてくれたポリーニがその次に世に問うことになったショパンの作品が、この 「24の前奏曲」でした。 基本的にはそのエチュードの延長線上にある演奏で、客観性を重視して、暗く激しい短調の作品を 表現の核心に据えて全体を通しての求心力を保ち、交互に現れる穏やかな長調の作品を、より穏やかに美しく聴かせるという この作品の本来あるべき演奏様式で演奏しています。 劇的で緊迫感のある、あるいは悲壮感漂う短調の作品と、穏やかで美しい長調の作品が これほどくっきりと美しく対照されながら、交互に織り成していく演奏は非常に少ないと思います。 この演奏に関しては、ルバートがなくて情緒がない、とか感情を完全に削ぎ落とした無表情な演奏だ、との評価も時々目にしますが、 僕は決してそのようなことはないと思います。 細部をよく聴くと、必要なテンポルバートは十分行われていますし、 音を論理的に組み立てるポリーニならではの才能が極めて自然な形で現れた名演奏だと思います。 40分が本当に短く感じられる演奏で、ショパンの「24の前奏曲」のあるべき姿に最も近い演奏だと僕自身は思っています。 確かにポロネーズ特有の郷土色、民族色は あまり感じられず、インターナショナル化した普遍性の高いポロネーズという印象です。 硬質で芯の太い逞しい音色で、威風堂々とした大柄で確かな構成力のポロネーズ演奏を聴かせてくれます。 ダイナミクスの幅も極めて大きく、楽譜を見ながら注意して聴いていくと、楽譜に書かれてあるfとffの音量をキッチリと デジタル的に弾き分けていたりします。 こういうところ、 いかにも精密機械と言われるポリーニならではのもので、思わず笑わされてしまいました(不謹慎な!)。 譜面通りに音にすることにかけては、これ以上のポロネーズ演奏はおそらくないでしょうね。 演奏内容の面では、現在出回っているポロネーズ集の中では、ルービンシュタイン盤と互角かな、と思います。 三大ソナタ等、名曲と呼ばれるタイトル付のピアノソナタから取り組み始めるピアニストが多い中、あえて後期のソナタから 着手したのは、独自の審美眼をもとに、レパートリーにこだわりを持ち続けるポリーニならでは、と言えると思います。 ここでも、ポリーニは硬質で(硬すぎるきらいはありますが)逞しく骨太の音色、揺るぎない構成力とバランス感覚と 鋼のようなテクニックを武器に、 ベートーヴェンのピアノソナタを、まるで強固で精巧な立体建造物のように構築していきます。 ただ、表面的には全く隙がなく美しく彫琢されてはいるものの、音色の変化には乏しい感じで、ベートーヴェンが 最終的に到達した深い精神性を表現するまでにはまだ若干の距離があるようにも感じます(これはこれでものすごく 素晴らしい演奏なのですが…)。 ポリーニがこのレコーディングに異常なほどのこだわりを持っていたのは、その録音に要した日数のデータが物語っています。 演奏の内容は…鋭く立ち上がる研ぎ澄まされた音色は凄まじいほどの明るい光彩を放っており、シューマンの交響的練習曲の各変奏の 性格的特徴を極めて明快に弾き分けていきます。 シューマンの「歌」や「ファンタジー」の表現も十全で、細部への尋常でないこだわり から生まれる表現の奥行きと幅は、幅広いデュナーミクとアゴーギクから必然的に生み出されています。 しかも、シューマンが 本作品に盛り込んだ複雑なポリフォニー的手法を、彼は完全無欠の技巧で完全に解きほぐし、各声部を明快に弾き分けて コントロールしており、その透明感溢れる演奏からは本作品のテクスチュアが見事なまでに解きほぐされて、そこに新たな光を 当てて再構築していくように聴こえてきます。 ポリーニの妥協を許さない厳しい姿勢と作品の深い読み、そしてそれを 演奏に完全に反映させていく圧倒的なテクニックとが渾然一体となって生み出されたシューマンの交響的練習曲の決定盤的な 名演奏と言えると思います。 前出のシューマンの交響的練習曲のCDまでは、 ポリーニの「変化」はまだ表面的にはほとんど現れておらず、相変わらず硬質な音色と正確なテクニックで作品に鋭く切り込み光を当てる 演奏ばかりでしたが、このショパンのピアノソナタでは、音色面で若干の変化が聴き取れます。 相変わらずシャープで研ぎ澄まされた音色 ですが、そこに柔軟さが加わって奥行きが深くなったように感じられるのは、当時としては「好ましい変化」だったのだと思います。 強靭にして正確無比なテクニックも全く後退せず、ショパンの難曲ピアノソナタ2番、3番(とくに3番は難易度が高い!)でさえ、 本当に余裕をもって一点一画きっちりと音にして音の建築物を築き上げていく様は見事というほかないと思います。 それに加え、ピアノ ソナタ第3番の第1楽章第2主題のカンタービレや提示部の終結部、第3楽章等では、柔らか味を増した音色で優しく愛撫するように ゆったりとした「ショパンの歌」を聴かせてくれる演奏で、その流れの美しさは格別のものです。 この演奏を聴いて、 完璧主義者ポリーニがこれから先どこへ行こうとしているのか、強い興味と関心を持った方も多かったのではないかと思います。 いわばポリーニの変化を知る意味でも、ショパンのピアノソナタ2番・3番の素晴らしい演奏としても、是非、聴いてほしい 演奏です。 960他 1985年録音.

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